196年 春
臣下には反対されたが、呂布を徐州に招き入れる事にした。
早晩裏切られる時が来るとしても、曹操と敵対するにあたって呂布軍の武力は欲しい。それは後々行われる曹操陣営の計略からも、今はこの選択が最善でなくとも効果はあるのだろうと思っての事だった。天に誓って貂蝉に会って見たかったわけではない。むっちゃ美人だったとだけ記しておく。
呂布には対曹操の前線を担ってもらうため、小沛を任せる事とした。そんな呂布軍は彼を筆頭に配下には騎兵を率いる将が多数いる。今日も後学のため、おれ達三兄弟は小沛に足を運んでいた。ちなみに騎兵の用兵については、関羽と張飛を呂布配下の張遼と高順に丸投げしておいた。高順は常日頃何かと呂布に忠言をしている真面目人間だ、まったく聴く耳を持たれてないようなのが可哀想。
このお茶うめー。と、呂布とその妻の厳氏あと貂蝉の4人でくっちゃべってるある日の午後、乱入者が現れた。
「また成り上がり者と仲良くしているのですか!陳宮も言っておりましたが、この様な大耳野郎が一番信用ならないのですよ!!」
開口一番、おれの顔を見てそんな事を宣った。
この多様性の時代にポリコレすら知らんのか!失礼すぎる小娘だ、ちょっと自分の容姿が良いからって調子に乗っているのだろう、躾の出来ない親の顔がぜひ見てみたい!
「すまない劉備殿、我が娘が大変失礼をした」
呂布の娘・呂玲綺だった。
呂布殿に似て、たいへん凛々しく利発な御息女ですね!わたしも常々言いたい事も言えないこんな世の中じゃpoison、と思っていたのです!
陳Qの計略か呂玲綺の好感度は低いようだが、この劉備に秘策あり。このような窮地に活用する為、洛陽から帰還する際に公孫瓚のとこから白馬を数頭借りてきているのだ。借りるとは言っていない。白馬のつもりが芦毛だったけど、そのうち白くなるからまぁええやろ。
ということで、駿馬をどうぞ。うち一番の巨体と賢さですよ。名は黄金船です、ゴルシと呼んであげてください!!
呂玲綺の忠誠があがった! 呂玲綺と劉備は仲良くなった!
197年 1月 偽帝僭称
淮南の袁術が帝位を僭称し国号・仲とした。
前年に献帝を救い、洛陽と長安並びに朝廷を手中に収めた曹操より、偽帝討伐の要請が各地の群雄に届く。
袁術は矛先を徐州に向け進軍を開始、当初敵軍の対処に苦慮するが、呂布と劉備を離間させ各個撃破する思惑を呂布配下・陳宮が見破る。その後、呂布の機転と轅門に戟を射る絶技により仲軍が一時兵を退く事となった。
呂布は袁術から先に受け取った内通の報酬である兵糧を懐に収め、ホクホク顔であった。思い返してみると、呂布の武が徐州になければ曹操と袁術に挟まれ詰んでいたのかもしれない。
徐州は呂布に任せ、おれ達は淮南・寿春方面に進軍。江東の孫策軍と南北より挟撃の形を取る。
淮南にて仲の大将軍・紀霊と対峙する。先の徐州に攻勢を仕掛けてきた敵将であった。
此方は関羽率いる主力を歩兵魚鱗の陣にて正面からぶつけ、劉備隊を後詰として弓兵を配置。兵力差にて劣勢であるも、側面より遊軍張飛の騎兵が急襲する。緒戦、紀霊は30号余り関羽と打ち合うも、続け様に張飛との一騎討ちにて討死にする。残存兵は掃討または捕虜とした。
劉備軍、孫策軍の猛攻により偽帝袁術の勢力は弱まり離反する者が続出、内側より崩壊の一途を辿る。多くは江東の孫策に臣従するに至り、ここに名門汝南袁氏の一角が姿を消す事になる。
朝廷(曹操)の出した要請を達成した事で、報奨の官位がどうなるかワクワクしながら下邳への帰路を急いでいると、帰り道で留守番してるはずの糜竺さんや孫乾さん達と出会った。
こんなとこで何してるの?と訊ねると呂布が徐州を乗っ取ったと報告を受けた。そっかーいまやられるのか、、、なんでや!曹操の軍師・荀彧が仕掛ける二虎競食の計は不発だったやん、呂布と私はマブだったのに!キラキラ無くなっちゃった(徐州)
袁術と争い、呂布に寝床を奪われるこの現状、事前の二虎競食が無かった事で油断したが、しっかりと駆虎呑狼の計にハメられていたのであった。くやしい、くやしい、だがそれでいい。
地団駄踏みながら呟いていると、簡雍が一先ず献帝がいる曹操の拠点・許昌に行こうと言ってくれた。せっかく逆賊討伐したのに敗者になった感覚に苛まれ、おれ達はトボトボと歩き始めたのだった。