史上最速で捨てられたシルバー   作:ねるねるねるな

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シルバーな退廃

 

 

「ねぇイオ。テレビは見た? 私達の姉妹デートを台無しにした犯人がでてたわよ」

 

「そー」

 

 

 気持ち嬉しそうな感じで報告をしにわざわざリビングまで来てくれたツイッギーにも、私はソファの上で萎んだ風船のように気の抜けた返事しかできなかった。

 私の大暴れの末に炙り出された犯人が捕まったことは、朱鳶さんに先取りして教えてもらってたし。

 そもそも今更取り立てて騒ぐような熱を私は持っていなかった。

 せっかくの姉妹デートを台無しにしてくれた犯人なんて、ムカつくはムカつくけど、それだけと言えばそれだけだった。

 

 結局、今回の件に首突っ込んで私が得たものは何一つなく。

 臆病者の本心をみっともなく晒しただけだった。

『これ以上関わるな』なんて、コテコテの脅し文句に、ハイハイと従ってしまうくらいなのだから。

 

 

「なによ。あんなに熱上げといて。もう興味をなくしたの?」

 

 

 私の犯人探しに散々付き合わされたからだろう。追ってる最中も文句タラタラだったツイッギーは、私がやめてからもしばらくは辛く当たってきた。こんな言葉も初期よりだいぶ柔らかくなった方だ。

 

 

「なくしたってば。てかなくさせられた。家の位置がバレてるんじゃどうしようもないでしょ。何されるかわかったもんじゃないし。下手に動けないよ」

 

「引っ越す資金もないものねぇ。……ちょっと、無言で服脱ぐのやめなさい。際どい写真を売って稼ぐのはダメって言ったばかりでしょうが」

 

 

 閃いた時はマジでいいアイデアだと思った。

 私天才だなって。義手とか傷跡とか上手く隠して顔と胸だけ晒せば連中飛びつくだろって。前世の知識もフル活用して完璧な画角に収めてやるって。

 でも他の姉妹達にしてみれば、自分と同じ顔した人間の秘蔵画像が世の男達の携帯に保存されている世界は、生きにくいのだろう。この前もキレられたからそれはわかってた。

 関係ない姉妹達を巻き込む訳にもいかないしね。

 私だけ顔が違えばまぁ、やっただろうけど。

 

 

「でも脱がせてもらえないんじゃねぇ。また命懸けでレイダーやってチマチマ稼ぐしかないか」

 

「私としてはあなたにまた脱がれるよりかは、そのまま命懸けでレイダーやってくれた方が百倍マシよ」

 

「犯罪者の方がマシだなんて……やっぱりツイッギーは裏社会に思想が染まりきってるんだ。私がちゃんと真っ当な人間に戻してあげなくちゃ」

 

「私は今でも十分、あなたより真っ当な人間の自信があるわよ……」

 

 

 それはそう。

 というかそもそも私達クローンだし。元々真っ当な人間ではなかったね。

 ソファの上で横になった。さっきから立ちっぱなしのツイッギーが、退けよって顔で見ている。

 あ、無理矢理スペース作って座りに来た。ツイッギーの体とソファの背もたれに挟まれてキツい。けど嫌な圧迫感じゃなかった。

 

 

「もうちょい強くてもいいよ」

 

 

 今だとちょっと抵抗すれば動けちゃうから。自分じゃ身動き取れないの方が、なんかよかった。

 

 

「なにがよ」

 

 

 しかしツイッギーは私の言葉の意味を意味を解さない。

 ……まぁ、実の妹にこんなこと頼むのは流石にちょっと頭おかしいし。流石に自重しておくか。

 

 

「いや、なんでもない」

 

「……あなた本気で頭おかしいんじゃないの?」

 

 

 わかってんじゃん言ってる意味。

 だったらもっと強くしてくれよ。

 と思ったら強く私に背中を押し当ててくれた。全くできた妹である。

 あ、いい。これ好き。私これ好き。

 なんかすっごく丁度いい圧力と重量。私これクセになっちゃうかもな。

 

 

「どうしようお姉ちゃんが変なのに目覚めちゃった……」

 

 

 一方ツイッギーは口調が崩れるくらい本気で頭を抱えていた。

 変なのとは失礼な。

 人の性癖に変も普通もないのだぞ。

 

 

「実際、ツイッギーはどう思う?」

 

「どう思うってなにがよ。というかそのままの状態で喋らないで欲しいんだけど……」

 

 

 至極真っ当な発言を私は無視して続ける。

 

 

「あの紙を寄越した連中。このまま大人しくしてれば、勝手に引き下がってくれるかな」

 

「くれると思うわよ? 現にやる気ならとっくにやってるだろうし。そもそもあなたを脅威と認めて、盤面から下ろしたいからこそのあの紙でしょ?」

 

「脅威と認めたからこそやってくるもんだと思うけどね。家の場所わかってんだからいくらでもやりようはあるでしょ」

 

「あなたの想定する手段が陰湿過ぎなのよ。何か仕掛けられた形跡はあったの?」

 

 

 ここ数日、玄関ポストやよく利用する雑貨店へのルート、その他自宅周辺に警戒網を張っている。現時点でその網にかかる不審者も不審物もなく、私の警戒は順調に徒労に終わってくれている。

 

 

「気になるものはなかったかな」

 

「なら当面の安全は確保されたと見ていいんじゃないのかしら? その道のプロであるあなたが言うのだから、私もそこは信用してるわよ」

 

「それ褒めてる?」

 

「えぇ、もちろん褒めてるわよ。卑怯上等、外法万歳、プライドなんて微塵もなく、人はそこまで落ちれるのかと、つくづく頭の下がる思いだわ」

 

 

 加虐心と悪意をいい感じにブレンドしたようなツイッギーの言葉だった。ドラマの悪役令嬢役とか応募すれば一発で受かると思うくらいのハマりっぷりである。

 言葉を選ばずに言えばただ罵倒されてるだけなのに。自然と笑みが零れてしまうのは何故だろう。

 

 

「えへへ」

 

「え、ちょっとなんで笑ってるのよ。本気でわかってないなら教えてあげるけど、今の皮肉よ?」

 

「いやわかってるよ。わかってるんだけど、ツイッギーに罵倒されると、なんか胸がキュンキュンくるんだよね」

 

「不整脈かしら……検査しようにもクローンだからマトモな病院に行けないのが辛いわね……」

 

 

 いや多分絶対そういうのではないから、最寄りの闇医者調べ始めるのはやめて欲しいのだが、でもツイッギーの勘違いを止めるよりも早く、玄関からガチャ、という音がしたせいで、私の動きは中断された。

 

 

「あら。Aが帰ってきたみたいね」

 

「ね。にしてもよく行くもんだね。そんなに楽しいもんかな、学校なんて」

 

 

 制服に身を包んだAちゃんがバタバタとリビングに入ってくる。

 本人の強い希望もあり、近所の高校にAちゃんを編入させたのがつい一週間前のこと。素性が素性なのでその編入は思い切り裏口なのだが、本人は至って真面目に授業に取り組んでいるらしい。

 喋れないで学校に馴染めるもんかと私は心配していたのだが、そこは現代っ子、携帯の手入力でどうとでもカバーできるらしい。

 今日も色々な人と〝話せた〟と大量の絵文字でアピールしていた。

 

 

「なんか、下手したら私達より社交性あるんじゃないの? ねぇ、ツイッギー」

 

「うるさいわね……私だって自覚あるわよ。というかあなたはいつまで私の背中に引っ付いてるのよいい加減暑苦しいのよ」

 

 

 Aちゃんはツイッギーとソファの間に板挟みにされた私を不思議そうに見ていた。

 なんだろう、こんな情けないところを見られてクッソ恥ずかしいのに。私の胸は高鳴るばかりだった。

 遂にツイッギーは頭の病気を疑い始めたが、しかし私が頭おかしいのは自分をモデルに設計した知能構造体に担保されているので気にしない気にしない。

 

 現にAちゃんはいつものか、とすぐに順応して、高速で打った文字を液晶に写して、私に『今日の晩ご飯なんですか』と無邪気に聞いてくるのだった。

 今日の晩ご飯は聞いて喜べ、みんな大好きハンバーグですよ。

 

 いい加減ソファから立ち上がり、晩ご飯の支度をする。

 む、いかんな。調味料がギリギリだ。この分だと今週いっぱいで使い切ってしまう。確か予備もなかったし、来週の分の買い物リストに加えておかないと。

 

 夕食中の雑談マナーは家によって異なるだろうが、ウチでは奨励されている。

 特に最近は学校に通っているAちゃんが話題の中心だが、今日は早朝に来たウザい宗教勧誘の話とかもこっちから話せた。

 いやアレほんとウザかった。山椒魚みたいな名前で、玄関を最終防衛ラインにしてたらリビングまで上がり込んできたからな。治安局に通報しなかっただけありがたいと思えよ。

 

 皆で夕食を食べた後は、シャワーを浴びて、髪を姉妹で乾かし合って、テレビとか見て贅沢に時間を浪費していた。

 

 

「…………」

 

 

 こうして日常を過ごしていると、ふとした時に、この危機感のなさはなんだ。と、理性の訴える声が聞こえる。

 夢見心地が一瞬で覚める。

 熱に浮かされた体が冷める。

 敵の存在は明白。そして己の所在は補足されている。優位は完全に握られている。対応が後手に回っている。早急に手を打つ必要がある────そこまでわかっていながら動こうとしないお前はなんだと、理性は叫ぶ。

 

 うるせぇなぁ、お母さんかよって思う。

 そんなの自分が一番わかってるっての。

 どん詰まりな現状を見ない為の現実逃避でしかないって。

 一応、釣り糸は垂らしたのだが、はてさて、結構露骨な釣り針に釣られてくれるかは、獲物の出来次第だ。

 まぁ、希望をもって五分五分と見ている。

 親玉の頭がいくらフル回転しようが、その動力が末端まで伝わってくれるとは限らないしね。

 

 やがて夜も深まり、自然と就寝の流れになった。

 ツイッギーは私の部屋だったものを奪って自室にした。

 余っている部屋は一部屋なのでそこはAちゃんにあげた。

 私はソファで一人寂しく眠る。

 この既定路線で理不尽な感じ、なんだか防衛軍時代を思い出す。

 

 

「……あぁ」

 

 

 眠りに落ちて、最近精度の落ちた私の体内時計によるとだいたい、三時間と七分四秒後くらい。

 来た、と確信があって目が覚めた。

 私は手近な外套を取り、玄関から外に出る。

 ツイッギーとAちゃんは部屋で眠らせたまま、どうか幸せな夢を見てくれていることを祈る。

 

 外に出たはいいものの。行く宛てがなかった。少し迷って、そういえば喉が乾いていたことを思い出す。なので最寄りの自販機に行くことにした。

 黒く冷たい夜風が吹いている。街の輪郭は夜の曖昧に紛れていた。

 ポツンと立つ街灯の下、目当ての自販機はあたかも神聖なもののように、闇夜の中に佇んでいた。

 ポケットから数枚のディ二ーを取り出し、投入口に入れる。

 ほとんど商品内容を見ずに押したら、嫌いな飲み物が落ちてきた。

 

 

「コンポタとか誰が飲むんだよ……」

 

 

 とはいえ寒かったのでお腹に当てて暖を取る。

 さて、時間的にはそろそろだと思うが。

 私は堪え性というものがないので、さっさと振り返って私を尾行している人物の顔を拝むことにした。

 

 

「おい、出てこい」

 

 

 沈黙の間は長い。

 こちらも気は長くないので、さっさと出てきて欲しい。

 その沈黙の間に何を考えていたのかは知らないが、やがて物陰から一人の男が現れた。

 それは、早朝に我が家を訪ねてきた宣教師を名乗るスーツの男だった。

 エセ宣教師は聖人のように不気味な薄ら笑いはどこへやら、能面のような無表情で私を見返した。

 

 

「どうやって、気づいた」

 

 

 そんなコテコテなセリフを吐くのだった。

 なんというか、すっげぇシラケる。これならまだ朝の宣教師モードの方が貫禄があった。

 

 

「誰だって気づくよあんな露骨じゃ。あんまりにも大人しくしてるからかえって焦れたんだろ? それで様子見る為にウチに盗聴器仕掛けたのバレバレ。それで、私がこれ見よがしに警戒解いてますよアピールしたらコレだ。お前、事情を知らないとは言わせねーよ?」

 

 

 言うが早いか、男はスーツの内ポケットから拳銃を取り出す。

 抜き慣れたその動作に発砲までには一秒にも満たないだろうと予測。

 その思い切りの良さと躊躇の無さは褒めてやってもいいが、だったら最初から拳銃を持って私の前に立つべきだった。

 だってこっちはとっくにコンポタの缶を持ってたんだから。男が悠長に銃を抜いている間に、私の嫌いなコンポタの缶をその中身ごと男の顔面目掛けてぶち撒けた。

 

 顔面にかかるアツアツのコンポタに怯む男。

 その隙に近づいて頭を硬い義手で一発殴り、鳩尾に蹴りを入れ、倒れたところを追撃して更に一発蹴りをお見舞いした。男は一言も発する暇もなく昏倒した。

 武装解除はもちろん手抜かりなく。

 ここ数日我が家の周辺に網を張ってもらっていた朱鳶さんに連絡を取り、回収をお願いする。

 こんな常識外れの時間にもしっかり出てくれるのだから、本当に頭が上がらない。

 

 

「しっかし。これで少しは進展するといいんだけど」

 

 

 買い直したコンポタとか飲みながら時間を潰す。

 これも数年越しに飲んでみれば、案外悪い味じゃなかった。

 朱鳶さんが来るまでの間、男が何回か目を覚ましたのでその都度、適当な部分を殴って気絶させた。

 そのうち死ぬかもな、と思ったが。

 別に死んでもいいか、とも思った。

 なんというか、敵が予想より大きそうで、正直さっさと尻尾巻いて逃げ出したいのが本音だった。

 

 

「まぁ、もう今更だよなぁ。それにまさかあの子らを逃避行に付き合わせるわけにもいかないし」

 

 

 特にAちゃんが学校に通い始めたのがクリティカルだった。

 もうこの街から離れられない。ギリギリのギリギリまでここで戦い続ける。

 それは在りし日のナンバーゼロ号のように。

 

 

「本当にもう、今更なんだよ……」

 

 

 それが死んでいった姉妹への、せめてもの償い。なんてことは死んでも言えない。

 どうせ私はロクデナシの欠陥品なのだから。

 どうせ私の本性は、きっと死ぬまで変わらないのだから。

 

 

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