史上最速で捨てられたシルバー   作:ねるねるねるな

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シルバーの錯綜

 

 

 禁断の果実テスト。

 それは機械に個性を認める分水嶺。

 つまり意思ある機械が生命であるか無機物であるかを決定付ける判定条件だ。

 

 例えば邪兎屋が誇る戦闘員ビリー・キッドは、このテストを見事突破し自我を認められた知能機械人である。

 何もこれは珍しいことではなく、科学技術の発展が目覚しい昨今の新エリー都では、様々な機械人がその権利を認められ社会参画を果たしている。

 

 かつて道具として側に置いていたものが、今では隣人として隣を歩いている。

 それは今でこそ当たり前の光景として受け入れられているが、そうなるまでにどれ程の世代交代を経たのだろうか、なんて。

 いつになくらしくないことを、イオは窓の景色を眺めつつ考えた。

 

 しかしらしくない思考に身を委ねるのもこの場合仕方ないと言える。

 なにせ仕事が仕事だった。

 反乱軍によって奪取された新エリー都防衛軍新兵器の破壊。

 厳密に言えばシルバー小隊の最高傑作、零号・アンビーをモデルにした知能構造体の破壊。

 モデルの部分については実体のない噂とはいえ、現段階で揃えられた情報だけでも、十分に現実味を帯びてきていた。

 

 

「私の引きの悪さからして、これが噂のまま終わってくれるわけないしねぇ……」

 

 

 つまりはそういうことだった。

 なのでイオは反乱軍の拠点に向かうこの段階で、既にアンビーと同じ顔をしているかもしれない機械を、破壊する覚悟を決めている。

 殺す算段をつけている。

 

 

(どうせ機械だもん……血の通わない機械なら。たとえどの姉妹に似ていようが関係ないでしょ)

 

 

 何度も何度も反復して。

 罰のように反芻して。

 言い訳のように言い聞かせるフリをして。

 やっぱりやめようと頭を振った。

 別に、こんなことしなくたって壊せはする。

 殺せはする。

 

 覚悟にも似た一本の芯、或いは定型化されたルーチン。

 そのどちらかもしくは両方が揃わなければ満足に動けない欠陥品のイオ。

 ただし()()()()()()()に関しては、シルバー小隊を廃棄された時からできていたし。

 姉妹を殺すルーチンに関しては、きっと生まれてすぐに定型化して保存していた。

 

 多分、そんなものを定型化していたのは、同族嫌悪にも似た恐れだったんだろうとイオは当時を回想する。

 既に擦り切れ欠けた記憶を、感情を想像する。

 

 今でこそ姉妹として愛せているが、未熟な時分では同じ顔を持つ別人に対し、恐怖することしかできなかったのだろうと。

 恐怖に対するカウンターとして殺害を取るのはオカシイが、だからこそ自分は欠陥品なのだろうとイオは一人納得した。

 

 

「ねぇ、ビリー」

 

 

 イオはいい加減自己嫌悪に飽きて、この車のハンドルを握る機械人に声をかけた。

 自分なんかよりもよっぽど人間らしい、好感の持てる友人に声をかけた。

 

 

「おー? どうしたイオ。つーか起きてたんだな。別に寝ててもいいんだぜ? ほら見ろよ。アンビーなんて助手席だってのにぐっすりだ」

 

 

 法定速度を二十キロほど超過しながらの会話である。

 しかしハンドル操作には細心の注意を払っているようで、助手席で眠るアンビーも車の騒音振動なんのその。起きる気配は全くない。

 それはシルバー小隊のどこでも寝られる訓練の賜物という線もあるが、この場合に限ってはビリーの運転技術の高さ故である。

 

 イオはフロントミラーに映るアンビーの寝顔を眺めながら話題を振る。

 

 

「禁断の果実テストってあるじゃん?」

 

「あーあるな。俺も昔やったぜ。しかも合格! まぁ機械人はみんなあれに合格してるんだけどな! ……で、それがどうかしたか?」

 

「私あれ落ちたんだよね」

 

「……はぁ?」

 

 

 事も無げにイオの口から出た言葉は、ビリーの禁断の果実テストすらパスする高度な論理コアが数秒フリーズする程度には衝撃だった。

 

 

「私も昔やったことあんのよ。研究員の面白半分でさ。兵器として造られた存在に果たして自我は生まれ得るのかみたいな感じで」

 

 

 面白半分皮肉半分。

 こうして昔話を語っていると、改めて自分達が道具であった事実を痛感させられる。

 道具で、兵器で、玩具。

 

 

「私以外にも受けた姉妹はいたんだけどね。なんでか私だけ落ちちゃった。実際どう? ビリーから見て、私はちゃんと人に見えてる?」

 

「見えてるかっ、て……」

 

 

 ビリーの論理コアは未だ正常な動きを取り戻していない。

 対してイオの思考回路は今も正常に稼働し続けている。

 この違いこそヒトとモノを分ける差であると気付けないのが、イオの数多くある欠陥の一つだ。

 

 

「……ごめん。忘れていいよ。なーんか今日調子狂うんだよなぁ。やっぱりまだ寝不足なのかな。着くまで時間あるなら眠っててもいい?」

 

「あっ、ああ! もちろん! なんなら速度落としてゆっくり行くから、思う存分寝ときな!」

 

「そりゃいいね。……けど、速度はそのままでいいよ。気持ちだけ貰っとく」

 

 

 予定よりも遅い到着を予期しながら、イオは固いシートに身を預けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新兵器に取り付けられたGPSが最後に示したのは、新エリー都と郊外を結ぶの直線道路の中間地点。

 新天地を臨むマザーロードを少し外れた、零号ホロウに寄った位置にある旧文明のシェルターだった。

 

 当初の到着予定時刻から大幅に遅れはしたものの、それ以外には何事もなく到着した三名は、何事もなく入口の見張りを撃破し、何事もなくシェルターに侵入する。

 

 

 狭い階段を抜けて広がる階下。

 そこまで何事もなく順調に足を進めていた三人は、そこで遂に足を止めた。

 物理的な障壁によってではなく、単に異常で異様で異界な光景によって、足を進めるという意思そのものを停止させられた。

 

 

「えーっとぅ……? まずぶっ倒れてんのがひぃふぅみぃやぁ……」

 

「どーなってんだこりゃぁ……」

 

「……死んでるわね。全員」

 

 

 アンビーの言う通り。どう見ても死んでいる。

 シェルターの入口から住居スペースに続く長く広い通路を埋める死体について、詳細な描写は省くにせよ。それこそ昨日見たホラー映画を軽く飛び越えるリアルスプラッターだった。

 いや、ホラーを通り越してもはや滑稽ですらあった。

 生者を保護する用途のシェルターが、死者を埋蔵する保管庫として生まれ変わるなど、一体どんなビフォーアフターだろう。

 

 

 防衛軍から新兵器を盗み出した反乱軍の精鋭達は、新兵器の奪取から三日も持たずに全滅していた。

 壊滅していた。

 殲滅されていた。

 これ以上ないってくらいに破滅させられて、その惨劇の跡をアンビーとビリーは未だに呑み込めないでいる。

 

 

 二人の背後に立つイオだけが、この場で正常に思考を続けていた。

 それは正しく、『何となくいた方がいい気がするから』というふわっふわのフィーリングでイオを助っ人に選んだアンビーが期待した通りの働きをしていることに他ならず、そういう意味ではアンビーの直感は大当たりだった。

 インシデントの想定など本来外れて然るべきだが、イオは現状への文句など思考の片隅にも浮上させず、愚直に情報を積み重ねる。

 

 通路を埋める反乱軍の死体について。

 赤黒い血液がテラテラと光沢を発する。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「ねぇ。これをやった奴って、今どこに─────」

 

 

 ──────いるのかな。

 困惑の渦中にいる二人は、そう続く筈の言葉が途切れた不自然さには気付けず。

 目の前の血祭りの光景に目を奪われている隙に状況は終了、振り向いた時には既に後の祭りとなっていた。

 

 

「……イオ?」

 

「おいおいマジかよ……」

 

 

 アンビーとビリーの一歩後方で、誰よりも冷静に考察を続けていたイオの姿は、影も形もなくなっていた。

 

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 

 

 なんというか、ここ最近ですっかり誘拐キャラが板についてしまった気がする。

 それはさながら、前世の記憶が語る配管工の兄弟が主役のゲームに出てくるキノコの王国の桃色姫のような。

 とはいえ私を毎度毎度さらって行くのは亀の魔王などではなく、血の繋がった妹なのだが。

 

 

「いや。同じ妹属性とはいえ、機械に血は流れないか。そこら辺どうなの? 見た目はあんまメカっぽくないけど、生体パーツとか使ってたりすんの?」

 

「…………」

 

 

 機械仕掛けの暫定妹に声をかけてみるも反応なし。

 敵に奪取されようがお構いなしに殲滅行動を取った新エリー都防衛軍の新兵器は、成程確かに脅威的な性能を見せたもんだ。

 

 しかし実際のところ。事の真相は一体なんなのだろう。

 敵に利用されない為の自己防衛機構─────即ちプロテクトのようなものが働いたのか。

 それとも単に新兵器が故のエマージェンシー─────つまり暴走状態に入っているのか。

 

 まぁあの局面で私だけをピンポイントでさらうとかいう無駄なプロセスを踏んでる時点で、仕様書通りのプログラムとは行かないんだろうけど。

 それかアンビーをモデルにしたという話だったし、もしこの子にシルバー小隊の情報がインプットされているのなら、そこからこの子の行動目的を予測できないか。

 

 

 ……いや無理すぎでしょ。自分と同じ顔した機械の論理コアで何が起きてるのとか考えたくもないし。

 てかやっぱ直接聞いた方が早いか、旧文明の遺産じゃないんだから、発声機能と音声認識機能があって応答機能を搭載してない訳はないんだから。

 

 

「ねーえ。なんで私のことさらったの〜? ツイッギーみたいに私のこと好きすぎて拗らせちゃったの? 素直に認めればお姉ちゃん許してあげるから。早く下ろしなさい」

 

 

 もちろんふざけてる。

 そもそも本気でレスポンスを期待していない。

 いつかAちゃんと二人きりになった時のような倦怠感にも似た脱力感。つまりまぁ、やってらんねーって感情が私を不真面目にさせていた。

 なので、

 

 

「─────シルバー小隊識別番号一号・イオ」

 

 

 そうやって名前を呼ばれた時でさえ、私は一瞬誰のことかと迷った。

 イオって誰……普通に私以外にいないだろうがバカか?

 突然のレスポンスに面食らった私は、満足に返答もできぬまま困惑の渦中に留まることを余儀なくされる。

 思考の停止を強制される。

 突然喋った意味不明さもそうだけど、何よりその声。

 どの姉妹にも似た発音のリズムを持った声帯が。

 しかしそれ故どの姉妹にも似ていない合成音が。

 あの惨劇空間を目の当たりにしても狂えなかった私の正気を、ここに来て初めて掻き乱した。

 

 

「この日の為に行った事前シミュレートよりも二十パーセント程冴えない顔ですね。本当にカンペキで欠陥のない、兵器にして兵士であるワタシのモデルですか?」

 

 

 予想外にも流暢に語り出した完璧で欠陥のない新兵器ちゃんの言葉は、右から左へと抜けていって、脳に留まった内容はその半分にも満たなかった。

 ただしこの場合、その半分だけで十分だった。

 

 

 だって今、なんてった?

 ワタシの、モデル?

 アンビーじゃなくて、この私が?

 アンタの、モデル?

 

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