地下の匂い
生きることに意味なんてなかった。
俺にとっては、ただ「飢えないこと」と「死なないこと」だけがすべてだった。
地下街はいつだって暗く、湿った石壁と腐った臭いに満ちていた。
そこでは誰もが獣であり、弱ければ喰われる。
俺もその一匹にすぎなかった。
子どもの頃から、盗みは日常だった。
腐りかけたパンでも、皮の硬いジャガイモでも、手に入れればそれが命の延命につながった。
罪悪感なんてものは生まれる余地もなかった。
ただ、俺は生きるために動き、走り、奪った。
ある日、いつものように市場の裏通りを漁っていたとき、俺は妙な代物を見つけた。
金属の光沢、複雑な仕掛け、そして革のベルトに繋がれた筒。
それが後に俺の人生を変えることになる――立体機動装置だった。
それが何に使うものかはわからなかった。
だが、直感で思った。
これを使えば、もっと効率よく盗める。
もっと早く、もっと遠くへ逃げられる。
俺はその装置を盗み、拠点へ持ち帰った。
そして、人目を忍んで何度も試した。
最初は散々だった。
ワイヤーは壁に突き刺さらず、反動で肩を打ちつけ、肺から息が漏れた。
だが、諦める理由はなかった。
地下街では諦めた奴から死ぬ。
何度も失敗を繰り返しながら、俺は少しずつ装置をものにしていった。
やがて俺は壁を駆け上がり、屋根の上を走り抜けることができるようになった。
その日、初めて立体機動を使って盗みを働いた。
結果は――圧倒的な成功だった。
追っ手は俺に触れることもできず、気づけば俺は屋根の上で笑っていた。
その日を境に、俺は地下街で噂になった。
「どこからともなく現れて消える、影のようなガキがいる」
「憲兵団ですら追えない」
そんな言葉が囁かれ、俺の影は膨らんでいった。
だが、それは俺の命をも危険にさらした。
ある日、いつものように盗みを働いていると、憲兵団が大人数で待ち構えていた。
俺は迷わず立体機動を起動し、路地から屋根へと飛び移った。
だが、奴らも本気だった。
後ろから複数のワイヤーが飛び、俺を絡め取ろうと迫る。
俺は冷静に動きを読んだ。
「甘い」
瞬時に軌道を変え、壁を蹴って逆に追っ手を振り落とす。
憲兵の一人がバランスを崩し、悲鳴を上げて地面へと叩きつけられた。
そのときだ。
背筋を凍らせるような気配を感じた。
振り返ると、一人の兵士が静かに俺を追っていた。
他の憲兵たちとは明らかに違う。
動きは無駄がなく、風のように滑らかで、俺が逃げれば必ず同じ距離を保ってついてくる。
「……なんだ、あいつは」
俺は焦りを覚えた。
ここまで追いついてくる奴はいなかった。
その兵士は無言で俺を見据え、ただ獲物を狩る獣のように迫ってくる。
壁を蹴り、屋根を渡り、裏通りを駆け抜ける。
だが、奴は落ちない。転ばない。常に俺の背後にいる。
心臓が嫌な音を立てた。
「捕まる……?」
そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺は自分を叱り飛ばした。
(ふざけるな。俺は生き残るためにここまで来たんだ。絶対に捕まらねぇ)
必死に逃げる俺の耳に、低い声が届いた。
「――いい腕だな」
屋根の上で、奴は俺に並んだ。
驚く暇もなく、俺は剣を抜かれるかと思った。
だが、兵士はただ淡々と俺を見ていた。
鋭い瞳、無表情な顔。だがそこには、どこか見覚えのある影が宿っていた。
「……誰だ、あんた」
息を切らせながら俺が問うと、男は冷ややかに答えた。
「リヴァイ。……まあ、憲兵じゃねぇ」
俺は一瞬、安堵した。だがすぐに理解した。
この男は危険だ。俺と同じ匂いを持っている。
生きるためにどんな手でも使ってきた、俺と同類の匂いだ。
リヴァイはじっと俺を見つめ、わずかに口角を上げた。
「ガキのくせに、よくここまでやる。
……だが、お前の力を腐らせるには惜しい」
俺は言葉を失った。
褒められたことなど、一度もなかったからだ。
この世界で生き残るのに、価値や意味なんていらないと思っていた。
だが――この男の視線は、俺を「ただのガキ」ではなく「兵」として見ていた。
胸の奥で、何かがざわめいた。
これが……興味ってやつなのか。
リヴァイはそれ以上何も言わず、ただ背を向けた。
「ついて来い。お前を団長に会わせる」
俺は立ち尽くしていた。
だが、気づけばその背中を追っていた。
理由はわからない。ただ、俺はこの男を見てみたかった。
そして――この先の世界を覗いてみたいと思った。
ルカの卒業順位は何位がいい?
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堂々の首席
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ミカサと僅差で2位
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同率1位