史上最速で捨てられたシルバー 作:ねるねるねるな
シルバーは死なない
「それにしても驚いたわ。まさかあなたが生き延びていたなんて。シルバー小隊は私とハリンを残して、皆全滅したものと思っていたから」
驚いた、と言いつつ。目の前にいるアンビーの、私と全く同じ造りである筈の表情は眉ひとつ動かない。
相変わらず言葉と連動しない表情筋は見方によっては不気味だけれど、私にとってはむしろ親しみやすい懐かしさだ。
ひょんな事からお互いの生存を知り、積もる話もあるだろうと適当なファストフード店で落ち合うことにした私達は、しかし積もらせるほど話題の残弾はなく、あっという間に本題へと移ってしまった。
まぁそういう慣れなさも、私達らしいっちゃらしいのかもしれない。
「それはこっちもだよ隊長。世界に自分のそっくりさんは三人いるって言うけど、こうもピッタリ三人残るとはねぇ」
言ってて気づいたが皮肉っぽくなってしまった。
アンビーはでも、そこに表情を曇らせることはなかった。
実際には顔に出ないだけで、内心何か思うところがあったのかもしれないけど。
鏡でも見ているようなものだ。
アンビーは私に自分の顔を見て、私はアンビーに私の顔を見る。
互いに互いの代替品。
こうして見れば成程、私達は軍にとって所詮、いくらでも替えの効く消耗品でしか無かったと、否が応にも理解させられる。
「いや、そういう訳でもないか。現に部隊はもう解体されてる訳だしね」
「? 何の話?」
「んー、別になんでもない話。独り言だよ独り言」
「そう? ……そういえば、あなたは昔から独り言の多いタイプだったわね」
「それ暗に痛いヤツって言ってない?」
「確かに見てて痛々しかったわ。あなたはいつも傷だらけだったもの」
「弱かったからねぇ私。頭も良くないし。処分されないよう必死だったのよ」
それでも結局は、私が一番最初に廃棄されたんだけど。
そう考えると大概あそこの研究員も使えないよね。クローン兵士だって言うなら、もっとお互いの個体差を無くして欲しかった。
というかそもそも産むな私みたいな失敗作を。
そんでもって産むなら最後まで責任もって育てろ。
私が名分をもって憎むべき〝両親〟に持つ感情は、まぁそんなところ。
憎むべきと言いつつ、実は全く憎んではないけれど。
好きの反対は無関心という言葉に代表されるように、私は彼等を嫌いにすらなれなかった。
今もハンバーガーをもむもむ食べてる鏡合わせのアンビーがどう思っているのかは知らないけど。
もしくはどうも思っていないのかもしれないけど。
多分、どうも思わないのが賢い選択だと思う。
実際私は、シルバー小隊の悲惨な末路を知った後でも、特に何かをしようとは思えなかったし。
どこかにお墓でも作るべきかなぁとか。
遺体とか遺品とか残ってるのかなぁとか。
ただ漠然と─────それこそ今みたいに手持ち無沙汰で、ポテトでもつまみながら考えた程度。
空に絵を描くような話だ。
「……ところで、ハンバーガー。そんなに好きなの?」
「ええ好きよ。……イオ、あなたも食べる?」
ずいっと差し出されるハンバーガー。
そうやって自身の食べかけを渡してくる神経はよく分からないけど。
これも姉としての優しさと思えばまぁ、自分でも驚く程に悪い気はしなかった。
♢
シルバー小隊と呼ばれる部隊がかつて存在した。
それは有り体に言えばクローン実験部隊。
あけすけに言えば武器を持たせたモルモットの集まりだ。
いや、モルモットという表現でさえ生温いかもしれない。
私達は防衛軍が造り上げる新兵器のプロトタイプでしかなく、多少の欠陥や不具合は予想された上で生み出された存在なのだから。
クローン兵士のメリットとはやはり、優秀な素質を持った兵士を短期間に大量に生産できるという点にあると言えるだろう。
あとはいくら歴戦の兵士でも一個の間違いで命を落とす危険のあるホロウ探索を、優秀だがいくらでも補充できる兵士に任せられるのも大きなメリットだ。
この需要を満たすことこそ、クローン兵士の存在理由であり、もし満たせないのならば高いランニングコストを掛けてまでプロジェクトを維持する意味はない。
故に需要を満たせなかった私達は失敗作の烙印を押されたのだけど。
各々の戦闘能力にムラがあり、一人生産するコストも決して安価ではない。そして私のような異端が生まれるリスクを考えればまぁ確かに、私達は失敗作だと理解できる。
私は異端だった。限りなく均一に近いヒストグラムの数少ない外れ値だった。
しかしそれはアンビーのように特別なのではなく、ただ皆が歩く道から外れただけ。
生まれた時から─────生産された時からそうだ。私には共に生まれた姉妹達と大きく違う点が一つあった。
俗に私は前世の記憶というものを持っていた。
そこそこの若さで何も成さずに死んだ、しかし不幸ではなく幸福でもなかった男の人生が記憶ではなく実体験として脳に焼き付いていた。
それまで女の子として生きてきた私に呆気なく事故で死んだ見知らぬ男性の記憶が芽生えた経験は、今にして思えばトラウマだ。
最初こそクローンに記憶を埋め込む実験かとも邪推したが、研究員にカマをかけても知らぬ存ぜぬ、他の姉妹達が前世を抱えている様子も全くなく、本当に私だけに起きた異常らしかった。
しかしながら、その異常は必ずしもデメリットばかりがあった訳じゃない。
むしろメリットの方が多いくらいだ。
いくら若くして死んだとはいえ、人より十何年分人生を長く生きた体験があるのは強みだ。
特に培養液である一定の年齢まで成長を飛ばされた私達にとっては、精神年齢と肉体年齢の乖離を埋めて余りある利点だった。
もちろん精神論で戦場は生き残れないということは身をもって実感したけど、一般社会に順応して生きていくのにこの記憶は随分と役に立ってくれた。
「うにゅぅ……もう朝ぁ……?」
そんな、産まれてから今日までを振り返るような内容を夢に見た私は、冷えた空気に肌を撫でられ目を覚ました。
最近の朝は一段と冷えるので判別がしやすい。夜になると打って変わって熱帯夜やらなにやらがあるので、流石に己の体内時計と照らし合わせないと時刻は読めない。
現在の時刻は午前五時零分三十七秒五四。
いつも通り一ミリ秒の誤差もない意識の覚醒だった。
それは秒だけに病的だった。
私は一般市民となり何年か経過した今でも、未だに軍で叩き込まれたルーチンワークを徹底している。
同じ時間に同じ体勢で寝て同じ時間に起きる。
ただそれだけの事だが、ただそれだけの事を私は今も止められていない。
「運動しよ」
軍のルーチンワークはたったこれだけで終了。
ここからは一般市民としてのルーチンワークならぬルーティーンだが、やっぱりこれも軍にいた頃を引きずっているように思えてならない。
いやでも、みんな朝起きたら軽いストレッチくらい健康の為にするだろう。
柔軟体操とか。腹筋とか。町内マラソンとか。そういうのは少しでも健康に関心があれば誰でもやることだ。
……やることだよね?
ただ前言を台無しにするようなことを言ってしまうと私の場合、全部が全部健康の為にしている訳ではないのだった。
シルバー小隊から史上最速で捨てられて、しかし運良く生き残った私がさてどうしようかと考えた時に思いついた一つの指針。
それがとりあえず充実した人生を送るということだった。
何をもって充実と呼ぶのかまでは詰められなかったが。
そこは姉妹達と隠れて見た映画の主人公のモーニンルーティンなんかを参考にすることにした。
とりあえず朝起きたらトレーニング。それが終われば優雅に朝食。食後は新聞でも読みながらコーヒーを飲み、世間の動向をゆったりと流し見る。
それが私にとっての充実した生活……かどうかは今でもよくわからない。
しかしそれはそれで、私自身自覚していなかった己の癖を暴いてくれたので有用なものではあった。
推し量るに私は、何か決まったルーチンで行動するのが好きなのだと。
例えるならゲームのデイリーミッションのようなものだ。
私は一日毎に決められたタスクを忠実にこなすプレイヤー、それで得れる報酬は独りよがりの自己満足ってところか。
とんだクソゲーだなおい。
朝食を食べ終えた皿を片して、シャワーで軽く汗を流し、身嗜みも軽く整えれば、見かけの上なら仕事に行く準備は万端。
内面の方はらしくなく追憶なんぞしてしまった為、どうしようもなく憂鬱だが。
それでも結局はルーチン通りのいつもの時間に─────午前八時三十分三十七秒四八に私は家を出た。
ここからピッタリ四時間後、死んだと思われていたが実は生きてた妹に拉致拷問監禁されることになるなんてもちろん夢にも思わずに。
どこまでも能天気に家を出るのだった。