史上最速で捨てられたシルバー 作:ねるねるねるな
シルバーは折れない
遺伝子的には同一である筈のシルバー小隊でさえ浮いていた私にとって、ツイッギーはアンビーと並んで無二の姉妹と言える存在だった。
当時若かった、というか毎日生き残るのに必死だった私は、頼り甲斐のある姉がいる幸運。
そして頼りない私を姉として慕ってくれる妹がいるという幸運。
これら身に余る幸運を、人間関係が増えて鬱陶しいとさえ感じていたが。
思えば私は酷い姉だった。
原点である
私は後に続く妹達に何もしてやれなかった。
私はたった一人の姉にも何一つ報れなかった。
ならばこうして拉致されるのも、そんな最低の過去のツケが回ってきたのだと考えられる。
そう考えた方が幾分気持ちが楽になる。
だってそう考えれば、服を剥かれ、手足を拘束され、手術台に乗せられる鬼畜の所業も、妹の遅めの反抗期と思えてきて、むしろ愛おしく、なんなら可愛げすら感じる。
最後の温情で下着までは脱がさないでくれたし。もしかしたら私の事を大切に思ってくれていたり?
……いや、流石に頭おかしいな。
一旦落ち着こう、普通にストックホルム症候群になりかけてる。
拉致されてから既に二時間は経過している。
手術台に乗せられてからは一時間。
天井を眺めるのもいい加減飽きてくる頃合いだ。
犯人であるツイッギーは再会の挨拶もそこそこにすぐ別室へと移動してしまった為、この部屋には話し相手はいなかった。
いや、正確には一人。
私を脱がして縛って手術台に乗せたツイッギーの助手っぽい子が部屋に残っている。
ツイッギーともアンビーともそして私とも同じ顔をした、しかし私の知らない初対面の妹がいる。
でもその子は私がいくら喋りかけても無視するし、というかマスクで口全体を覆っていてそもそも話せるかも怪しいし。話し相手にはならなかった。
となるとやっぱりツイッギーが戻ってくるのを待つしかないのだけど、正直この早く終わって欲しいと思う待機時間こそ、ずっと続けば良かったのにと思えるほどの責め苦をこれから受ける気がしないでもないので、ツイッギーにはやっぱり戻ってきて欲しくない気持ちもある。
そんな私のダブスタを知ってか知らずか、ツイッギーは右手にメス、左手に注射器を持って戻ってきた。
そのたった二つの道具を探すのに一時間使うとは到底思えないので、恐らく他にも様々な〝手術〟の準備をしていたのだろうと安易に予想できた。
予想できてしまった。
「待たせてごめんなさいねイオ。許してくれるかしら。こんな腕だから準備に手間取ったの。待ってる間は、そこの犬とのお喋りを楽しんでくれた?」
酷くノイズのかかった合成音声だった。
私の知るツイッギーと異なる声。
話し方にも、かつての面影はない。
眼帯に隠れていない瞳さえ、在りし日の光は灯ってない。
……ああ、そうか。
私の目の前に或るのはシルバー小隊の隊服を着た亡霊で、私の知るシルバー小隊所属のツイッギーはもう死んだのか。
今の私ではそう現状を理解することでしか、記憶の中に住む可愛い妹を守れなかった。
「……どうかな。なんでか私嫌われちゃってるみたいだし。というか犬なのこれ? 見た感じここにいる三人とも同じ顔してるけど、流石に自分と同じ顔の人間を犬呼ばわりはお姉ちゃん趣味疑うよ?」
妹の形をした亡霊に姉として話しかける。
けれど生者の言葉が死者に届くことはない。
今を生きる私が、過去に囚われた彼女に届かせる言葉はない。
「人間じゃないからいいのよ、コレは。あなただって、私だってそうでしょう? 特にコレは、私の細胞で造ったんだから。それもとんだ欠陥品。ただの劣化コピーにしかならなかったけど」
〝私の細胞で造ったんだから〟
それは頭の片隅に残した可能性だったが、実感の伴う言葉にされると、やはり信じられない話だった。
「じゃあなに、自分の細胞でダメだったから、今度は私のを使おうって?」
「相変わらず察しが良くて助かるわ。愚図なコレとは大違いね」
「その子が愚図かはともかく、私は間違いなく愚図だよ。そもそも考えてみなよ。私ってシルバー小隊の中でも最初も最初、史上最速で捨てられたんだよ? そんな欠陥品から生まれるコピーが、アンタの言う愚図以上だってどうして言えるの?」
「そうね。戦闘訓練も私と並んで下位を独占。私は戦闘ができない分、座学が得意だったけど、あなたはそれすらも苦手だったわよね?」
「まあね。ややこしい軍規とか多すぎる戦闘陣形とか、全く覚えられなかったよ」
「あなたより優秀な姉妹はたくさんいた。そしてあなたより不出来な姉妹は存在しなかった、それなのに」
ツイッギーはそこでワザと一呼吸置いて、
「……それなのにどうしてあなたが。あなた程度が、今日まで生き延びたの?」
どうして私達より優秀なあの子達は死んでいったの?
言葉にはしないが、暗にそう言われた気がした。
「……運が良かったからじゃない?」
「運? 笑わせないでよ。私が─────私達が体験した地獄は、運だけで生き残れような場所じゃなかった。もちろん、運が生き残る重要な要素であることは否定しないけどね。でも結局、最後にものを言うのは己の実力よ。頭脳よ。武力よ」
少なくとも、私はそれで今日まで生き延びた。
歪な合成音声はそう言った。
「私が思うに、あなたは単に爪を隠していただけでしょう。あえて無能を装うことで、他の姉妹が廃棄されないように守っていた。違う?」
「……私がそんな家族想いに見える?」
「いいえ、全くもって見えないわね。私と同じ顔なら見えるけど」
じゃあツイッギーは家族想いなのか。
それはないだろう。
この子は単に認めたくないだけだ。
家族の死を。あの悲劇を。ただ否定したいだけだ。
「……まぁもう、好きにすれば? どうせ抵抗できないし。ああでも、一応親切心で言っとくとやっぱり失敗すると思う。私も五体満足ってわけじゃないし、見ればわかるでしょ? この両腕もツイッギーちゃんと同じ義手なのよ。だから仮に造れたとしても腕なしのクローンができるだけだよ?」
「今はそれでもいいわ。少なくとも両足分は前進するもの」
言われて、私はツイッギーのブーツに隠れた両足が義足であることに気づいた。
隣の子も同様に。
両足分の前進。ならばいつか、何一つ欠けたパーツのない完全なクローンを作り出すのだろうか。
その為に使うのは
「…………はぁ、やっぱり許しちゃダメか。せめて両足分で満足しとけば─────私で終わらせておけば許してあげれたんだけど」
私なんてどうなってもいい。
この子に同情する気持ちもあるし。死なない範囲でならどうぞお好きに使ってくれて構わない。
だからその代わり、超えて欲しくない一線があった。
私を本気にさせないで欲しかった。
全部過去形だけど、つまり私が言いたいのは、
私の呟きはツイッギーの耳に入っていない。
ただ黙々と、腕以外の注射部分を見繕っている。
私達の体に普通の麻酔の類は効かないので、恐らく筋弛緩作用に特化させたものだろう。
いや、それか本当に、シルバー小隊に効く麻酔でも打つのかもしれない。
クローン研究の一環で自分の体も研究材料にしていたのなら、シルバー小隊に効く麻酔を開発するのもまあ、有り得ない話じゃない。
別にどっちでもいいけど、注射器の中身が何であれ、黙って刺される気なんてサラサラないから。
「
「…………は?」
脈絡のないセリフにツイッギーが呆気にとられた隙に、私は寝たきりの体勢のままツイッギーを蹴った。
もちろん、蹴るのに邪魔だった拘束は引きちぎりながら、私は妹を思い切り蹴飛ばした。
上を向いたままだったのでどこに当たったかは定かじゃないが、どこかに当たりさえすればそれで良かった。
ゴホゴホとノイズがかった声で咳き込むツイッギー。
恐らく鳩尾にクリーンヒットしたか。
なら好都合、しばらくそこで咳き込んでてくれ。
「全く、シルバー小隊を拘束したいなら鉄の手錠を用意しなって。こんな安い革の拘束ベルトくらい私でも引きちぎれるよ」
腕と足、全ての拘束を破りようやく、寝心地の悪いベッドから解放される。
自由になった腕を軽く回しながら、未だ膝を突いて咳き込むツイッギーに近づく。
私はやっぱり酷い姉だ。
倒れる妹に手を差し伸べるのではなく、更に痛めつけようと言うのだから。
気持ち的には誰かに止めて欲しかった。
私という悪を止めて欲しかった。
何一つままならない人生を送ってきた私だけど、その最後の願いだけは叶った。
何も言わずに、私とツイッギーの間に立ったのは同じ顔をした少女だった。
「…………!」
ツイッギーの盾となるように両腕を広げる彼女の体は、しかし小刻みに震えている。
でも決して退くことはない。
むしろ毅然とした態度で、私という悪と対峙している。
「どうしても、退かないの?」
「…………」
「私、さらわれたんだけど?」
「……、……」
「それでも、ダメなの?」
「…、……、…」
「っ〜もう……」
これじゃ埒が明かない。
流石に無抵抗のこの子に手を出すほどキレてる訳じゃないし。
それになんだかこの子と会話(一方的だけど)してる内に、沸騰していた頭もすっかり冷えてしまった。
「わかったよ……もう手出さないって。私を拉致して実験に使おうとしたことも、私以外の姉妹に手を出そうとしたことも、この蹴り一発でおあいこ」
早口でそこまで言うと、少女は目を丸くして驚いていた。
少女の背後からも息を飲むようなノイズが聞こえる。
でもその後に聞こえたのは、怒号のようなノイズだった。
「な、によ。なによなによなによ! おあいこって巫山戯てるの!? 誘拐して、実験材料に使おうとして、それをこれだけで済ますなんて、どうして蹴り一発で済ませるの! もっと痛ぶらないの! 復讐しようとか思わないわけ!?」
「思わないね。いや、痛めつけようとは思ってたけど、もう二度とバカな考えを起こさないように分からせる程度だよ」
「っ、あなたはいつもそうよっ! 研究員に欠陥品と蔑まれようが、他の部隊の兵士達に出来損ないと罵られようが、あなたは気にも留めなかった」
「だから連中には言わせておけばいいんじゃないの? 実際私は欠陥品で出来損ないだったんだし─────」
「違う!!!」
一際大きなノイズが部屋全体を揺らす。
キーンと耳鳴りするくらいの大音量。
けれど不思議だったのは、その後に聞こえたツイッギーの声や喋り方が、あの頃に戻ったような感じがしたことだ。
「欠陥品は私なの……出来損ないは私だったのよ……そんな私をあなたは守ろうとしてくれて……」
「…………」
「誰一人、あの無能共の中にイオの実力がわかるやつはいなかったのよ。……私の姉さんは本当は凄い人なのに。その気になれば、アンビー隊長にも引けを取らない凄い人なのに……私のせいで……」
出来損ないのクローンができるとわかっていながら、それでも私をさらった理由。
もしも最初からツイッギーの狙いが私だけだったのなら。
私はとんだ早とちりをしてしまったようだ。
「……ツイッギー」
「……なによ」
「あんた、私の家に住む?」
今度は息を飲むノイズすら聞こえなかった。
単純な驚愕度で言えば、このセリフの方が遥かに上らしい。
「私のこと好きなんでしょ? それなら結構美味しい提案なんじゃない?」
「す、好きって、そんなワケないでしょう! あなたのことなんか大っ嫌いよっ!」
「わ〜私の姉さんは本当はもっと凄いんだ〜っ!」
「ぶっ殺すわよ!」
「おー怖……でも、そうやってハッキリものを言えるようになって、私は嬉しいよ」
「嘘ばっかり……でもそうね。そうできたら、いいんだけどね」
逆にできない理由があるのか。
まさか本気で私嫌われてる?
いや、そうできたらいいって言ってるんだからそれはないだろう。
落ち着け私、久々にキレたりしたから脳がバグってる。
思考しろ。少し考えればすぐわかる。
そもそもクローンの研究なんて、防衛軍でさえ金に困るようなプロジェクトだった。
あれから日が経ち多少コストも安価になっただろうが、それでも誰か一人の個人資産で賄えるとは到底思えない。
「そうか……スポンサー」
それも根っからの裏組織は有り得ない。
ギャングやレイダーが思いつくクローンの活用法などたかが知れてる。
クローンの有用性を真に理解しているのは表の人間だ。
防衛軍が見い出した兵士としての素質。
もしくは単に安価に使える労働力としての性質。
前者に関しては防衛軍が失敗している。後者については四肢のない欠陥品は労働力足りえない。
義手を大量に用意できるならまだしも……大量に?
なんで大量だと思ったんだ私は。
クローンなんてコストの高いものをそう簡単に量産できる訳が……あるのか。
コストダウンの可能性は最初に考えている。
それにそもそもが欠陥品、言ってしまえば廉価品ならば、大量に作ることも可能ではないか?
そして考えながら気がついたが、義手を造り労働力として仕立てるよりもよっぽど有用な使い道があった。
そうか、腕と足がなくても、そこは至って健康体だろうしね。
「人権に配慮する必要が全くない健康な臓器のドナー。それをセールスポイントにして、あんたはスポンサーに媚びを売った?」
「正解よ……でもそれは向こうが好きそうな利用価値を選定して選んだだけで、私の目的は別にあるわ」
「それもまぁ、だいたい予想できるけど……いやできちゃったけどさ。やめときなよホント。私、それをするなら今度こそ本気で怒るからね?」
「心配しなくても夢は夢のままよ……『砂糖と空気から軍隊を作る』なんて絵空事。……まだクローンの量産体制なんて整っていないし、私もこんなに早い段階で潰えるとは思っていなかったけど。……私ともあろうものが、功を焦ってあなたを狙ったのが失敗だったわね」
自嘲気味な笑みを浮かべながらツイッギーは言う。
どうやらツイッギーの計画はまだ走り始めの段階だったらしい。
夢は夢のまま、悪夢が現実味を帯び始める前に、私はこの狂想を止めることができたのだ。
「……ん? ちょっと待ってよ。じゃあ何が問題なの? 別にスポンサーにしたって黙って飛んじゃえばいいじゃん。どうせ今のあんたは裏の人間なんだから、適当に野垂れ死んだことにすれば追求もされないでしょ」
「それはあなたが防衛軍相手にやったみたいに?」
「……それはノーコメントだけど。とにかくね。私のことが嫌いなら嫌いって言って欲しいの。そしたらもう何にも言わずに帰るから。金輪際関わりもしない。この件は忘れて普通に生きる。あんたがまた、バカげた夢を見ない限りはね」
妹を諭すように語りかける。
私はこんな優しい声を出せたのか。
それか単に、声の出し方を忘れていただけかもしれない。
「でももし、ツイッギーが私を嫌いじゃないなら。やっぱり一緒に暮らそう。私はやっぱりあんたのこと、嫌いになんてなれないから」
「……いいの? 私は許されていいの?」
「私は許したよ。それにその子だって、あんたを守ったんだからとっくに許してるでしょ。というか私、この子も養うつもりだから、名前いい加減教えてよ。まさかつけてないとか言わないでよ?」
言われたら言われたで私が名付け親になるが。その場合センスは期待しないで欲しい。
ツイッギーが答えるまで間があったので、私は元々着ていた洋服に着替えていた。
最後の最後で下着姿のままじゃ、格好つかないからね。
もう私とツイッギーの間に壁はない。
もう止められることもない。
止めて欲しいと思わない。
ただこの奇跡に感謝しながら、私は手を伸ばす。
失った手を、妹に差し出す。
ツイッギーは。
ツイッギーは、差し出された手を取った。
失った手で、確かに掴んだ。
掴んだ手のひらにかつての温かみは感じられなかったけれど。
かつてのような姉妹には、確かに戻れた。
「じゃ、帰ろっか」
「……うん」
仕事とか昼休憩中にバックれたし、それにこの子達が使う部屋と服の用意とか、他にも問題は山積みだろうけど。
まぁ、目下一番の問題である怖ーい上司への言い訳は、姉妹喧嘩してましたで通してみようかな。