191年 虎牢関
城や要塞を攻略するにあたって必要不可欠なのは攻城兵器であり、反董卓連合が虎牢関を抜くため準備したのも衝車と井闌だ。関を守る敵側もその攻城兵器を取り付けさせない為に必死なわけである。攻める此方も野戦では役に立たない攻城兵器を護りながら進軍する。
つまり何が言いたいかというと、連合側は集中攻撃されるのが目に見えている兵器の進路を確保する先鋒を、誰がやるのか決まらぬまま時間が流れているのであった。
結局、華雄を討ち取り武名を上げにあげている孫堅が選ばれた。
おれ?無理だよ兵の数も諸侯のなかで1番少ないし、軍というより傭兵部隊みたいな規模だもん。ウチに攻城兵器を用意する金も人も無いからな!さすがに袁紹さんたちも兵器を貸してくれないだろうし、、、
ということで、今は旧友で盧植先生の兄弟子だった公孫讚の下で警備の仕事をしてるよ。公孫讚は騎馬隊を白馬ばかりで揃えてることで有名な白馬義従を連れてきていた。すごいなーと見学していると、1人の若武者が自身の愛馬に乗せてくれて陣立てを説明して歩いてくれる。気の利くとても良い奴だった。跨ってる馬も揺れるのを抑えながら進んでくれてるような賢さを感じさせる、飼主と同じくイケメン馬である。
この馬すごい賢いし毛並みも綺麗だね。なんて名付けてるの?白龍?カッコいいね。
おまえ趙雲かよ!
虎牢関の戦いは意外にも順調に進軍できていた。
先鋒の孫堅は着実に防衛体制を敷いて夜襲に備えていたためだ。油断しないあたり流石の名将ぶりである。
しかし、時を同じくして進軍していた諸侯の1人王匡さんの軍は飛将軍・呂布の襲撃にあったらしい。呂布は虎牢関から500程の騎馬隊で出陣し、その機動力で大きく迂回後側面より襲い掛かったそうだ。呂布並びにその配下、魏越と成廉は複数回の突撃をかましていったとの事。こわすぎー
王匡軍も名将と噂されていた方悦さんが呂布と対峙したらしいが、手持ちの槍ごと呂布の方天画戟に叩っ斬られたと聞いた。コテンパンにやられた王匡軍は潰走、呂布の騎馬隊は損害もなく帰ったそうだ。
長期化するかと思えた虎牢関攻めは呆気なく終わった。
とまではいかず、やはり攻城兵器を関に取り付ける前が最後の激戦となった。右翼孫堅および袁術、中央に曹操および袁紹(攻城兵器)、少数の劉備隊は公孫瓚と左翼より進軍。迎撃に出てきた呂布と一戦交える事となる。
呂布有する董卓軍はその兵力の大多数は虎牢関に回し、呂布率いる迎撃部隊はそこまで多くはなかった。
が、しかしそう簡単にいかないのが飛将軍の呂布である。
来なくていいのに、兵力の少ないコチラに突っ込んできやがった。陣立ては予め方円を選択し、防御全振りが功を奏した。
なんとか耐え切ってやると意気込んでると、大声で名乗りを上げながら張飛が呂布に一騎討ちを仕掛けた。こんなとこで原作再現しやがって!
その後は流れるまま呂布は関羽とも一騎討ち、張飛は一度負けたにも関わらず再度一騎討ちを行った。
お願いお願い討死にしないで!と必死に祈っていると、張飛と2戦、関羽と1戦合わせて3戦全勝したモンスターがおれを一騎討ちに巻き込んできやがった。
死んだわこれ、、、と白目になりながら田舎の母より授かった雌雄一対の剣を抜き、呂布が振りかぶってくるところに待ち構えた。
瞬間、横から槍が飛び出してくる。
「常山の趙子雲、推参!」
ヤダ、イケメン!助けに来てくれたその背中越しの姿に、おれの一回りも年下なのにキュンとしてしまった。これは誰だって好きになるわ、と現実逃避してる間に趙雲と呂布の打ち合いが始まった。
さすがの呂布も4戦目ともなればと思ったが、人中の呂布、馬中の赤兎と言われる名コンビは趙雲を徐々に押し込んでいった。
事これに至っては恐ろしいと感じてる場合ではないと、おれも覚悟を決め趙雲の元に走った。
しかし、辿り着く前に更なる援軍が到着した。
先ほど呂布に負けた関羽と張飛が復帰してきたのだ。関羽、張飛、趙雲の3人は呂布と再び打ち合い始めたが、呂布は猛将3人同時の相手に含め連戦の疲れもあったのだろう、戦いを切り上げ帰陣していった。おれ?入るタイミングを見失って外から応援の声出ししてたよ。未来の五虎将軍3人同時に相手にする呂布の異常性を再認識したわ!
呂布の脅威が去った後、攻城兵器により虎牢関は破られた。反董卓連合は献帝のいる都・洛陽への道を進んで行く。
進軍中、連合軍に斥候から一報が入った。
洛陽燃ゆ。