226年 6月
ゴホゴホと咳が続く。先の戦いの時に前線に出ていた皆を出迎えるために雨に打たれたのが尾が引いたのか、それとも唯の夏風邪か、どちらにせよ年を取ってから体調が悪くなるばかりだ。
ふむ、このままではもう永くは保たないか。
「劉備様・・・」
むむむ、孔明か。どうしたんだ?お前も油断すると風邪ひくぞ。
「いえ、この身を案じていただきありがとうございます。劉備様もどうか御体をご自愛ください。」
体調には気を付けてくれよーうちの丞相なんだから倒れられたら、ま~じで困る。
ところで孔明、漢中の李厳から連日の悪天候で物資の輸送が上手くいってないと報告が来ているな。屯田の収穫、秋まであと少しとはいえ兵糧が心許ない。なにか策はないだろうか?
「はい、この諸葛孔明一計ございます」
諸葛亮からの返答は短く、明瞭だった。
「これより軍議を開きます。
現在、我が軍は本陣より東の武功水を挟んで魏軍主力の司馬懿と、北の渭水北岸側では張飛殿の別動隊が魏軍別動隊の郭淮と対陣しています。
我らは陽動と挑発を重ねて魏軍を誘引しようとしましたが司馬懿は持久戦の構えを取り、こちらの兵糧が尽きるのを待ち続けています。補給に関しては此方の考案した運搬車:木牛流馬によって兵糧輸送の遅滞を抑える事が出来ていますが、それだけでは万全とは言えません。
特に張飛殿の別動隊は連日の悪天候にて十分な補給が行なえていない状態です、幸いにも天候の影響は敵兵の足も止めているため急を要する状況ではないですが、時間の問題です。
よって此度は別動隊の渭水北岸からの戦線後退、合流を行います。また後退時に攻勢を掛けてくるであろう魏軍の戦力のうち主力を誘引反撃と、その魏軍前線についてくる輸送隊を襲い、物資を奪うことの3点を戦術目標とします。」
諸葛亮になんか良い案ないかな~って気軽に訊ねたら、一度で二度おいしいどころじゃない欲張りハッピーセットみたいな作戦を諸将に伝えはじめて、朕こわい。
でも敵の誘引まではいいけど輸送隊を襲ったとして、そんなに上手くいくかな・・・物資奪ってる時に攻撃されるのが危ないって古今東西の常識だけど。
「魏軍は先の戦いより木牛流馬を接収、量産を行い大量の兵糧輸送に用いています。これは此度の策の仕込みでした。木牛流馬には1つ仕掛けがあり、口の中にある舌を捻ると梃子でも動きません。そして元に戻るように捻り返すと再び動くようになるのです。この仕掛けを知っているのは私だけでした。司馬懿であれば寸分違わず作るであろうから、これで魏軍の兵糧を奪うことが出来ます」
「そこまで見越して木牛流馬を作らせていたとは・・・流石は丞相です!!」
な、なんだってー!?えぇ・・・(困惑)
姜維が諸葛亮をヨイショしてるし周りの奴らも響動めいているが、大丈夫かこいつら。
「姜維は一隊を率いて魏の輸送隊を襲い、敵増援がきたら舌を捻って木牛流馬を止めてから逃げよ。そうすれば取り戻そうとする魏軍は動かないことに戸惑う筈だ。
そこで呂玲綺殿と黄忠殿は魏軍に攻撃を仕掛けよ、2人が魏軍を追い散らしたら姜維は舌を戻して木牛流馬を再び動かせ」
「「「はは」」」
「張嶷は神兵に扮し、姜維が木牛流馬を再始動させるのを見たらこれを谷に迎え入れよ。魏軍は木牛流馬が動かなくなったことを鬼人の仕業と恐れるであろうからそれで撤退しよう」
うせやろ、そんなアホな。
「そして関羽殿に魏軍誘引を任せます、敵の司馬懿は輸送隊への襲撃をこちらの策と必ず見抜き救援にきます。関羽殿は一隊を率いて魏軍に挑戦し、司馬懿が出てくるまで負け続けてください。そして司馬懿が出てきたら上方谷に誘い込むのです。」
「むむむ、このワシに敵に負け続けよと申すか。軍師殿の言だ、癪ではあるが義を為せるというのであれば受け持とう。」
「趙雲殿は同じく一隊を率いて上方谷に潜み、司馬懿が入ってきたら谷を封鎖して一気に火を放つのです。」
「承知致した。大任、見事果たして見せましょう。」
「士元殿、あとは手筈通りに。」
「わかっておる、連日の長雨に紛れて魏軍に間者を複数入れている。
張飛殿の援護、魏軍誘引のための敵将兵を煽る飛語、輸送隊の位置情報の把握、すべて熟してみせよう。重ねて我らの本陣が【上方谷】という偽報もな。」
「我ら蜀漢、この一戦で勝敗を決する。皆、力を尽くして下さい。」
なんだか、いけそうな気がする~(゚∀゚)
軍議も終わりかけた頃、ゴホゴホと咳したら同時にお腹も鳴った。なんか作戦決まったら安心して腹減ったな。
hey田豫~天津飯と生姜湯作ってきてー。おれは腹を摩りながら伝え、自分の天幕に戻ることにした。
今思えば、おれの後ろ姿を諸葛亮がじっと見つめていた事には気づかなかったな。
226年 夏
炎天の真夏。長らく戦線を留める要因であった雨季が過ぎ、丞相:諸葛亮の指示を受けた蜀漢の諸将が各々作戦行動に移ると、魏の司馬懿の陣にも動きがみられた。
先の戦いで本陣に攻勢を仕掛けられた事に腹を立てている魏の諸将は守備に徹するを良しとせず、小競り合いから蜀漢軍への動静を探り、司馬懿に出陣を促し始めていたのだ。
敵の蜀漢は相対する魏軍に泥を塗るだけでなく、敵前でありながら各地に分散して屯田し、厚かましく長期戦の構えを見せている。天下の趨勢を握る魏に対して不敬である。そのプライドをけなす奴らを数で勝る我らが何故専守防衛に徹しなければならないのか。そう主張する武将もいれば、送り込んだ間者より蜀漢軍は厭戦気分になっているのか以前ほどの士気の高さは無い、小競り合いの衝突も戦うたびに我らが勝利している。加えて渭水北岸の蜀漢別動隊が後退の兆しを見せている事が裏付けである、と分析して攻勢を発言してくる文官までいた。
当初、司馬懿は何言ってんだコイツら(#^ω^)と慎重な姿勢を崩さなかったが、蜀漢軍へ送り込んだ間者と諸将の情報から、渭水北岸の蜀漢軍後退時が勝ち筋だと見出すと遂に出陣する事を決断した。