222年 6月
馮習が思わぬところで弁舌の才能を発揮して、呉軍もとい陸遜が多少なりとも混乱。投げたボールが壁に当たって跳ね返るだけのやり取りに嘸かしイライラしている事だろう。
そんなこんなで当初の思惑通りに荊南からの呉軍侵攻を足止めして時間を稼ぐ事が出来ていた。
この間に涼州側の鮮卑と南中の南蛮反乱を凌げれば、漢中と荊北に増援を送る事ができ、自ずと孫権も兵を蜀側に向けるのを嫌うだろう。
最も、4方から蜀漢が攻められた時に即座に侵攻してこなかった時点で、孫権の思惑は風見鶏。
荊北の襄陽は欲しいが、その後の魏への単独対抗はムリとの考えで間違いないだろう。いつもの如く内部の豪族達との派閥争いと鬩ぎ合いが見て取れる。
だからこそ諸葛亮は早まって孫権を、呉にいる豪族達を団結させるような刺激をするな。という判断に帰結していた。
という事で、陸遜を絶賛挑発中のおれ達であるが戦闘になるのは絶許なのだ。陸遜は激怒するほどプッツンしないだろうが、アフターケアは必要だろう。
迷惑料を兼ねて持って来ていた、ウチの自慢の名品・蜀紅錦の織物と麻辣を度々送って機嫌を取るようにしていた。ぜひ激辛麻婆豆腐でも食べて至ってくれ。
互いの将兵たちも数ヶ月もの間対陣して、時たま馮習たちの舌戦紛いの言い合いにヤジ飛ばすだけの日々にだらけ切っている。
平和ではないが、何も起きない日々もいつかは終わりが来るもので。
南中を平定した諸葛亮と趙雲が、おれの居る本陣にやって来たのだ。
諸葛亮はキレていた。いや表面上はいつも通りだが、彼の背後にゴゴゴゴと擬音が見えるから間違いないだろう。
いかん!咄嗟に弁明する。
士元がやっても良いって言ったry「主上が反対を押し切ったのです。諌言足らず申し訳ございませぬ。」
おれと龐統は互いに顔を見合わす。この不届き者、おれを売りやがった!
2人して罵り合ってるとキレた孔明が士元を呼び、別室に連れ出そうとする。ざまぁwと口には出さず笑うと、龐統は恨めしそうに退出して行った。
ーーー後はお任せします。
ん?おれの居る幄帳の外から諸葛亮の声が聴こえる。
入ってきたのはキレた嫁、孫尚香だった。ふむ・・・
ご機嫌麗しゅう。と孫尚香に挨拶を口にする前に、
渾身の右ストレートが飛んできた。
最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか。くらい言ってくれてもいいじゃない、と脳裏によぎる間もなくおれの意識は落ちていった。
222年 9月
後から聴いた話しだが。
おれが気絶しても孫尚香はマウントポジションからのパウンドを止めなかった様で、見かねた趙雲が必死に引き剥がしてくれたらしい。いつもありがとう趙雲。
通りでこんなに顔がパンパンなのか、と白帝城で目が覚めた時には全てが終わっていた。知らない天井だ、おれこのまま死ぬのか。と思わず諸葛亮と趙雲や李厳を呼んで後事を託すとこだったわ!
まぁ、孫権と兄妹の孫尚香に黙って出陣していたおれが悪いと言われれば、それはそう。
拗れた呉の陸遜と諸葛亮が和平の使者(戦ってないけど)により話し合いの最中、急展開を迎える。
呉の領地、淮南・廬江の濡須口に魏軍の曹仁が侵攻してきたらしい。
魏の侵攻理由は蜀漢といつ迄経っても戦わない事に加え、臣下の礼をしたくせに孫権の子・孫登を人質に差し出さない呉に痺れを切らしたようだ。
曹丕、気持ちは分かるが侵攻して被害が出たら其れこそ、呉は徹底抗戦に走るだろうに。しかも今はウチの漢中と新野に軍を差し向けているのに、3正面同時侵攻はなんぼ大国といえども無謀では?ナイスーと叫びたい。
という事で陸遜は蜀漢と戦う余裕は無くなり、ウチも孫権と戦うつもりは端から無いので、孫権の本拠地である揚州・建業にて鄧芝が孫権を口説き孫劉同盟復活しました!
その後、孫権から孫尚香との文のやり取りにて雍闓の件にしても踏みとどまる様に相談を持ち掛けられていた事を知った。諸葛亮はここ迄読んでいたのか、それとも掌の上だったのか今となっては分からないが、後の祭りである。
ムダに金と兵糧と名品を消費したおれに立場が無いが、荊州派閥の臣下達には出兵後も好意的に思われているのだから良かったとする。
ちなみに龐統は呉と決別したのならそれは其れとして、隙あらば江陵まで手中に収めてやろうという腹案のもと動いていたようだ。
諸葛亮には怒られていたが戦乱の世、敵も味方も腹の内は皆んな真っ黒なのかもしれない。
是非もないよね。
劉備 武力76 (雌雄一対の剣+3)
孫尚香 武力85 (養由基の弓+5)
( ゚Д゚)<ファイッ!