毎週投稿は現在連載している原作開始前序章が終了するまで続けていきますので、宜しくお願いします。
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空気が抜けるような音と共に閉まるドア、その向こうに消えていった姪の青い後ろ髪を見届けて風鳴弦十郎は深く息を吐いた。持ちうる言葉を総動員して宥めたが、あの様子は絶対納得していない。今度また同じようなことがあれば…と思うと頭が痛くなった。
こめかみを抑える弦十郎の顔を一人の女性が覗き込んでくる。翼と入れ替わりで入ってきたらしい、髪を団子のように束ねて眼鏡をかけた美女は弦十郎と目が合うと少し悪戯気を含んだ笑みを浮かべた。
「相変わらずね~」
「無理もないだろう、ようやく見つけた手がかりだ」
「みたいね、出会い頭に腕迄斬り落としちゃって。元気いっぱいじゃない」
「了子君、冗談では済まんぞ」
「はいはい、でもお陰で良いサンプルが取れたわ」
「何かわかったか?」
櫻井了子は弦十郎の問いにあるものを渡した。受け取ったのは一つのペトリ皿、中にはこげ茶色の物体が入っている。
「これ、なんだと思う?」
「土…か?」
ふたを開けてみる。中に入っていた一摘みの土、それをまじまじと見つめた弦十郎は鼻を近づけるとウンと唸った。
「良い土だな」
「分かるの?ああ、弦十郎君だもんね」
「いや昔園芸趣味の同僚がいてな、職場にも植木を持ってきて育てていたんだ」
弦十郎の評価に一人疑問を抱いて一人納得する了子。勝手に自己完結した彼女に苦笑しながら弦十郎は嗅ぎ分けられるようになったきっかけを思い返した。今は違う部署で働いている彼は元気にしているだろうか、今度久しぶりに連絡を取ってみようか。
「育ちすぎておやっ…当時の上司から大目玉喰らったが…これはどこから?」
「翼ちゃんが斬り落とした《ホワイト》の腕の一部よ」
あっけらかんと明かされた出所に弦十郎は手元を見返した。この良質な土があの生物から、いやそもそも生き物から出てきたものとはにわかには信じられなかった。
「回収してみたのだけれど、私が本部で受け取った時には半分近くがこの土に変わっていたわ。指数関数的に考えれば今頃もう全部土に還ってるわね。だから生物学的には何にも解らず仕舞い」
ペトリ皿をまじまじと見つめる弦十郎へ了子は向き直る。下からのぞき込む彼女は、ねぇ、と意味深に目を細めた。
「何かに似てると思わない?」
「彼らはノイズに近い存在だいうのか?」
「少なくとも彼はそうと言えるんじゃないかしら?最も断言するにも比較対象が少なすぎるけど」
了子の推測を訝しむ弦十郎。その反応に満足したのか、了子は弦十郎から数歩下がり近くのデスクへ腰かける。弦十郎の机の上、読もうとしていたのかめくれかけの報告書をつまみ上げると、そのうち一ページを目の前へ示す。
画質は荒いがそこには確かに写っている。
一枚目には空飛ぶノイズへ背中を海老反らせる、筋骨隆々の赤い大鬼が。
二枚目には燃え盛るステージの上で、二振りの棍棒を振り上げる紫の鬼が。
「今日確認された新個体《レッド》も行方知れず、2年前の《パープル》は遺骸が消失している…私のシンフォギア以外でどうやって炭化を逃れているのか、あまつさえノイズの位相差障壁を突破して破壊するそのメカニズムは…?」
資料をひらひらさせながら、了子は爛々と目を輝かせる。研究者の血が騒いでいるのだろう、なにせ自分の発明以外でノイズに対抗しうる存在がいたとなれば。
でも、と了子は残念そうにため息をついた。
「これ聞いたら翼ちゃん、次から嬉々として彼らを斬り捨てるわね、冗談抜きで。死体でも問題ないかとも思ったけど」
大げさに肩をすくめる了子。彼女の言葉に弦十郎はドアを見やった。先ほど出て行った姪の形相を思い返し口を真一文字に結ぶ。今の翼に了子の推察を聞かせれば、彼女は自分の行動を正当化する名目を得てしまう。そうなればもう歯止めが利かないだろう。
弦十郎は了子の手の中の紙束を取り上げると、折りたたんで懐にしまった。
「確実なことが分かるまでは口外するな、特に翼にはな」
「……どうするつもり?相手は新種の特異災害かもしれないのよ?」
「災いは誰の身にも突然、それでいて平等に降りかかるものだ。地震は自らを切り裂かんとする防人を見て逃げたりはしない」
了子の問いに弦十郎はかぶりを振る。
もし《ホワイト》達がノイズ以外の、まだ確認されていない未知の特異災害だったのなら、何故二年も姿を隠していたのか?何故今になって表れたのか?災害はモノを考えることはしない。厄災はある日突然現れて、理不尽に培われたものを奪い去る、人が完全に御することが出来ない恐ろしいものだ。
だから《ホワイト》達は新種の特異災害ではない。災害は逃げも隠れもしない。弦十郎は直感した、彼らを自ら考え、行動する、人と大差ない存在ではないかと。
「翼にも言ったが、俺たちは互いのことを何も知らない。その状態で今回の独断だ、相手からの警戒度はさらに高まったといっていい。」
弦十郎の拳に力が籠る。《ホワイト》は少なくとも片腕を失い満身創痍。もしも翼が剣を振るう腕を失ったなら?歌う喉を潰されてしまったら?それが誰かのせいだとしたら、自分は冷静でいられるか?否である。
だがそれは
だが、と一呼吸おいて彼は目を見開いた。了子を見る目はいつも彼女が仕事場で見る、
「それでも俺は…あの日《パープル》の行動が紛れもなく善意であったを信じている。彼はもうこの世にはいないが…彼と志を共にする仲間がいるのなら、俺は彼らを手を取り合いたいと思う」
「出来ると思う?お互いに傷つけ合ってる私たちが?」
「大切な誰かを失う痛みを知ればこそだ。俺たちが諦めたら、二課はその存在意義を永遠に失う」
決意を述べる声音で分かる。彼は揺らぐことはない。たとえどんな障害があっても、それこそ身内が邪魔をしても、彼ら未知の存在との和解の道を切り開こうとするのだろう。その握りしめた拳で、と想像した了子は笑う口もとを抑えた。
「良い年なのに
「大人だからな」
二カリと笑い、部屋を後にする弦十郎。一人残された了子の独り言は虚空に消えた。
「やっぱり呪われてるのね、何処までも人間は……」
がら…がら…
カートを押し出し、横に鎮座された野菜を眺める。今日はどれにしようか、と手をフラフラ迷わせていると横から延びた手がニンジンをカートへ入れる。ちょっと待ってと止めても目の前の彼女は次々と野菜をカートの籠へ放り込み、一通り入れ終えるとカートを引っ張って次のコーナーへ向かった。
「ハイ次」
「ちょっと引っ張んないで…」
何でこんなことになったかなぁ、大夢はめぐみの背中にここまでの推移を振り返った。
ライブハウスで休み、動けるまで回復した大夢は帰宅することにした。練習は日を改めてとスタジオに連絡を取り相手も了承してくれた為、大夢はみなと別れて帰路に着こうと思った時だった。
心配だから、とめぐみが同じ電車に乗り駅を降り、自宅までついてきた。此方の抵抗も空しく部屋にまで上がられてしまい、チーンと音の余韻が耳に残る中で半ば諦めた大夢は同じ音を鳴らそうと部屋の隅に向かった。
その時だった。
「ちょっと冷蔵庫何もないし!ご飯どうしてたの!?」
彼女の剣幕に気圧されて大夢は反論に詰まってしまった。その様子にこめかみを引く突かせためぐみは彼からバッグをひったくると抜いた財布片手に、空いて手に大夢の首根っこを掴んでスーパーまでズカズカ猛進するのだった。
自業自得か、振り返ってため息をつく。昼はともかく、最近朝はパン1枚で軽く済ませて夜は練習に時間を当てて調理を横着していた。人から見れば起こるのも当然だ、しかもめぐみにとっては大事な時期だ。
ふと籠に目を落とす。いつの間にか籠一杯にジャガイモやら玉ねぎやら放り込まれていて眉を少しビクつかせる。
「多すぎない?」
「むしろ足りない位よ。全く、ここ二週間パンかご飯抜いてたとか信じらんない!」
「別に困ってな…何でも無いです」
「…そんな調子だからドラムも最近上手くいってなかったんでしょ」
「え、そんなに変だった?」
「正直元気がない感じはした。藤二も無理してるかもって」
めぐみからの一睨みに黙殺される。その後の彼女の憂い表情に大夢は目をそらした。昨日布施に注意されたことを、彼女たちも気にしていたらしい。
すると突然めぐみが立ち止まった。カートが彼女のお知りにぶつかり、停止した大夢は大丈夫か問おうとして振り返った彼女と目が合った。
「ねぇ…今話すことじゃないけどさ。やっぱバンドに無理やり巻き込んだの」
「それは最終的に俺が決めたことだから、気にしないでいいって言ったよね。あ安いコレ」
こちらを見る不安げな視線をバッサリと断ち切る。
「元々太鼓とかやったことはあったからドラムはすぐ慣れたし…練習も嫌じゃなかったし…ライブは楽しかったし」
一つ一つ、言葉を紡ぐごとに思い返される日々。初めてドラムを触ったこと、たくさん練習したこと、帰りにみんなで立ち寄ったファミレスも覚えている。
そして思い返されるたびに濃くなる、喪失感も。
「滝川さんの夢を叶えられるなら、俺はまだやれるよ。バンドのこと」
胸に秘める灼けるような感覚を一旦の飲み込んで大夢は笑いかけた。安心させたくて、精一杯。
だがそれを見ためぐみは掌をおでこに押し当てた。まるで意思が通じていないと言いたげに。
「説得力無さすぎ」
「だよね…ごめん、でも邪魔はしないように。折角心配してもらってるし、頑張るっていうのは嘘じゃないよ」
「邪魔だとかじゃなくて…一緒に叶えたいの。アタシと、藤二と、ヒロとで、デビューしたい」
「俺と?」
「うん。アタシら三人でサンブリットでしょ?」
何を今更と言葉を口の中で転がすがすぐに飲み込んで、今日の夕飯に必要な最後の具材を半ば投げ込む。落ちそうになったルウをキャッチした大夢へ、ねぇと問いかけた。
「自信無い?」
「…いや、無い訳じゃないけど」
「じゃあ、アタシは?デビューできない?」
「いや、出来るでしょ」
「なら信じてよ、アタシを。」
「それはもうずっとだよ。」
その問いに何でもない事のように言って、カートを押し出す。当然信じている、彼女の実力を。めぐみを追い越し、会計へ向かう大夢は首だけ振り返った。
「買い物に付き合わせてごめん。今日は終わったらもう帰────」
「泊まるわよ、もう遅いし」
「え」
「ママにはもう連絡したから良いわよね?何度も止まってるし今更でしょ」
「どーりで量が多いと…」
「それに」
めぐみの宣言に少し納得した、でなければ籠一杯に食材を入れないし、二人で食べても数日分は余る。そう考えていた時、いきなり肩を掴まれ無理やり振り向かされた。
ぐっと彼女の顔が近づき一瞬どきりと心臓が跳ね上がる。何年も見て来た顔なのに、息をのむ大夢の目を食い入るように見つめてきた。
「練習。どーせやるんでしょ?するなら一緒にやろ?」
「マンションだから音出せないけどね」
大夢の指摘にめぐみはふっと頬を緩めた。わかってると叩かれた肩がジンワリと温かかった。
頑張ろう、せめて後────。
そして光陰、矢の如く。ライブ当日。
JoySTARの控え室に大夢は座っていた。Tシャツに着替え、ドラムスティックを振り、頭の中の楽譜をなぞる。あれからめぐみとの練習や三人でも合わせも上手くいっている。大丈夫だと言い聞かせていると藤二がこちらに手招きしていた。
「おい大夢!こっちこっち!」
何だろうとぞのいてみると、見えたのは満員の観客席。性別も服もバラバラ、でも一様に皆これからライブを楽しみにしている。期待と高揚がないまぜになったライブ前独特の空気が充満する中で藤二が指さしたのは奥の席。
ぴっちりとしたスーツが特徴の、七三わけの男だ。
「いるよいるよ、あそこホラ!」
「高寺マネ、だよね」
「やっべキンチョーしてきた~ピックとか落としたらどーしよ」
男の姿に手をすり合わせる藤二。無理もない、彼こそサンブリットを見初めた芸能事務所のマネージャーだ。部屋の隅にいる筈なのに、キリッとした目は此方を見つめているような気がする。最初に会った時も少し怖いと印象に持ってしまったのは申し訳ないことだ。
今日ここですべてが決まる。めぐみたちの夢がかなうか、否か。スティックを握る手に力が籠った。
めぐみは気づいているのか、そう思って控えに戻り彼女を見つける。丁度めぐみも大夢を見ると、こちらに駆け寄って手首をつかんだ。心なしか手が冷たい気がする。
やはり、と大夢はスティックをポケットに押し込むと、手を手でつかんだ。目を僅かに見開く彼女へ、念を押すように握りこむ。
「大丈夫。最後までやりきるよ、デビューを掴めるように」
「一緒にね」
めぐみは笑って手を離すとステージへの階段を上がる。ステージ袖まであと一歩、というところでめぐみは此方へ手を伸ばした。
「いこっ」
「……うん」
「おっきゅ~!」
伸ばした手を取ろうとした大夢の前を藤二が横切る。ハイタッチだと思ったのか、パンと乾いた音とともにめぐみの手の位置がずれているのを見た大夢は、苦笑しながらも掌を合わせた。
「皆さん、今日は私たちのライブに来てくれてありがとうございます!一曲目は私たちがバンドを結成して最初にひいた曲です────」
紹介ののち、めぐみがキーボードを打ち鳴らす。続いてベース、ドラムが続き、一曲目が始まった。
大夢のドラムに合わせて観客が手拍子する。高ぶる熱がどっと押し寄せるのを感じた時。
炎へ消える、大きな背中が見えた。
「ッ!」
喉の奥から悲鳴が上がりかける。抑えろ、と言い聞かせても炎はどんどん巻き上がり客を飲み込み、大夢を飲み込んでいく。
抑えろ。チューブに繋がれた自分。
抑えろ。何かを泣き叫ぶ自分。
頼むから今は。ライトに照らされて大勢のマスクに囲まれる。
今だけは行かないで。目をぎゅっと閉じて、音が消えて、目を開くと。
目の前の、何も入ってない箱と、上に鎮座された、あの人の写真。
────夢を捨てないで 瞳をそらさないで 二人の愛も曇るよ
────うつむいた肩を抱きしめたけど さみしさ 胸に積もった
強めに叩いたドラムからスティックが跳ね上がる瞬間、めぐみと目が合う。まずい、ばれていないか。大夢は必死に飲み込もうと口を結ぶが、めぐみはニッと笑いかけた。
────夢は君の 武器のはずだよ?
────ねぇ だから きみも 切り抜けて行って…
一瞬此方に語り掛けているように思えた。大丈夫だよ、だから一緒にと。
炎がどんどん引いていく気がした。
────So Never Cry いつも 君を 見つめてるよ
────fairな生き方の君が好き…
目の前にはこちらに熱狂する観客。前を向くめぐみと藤二が目を合わせてサビを歌い、かき鳴らす。そして自分はドラムを叩き続けている。
今は、夢の為に。大夢は叩いた。一心不乱に、炎の中で一瞬見えた、あの笑みを頼りに。
────So Never Cry いつも 君の そばにいるよ
だからまた
気づけば一曲目が終わっていた。観客は拍手を送り、高寺Mも奥の方でうんとうなづいている。大夢は上がった息を整えながら、次の譜面をめくろうとした。
「ありがとう!二曲目は────」
瞬間、天井が砕け散った。
轟音が鳴り落ちて、引きちぎれたスピーカーがハウリングする。脳をかき回すような痛みに身もだえながらも驚いた三人は後退する。
「地震?」
「何だよ!?」
「あし?」
吹き抜けになった天井から延びているのは黒い柱のようなもの。ソレが四本天井へ消えてはライブハウスへ差し込み、まるで足踏みでもするように観客たちを押しつぶす。そして柱のようなものの動きが止まった時、ぐぐとそれらは傾けられ、空いたスペースから何かがこちらを覗きこんだ。
「蜘蛛…」
虎柄の体表に怪しく光る4対8つの眼。裂けた口と獲物を掻き込む鋏角。目の前に現れたのは優に数メートルを超える、巨大な蜘蛛の顔。ノイズの本能に働きかける無機質さとは違う、人間の美的感覚に直接訴えかけるような生々しさを持つナニカが口から涎のような液体を垂らしている。
その様に大夢は弱弱しく呻いた。
「魔化魍…名前、っ何で知ってるんだ?」
「
瞠目する三人の前で、魔化魍・ツチグモが雄叫びを上げた。
大夢君は今後、誰と絡んでほしい?
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×響
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×翼
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×クリス
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×未来
-
×フィーネ
-
×弦十郎
-
×めぐみ
-
×藤二