セイア視点です。
幼少期のころから私は、虚弱体質であったため、よく病気に侵され、倒れることが多かった。
ある時、熱が下がらない日が続いたためか父親が心配し、知り合いの病院に長期入院することになった。
知り合いの娘ということもあり、入院部屋は日当たりが良い個室を与えられ、たいへん良くしてもらった。
しかし、童心の私には入院部屋の世界だけでは狭すぎた。
父親も、入院生活が少しでも退屈しないように、定期的に玩具や本を届けに来て、私を励ましてくれていた。
けれど、私の孤独感をより搔き立てられた。玩具も一人で遊んでもすぐに飽きてしまうし、本を読んで物語の世界に旅に出ても、すぐに狭い入院部屋に戻ってきてしまう。
本の中の主人公たちには、友達がいて、楽しい時間を過ごしたり、課題や問題を協力して乗り越えていってる。
そんな現実から目を背けるように、外の景色を見ることも多くなったが、同い年くらいの子たちが走り回りながら遊ぶ様子が眩しくて。
眩しくて、眩しくて、逃げるように瞼を下ろしてた。
そんなある日、私は夢で【素敵な出会い】がある事を予知した。
私は、暖かく柔らかいもので包まれながら運ばれていた。とても、穏やかで気持ちいい、いつまでも包まれていたくなる夢。
それまで見てきた夢といえば、陰鬱とした悪夢のような物ばかりだった。
それなのに、こんなにも平和で幸せな夢を見るとは思えなかった。もしかしたら、私を悩ましてきた「予知夢」が無くなったのではないかとも考えた。
しかし、今まで悩まされてきたものが、少しは私に幸せなものを見せてくれてもいいのもではないだろうか。
だから、私は。
病室から飛び出したのだ。
予知と言っても、具体的にいつ何処で誰と出会うかまではわからず。
私は、病院中。入れる場所、行ける場所を探索し続けた。
ある時は、自動ドアに遮られ。
ある時は、怖い看護師に見つかり。
ある時は、話の長いご婦人らに捕まり。
ある時は、美味しそうな食べ物に釣られそうになり。
ある時は、お茶会に御呼ばれした。
それはそれは、毎日が刺激的なものに早変わりさ。今まで大人しく囚われの姫を演じていた私が、こっそり抜け出して病院内を駆け巡ったのだからね。
病院も何かあったらいけないと、少しづつ私への監視の目も強くし、すぐに捕まって病室に戻されることも増えていった。
けれど、意外なことに匿ってくれる仲間も増えていった。
私を子供や孫と重ねた人も多く、おしゃべり相手、いや不憫な私を見かねて病院内の探索を手助けしてくれたんだ。
そうして、私はすっかり病院を探索することが楽しくなって、予知夢のことなど頭の端っこに追いやられていた。
そんな生活を1か月ぐらい続けていたら。いよいよ、父親の耳にも入ってようで、「大切な話がある。絶対、病室にいるように」と、連絡が来てしまった。
この時は流石に肝が冷えた。知っているかもしれないが、私の父親は私にとても甘くて怒ることはないのだが。
怒ると怖いのだ。ものすごく。
今でも、時々……。いや、その話は置いておいて。
とりあえず、私も流石に病院に迷惑をかけてる自覚があったから、怒られるものだと考えて。
当日も、もちろん病室を抜け出した。
そういうわけで、私はいつもよりも気を配りながら、こっそり抜け出し、隠れることができる場所を探した。
いつも通り、ご婦人らのもとに匿ってもらうことも考えたのだが、さすがに父親が怖くて匿ってほしいとは幼き私のプライドでは中々言うことも難しく。嘘をついてしまってもよかったものだが、いつも良くしてもらっている人たちに嘘をつくのは、私の良心が痛んだ。
苦肉の策ではあったが、どこか一人で隠れる場所を探した。
しかし、1か月間探索した私はすでに理解していたのだが、病院に一人で隠れられるような場所はないのだ。
人目につかない物置や病室、部屋はあるにはあるのだが、当然施錠はしっかりしている。
開錠スキルがなかった当時の私には、それをどうかする手段はなかった。開錠された僅かな隙を見つけて、部屋に侵入することもできそうであったが、狭い部屋で看護師や医師に見つからないように立ち回るのは、どう考えても不可能だ。
つまり、最初から私の逃避行は気晴らし程度にしかならなかったのだ。
ならかったはずなのだ。
私が人の目を気にしながら、部屋を一つ一つ注意深く見て回っていると、普段は開いていない部屋の扉がわずかに開いていることに気づいた。
扉の近くまで行き、聞き耳を立ててみたが、人の気配もない。ふと、室内プレートを確認してみると「面談室」と書かれていた。
私はこの幸運を逃さぬように、周りを確認したあと部屋の中に飛び込んだ。
部屋には誰もいなかったが、私の予想していた様子ではなかった。机の上には栞が挟まった本と食べかけの焼き菓子が置かれていた。
てっきり、用事が終わった職員が施錠し忘れて何処か行ってしまったものだと思っていたので驚いた。
部屋の主が戻ってくるのも時間の問題だとは考えたが、好奇心が抑えきれず、私は机に本を確認してみた。
それは、当時流行っていたファンタジー小説、田舎町に住んでいた少女が魔物からの侵略に抗うために、伝説の武器を求めて旅に出るお話だ。私も、入院生活の間に読んでいた本で実に楽しませてもらったものだ。
私は休憩のついでに、見知らぬ人物を待ってみることにした。どんな人物がこんな場所で本を読んでいたのだろう。
しばらく待っているうちに、私の瞼は少しづつ重くなっていた。病室から抜け出してだいぶ時間も経っていたし、周りの視線を気にする緊張感もなくなったからか。
気づいた時には、暖かみのある柔らかいものに包まれていた。ゆさゆさと適度に揺れ夢心地だった私は、それが何かも把握せず。干したての布団を前にした猫のように、顔を埋めた。
鼻腔には想像していたような清潔感もありながら、お日様の暖かみのある匂いが漂ってきた。しかし、柔らかいと思っていたものには、硬くゴツゴツした芯が存在した。
ベッドを囲む柵かと思ったが。それは、細く冷たく機械的なものではなく、どんな我儘でも受け入れてくれるような柔軟さがあるものだった。
ああ、これは人の腕の中のか。
それは、私の小さな逃避行の終わりを知らせるものであり、罪人が裁判所に連行されていることを意味することであった。
薄目に開いた私は、自分を優しく包む護送車が大きな耳と口を持った白い毛並みの。
「犬のおまわりさん」
思わず口に出てしまった言葉が、彼の耳を揺らし、私の顔を覗き込んだ。
瞳はサファイヤのような透き通った色をして綺麗で、少し顔を赤らめはにかみながら笑う彼をよく表していた。
確かにそれは【素敵な出会い】だった。