ブルアカふぇすまでに、完結できるように頑張ります!!
自分の病室に戻ってからの記憶は曖昧だ。その後、ご飯も食べて気もするし、本を読んでいたような気もする。
気づいた時には、ベッドに横になり、見慣れた天井を眺めていた。
私は暗闇の中で何をしているのだろう。
現実にいることも、夢の世界に逃げ込むのもできず。一人隠れて時間が過ぎ去り、世界が私を忘れてくれることを待つばかり。
この行為に意味はあるのだろうか。そんなこと私が一番わかっている。わかっていたが、他に何をどうすればいいのかわからなかった。
初めてだったから。誰かを好きになって、恋して、失うのが。
物語なら何度も何度も読んできたから、知っているつもりだった私は間抜けな小娘だ。
ピコン♪軽薄でポップな通知音が響いた。
私は体をのそのそと動かし、音源となったスマホを手にした。
時刻は午前8時。外が暗くて気づかなかったが、もう朝が訪れていた。
私は寝不足で重い頭を働かせ、スマホを操作し通知を確認する。
『お久しぶりです。今日は昼過ぎから行けそうです。お土産にプリンを持って行きます。』
頭の後ろ側に熱が集まり、体中に広がっていく。
返事はどうしようか。それはそれとして、今の気持ちのまま彼と向き合うことはできるのだろうか。いっそのこと、今日は来ないでもらおうか。
『体調が悪いから』とでも理由をつければ、気を遣って別の日に来てくれるだろう。
けれど。
別に日に来てくれた彼を私は受け入れることが出来るのだろうか。
また、体調不良を理由に追い返すことになるのではないか。
一回や二回で済めばいいが、繰り返せば父親も医院長もご婦人らも心配して、周りに迷惑をかける。
早く返事をしないと。
焦燥が私の思考を掻き乱す。
断るなら早く送らないと迷惑をかけることになる。
いや、そもそも私と一緒に過ごすこと自体が迷惑だったのではないのだろうか。
医院長のように立派なお医者さんになるための勉強時間も、一緒に過ごすべき許嫁の時間も奪ってる私を、彼は快く思っているのだろうか。
許嫁は私の存在を知っているのだろうか。知っているならどのような感情が湧きでるのだろうか。
彼の無情の優しさに呆れるだろうか。私に嫉妬するだろうか。
いや、嫉妬しているのは私の方だ。
彼と穏やかな日々を過ごせるのが羨ましい。
彼の優しさに甘えることができるのが羨ましい。
彼の綺麗な瞳を独占できるのが羨ましい。
羨ましい羨ましい羨ましい。
私は名も顔も知らぬ女性に対して、一方的な嫉妬心で心がはち切れそうになった。
でも、本当は?
核となる部分は嫉妬心だけなのだろうか。名も顔も知らない女性に対して、嫉妬心だけで心がはち切れそうで瞼を熱くさせるものなのだろうか。
コンコンと、扉をノックする音で、私は思考の海から意識を浮上させた。
彼が来た。慌ててスマホの画面を確認するとすでに昼過ぎなっていた。
私としたことが、考え事をしている間に返事を送りそびれてしまったようだ。
コンコン
「セイアさん、いますか?」
久しぶりに彼の声に、私の長い耳がピンっと伸び身体に甘い緊張が走る。
初めて名前を呼んでもらった時も似たようなものだったか、思い出そうとしたのも束の間、ガラガラと扉が開く音がした。
「あ、セイアさん、起こしてしまいましたか?」
私はとっさに顔を扉の反対。窓際の方に向け、いつもと同じようにふるまった。
「……大丈夫です。それよりも、すみません。連絡をもらっていたようなのに」
「いえいえ、お気になさらないでください。俺も、返事がないうちに入室してしまい申し訳ーー」
…………
「セイアさん、泣いていたのですか?」
「いえ」大丈夫です。と私は言葉が続かなかった。
その代わりに、涙腺は決壊し、瞳に移る風景が歪んでいき、熱量は爆発的に全身を広がっていく。
「大丈夫ですか?なにかありましたか?」
心配になって近づく彼の方を向く。歪んだ視界でも変わらず綺麗な瞳、心配そうに折りたたまれた耳――。
「大丈夫ですよ。俺は、セイアさんの味方ですから。話してみてくれませんか?」
彼は初めて会った時のように、少し慣れない笑顔で私に語り掛けた。
ああ、私はやっぱり好きなのだ。あの時、初めて出会った時から、私は恋してしまっていたのだ。
でも、叶わぬものなのだ。なら、手放してしまった方がいいはずだ。
いいはずだけど。いいはずだけど。私は、私は、手放してしまうのが、怖い。
一か月と短いものだったけど、私にとって退屈だった入院生活が、かけがえのない日常に変わった日々を、まだまだ続けていきたい。
それならば、早く涙を止めて、何事もなかったのように、いつも通りの私を演じてしまえばいいはずだ。
きっと、優しい彼は受け入れてくれるはずで――。
「……私、メグミさんの事が。好き。です」
彼の言葉が複雑怪奇に入り乱れている心を巡っていき、私の隠したかった言葉を見つけてしまった。
「でも、メグミさんに、許嫁がいると、噂で、聴いてしまいました。とても、ショックで、胸がはち切れそうになっていました」
内に秘めていた言葉は止まらず、どんどん拡散していく。
「許嫁の人に申し訳ないと思いましたが。それ以上に、羨ましいと妬ましいと感じました。名も知らない人にそのような感情を向けるような人だったとは私も思っていませんでした。けれど、それくらい、私は、あなたのことが好きなんだと。大好きなんだと気付かされたのです」
自分がどれだけわがままで、自己中心的な小娘なのかを熱弁しているようなものだった。
「そんな私でも、メグミさんは、味方でいてくれるのですか?」
私の瞳にはもう涙はなかった。彼の驚いたように大きく広げた瞳、ピンと立たせた耳としっぽ、毛に覆われているはずなのに薄く赤くなっている顔……。
秒単位で変化する彼の表情やしぐさを見逃さなかった。だからか、彼が少し恥ずかしそうに頬を搔きながら、呼吸を整えた時には、覚悟を決めて――。
「セイアさんです」
「はい?」
予想もしていなかった言葉に、聴き間違えを疑ってしまった。
「だから、その許嫁、セイアさんです」
「……ど、どういうことでしょうか?」
聴き間違えではなかったようだ。というより、どういうことだ。許嫁が私って、そんなこと誰からも聞かされていないが。
「知っていると思いますが、俺の父親と百合園さんが仲良しですから。その、病弱な娘を託すなら、医者の息子しかいないということで。俺に白羽の矢が立ったようで」
「私、お父様から何も聴いていないです」
「この一か月の生活も、俺たちの相性を観るためでもあるようなので。かく言う、俺もつい一週間前に聞かされたばかりなので、セイアさんが知らないのも当然だと思います」
「あ、あの噂は……?」
そうだ、彼も最近知らされたなら、何故院内の人間は知っているのだ。
「これは、あくまでも想像ですけど。俺とセイアさんの関係がそう見えていたのではないでしょうか。噂は噂ですから。ゴシップ的な感じで広まっていたのかなと。……これは正解だったのですがね」
「なるほど。つまり……」
私は自分の言った言葉を思い出す。一度、吐き出した言葉はもう戻らない。
「私は、私に嫉妬した、滑稽な小娘だったということですか?」
「えーと、そういうことになりますね」
カッーと頭に血が上って、顔がドンドン熱くなっていき、思わず枕に顔を埋め、足を泳ぐように思いっきりバタつかせた。
「すみませんが、忘れてくれませんか。もう、私は合わせる顔がありません」
「それは、少し難しいですね。だって」
ピタと私は動きを止めて、枕を顔から離して、彼の方を向いた。
「せっかく、好きな女の子からの告白だったのですから。忘れたくはないです」
彼は少し微笑みながらも、真剣な眼差しで私を捉えていた。
まるで、獲物を狩るときの狼のように。
「自分に嫉妬してしまうような、そんな可愛らしいセイアさんのことが、俺も好きです」
サファイア色の瞳に映っている私は真っ赤に染まっていた。
病院でのお話はこれで区切りとなります。
次回からは、トリニティ学園でのお話を書いていくつもりです。
ブルアカふぇすまでに、完結できるかな……。