史上最速で捨てられたシルバー 作:ねるねるねるな
アンビーとツイッギーが話し始めたのがここに来てすぐだから、およそ三時間前。
体内時計でもっと正確に刻んでもいいけど、この場合それは無粋な気がした。
私とはあまり積もる話がなかったアンビーだが、それもその筈で私は最速で捨てられたシルバーなのだから、私以降の姉妹達と比べれば、そりゃ出てくるエピソードの量も段違いだろう。
それでも最初こそ気まずそうにしていたアンビーとツイッギー。
特にツイッギーはアンビーについて色々と思うところがあったのか、なんとなく冷たい対応をしていたけど、そこは私が窘めた。
とはいえアンビーの方に何も問題がない訳でもなく、基本的に口下手な姉妹なので、本人の意思に関わらず言葉遣いに問題があれば私が適宜翻訳したりした。
全く手のかかる姉妹だ。
一体誰に似たのやら。
……いや誰似とかねぇよクローンだったわ。
しかし、自分と同じ顔を持つ人間が三人も同席する状況とは、これはこれで悪夢のようであり、下手な映画よりもよっぽどホラーしてる。
そう考えたらパエトーンチョイスの映画も大したことないように思えてきた。まだ見る前だけど、実際に見たらわからせられるやつか? これ。
Aちゃんがぽんと私の肩を叩く。
最近叩かれることの多い私の肩だ。
「エ、イガ、マダ……?」
「ああ、そっか、そうだよね。ちょっと二人とも、私の知らないシルバー小隊トークで盛り上がるのもいいけどさ。私がせっかく揚げたポテトも冷めちゃうし、いい加減借りた映画見ようよ」
と、本題であり本筋の映画鑑賞の呼び水を差す。
そもそも私の家まで強引に付いてきたアンビーだって、映画を観たいが為に来たんだから、如何にツイッギーとの再会が衝撃だったとしても、せめてそこはブレないで欲しかった。
「そうね。積もる話は後でもできるし、今は映画を楽しみましょう。それでいいわよね。ツイッギー」
「……仕方ないわね。本当はアンビー隊長から聞きたいこと……聞き出したいことはあったけど、イオがいる前ではやめておくわ」
「……え、なに? なんで二人ともそんな剣呑な雰囲気になってんの? 普通に仲良く会話してたじゃんさっきまで」
「あなたがいなきゃもっとボロクソに言ってたわよ。……でもあなたはどうせ、私達が地獄を経験してる中、ハンバーガーの味を知って、映画の楽しさを知って、新しい家族まで作っていたアンビー隊長に、何も思うところはないんでしょ?」
ツイッギーはそこまで早口でまくし立てた。
言葉だけが独り歩きをし始めたように流暢で、そして痛々しかった。
「あなたはきっと恨み言一つ言えないわよ。私達が苦しんでる間、邪兎屋の傭兵として幸せに生きていたアンビー隊長に対して。ねぇイオ、そうでしょう?」
流石にここは映画観ようよと言って誤魔化せる雰囲気でもない。
私は観念して素直に答えた。
「……そうだね。私はそんなこと、口が裂けても言えないと思う」
だって私の苦しみの全ては自業自得だから。
妹を守れず姉を支えられず、そんな欠陥品の私にはお似合いの地獄だった。
最後まで長女として部隊を守ろうとしたアンビーを尊敬こそすれ、恨むことなんてできっこない。
「私には無理よ。そんなこと」
私はイオのようにはなれないと。
アンビーのことは昔から好きだし、これからも嫌いになるつもりない。
その上で許せないことはあるし。認められないこともあるとツイッギーは言った。
「……じゃあツイッギーは、アンビーが同じだけ苦しめば幸せなの?」
私はツイッギーではなくアンビーを見て言った。
アンビーは黙ったまま、しかし目を逸らすことなく私を見つめ返している。
ツイッギーも言葉に詰まったようで、声にならないノイズだけが部屋を満たす。
私はそのノイズが消えるのを待って、続く言葉を発した。
「最初にアンビーと会った時、私はむしろ嬉しかったよ。アンビーが幸せそうに生きてくれてて」
「嬉しかった……?」
そこで声を上げたのはずっと事態を静観していた当事者であるアンビーだった。
表情こそ変わらないが、声色は怒った親の顔色を伺う子どものようなテンションで、いつになく弱々しかった。
「どうして? 恨みはないにしても、それで喜ぶようなことがあるの?」
「あるよ。家族が元気で幸せに生きてるっていうのは、それだけで嬉しいもんでしょ」
ただ生きてるだけでも嬉しかった。
私が苦しんでいた時間が、アンビーにとっては幸せな時間だったのなら、より嬉しい。
バカみたいだけど、まるで彼女の身代わりになれたような、そんな夢を見られるから。
「本当、イオがこんなだからやってらんないのよ」
やがて訪れた静寂を破るように、ツイッギーは呆れた口調で言った。
それとも単に疲れていたのか。
恨み続けることにも、いい加減辟易していたのか。
ツイッギーはダイニングの椅子から乱暴にテレビの前のソファに座り、ドンドンと新調した義手で自分の両脇の空きスペースを叩いた。
「映画を見るんでしょう? なら早く座りなさいよ。ああ、左がアンビーで、右がイオね。Aはイオの隣に座りなさい」
もう隊長とは呼ばないツイッギーだった。
そしてめちゃくちゃに仕切るツイッギーだった。
いやいいんだよ? いいんだけど、さっきまでの気まずいを空気作って、それでまた壊してって、いくらなんでも大暴れ過ぎない?
「なによ。そんな人の顔をジロジロ見て、嫌な感じね」
「どうせ同じ顔なんだからいいでしょ。鏡見てんのと変わんないよ」
「あらそう? 鏡にしては眼帯が足りないように見えるけど」
「ツイッギー」
ツイッギーに言われた通りに左隣に座ったアンビーは言う。
「私、もっとあなたと話したいと思う。今までのことも、これからのことも。どうかしら、今度ルミナスクエアでデートしない?」
「……まぁ、考えておくわ」
……おお、なんか、上手く言葉に出来ないけどいい。
すごくいい。なんか涙でそう。
私とAちゃん家で留守番だけど、まぁそれはそれでいい。
「? 何言ってるの? 二人も来るのよ。せっかくの機会なんだから、みんなで姉妹デートしましょう」
と、留守番計画を考えていたところでまさかの提案。
というか爆弾。
みんなで姉妹デートっていう言葉がちょっともうよくわからない。
「……えっと、アンビー? デートの定員は世間一般に照らし合わせて二名が相場だってちゃんとわかってる?」
それとなく前提知識を確認。
最速で浮気宣言されたツイッギーはマジかコイツって目でアンビーを見ている。そりゃそうなるわ。
「……そうなの? でもこの前プロキシ先生と私とニコの三人でデートしたわよ?」
「ちょっと待って、それがマジなら私アキラ君を本気で詰めないといけないんだけど」
「なんでアキラ先生に? 私とニコがデートしたのはリン先生よ」
「いやなにしてんのリンちゃん!?」
思わず素でそう叫んだ。
えっと、マジ?
アキラ君ならともかく(偏見)、リンちゃんがそんなことすんの? 嘘でしょ?
……いや待て冷静になれイオ。どうせ女三人のお出かけを、デートと曲解して受け取っているだけだ。そうだ、そうに違いないてかそうであれ!
私は半ばヤケクソになって、借りた映画のカセットテープをテレビに読み込ませた。
トップバッターに選んだのは『ポッター・ヒル』。今の衝撃を越えるようなホラーを体が欲していた。
まぁそんなホラー映画があるとすれば、それこそトイレに行けなくなるようなレベルのホラーだろうけど。
♢
アンビーは今日泊まることにしたらしい。
そもそも私から提案しようと思っていたのに先を越された感じだった。
ツイッギーもAちゃんもソファで寝息を立てている。
その上で二人とも私を抱き枕のように掴んで離さないので、何とも可愛い妹達である。
名残惜しいけど、いつまでもこのまんまな訳にも行かないので、私は二人を起こさないように慎重に拘束を抜け出して、二人をそれぞれのベッドまで運んだ。
「ちょっと待っててよアンビー。今アンビーの分の布団も敷いちゃうから……ああ、それかベッドじゃないと寝れない? なら私が布団で寝るからアンビーがベッドでいいよ」
「どちらでも構わないわ。というか忘れたの? 私達シルバー小隊はどこでも、それこそ固い地面でも熟睡できるように訓練されていることを」
「そういやそうだっけね。でも私は生憎欠陥シルバーだから、柔らかいベッドか布団じゃないと寝れないよ」
「私も地面よりは柔らかいベッドか布団の上の方が好きよ」
「逆に地面の方が好きなやついる?」
冷たくて固い地面の感触を思い出しながら、アンビーの分の布団を準備する。
やっぱり感触は思い出せなかった。
多分、私はその訓練をする前に廃棄されたのだろう。
それか真実、姉妹との思い出を忘れたか。
どちらにせよ。
どちらにせよ忘却の可能性があるというだけで、自己嫌悪に陥る理由には十分だった。
「ねぇ、イオ」
用意した布団にもぐったアンビーが引き止めるように言う。
「私……私達邪兎屋は、あなたに手伝って欲しい仕事があるの」
放たれたのは脈絡のない言葉。
プライベートの時間の後にすぐ仕事の話に切り替わるのは、アンビーらしいと言えばらしいけど。
こう楽しい時間の余韻に浸る時間とか、せめて明日の朝まで待てなかったのかとも思う。
「無理よ。だって明日の朝にはもう忘れているわ。今思い出したのだってどれだけの奇跡か、あなたにわかる?」
「わかるか……で、なんなのよ手伝って欲しい仕事って」
「話は聞いてくれるのね」
「話くらいはね。ほら、私も眠いし、早く事情を話してよ」
「防衛軍から反乱軍に盗まれた新兵器の破壊を依頼されたの」
アンビーは端的にそう言った。
そのままアンビーは矢継ぎ早に説明していく。
「公に軍を動かせないグレーな案件で、だから私達のようなレイダーに依頼したみたい」
「大丈夫なのそれ? 仕事終わった後に用済みとか言って始末されない?」
「もう昔ほど好き勝手やれる時代じゃないわ。旧都陥落からシルバー小隊の失敗……その他にも様々な要因で防衛軍はその力を落としている。でないとそもそも私達に依頼なんてしてこないでしょう」
「そういうもんかねぇ……ま、いいや。続きどうぞ?」
「そう、それで。その兵器は反乱軍に盗まれたのだけど。それが昨日の深夜。それで明後日までに破壊して欲しいというのが依頼」
「明後日って、もう日付変わったけど、つまり明日?」
「そうね。だから寝て起きたらすぐ仕事よ」
「……あのさ。そういうの頼むにしても、映画四本連続で観る前に言ってよ」
「だから今思い出したのよ」
「はぁ……まぁいいよ。手伝ったげる。それで実際どういうものなの? 防衛軍がレイダーの手を借り手でも破壊したい新兵器ってのは」
「人工兵士よ」
今度こそ目を丸くした。
また同じことを繰り返すのかと。しかもそれをよりによって私達に〝破壊〟させるのかと。
やっぱり断ろうと思った。しかも悪いことにアンビーの続く言葉でその思いは更に加速した。
「いえ、私達のようなクローンではなく、単なる知能構造体……ただ、シルバー小隊で最も優秀だった兵士─────つまり私をモデルにした
つまりアンビーに似たロボっ娘が盗まれて反乱軍にいると?
防衛軍にはそもそも最後のシルバーなハリンちゃんがいるだろうに。最強のシルバーにどんだけ未練タラタラなんだよ。
えーマジで嫌だなぁ。
嫌だけどもうやるって言っちゃったしなぁ。
それにアンビーに頼られた嬉しさもあるしなぁ。
とまぁ、答えなんて決まりきっているのに、心の中でさえ私は迷う振りをした。
自分相手に何を取り繕うのかという話だが、自分さえ黙せる理由がないと私は安易に動けない。
それは死を拒む私の性である。
それか死のリスクを背負うに足るリターンがあれば、私もやる気が出るのだが。
「ああ、ちなみに報酬は私達とあなたで折半だけど、大体このくらいね」
そう言ってパッと両手を開いてみせるアンビー。
段々と脳が追いついて、私は声を上げた。
「えっと待って、それって一本いくら?」
「百」
「万?」
「万」
「やります。やらせてください」
理由さえ置き去りにして即答する私。
思えばお金に目が眩んだ、あまりに早まった判断だったが、しかし仕方ないと思う。
そもそも私がここで十二時間後に訪れる大ピンチまで予測して賢明な判断ができるような人間なら、そもそも欠陥品って呼ばれていないのだから。