史上最速で捨てられたシルバー 作:ねるねるねるな
欲望渦巻く新エリー都にて、遂に骨子とも言える既定路線の盤面に乗ったイオが手始めにやった事─────というかやらかした事は、レイダー組織の討伐だった。
殲滅と言い替えてもいいが、彼女はとにかく目障りなレイダーを目に付いた側からシバキ回していった。
今回自身が受けた被害と妹の受けた被害。この二つを統合して考えたとしてもそこまで恨む理由があるのかと思ってしまうが、この場合彼女は憎し恨みで動いてはいない。
つまり余計タチの悪い、〝ただそこにいたから〟という何とも切ない理由で引き潰されたレイダーが数多くいた。
現状イオが手にしている情報を見る限り。
車どころか周辺の機器全てを狂わせるEMPを持つ犯人など、個人レベルでは考えられずなんらかのレイダー組織に属していると見るのが正解ではあるが。
それにしたって一人で治安局でもやらない─────やろうとしても実行困難なローラー作戦を決行するのは、無茶苦茶な話だ。
本当に無茶苦茶だ。
法の下に統制される組織ではまず行えない所業。
レイダーであり個人であり何よりイオだからこそ─────美少女だったからこそ、できた芸当だ。
「本当、見かけにもよらず……いや、見かけ通りに残酷ね、あなた。確かに私達の容姿は常人より優れているし、今にして思えばそれも兵士の需要を満たす為にそう造られたのでしょうけど。それでも自ら進んでそんな風に使ったシルバーはあなたが最初で最後でしょうね」
これは、情報支援役としてイオのバックアップに務めていたツイッギーの談。
ここまで言えば大多数は察しも付くだろうが、ここは更にわかりやすく箇条書きにして、イオのやった事を並べてみる。
一、チョロそうな構成員に色仕掛けかましてレイダー組織と接点を持つ。
二、同じ組織の構成員に更にモーションをかけて関係を泥沼化。
三、並行して他のレイダー組織の構成員にも言い寄って関係を複雑化。
四、適当な頃合いで浮気現場を誰かに目撃されれば、後は勝手に皆が争い潰し合う。
無論、状況や相手に応じて絶えず手法は変化する。
更に細かいステップも挙げればキリがない。
しかし大まかな流れはこんなもの。
詐欺師よりも欺き。
奇術師よりも惑わし。
悪女よりも誘惑し。
悪魔よりも誑かした。
その有り様にプライドは一欠片もなく、ただ人間らしい泥臭さがあった。
その過程には血も涙も汗もありながら、発想自体が人間性に欠けていた。
死にたがりならぬ生きたがりの本人の意志とは裏腹に、それは心を殺し体を犯す、言わば死に至る崩壊への道だった。
なればこそ、そんな道を歩く者がいれば人として止めたくなるのも無理からぬことで、
「もう────見ていられません」
まず初めに。
崩壊へ向かうイオの手を引いたのは、意外にも姉妹ではなく。
この時点ではまだビジネスライクな取引相手でしかない若き治安官、朱鳶であった。
最初は敵同士だった過去すら忘却し、治安官とレイダーという互いの立場すら隅に置いて、朱鳶はイオを止めた。
既に終わった戦場の跡地。
レイダー同士の抗争に巻き込まれた〝一般市民〟とその通報に誰よりも早く駆けつけた〝敏腕治安官〟という設定で、二人は向き合っていた。
しかし、周囲に意識のある人間がいない以上、その設定に準ずる必要など全くない。
「何がそこまであなたを駆り立てるのかは知りませんが、しかしこれだけは言えます。こんなの、全くあなたらしくありません。どうしてそんなに必死になって、今回の件に首を突っ込むんですか?」
それは本筋から外れてはいるものの、しかし朱鳶にしてみれば当然の疑問だった。
なにせ朱鳶が持つイオへの第一印象は、短時間で己を出し抜き、あまつさえ互いにほとんど無傷で済ませるという余力を残して無力化して見せた。〝あの時〟のイオで止まっている。
実際は常に限界ギリギリで、破裂寸前な表面張力を一秒でも長く持たせようと努力するイオにとって、それはあまりに残酷な勘違いだった。
寄り添うのなら、その苦悩を知ってやるべきだったのに。
姉としての苦労を労ってやるべきだったのに。
「撥ねられた
「撥ねられた程度かい。今は隠してるけど、痣とか結構凄いんだよ?」
「それでも程度でしょう。両手を失う程度と比べれば、まだ」
「そんな話もしたっけね。朱鳶さんもイオちゃんについて段々わかってきたじゃん」
「茶化さないでください。私は真面目に─────」
「─────でもまだ足らないね。私を攻略したいならもうちょいフラグ立てとかないと」
茶化した言葉とは裏腹に、感情の冷めた声だった。
「私は別にどうなったっていい。拷問されようが陵辱されようが両腕を失おうが、最悪死ななきゃどうにでもなる。でもあの子達はそうじゃないから」
あの子達。
いつかイオが語っていた────この時点での朱鳶に面識はない────二人の妹だ。
「こう言うと朱鳶さんは怒るかもしれないけど、朱鳶さんの仕事のモチベに負けないくらい。私は妹思いのお姉ちゃんってヤツをやろうとしてる」
それはいつか耳にした。印象に残ったフレーズだった。
きっとそれこそ、今のイオが持つ絶対の芯なのだろう。
シルバーとしての未練か。
欠陥品としての自戒か。
もしくは全く別のエゴの発露なのか。
それは誰にも─────恐らくイオ本人でさえも、わからないけれど。
しかしそれを動機に行う所業が、事故現場近辺を根城とするレイダー集団の一掃だとしたら、やはりイオのそれは狂っていると糾弾されて然るべきだが。
それでも彼女が純粋だった事だけは確かだ。
不器用なりに、姉をやろうとしていた事は真実だ。
「まぁ流石に、今回は度を越したって認めるよ。ただ今後の為にも、リスクはなるべく減らしておきたかったの」
「むしろ要らぬリスクを背負ってるだけに思えてならないのですが、既に方々から恨みを買っているでしょうあなた……」
「だから変装してるでしょ? これをやった犯人と私を結び付けない為にさ。それにやったのは治安局って標榜すれば更に紛れるでしょうよ。なんだっけ、ジェーンさん? その人のやり方と私のやり方似てなくもないんでしょ? ならその人の手柄にしちゃえばよくない?」
銀色から真っ黒に染めた前髪を弄りながら勝手なことを言う。
実際、イオの所業の何件かは既に治安局の掃討作戦であると一部界隈では流布している。
「で、犯人の目処は付いたの? この街も相当スッキリさせたし、抗争に巻き込まれたなんてオチじゃない限り、いい加減炙り出せてもいい頃合いだと思うけど」
「目処どころか捕まりましたよ。そもそも今日はそれを伝えに来たんです。なのであなたの暴走も、これで終わりです」
「暴走て……でも暴走っちゃ暴走か。Aちゃんの悲しんでる顔見て、ちょっと柄にもなく熱くなっちゃったかな」
「? 柄じゃないんですか? 妹の為に怒るのは」
「少なくとも私向きのキャラではないよ。怒るのは得意じゃない。だから人一倍頑張らないと、私は人並みの姉にはなれないの」
頑張った結果がこれなら、既に人並み外れた姉であると朱鳶は思った。
思っただけで言葉にはしなかった。
空気の読める治安官である。
「何はともあれ、犯人が捕まったならよかったよ。てか単独犯だったの? ソイツ」
「いえ、とあるホロウ強盗団のメンバーです。とはいえその強盗団も、あなたを中心としたレイダー同士の抗争に巻き込まれ壊滅しましたが。既にご存知でしたか?」
「いや、全然知らなかった。それで動機は?」
「単に車を盗もうとしただけらしいです。ただ操作に慣れていないEMP発生放置を使用したせいで、予想外の事態を色々と引き起こしてしまったんだとか」
「いくらなんでも迷惑過ぎるでしょ。これってちゃんと慰謝料とか取れんの?」
「私に聞くより弁護士に聞いた方が早いですよ」
「それはそう」
そう応えて、イオは肩から力を抜いた。
袖の余った服に隠れた義手がだらんと垂れ下がる。
「そういえば、あなたの妹さんの怪我の具合はどうなんですか?」
「妹の怪我? なにそれ、あの時の事故で怪我したの私だけだよ? 言ってなかったっけ?」
「そうなんですか? だってこれらは全て妹さんの為だったんでしょう? それなら妹さんには一体何の被害が……」
「買ってあげた新品のボンプがそのEMPにやられちゃって。まぁ今はもう直ったんだけど……いや直ったって言うのかなあれ、機械馴染みで最新の妹に修理頼んだらちょっと変な感じになっちゃったんだよなぁ……」
なんか普通に人の言葉とか喋り始めてるし、キャラもあの子と似てるし…………そんな後半部分は完全にイオの独り言のようで、朱鳶にはよくわからなかったが、とりあえず前半部分だけを聞き取って、「それは災難でしたね」なんて、当たり障りのない答え方をした。
できる治安官である。
会話内容からして設定など既に意味を成していない。
レイダーと治安官という強すぎるコントラストを埋める為に交わされた契約は破棄されたも同然。
イオと朱鳶、立場があまりに違いすぎる二人は、しかし立場など気にせず普通に会話を楽しんでいた。
迂闊にも。
壊滅したとはいえレイダーの拠点である事も忘れて─────日の当たらない闇に身を置いている現状を忘れて、会話に興じてしまったのである。
♢
「たっだいま〜」
「お帰り。夕飯はできてるわよ。お風呂も沸いてる。どっちでも好きな方を先に選びなさい」
「…………」
「……何よ、その目は」
「いやぁ、夕飯にお風呂と来たらさぁ、もう一つ選択肢があるじゃん」
「……ああ、そうね。私とした事が、むしろそれをメインに今日は進めるつもりだったのにね」
「は? マジでやってくれんの? てかメインってなによツイッギー。ちょっとお姉ちゃん追いつけないんだけど─────」
「─────それともお説教から始める? 『全てが終わったらちゃんと怒られるから、今だけはこのやり方を許して欲しい』って言ったの、どこの誰だったかしらねぇ?」
「…………」
ハイ、ゴメンなさい。
そりゃあ同じ顔ってか同じ体の女が、知らない男に好き勝手されるのは、実際に現場を見なくとも気分が悪くなるだろう。
それを知った上で身体を売った事についての説教は甘んじて受けるから、とりあえずお風呂で汚れた体を洗わせて。あとご飯も食べさせてください。
あ、ダメ? お前に選択権はない?
最初に聞いたのそっちなのに……あ、なんでもないですごめんなさい。
「変装してるとはいえ、自分とパーツが同じ人間が、レイダーのクズ共にいいようにされてるのは実際にその現場を見なくとも吐き気がしたわ」
「めちゃくちゃ言うじゃん」
「けど、私とAが怒る理由はそれじゃないわよ」
「え、なに。Aちゃんも怒ってんの? 初耳なんだけど」
「逆になんで怒らないと思ったのかしらねこの駄姉は……」
「駄姉って言うのやめて? それ普通に罵倒されるより傷つくから」
「やっぱりおかしいのよ。あなた」
初めて面と向かって言われた言葉。
なのに何故、何度も言葉にしてきたかのように、ツイッギーは淀みなくスラスラと言えたのだろうか。
それとも本当に何度も繰り返してきたのか。
言葉にせずとも心の中で思い。
頭の中で考え続けていたのか。
「自分の身をとことん顧みないというか……あなたって極論、死ななきゃなんでもいいと思ってる節があるでしょう。無事でいられるギリギリのラインは見極めてるんでしょうけど、その崩壊へのチキンレースを身内がやってるのは、痛々しいものよ」
一日で二回も同じことを言われた。
いや、この場合言わせたが正しいか。
どちらにせよ紛れもない新記録だ。
それを喜ぶような場合でも、まして悲しむような人間でもないんだけど。
「このまま行けば、死にはしないにしろ。きっと、死んだ方がマシと思える地獄を味わうことになるわよ」
「そうかな。どんな地獄でも死ぬよりはマシだと私は思うけど」
「単にあなたが無知なだけよ。あなたが知らない地獄を私は体験してきた。不幸を誇るつもりはサラサラないけど、簡単にないと言い切らないで欲しいわね」
私よりも数段上に位置する地獄の生還者は語る。
本当に、私なんてツイッギーに比べたら全然ぬるま湯もいいところだろう。
……けど、それでもやっぱり、死ぬ以上に悲惨な末路なんて実際あるのだろうか。
私は知らない男のくだらない人生の在り来りな最期を、記録ではなく
前世が呼び覚ます死の記憶。
地獄ならぬ死そのものを記憶として持っている私にしてみれば、やはりこの世は死ぬよりマシな事象で溢れているように思えてならないのだ。
だって。
だって─────あんなに無価値であんなに無意味であんなに無情なモノが。
無であり虚であり空でしかないあんな
その時、助け舟のようなタイミングでインターホンが鳴った。
説教を邪魔された形のツイッギーは、表情に出る不愉快の三文字を隠そうともせず、さっさと出てこいと私に命じた。
インターホンを押したのは果たして、どうやら配達員のようだった。
サインも要らず、ただ封筒を渡される。挨拶も特になく、その配達員はそそくさと逃げるように去っていった。
封筒くらい、ポストに入れればいいのに。
よほど大事な書類なのか。でもウチに来る大事な紙なんて公共料金の支払いくらいしか思いつかない。
少し迷って、その場で封を切る事にした。
リビングで私を待つツイッギーには申し訳ないけど、なんとなく早い方がいい気がした。
実際、その直感は間違っていなかった。
間違っていて欲しかったが。
茶封筒に包まれていたのは、もちろんあの惨劇を生き残ったレイダーからのラブレターでもなかった。
出てきたのは、たった一枚の紙切れ。
広げるとそれなりの大きさになる紙には、手書きではない印刷の文字で、ど真ん中にわかりやすく一言。
「『これ以上関わるな』……」
なんだよ。
全然終わってないじゃん。