三国時代まで生き残りたい   作:でねでね

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15話 赤壁の戦い2

208年 11月

 

 剣戟が鳴り響き、乱戦となっていた。

 

 立ち向かってくる敵兵を馬上より斬り捨て進む。辺りは血溜まりと泥濘。曹操の弱った兵達は人馬に踏みつけられ、泥のなかに落ちて死んでゆく。

 周囲では、張飛と許緒が雄叫びを上げながら矛を交え、趙雲がそれを横目に道を切り開くが徐晃に行く手を阻まれる。

 おれは曹操が駆けて行く背を、華容道の方角を睨み続けた。

 

 

 

 

 

 曹操、逃がしちゃった!

 

 

 赤壁の戦いにおける劉備軍の役割は敗走する曹操を討つ事だった。

 周瑜率いる孫呉の水戦には参加しないため、周瑜が勝てば良し、敗ければ兵を消耗させる事なく撤退する。そういう作戦だった。まぁ周瑜が敗ければ孫呉もおれ達も遅かれ早かれ滅亡するが。

 周瑜としても水戦で役に立たない劉備軍がいても邪魔なだけで、コチラの作戦と敗戦時を理解した上で恩を売ってくれたのだろう。

 

 兎にも角にも、そんな現実逃避から戻り目の前の修羅場を仲裁しなければならない。

 

「弁解は致しませぬ、曹操を見逃した罪はこの関羽にございます。軍師殿、軍規に照らして処断して下され」

 

「わかりました、関羽殿を死罪と致します」

 

 関羽の申し開きもしない毅然とした態度に、諸葛亮がサングラスかけた格闘家のように、じゃそこ死刑決定で、みたいに言い出した。あ、孔明ちょっと青筋たててる

 

 

 なんとなく、こんな事になるのだろうと思っていた。

 千里行の借りはなくとも、これまで幾度となく曹操に目を掛けられていたのだ。おれもそれを承知で待ち伏せの際に言わなかった。赤兎馬もらってたし、、、

 ここで曹操を討てなかったとて、天下三分の計が成就するのに大きな差異はなく、どうせ涼州の雄も墜ちると思っていたからだ。仮に討った場合、孫呉は曹操陣営の混乱に乗じて中原進出と同時に、孫劉同盟を早々に破棄して地盤の固まっていない荊州を奪いにくるだろうと予想できた。

 

 孔明、孔明、おれと雲長と翼徳は同じ日に死ぬと誓った仲だから、今までの忠義とこれからの軍功でもって償う、という事にしてあげて。

 

 諸葛亮たちにそう伝えると、むむむ、わかりました。と言って納得してくれた。

 

 

 孫呉が赤壁の勝利に沸く中、おれ達は次の戦略のための布石を打つ。

 亡き荊州牧・劉表の長子、劉琦を荊州刺史(ここでは州の監察官とする)にするため朝廷に上奏、官職を得たのだ。

 

 

 

209年 1月

 

 赤壁での勝利の後、おれ達は江夏の守りを孫呉の宿将・程普に任せ、周瑜率いる江陵攻めを行う軍に合流した。

 周瑜との会談で荊南の江陵攻めは孫呉が主体となって行う事が決まり、劉備軍は残る荊南の4群(わかりやすく都市とする)を攻略する。

 

 荊州の南部の4群、武陵、零陵、桂陽、長沙は瞬く間に制圧できた。

 攻略での道中、桂陽で趙雲が未亡人に捕まりそうになったり、長沙で関羽が老将・黄忠と一騎討ちしたり見どころが沢山あったと記しておく。

 長沙では諸葛亮が降伏した魏延に対し、こいつ裏切りそうだから処刑で、と言い出し再び内なる朝〇孔明が出ていた。

 

 

 黄忠と魏延、その他が仲間になった!

 

 

 

 江陵攻略が開始されしばらく経過したが、周瑜は敵の守将・曹仁に手を焼いていた。

 なので、関羽と張飛を周瑜の援軍として送り、好きに采配していいよ。と周瑜に伝えておいた。関羽と張飛は他軍の年下に使われる事に不服そうだが、赤壁の事もあり大人しく従った。周瑜は、関・張を私が扱う!!!と嬉しそうに周囲に言っていたそうだ。

 

 江陵攻略では、曹仁が三国無双したり、周瑜が矢傷を負ったり、それを計略に使って曹仁にやり返したり、あれやこれやあったが遂に1年がかりで制圧できた。江陵はそのまま周瑜が統治する事になった。

 

 此れにて荊北の新野・襄陽を除き、荊州のほとんどを手中に収める事ができた。仕える先が浮遊していた荊州の名士・豪族は、荊州刺史の劉琦が劉備に仕えているため、劉備を荊州牧として集い、劉備の荊州での地盤が固まり勢力が纏まり始める事となる。

 

 

 馬良・馬謖・蒋琬・劉巴、その他名士・豪族が仲間になった!

 

 

210年 春

 

 便りで聞いたが、周瑜の体調が良くないらしい。江陵で受けた矢傷の影響か、しばらく安静にしているようだ。

 

 荊州の情勢が落ち着き始めた頃、おれの元に孫呉から魯粛が使者としてやってきた。

 なんだなんだと話を聴くと、孫権の妹・孫尚香と結婚しろと言ってきた。おそらく孫尚香に劉備こと、おれを飼いならせ、縁談を機に劉備軍を利用しようと考えているのかもしれない。

 おれは諸葛亮たちに相談すると、占いに大吉って出たから結婚しちゃいなよ、と応えやがった。

 斯くして、弓腰姫・孫尚香の嫁入りが決まった。

 

 

 孫尚香が仲間になった!

 

 

211年 1月

 

 冬の寒さに悴む頃、またしても孫呉から魯粛がやってきた。

 魯粛からの話は2つ、周瑜が亡くなった事。

 そして、劉備軍がこのまま荊州に居座るなら荊州を貸与するから約定を結べ、との突拍子もない要求だった。

 

 後々の荊州失陥とおれ達義兄弟の死に繋がる、荊州貸与問題がいよいよ姿を現した。

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