美味しいものは、一緒に分け合って食べないと! 作:息抜きのもなか
昔のことは、あんまり覚えていない。
ハルナは別に覚えてないならそれでいいというけれど、何かが引っかかる。単純に私が忘れてしまっているだけなのかな。
それとも、何か、別の原因があったりするのかな。
『お姉ちゃん、どうして?』
『やだぁ……、痛いよぉ……』
でも、どうしてこんなに気になるんだろう。
昔のことが気になるようになったのは、最近のこと。
あの風紀委員の子と少し仲良くなった辺りからな気がする。何か、あの子は知っているかな。
「おい、どうした? 温泉街に行くんだろう?」
「あ、そうだったね! 待って待ってー!」
そうだった。ほんとはアカリと一緒に行く予定だったんだけど、先生に呼ばれたらしくて、代わりに呼んでみたらついて来てくれたんだよね。
最近、こんな風にぼーっとしていることが多くなった気がする。
私はお姉ちゃん何だから、しっかりしないと。
……お姉ちゃん?
獅子堂イズミの様子がおかしい。
以前からぼーっとしたやつだと思っていたが、最近のは少しそれとは気色が違うような気がしてならない。いや、以前のこいつを知るわけではないから定かではないが、どうにもここではないどこかに意識が向いている気がする。
正気でない、と表現するのが的確な気さえする。
「おー、これ、美味しいね! あなたも食べる?」
「要るわけないだろ。よくそんなもん食えるな……」
モツ煮込みと雑炊と麻婆豆腐をかき混ぜたようなコンセプトが渋滞して散らかりまくっている料理を食べている獅子堂イズミは、いつもと変わらない笑顔を見せていた。こいつが正常な味覚を取り戻すことで不利益を被る飲食店がゲヘナにはどれだけいるのやら。いや、こいつ以外の需要を取り込めないのならそんな店は閉店してくれた方が良い気もするが。自分の料理を肯定してくれるという点で一部の料理人には救いになっているのかもしれないが、他のゲヘナ生にとって迷惑でしかないので正常になることを期待したいところである。
獅子堂イズミのいいところは普通の温泉卵に舌鼓を打っている私に特に自分の料理を食うことを強要はしないことだろう。こいつは自分の食っているものを人に勧めることに余念はないが、食いたくないという気持ちを無下にすることはないのでやはり危険性は同部活の上級生二名と比べてマシといえよう。
美学を持つのは構わないが、それを押し付けるのはやはり迷惑なのである。
「そういえば、最近、昔のことをいろいろ考えちゃうんだけど……」
余計なことを考えていたら、突然眉をへの字にした彼女からそんな言葉が飛び出して瞠目する。
悩みなんてないやつだと思っていたから、その少しばかり深刻さを纏った彼女の様子に驚いてしまう。いや、最近の様子を考えればその可能性もあるとは思うのだが、いかんせん普段の様子があまりにも無防備で能天気すぎるのだ。
「あなたと関わり始めたぐらいからだと思うんだよね。何でか分かったりする?」
そう言って、上目遣いでこちらを見てくる獅子堂イズミ。
普段の快活な様子とのギャップが何かこちらを変な気分にさせてくる。これは任務、監視任務と言い聞かせて自分を宥めて、改めて状況を整理する。
最近こいつがぼーっとしていたのは考え事をしていたから。
考えるようになったのは私と交流を持ち始めた頃から。
ここだけ聞くと何やら獅子堂イズミが恋に無自覚な乙女なように聞こえてしまうが、というか一瞬勘違いしかけたが、ここには重要な情報が抜け落ちている。
考え事の内容は彼女自身の昔の事である。
これがクリティカルな情報である。
この情報があることで先程の余計な思考を排除できる。
しかしそれが物事の解決に寄与するとは限らない。無論、色恋の可能性を排除するという重要な要素にはなっているのだが、それは数多の可能性の一つを削除しただけで事象の絞り込みを手伝うわけではないのだから。
だから現時点で私が彼女に
「いや、私が知るわけないだろう」
そういう突き放すような回答になってしまうのは仕方がないことなのである。
その回答が返ってくることは彼女も想定していたのだろう。渋い顔をしつつも落胆するような様子はなく、「そうだよねー」と唸っているだけだ。
「大体、それの何が気になっているんだ?」
「前はこんなことなかったから、変な感じがするの!」
なるほど、どちらかというと自身の変化に戸惑っている感じなのかもしれない。
いや、そのぐらいの折り合いはつけろよ。高校生だろう。
そんな言葉を口に出してしまいそうになるが、その戸惑いが人に投げる問いとして外に出力されたということは、それだけ彼女の中で違和感が膨れ上がって、許容値を超えてしまっているということ。
それならばその質問には真摯に向かい合うべきか。
さて、考えてみよう。彼女の言うように私が何か関わっているということなのだろうか。
いや、私が彼女と交流を行ったのはあの食堂での一件が初めてのことだし、幼少期から振り返っても彼女と関わったような記憶はない。似たような奴がいたとかもないと思う。
やはり私は何も関係がないと結論を出そうとして、彼女側はどうだろうと一歩停止。
先程の思考を彼女側に当てはめてみれば、自ずと可能性は絞られてくる。
「私に似た奴と、昔遊んだ記憶があるとかじゃないか?」
「あ、確かに! よく見るとちーちゃんにそっくりかも!」
ぱあっと顔を明るくする獅子堂イズミを見て解決したようで安心する。
しかし先の仮説だけが原因だとは思えなくて、ふと思い返すのは顔を合わせる度に黒舘ハルナから食べさせられているような気がするサプリメントだろうか。
あれが何かしら悪さをして良くない副作用が出てしまっている可能性も十分に考えられる。
「あとはお前、黒舘ハルナにサプリメントを食わされてるだろう。あれの副作用か何かが出て不安定になってるんじゃないか?」
「むぐぐ、ハルナを疑いたくはないけどそれもあるかも! ありがとう!」
自身の疑問に解決の糸口が見えたことを実感したのか、彼女はほくほく顔で食事を再開する。
それを見て私も手元の温泉卵に視線を落とすのだが、
「あれ、ちーちゃんって誰だっけ?」
そう戸惑い交じりの呟きに顔を上げたときには、獅子堂イズミは口に入れたゲテモノに舌鼓を打って楽しそうな顔を見せるだけだった。
しかし、私は聞き逃さなかった。
彼女の身に、一体何が起こっているのか。もしかすると彼女自身が想像しているよりずっと悪い状態のような気がして、少しだけ不安になる。
結局その後は特に気になる部分もなく、普通に料理に舌鼓を打って普通に解散した。
帰路につく後姿の足取りが軽いことにほんの少しだけ安堵した。
そんなことがあった数日後。
「失礼。少々お時間よろしいでしょうか?」
移動教室のために校内を歩いていた私を待ち伏せし、黒舘ハルナが私の道を塞いだ。
その声色と瞳には、静かで、しかし煮えたぎるような憤りが込められているのを悟った私は、入学後初めて授業を無断欠席した。