史上最速で捨てられたシルバー   作:ねるねるねるな

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シルバーは働く

 

 

 実験体一号。

 姉妹間で名付けた固有名詞はイオと言うが、ここではあえて一号と呼ばせてもらう。

 想定していた以上の性能を持って生まれた零号を姉に持ち、そして彼女と同等の性能を研究員に期待され、しかしその期待を完膚なきまでに裏切った欠陥品、それが一号に下された、大勢の主観を集めてできた客観的な評価だ。

 

 その評価を静かに受け止め、むしろ積極的に己を史上最速で捨てられたシルバーと自嘲的に……否、自罰的に語る一号は、しかし裏を返せば、この過酷な世紀末をどの姉妹よりも長く孤独に生き抜いてきたシルバーでもある。

 

 たとえ両腕をなくそうが。

 レイダーの慰み者にされようが。

 千の虐待、万の恥辱に身を晒そうが。

 命あっての物種だと強がりでなく虚勢でなく本心で言えるのが、一号というシルバーの特異点であり欠点だった。

 

 己に課したタスク────予定調和をルーチン通りに調和させ続けるのが一号が持つ唯一の人生の指針であるならば。

 この世紀末を生き抜くというのは、一号が持つ絶対の命題と言ってもいい。

 

 それは前世の記憶。即ち死の記憶を持っていることに起因するものだと、彼女は自覚していないが。

 どんな地獄でも生き残ること。

 どんな戦場でも死に損なうこと。

 死んでも死にきらず、殺されても殺し返す、そんな病的、或いは狂的なまでの生存本能を宿すのが一号と呼ばれるシルバーだった。

 

 

 そんな一号のここ最近のQOLは、比較的高い水準を保っていると言っていい。

 そもそもの基準が低いのもあるが、断絶していたツイッギー(いもうと)との関係を修復し、そして新たに可愛い妹ないし姪っ子(ツイッギーから生まれたクローンと考えれば)まで家族に迎え入れた彼女の人生は、ある意味では絶頂期と言えた。

 

 それはあまりに早すぎる有頂天だが。

 しかしその有頂天はあくまでマクロな視点で見た場合の話であって、細かいところを見れば問題点は山積みだ。

 

 

 誘拐されたことを頑なに伏せた結果、結局昼休憩中にバックれたDQN扱いされて仕事はクビになったし(元々の勤務態度にも問題があったが)。

 もちろん家族が増えた関係上、一人暮らしだった頃よりも出費は増えるし(洋服代、調度品、食費等)。

 端的に言えば散々だ。主に金銭面が。

 

 義手の性能の低いツイッギーにはあまり仕事はさせたくないし、もちろんツイッギーの複製体である少女にだって無理はさせたくない。

 よって一号が。

 イオが。

 姉として頑張るしかないのだが、しかし彼女はつい昨日クビになったばかりの現在ニートである。

 

 

「さて、どうしたものかなぁ……」

 

 

 独り呟く一号改めイオ。

 手狭に感じるようになった部屋の中心で、寝転がりながら思案に耽ける。

 正直、金を稼ぐ手段について、何も考えがない訳でもないが、その考えを積極的に実現しようとも思えないのが現状だ。

 

 

 要は決心する勇気が欲しかった。

 または覚悟が。

 もしくは理由が。

 なにか一本芯だったものがないと動けないのが、彼女の弱みでもあり、しかし賢明なところでもある。

 

 

「ねぇ、ツイッギー」

 

「なによ?」

 

 

 寝転がって見える視界にはツイッギーの顔がある。

 つまりイオはツイッギーに膝枕された状態で寝転がっていた。

 少し前ならありえない光景だったが、今では当たり前の姉妹の日常である。

 

 

「今なんか欲しいものとかある?」

 

「別に。今は特にないわ。そもそもあなた今お金ないんじゃなかった?」

 

「だからもしお金があったら欲しいもの。予算考えなくていいから、なんかあったら嬉しいものとかないの?」

 

「あったら嬉しいもの。そうねぇ……強いて言うなら、もう少し性能の高い義手が欲しいかしら。……いや違うか。やっぱり性能は低くてもいいから、もう少し生身の腕に見た目が近いものが欲しいわ」

 

「あー確かに、真っ黒の義手じゃオシャレとかしにくいもんねぇ」

 

 

 そう言うイオの義手も真っ黒けである。

 その義手に人の身に似せようという無粋な意思はない。

 あるのは人の身を凌駕しようという機械的な狂気のみ。

 それはシルバー小隊を抜けたばかりの若かりしイオが、レイダー稼業で身を立てていた頃に作ってもらった特注品であった。

 

 

「そっか。義手かぁ……」

 

 

 チラリと横を見ると、そこでは映画を見ていたA(ツイッギーの複製体の名前である)が、不便そうにイオの揚げたフライドポテトをつまもうと四苦八苦していた。

 イオはその可哀想なトライアンドエラーを見て失敗したなと思う。

 自分はとっくに慣れたからいいが、慣れていないとああいう食べ物は油で滑る上に触った感覚もないので、とにかく掴みにくいのだ。

 

 最終的にはそれを見兼ねたイオがAの隣に行き、映画が終わるまでポテトを食べさせる係をした。

 しかしながら、これを作った自分の責任というのもあるが、実はこの餌付けに満更でもないイオである。

 さもありなん。

 

 

「ぁ……アィ、ガト……」

 

「ん、どういたしまして」

 

 

 拙い発声でもちゃんと言えたAの頭をぽんと撫でながら応える。

 こんな、本当になんて事はない家族のやり取りの中でも、イオの決心はついた。

 先程まで迷っていたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど簡単に、覚悟ができてしまった。

 

 

 それはつまり、死の危険が蔓延る世界へと舞い戻る覚悟。

 己の命題さえ捨てる理由。

 恐怖を凌駕する勇気の根源。

 レイダーに身を落とすだけの大義名分が、果たして彼女にはできてしまった。

 

 

「見た目が良くて、それに性能もいい義手……それに足、足もできれば替えたいよね。それが二人分ってなったら……やっぱりレイダーで一山当てるっきゃないかな……」

 

 

 とまあ大まかな流れはそのような感じで、イオは再びホロウという暗黒に飲まれる決意を固めた。

 奇しくもそれは、かつて姉妹を救う為にホロウへと落ちた長女(アンビー)と同じような心の動きで。

 欠陥品だなんだと言いつつ、結局は彼女も家族想いであり、どこまで行ってもシルバー小隊なのだった。

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 という訳でさっそく、場所は変わってホロウ内部である。

 もちろん慎重さこそを売りにするイオが、いきなり原生ホロウを攻める訳もなく、侵入したのは既に活性期を終え衰退期に入った共生ホロウである。

 受けた依頼に関してもリハビリを兼ねて簡単な物探しだった。

 更にダメ押しでリスクヘッジの為にも、雇うプロキシはイオの知る限り一番腕の立つ者を選んだつもりだ。

 

 

「うん。集合時間ピッタリだ。相変わらず時間にはシビアだねイオ。今の体の調子はどうかな。最後にホロウに入ったのは一年以上も前だろう? もし体調が悪くなったりしたらすぐに言ってくれ」

 

 

 如何にも旧知の仲と言った風に話しかけてくる青年の声は、しかし声に似つかわしくない可愛いボンプから発せられていた。

 そのともすれば笑えてしまうようなギャップを懐かしく思いつつ、イオはボンプの中に宿る青年に向けて応答する。

 

 

「心配しすぎだよパエトーン。いくらブランクがあるとはいえ、エーテル適性までは衰えはしないっての。それより私が心配ならさっさと仕事終わらせて、こんな場所からおさらばしちゃう方が安全だって」

 

「確かにそれは言えてるかもね。じゃあ僕もなるべく最短ルートで案内を進めるとしようか」

 

 

 てくてくと先導を始めたボンプに付いていく。

 プロキシとはホロウの水先案内人を指す職業の名前だ。

 もちろんイオのようなレイダー相手に商売する以上、立派な裏稼業と言って差し支えないが。

 

 空間が歪みで内部の座標が常に一定でないホロウでは、目的地に到達するのはもちろんのこと、脱出口を見つけることさえままならない。

 

 そこでキャロットと呼ばれるホロウの座標変化の規則性を解析した地図を使って探索するのが常なのだが、これもリアルタイムに変化し続けるホロウではたちまち役に立たなくなる。

 

 そこで合法非合法やり方は問わず、あらゆる方法で集めたホロウのデータからリアルタイムにキャロットを作成して、探索者に提供するのがプロキシの主な仕事だ。

 

 基本的には椅子の男。

 稀にレイダーじみた武闘派のプロキシもいるにはいるが、流石にボンプの体を操って案内をするプロキシなどと言うのは、仕事を通じて様々なプロキシと出会ったイオでも、パエトーン以外に見たことがなかった。

 

 

「妹さんは元気? 最後に話した時は車校に通ってるとか言ってたけど、ちゃんと免許取れた?」

 

「ああ、元気だよ。元気すぎて困るくらいさ。今日も元気を爆発させて、うっかりスピード違反しそうになってね」

 

「元気なのはいいことじゃん。ウチのは最近反抗期気味でね。妙にツンツンしちゃってさ。そこがまた可愛いんだけどね」

 

「うん? イオにも妹がいるのかい? それは初耳だね」

 

「話してなかったっけ? ああいや、話してないか、あの頃は死んだとばかり思ってたし。まぁ簡単に言うと死に別れたと思ってた妹が実は生きててね。そんで再会しても速攻で姉妹喧嘩になったんだけど私がボコって、そっからまた仲直りしたのよ」

 

「したのよって、その言いぶりからして、今の話にはイオの脚色がかなり入ってる気がしなくもないんだけど……」

 

「察しの良すぎる男は嫌われるよパエトーン。いや違うか。察しは良くてもいいけど、察したことの三分の一は敢えて見逃すくらいの度量は魅せなくちゃね」

 

 

 何目線かよく分からないアドバイスだったが、実際パエトーンの片割れである青年は今後、この適当なアドバイスによって様々な窮地を救われることになる。

 

 その窮地とは主に女性関係の。

 ドロドロジメジメとした人間関係について。

 それが明らかに己に関連する事象であっても、敢えて見なかったフリをすることで精神衛生を保つ方法を学んだのだ。

 もちろん。そのような事態に彼が将来巻き込まれることなど、イオが想定していた筈もないが。

 救われた人間は確かに存在したのである。

 

 

 閑話休題。

 

 

「どう? そろそろ目的地には着きそう?」

 

「そろそろというか……もうこの辺りだよ。ほら、あの公園の中心に生えた巨大樹の下。目的のものはそこにある」

 

「オーケー。そんじゃ宝探しと行きますか」

 

 

 イオは近くにあった工事現場から取ったスコップを使って、大樹の下を掘り始める。

 イオの受けた依頼は依頼人が幼少期に埋めたというタイムカプセルの回収だった。

 

 大人になったら必ずここに集まって取りに来ようという名目で、依頼人が当時の友人達と共に宝物を持ち寄り詰めた思い出の箱。

 しかしその約束は、突然のホロウ災害によって理不尽に破られることになったが。

 

 唯一災害から生き残った依頼人は、過去の未練を断ち切る意味。そして何より亡くなった友人達への手向けの意味を込めてこの箱の回収を頼んだのだった。

 

 

「はぁ……っと、にしても疲れるなぁ。結構深いところに埋めてんだね。依頼人は当時まだ子どもでしょ? いくら数人がかりとはいえよくやるよ……」

 

「穴掘りに夢中になるのもいいけど、警戒は怠らないでくれよ? ここまでエーテリアスの少なそうなルートを選んだけど、ここがホロウ内部であることに変わりはないからね」

 

「わかってるよ。体力は常に温存しとく。戦うにしろ逃げるにしろ。まずは動ける体力が残ってなきゃ話にならないからね」

 

 

 そうパエトーンに語ったイオは、しかし何もわかっていなかった。

 意識していたにせよ無意識にせよ。その〝候補〟を予め除外してしまったのが、特に最悪な失敗だった。

 要するに、イオはホロウ内で警戒心を振り分ける敵をエーテリアスのみに絞ってしまったのだ。

 なんの確証も、まして保証もないというのに。

 

 

「─────本部へ連絡。こちら特務捜査班班長朱鳶。ヤヌス区共生ホロウ内にて、調査協会の認可を得ていないレイダーらしき不審な人物とそれに追従するボンプを発見。これより追跡を開始します」

 

 

 

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