史上最速で捨てられたシルバー   作:ねるねるねるな

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【二章/間章】悲運なる日常
シルバーな感傷


 

 

 口約束ですらなかったものの、いつかアンビーの言った戯言である、姉妹ダブルデートはこの日確かに果たされた。

 

 戯言どころか妄言レベルの実現可能性だったけど、実現する上で最大の障壁と思われたツイッギーは意外にもアンビーとの映画デートを楽しんでいたようで、私も私でAちゃんとウィンドウショッピングしたりして親睦を深められた。

 

 正直な話、今の今まで私はウィンドウショッピングとか何が楽しいんだと舐め腐っていたが、ショーケースに並べられた品々を見て好き勝手言い合うのは結構楽しかった。

 無論、言い合うと言ってもAちゃんの声帯は未熟なので、私がいくら言葉をかけても、返ってくるのはジェスチャーばかり。

 それでも反応が返ってくるだけ特に惨めな気分にはならず、むしろその時の身振り手振りは、見ていて微笑ましかった。

 

 

 そんなデートの帰り道。

 すっかり暗くなったルミナスクエアの海岸沿いをAちゃんと歩く。

 アンビーとツイッギーの二人はここから更にレイトショーと洒落混むらしく、家路につくのは私とAちゃんだけだ。

 

 

「今日は楽しかった?」

 

 

 退屈な予定調和のセリフにも、首をブンブン縦に振って応えてくれるAちゃん。

 ヤバいマジ可愛い。

 私と同じ顔の癖に。実際、私も頑張ればこれくらい可愛くなれたりするのだろうか。多分望みは薄そうだ。

 

 Aちゃんは私が今回唯一プレゼントに買ったボンプを、まるで宝物のように両腕で大事そうに抱き抱えていた。

 起動したての新品ボンプは満更でもない様子で、Aちゃんの胸に押し当てられている。

 ボンプに嫉妬する気はないが、本当コイツら役得だよなぁと、思うところがないでもなかった。

 

 

 思うところ。

 最近私が想っているのは家族のことばかりだ。

 家族の為に仕事をして。

 家族の為に時間を作り。

 家族の為に生きている。

 

 ただ生きる為に生きていた以前とは大違い。

 いくら人になりぞこなった欠陥品でも流石に、家族愛程度は持ち合わせているらしい。

 もちろんそれは勘違いだ。

 当たり前だが思い違いだ。

 錯覚で錯誤で錯視で錯乱だ。

 

 機械仕掛けの『あの子』には姉妹達を本心から愛していると言ったが、私は単にそう言い続けないと愛を証明できないのが実情であり現実だった。

 

 そもそも愛なんて曖昧で不定形な()()を、どうしてみんな絶対にあると言い切れるのかが分からない。

 それは私の如き欠陥品でも持ち得るのかもしれないし、やはり私のような欠落者では持ちえないのかもしれない。

 それでも私は愛したいと思っているから、行動を重ねて─────現実を束ねて証明し続けるしかない。

 己の持つ家族愛を。

 人間が抱く特別を。

 甘く残酷な幻想を。

 

 

「──────あ、やば」

 

 

 だからこそ、それは奇跡だった。

 奇跡のような必然だった。

 予感がして咄嗟にAちゃんを突き飛ばす。

 私だけ逃げようと思わなかったのはそれこそ愛だと信じたいが、もちろんもう回避不能の地点まで来ていたから、諦めて隣のAちゃんの安全を確保しただけだ。

 

 

 それは突然の事故だった。

 どんな操作をしたのか、背後からアクセル全開で歩道に突っ込んできた車は、私など容易く空中に吹っ飛ばしながら、そのまま海沿いのフェンスに激突し停車した。

 

 僅かな滞空時間中に見下ろせるのは、顔が大きく損壊した車と、尻もちついたまま呆気にとられるAちゃん。暗い夜道のせいか通行人はいなかったものの、それら全てがまるで高解像度のスローモーション映像でも見てるみたいだった。

 もちろん現実には三秒にも満たない滞空時間なので、そのまますぐに地面に激突する。

 

 

「あうぅ、いたいー……」

 

 

 Aちゃんに憧れて可愛く言ってみたが、実際は痛みというより、ぶつけた部分がジンジンと熱を持つ程度の感覚しかなかった。

 これ私の体今どうなってんだろ。骨とか変な方向曲がってない? 大丈夫?

 背後から車に撥ねられた場合、一番心配すべき部位ってどこだろう、やっぱ背骨?

 

 

 呆気に取られていたAちゃんも状況をやっと認識し、宝物のボンプさえ取り落とし慌てて駆け寄ってくる。

 取り落とされたボンプも二つの意味で動揺しているのか、地面に落ちた後もすぐに起き上がれず、しばらく痙攣していた。

 

 

「だいじょぶ、いきてる。けどたぶんこれきぜつする…… えーちゃん、すまほだけとって、そんで、れんらくさきは……」

 

 

 意識が落ちかけてるせいか呂律が上手く回らない。

 いつか同じような事があったのを思い出す。

 腕を失った時だ。

 痛覚がないので現実感がなく、でも現実には失っているので喪失感が心を埋める。

 そのまま失血で意識を失い、しかしシルバー特有のしぶとさで目を覚ませば、シルバー特有の欠陥で記憶喪失になってるというのがお決まりのパターン。

 

 というかこれマジで重傷なら記憶失うパターンだから普通にダルい。

 特に今このタイミングで昔の私に戻られると色々と都合が悪すぎる。妹二人の教育にも悪い。

 

 自傷行為を身内の前でやるとか特殊性癖極まれりって感じだが、なりふり構ってられる状態じゃない。

 MじゃないもんMじゃないもんと誰にするでもない言い訳を忍びつつ、私は右腕を思い切り振りかぶって─────右足の太ももに突き刺した。

 

 

「─────いぎぅっ!」

 

 

 右腕はより後に造られた義手であり、同じ義肢職人の手によるものでも左腕とは若干性能も形状も異なる。

 大半は注意深く観察してようやく気づける程度の小さな違いばかりだが、それでも特に目立つ差異を挙げると左腕よりも右腕の方が、指の形状がシャープに────鋭利に作られている。

 

 意識も朧気なまま無理やり動かした義手は、右足の太ももに指の第二関節辺りまで埋まっていた。

 念の為にぐちゅぐちゅと埋まった指の先端を動かす。

 虐めてるのは足なのに内臓の方がひっくり返りそうになるくらい痛かった。

 

 けどこの痛みこそ私の望んでいたもので、気絶寸前、記憶喪失万全だった私の肉体は完全に覚醒した。

 欠陥品がシルバーの本能に打ち勝った。

 いや、実際はただの痛み分けだけど。

 あのまま気絶していた方が、少なくとも健康的には良かった。

 

 

「ごめんAちゃん。やっぱ自分でかけるわ。スマホ貸して」

 

 

 今度はちゃんとした発音で言うと、Aちゃんは恐る恐ると言った感じで私にスマホを差し出した。

 引かれたねこりゃ……轢かれた上に引かれるとかいう二重のショックに涙が出そうになる。

 流石に我慢するけど、とりあえず連絡する程緊急性はなくなったので、ノックノックでメールだけ飛ばしておく。

 

 

「いやでも朱鳶さんってもうこの時間上がってるかな……残業しないとか言ってたっけ……」

 

 

 ルミナスクエア勤務って聞いていたし地理的にも、なにより朱鳶治安官と個人的に結んだ〝相互不可侵条約〟的にもいいチョイスだと思ったけど、そもそも来てくれなきゃ意味はない。

 まぁ、退勤しててもメール見れば多分来てくれるか。

 あの人めちゃくちゃ面倒見良いし、チョロいし。

 

 

「……ん。あれ。なんかスマホ調子悪いな……」

 

 

 画面を押しても反応がない。

 単にスマホが重いだけかと思ったが、何か液晶にノイズがかったものも見える。

 ぶつかった衝撃でどっかおかしくなった? えー面倒だな、買い替えたばっかなのに。まぁいいや、それならそれでAちゃんのを借りよう。出てくれるかはわかんないけど、それで直接通話しよう。

 

 前述の理由で通話こそできないものの、Aちゃんはメールだと割と饒舌な方で結構なケータイっ子であるAちゃん。

 えー何これノックノックの壁紙可愛いー。てかそもそも変えれたんだこれ、私より使いこなしてるじゃんすご。

 

 

「ってまた使えんし……どうなっちゃってんのよもう」

 

 

 野次馬がいつ駆けつけてくるかもわからないので、もう連絡は諦めて調査に入る。

 手始めに私を撥ね飛ばしてくれやがった運転手の顔でも拝みに行こう。

 

 

「ああ、Aちゃんも見たいなら一緒に見てもいいけど、見る時は危ないから私の後ろにいてよ? 一応、何があるかわからないからね」

 

 

 それに私より前に立たれると本当に何かあった時、咄嗟に盾に使っちゃいかねない。

 人に見られたくない本性を持ち、しかし咄嗟の時こそ本性を露呈させてしまうのが人の性だと言うのなら、その本性が顕在化する状況を作らないよう立ち回るのが最低限のモラルだろう。

 

 右足を引きずって運転席まで辿り着く。

 鬼が出るか蛇が出るか、そんな覚悟でいた私だが、しかしその期待はいい意味でも悪い意味でも裏切られることになる。

 

 

「誰もいないね……」

 

 

 まさかフロントガラスを突き破って外に放り出されたか。

 いやいやそんな面白いことになってたら私も空中大回転してる間に気づいてた。

 それなら私が意識朦朧となってる間に現場から逃げた?

 いや、だとしても気づけない事はない。やっぱり最初から運転手はいなかったと見るのが正解だろう。

 

 なら次の問題は、この事実が一体どんな意味を有しているかだ。

 私がここまで通報を渋って(取引相手である治安官を除いて)、重体を押してまで独自に調査をしているのは、この事故が本当に偶然によるものかを判別する為である。

 

 つまり私を狙って轢き殺しに来たのかそうでないのか。

 レイダーとしてそこそこ暴れ回った自覚のある私は、ホロウの外で殺されでも文句の言えない心当たりが二桁程度存在する。

 悲しい現実として、偶然の事故を疑うよりも、狙って轢き殺しに来たと捉える方が確率も高いのだ。

 

 

「けど今回に限ってはマジで偶然の事故かなぁ。なんか拍子抜けしちゃうけど」

 

 

 もちろん、自分を狙って轢き殺す連中がいる街で暮らすのと、偶然撥ねられる程度の危険がある街で暮らすこと。

 そのどちらがマシかと聞かれれば…………いやまぁ、どっちもどっちだね、うん。

 

 

 と、そこで、一つ心当たりがあったのを思い出した。

 それは取るに足らない情報のように思えるが、しかし思い出せたのは僥倖としか言いようのない、極めて重要なファクターだった。

 

 心当たりとはこの車それ自体についてだ。

 高度な論理コアによる自動運転機能を実現した最新モデル。名称こそ知らないが、TOPSが大々的に広告を打ち出しているあの車ではなかったか。

 車なんて全然興味ないけど、論理コアやら自我やら禁断の果実やら、そう言ったキーワードはここ最近、私の中ではそれなりにトレンドだった。

 

 でも、その閃きは何を意味する?

 思考しろ。繋げろ。何がある。何があった?

 TOPSお手製の論理コア、AIによる自動制御。自動、自動運転、機械による運転。運転手のいない車。運転手が要らない車──────運転手が要らない?

 

 

「─────多分、追うとしたらその線か……まだマジの偶然の可能性もあるけど─────いや、手っ取り早く解決する方法があったわ。ねぇ、Aちゃん」

 

 

 聞きたい事は一つだけ。

 これで頷けばもう殆ど正解だ。

 果たして、確かにAちゃんは頷いた。

 ()()()()()()()()()()()のは、驚愕ではなく突如ボンプに流れた電流のせいだと。

 

 一応ダメ押しでAちゃんの胸に抱かれたボンプを軽く突っついてみても、やはり反応はない。

 見かけ上平気でも、中身の方を相当にやられてしまったらしい。

 

 

 つまり今回の事故というか事件の答えは、EMPとかそこら辺の、機械に強く作用する機器で、車もスマホもボンプもぶっ壊れて暴走したっぽい。

 まだ確定では無いものの。とりあえずこれで朱鳶さんには報告を入れておこう。

 

 

 犯人の存在を定義できたとして、でもこれって結局私を直接狙ったものじゃないよね。

 無差別EMPで暴走させた機械に指向性を持たせるのは難そうだし、できたとしてもこの時間のこのタイミングで起動するにはギリギリまで犯人が近くにいないとできないだろうしね。

 尾行に気づく程度の勘は、衰え切った今でも当たり前に備えていた。

 

 

 では、どうしたものか。

 撥ねられた事はムカつくけど、別に報復にでようと思う程のムカつき度じゃないし。このまま朱鳶さん─────治安局の皆さんに全てを丸投げして、さっさと病院で診察を受けたい所だけど……。

 私は少し躊躇いつつも、やっぱり隣に目を移した。

 私の隣にはすっかり動かなくなったボンプをやはり大事そうに抱えたAちゃんがいる。

 

 

「…………」

 

 

 Aちゃんは何を言うでもなく、ただ悲しそうに目を伏せていた。

 あれだけ楽しかった一日に、最後の最後でケチがついた。

 新しくできた友達が、未知の悪意に巻き込まれ害された。

 理由なんてそれでいい。

 いや、理由はそれがいい。

 

 愛を理由に死ねなくとも、愛を理由に動く事くらいはできる。

 それができるなら死ねてもいいと思うが、頭ではそう思っても、思うだけでもう体が拒否反応を起こしてしまう。

 

 少し前の私なら思う事すらしなかった。

 拒否反応すら起こせず、ただ漠然と私は誰の為にも成らず、孤独に死んでいくのだろうと考えていた。

 

 だからこんなのはらしくない感情──────感傷だけど、私のような欠陥品でも、姉妹の為にこの命を使えたらいいのにと思った。

 そう、切に願った。

 

 

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