ラウンドトリップ・チケット 作:闇の三流記者
初投稿です
※ごめんなさい、ウマ娘はプロローグでは名前しか出ません。
北海道は日高、馬産地として名高い地方の片隅に、とある育成牧場があった。
広大な厩舎に屋内トレーニング場、中央トレセンと比べることはできないにしても、一地方の個人育成牧場としては驚くほどに設備が整っていた。
そんな豪華な設備から北海道基準で少々離れた場所、年季の入った一般家庭に思える家屋の中、そこで仏壇に供えられた写真に手を合わせる男がいた。
「今日も一日、頑張ります!」
色素の薄い髪色の男、年齢にしては若く見える顔と引き締まった体を持つ彼の名は、『二階堂 駿』。
馬喰(ばくろう)と呼ばれる競走馬の仲介から、気付けば北海道の零細牧場からG1馬を輩出するまでに至った、不世出の馬主である。
二階堂ファームとして開いた牧場、そこで育てた馬はほとんどの場合しっかりと勝ち上がりを果たしている。
馬にも馬産者にも結果を出し、故障はともかく処分などはない。
結果、愛馬を預ける馬主への貢献も大きくなり、二階堂ファームは育成段階での預け入れ厩舎としては知る人ぞ知る牧場へと成長していった。
そんな、一部では風雲児とも呼ばれる駿の日課。
友人と、憧れと、愛する我が子(馬)との写真に手を合わせること。
未だ日の上らない時間ながら、一日を開始するときにはこうすることで駿は気合を入れていた。
「社長〜、準備できました、行けますよ」
「うん、ありがとう健君」
二階堂ファームの厩務員の、前原田 誠ニが仏間にいた駿に声をかけた。
本来なら一丸、渡辺といった厩務員が喜んで駿に声をかけに来るのだが、二人は中央競馬への用事で北海道に居ない。
「あ、その写真」
「うん、懐かしいよね」
「はい、良い人たちでしたね」
懐かしそうに写真を眺める駿を優しく眺める誠二、しかし、呼びに来た用事を思い出すと少し焦りながら駿を促した。
「社長、それよりそろそろ」
「あ、そうだった」
「もう、写真に写ってるんですから、忘れないでくださいよ」
「ごめんごめん」
ハンガーにかけていたジャケットを羽織り、誠二と連れ立って家を出る。
少し歩けば、既に馬運車に馬が乗せられていた。
額に三日月の流星をつけた黒駒は駿の登場に首を回し、そちらに向かおうとするが彼は誠二の父親、誠一郎に促されて馬運車に入る。
「いやあ、ミカヅキオーみたいな血統でも欲しいなんて、奇遇な人もいたもんだよねえ」
「何いってるんですか、社長。
血統なんか関係ありません、ウチの看板なんですから、そういう言い方はやめてくださいって」
誠二の言葉に、ごめんごめんと頭を掻きながら駿は馬運車に乗り込む。
『二度の骨折を乗り越え』、二階堂ファームに帰ってきたミカヅキオーはこの日、格安ながら種牡馬としての生活を始めることになる。
その種付けのために、牝馬を管理する牧場近くにしばらく移動することになったのだ。
「本当に、よかったです。
俺、あの有馬の時、ほんとになんも考えられなくなって、動けなくて」
「俺もテレビで見てて、何見てんのか分かんねえくらいに混乱しちまってよ。
」
「それは、俺も、あの場にいた他の誰もがそうでしたよ。」
三人が思い返すのは、有馬記念。
最後の直線、走りを崩しながらも鼻差でトップを駆け抜けたミカヅキオー、その破行に全員の血が引いた。
あの時の、全てが崩れ落ちていくような恐怖と、よたよたとしたミカヅキオーの姿は、いまだに二階堂ファーム職員の目に焼きついている。
そんな、絶望を可視化したような凍りつく競馬場からミカヅキオーを運び出した二人の少女。
場外で準備をしていた、一人の青年。
彼ら、彼女らの尽力により、ミカヅキオーは右前脚粉砕骨折を起こしながら、生き続けることを許された。
もはやレースを走ることはできずとも、こうして血と、思いをつなぐことができる。
「思いを背負って、夢をかける、か。」
「社長?」
トレーナー、と、そう呼ばれていた青年の言葉を思い出し、駿はポツリと呟いた。
「いや、なんでもないよ。
な、ミカヅキオー」
ポンと駿が鼻頭に手を置けば、ミカヅキオーは嬉しそうに嘶いた。
牧場のボスの嗎に、放牧場にいた馬達が答えるように声を上げる。
「行こうか、誠二君」
「はい!」
「誠一郎さん、牧場をお願いします」
「そっちこそ、ミカヅキオーをお願いしますよ。
誠二! お前なんかよりよっぽど大事なんだからな!?」
「わかってらあ!」
親子のやり取りに苦笑すると、駿の手に触れるミカヅキオーの口が柔らかく動いた。
彼も笑っている、そう感じたのか、駿はじっとミカヅキオーを見つめた。
『トレーナー』、『オグリキャップ』、『マルゼンスキー』。
たった三人、たった数ヶ月。
それらが齎した宝物のような時間を思いかえし、駿は馬運車の助手席に移動した。
二階堂ファーム、大看板ミカヅキオー。
その種牡馬生活一日目の開始を、駿は遠い空のさらに向こうにいるだろう三人に感謝とともに告げた。