199年 10月
暗殺計画露呈により、またしても徐州を失陥してしまったが、一路汝南を目指す。
下邳に残した陳羣に申し訳なさを感じるも、彼は元々は曹操統治下の豫州名士であり、才ある若者だ。曹操の下に降ったとて、きっと上手くやるだろう。おれ達は本拠地・汝南に残した田豫他重臣の糜竺、陳到たちとの合流を急ぐ。
曹操からの追手は徐州と豫州の群境に差し掛かる所で遭遇した。
おれ達は亡き呂布の妻・厳氏を連れ立っての行軍となり、戦闘は避けれない状況下だった。幸いな事に、追手の追跡者達も騎馬隊による少ない手勢であった為、即応にて勝負を仕掛けた。おれは関羽と張飛の両名が揃っていた事もあり迎撃を担当し、非戦闘員は高順、呂玲綺に護衛させる。
遭遇戦はすぐに決着が付くも、敵軍に更なる増援が現れた。行軍速度で劣る我らはこのままではジリ貧になる、その考えが脳裏に過ぎる。どうするべきか悩んだその時、張飛が叫ぶ。
「ここは俺が引き受ける。兄者達は先に進んでくれ!」
おれの返答を待たずして、張飛は側近のみを連れ敵陣に突貫。敵兵の濁流に後ろ姿が消えて行く。
あの、バカ者!カッコつけやがって。
独り言を零しつつ後を追おうとすると、関羽も叫ぶ。
「今は翼徳を信じましょう!この窮地、兄者が倒れる事だけは避けねばなりません!」
その言葉に逡巡するも、剣を固く握り締め、汝南へ前進する事を決断してしまった。これが張飛の道を誤らせる事になるとは、この時は思いもしなかった。
張飛と逸れた後もおれ達の行軍は続く、汝南に続く道を遮る関所を片っ端からブチ破っていく。
自身の妻ではないが、女性陣を護衛しながら仲間の元へ進んで行くいまの現状に、まるで関羽の千里行だ、と思わず笑ってしまった。よくあの髭はたった1人で成し遂げたなと、今此処ではない関羽に呆れてしまう。正しく、義絶なのだと今更ながら思ってしまった。
冬の訪れを風に感じる頃、おれ達はようやく汝南に辿り着いた。
まだ汝南には曹操の軍勢は来ていなかった。最悪の場合、汝南を放棄する想定をしており、その場合は袁紹を頼る他ないと考えていた。
汝南では糜竺が主体となり防備を進めており、田豫と陳到が戦に備えていた。合流後、おれ達は抗戦か降伏の協議を行ったが、答えは決まっていた。一戦交えずして降伏など出来はしないし、何より曹操は元より配下の参謀達が赦しはしないだろう。首が飛ぶのが目に見えている。
199年 冬
汝南にて戦の準備をしていると政庁に来訪者が現れた。
「お久しぶりです、劉備様」
イケメン!イケメンじゃないか!趙雲が訪ねて来てくれた。
公孫瓚が易京の戦いにて敗れ、河北一帯が袁紹の勢力下になった後も各地を放浪し、仕える者を見定める旅をしていたらしい。コイツの父親も少帝の側仕えだったらしいし、こだわりの強い血なのだろう。
何にせよ、とんでもない援軍に内心狂喜乱舞した。今宵は短し響かせよ、命の音 Hey!! Hey!! と思わず歌いたい気分だ。
良い事は時には続くもので、徐州からの退却戦で逸れた張飛が戻ってきたのだ。ーーーまだ幼い少女を連れて。
義理とはいえ、長兄としてコレには頭を抱えてしまった。我が義弟が道を踏み外し、幼い少女をハイエースして来たのである。見ろ、貂蝉のあの表情を。美女の汚物を見る冷たい視線に周りの兵達が新世界の扉を開けてしまった。
とりあえず話しを聴いてみると、逸れた後、道に迷っている時に薪を取りに家の外に出てきていたロリっ娘に遭遇。帰り道を尋ねたら、道案内を兼ねて付いてきたとの事。ホントでござるか〜?
ロリっ娘に間違いないか聴くと、正しいと目を逸らさず答えてくれた。芯の強さを感じさせる娘だ、将来は女傑かな。しかし良かった、義弟は犯罪者ではなかったのだ。いや、連れ去っている現状犯罪なのだが。
兎も角、名前を訊ねると夏侯家の娘さんだという。叔父さんは夏侯淵と言うらしい、、、曹操とも血縁だ。
オマエどうすんだこれ!この娘の家ヤクザより恐ろしいとこじゃねぇか!
趙雲と夏侯氏(12)が仲間になった!
木枯らしが吹き荒む日、ついに曹操軍が襲来した。大将・夏侯淵、夏侯惇と両夏侯揃い踏みである。明らかに本気度が伺える、なんでだろうね。
敵軍との兵力差は圧倒的に不利なので、籠城戦を選択する。長らく黄巾党残党が占拠していた様に攻め辛く守りに適した地形のためだ。
劉備軍立ち上げからここ迄、籠城戦は殆ど経験がなかったが、おれと関羽が本陣に詰め、周倉・廖化の元黄巾兵と留守番していた事で地形把握が出来ている陳到・田豫の両将が城壁内防衛を担う。張飛と趙雲には遊軍にて敵陣への散発的な騎兵攻撃を行い、遅滞戦を仕掛ける。
200年 3月
援軍なき籠城戦を続けていたが、春の訪れと共に急遽曹操軍が兵を引き揚げる事になる。
斥候より報告が入る。
河北の雄・袁紹が南下を始めた。曹操と袁紹の天下分け目の戦が始まったのだ。