影なき刃   作:洟魔

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大変お待たせしてしまいすみません!!
退職やら転職やらでバタバタしてました!

今回から壁外遠征編に突入です!
どうぞお楽しみに!


壁外調査①

 

 そして、いよいよその日が来た。

 薄い雲の切れ間から差し込む陽が、馬たちの黒い毛並みに反射してきらめく。

 空気は澄んでいて、ひんやりと肌を刺すようだ。

 馬の鼻息と、鎧の金具が触れ合う音だけが辺りに響いている。

 

 カラネス区の大門前――。

 整列する調査兵団の列の中に、俺たちリヴァイ班もいた。

 前方にはリヴァイが立ち、周囲にはオルオ、ペトラ、エルド、グンタ。

 そして、俺の横にはエレン。

 皆、無言のまま前を見据えている。

 

 遠くで鐘の音が鳴った。

 低く、重い音が空を震わせる。

 ゆっくりと、巨大な扉が軋みながら持ち上がっていく。

 その向こうに広がるのは、誰もが恐れる“外の世界”。

 

 エルヴィンが馬を進め、静かに前へ出た。

 風にマントがはためき、胸の“翼の紋章”が朝日に光る。

 

 そして――。

進めぇぇぇぇーーー!!! 第五十七回壁外調査を開始する!!!」

 

 エルヴィンの号令が、地鳴りのように響き渡る。

 

「前進せよぉぉぉ!!!」

 

 その瞬間、兵たちが一斉に馬を駆り出す。

 大地を蹴る蹄の音が轟き、土煙が舞い上がる。

 列が波のようにうねりながら、開かれた門を越えていった。

 

 俺も手綱を強く握り、馬の腹を蹴った。

 風を切りながら、カラネス区の大門を抜ける。

 すぐさま視界に広がったのは、かつての旧市街地――。

 瓦礫と化した建物、ひび割れた石畳、崩れ落ちた屋根。

 人の気配が消えて久しいその街を、俺たちは一直線に駆け抜けていく。

 

 蹄が石を叩く音が、崩れた壁の間に反響する。

 風が埃を巻き上げ、過去の残骸が空へと散る。

 やがて、街並みを抜けて草原に出た瞬間――

「長距離索敵陣形! 展開!!」

 エルヴィン団長の号令が響いた。

 

 兵たちは一斉に散開する。

 俺たち特別作戦班――リヴァイ班は、陣形中央・待機。

 つまり、最も安全な場所だ。

 

 陽が高くなるにつれ、風が強くなる。

 草の香りに混じって、土と鉄の匂いが漂っていた。

 今のところは順調。

 

 ――だが、その均衡は突然崩れた。

 

 右の方角から馬の蹄音が近づき、伝令の叫びが風を裂いた。

「報告します!!」

 顔を煤で汚した兵士が、息を荒げて叫ぶ。

「口頭伝達です! 右翼索敵壊滅的打撃! 索敵の一部、機能せず! 以上の伝達を左に回してください!!」

 

「聞いたか、ペトラ……行け」

 リヴァイが短く指示を出す。

 

「はい!」

 ペトラが馬の腹を蹴り、左方向へ駆け出す。

 風に舞い上がる彼女のマントが、太陽を反射してきらめいた。

 

 その直後、右方向の空に――黒い煙弾が次々と上がった。

 煙が風に流れながら幾筋もの線を描き、空を染める。

 

「エレン、お前が打て」

「はい!」

 リヴァイの声に反応し、エレンが急いで煙弾を装填。

 黒い筒を天に向けて引き金を引くと、轟音とともに黒煙が弾けた。

 

 煙弾の色には、それぞれ意味がある。

 ――赤は通常の巨人発見。

 ――緑は陣形の方角。

 ――黄は作戦中止。

 ――紫は緊急事態。

 そして黒は――奇行種の発見を意味する。

 

(……つまり、エルヴィンが言っていた“標的”が上手く釣れたってことか)

 

 その後も馬を走らせていると、前方に巨大な森が見えてきた。

 木々の先端が空を突き刺すように並び立ち、まるで壁のように道を塞いでいる。

 

(あれが……“巨大樹の森”か)

 

 近づくにつれて空気が変わる。湿った風が頬を撫で、地面は苔と落ち葉で柔らかくなる。

 やがて、エルヴィンの号令が響いた。

 中列――つまり俺たちの部隊だけが森の中に突入し、他の兵士たちは森の外周を旋回していく。

 

(ここまでは作戦通り……か)

 

 馬の蹄が柔らかい地を叩くたび、地の振動が足元から伝わってくる。

 

 

 ───────────

 エレンside

 

「兵長! リヴァイ兵長!」

 俺は思わず声を張り上げた。

 

「なんだ」

 短く返る声。振り返りもしない。

 

「なんだって……ここは森ですよ! 中列だけこんなに森の中に入ってたら、巨人の接近に気づけません! 

 右から何か来ているみたいだし……どうやって巨人を回避したり、荷馬車班を守ったりするんですか!?」

 

「分かりきったことをピーピーわめくな。もうそんなことできるわけねぇだろ」

 

「なっ!?」

 息を呑む俺に、兵長は冷静な声で続けた。

 

「周りをよく見ろ、エレン。この無駄にくそでかい木を……立体機動装置の機能を生かすには絶好の環境だ。

 そして考えろ。お前のその大したことない頭でな。――死にたくなきゃ、必死に頭を回せ」

 

「……はい!」

 歯を食いしばり、手綱を強く握る。

 

(そうか……俺が新兵だから、まだ状況を飲み込めてないだけなんだ。

 簡単に答えを教えてもらえないのも、“自分で学べ”ってこと……。先輩たちも、そうやって戦いを覚えてきたんだ)

 

 そう思って前を走るオルオさんを見る。

 だが――

 

「なんだよこれ……ふざけんなよ……何これ? どうなってんだ? 全く……」

 小声でぶつぶつと文句を言いながら、完全に混乱していた。

 

(は?)

 視線をペトラさん、エルドさん、グンタさんへと移す。

 けれど、その顔にも“理解”の色はない。あるのは、緊張と不安だけ。

 

(まさか……誰もこの状況を理解できていないのか!?)

 

 先輩たちの様子を見て、ふと頭に浮かんだ。

(……そうだ、ルカは?)

 同じ班で、同じ馬列にいるはずの同期。

 あいつなら、何か分かっているかもしれない――そう思って隣を見た瞬間、息が詰まった。

 

 ルカは両手に刃を持ち、無表情で前を見据えていた。

 けれど、その目に宿っていたのは冷たい光――いや、“殺気”だった。

 視線を向けられたわけでもないのに、背筋がぞくりとした。

 まるで、次に来る“何か”をすでに見据えているかのような、そんな目だった。

 

 その時――。

 後方から、黒い煙弾が上がった。

 

「黒の煙弾!?」

「すぐ後ろからだ!」

「右から来ていたという“何か”だな……!」

 

 全員が一斉に後ろを振り返る。

 緊張が馬にも伝わり、嘶きとともに蹄が乱れる。

 

「お前ら、剣を抜け」

 前を向いたまま、兵長の低い声が響いた。

「そいつが姿を現すとしたら――一瞬だ」

 

 その瞬間、森の奥から“何か”が飛び出してきた。

 一人の兵士だ。振り返りながら必死に叫んでいる。

 だが次の瞬間――。

 

 轟音。

 

 信じられない速さで金髪の巨人が走り抜け、兵士を拳で叩き潰した。

 肉が潰れる音。骨の砕ける感触が空気を震わせる。

 その巨人は他のやつらと違う。

 ただ暴れるのではなく、人間のように“走って”いた。

 あっという間に俺たちの背後まで迫り、その瞳が俺たちを見下ろす。

 

「この森の中じゃ完全に回避しようがない!」

「追いつかれるぞ!」

「兵長! 立体機動に移りましょう!!」

 

 先輩たちが声を張り上げるが、リヴァイ兵長は振り返らない。

 前だけを見据えたまま、表情ひとつ動かさなかった。

 

 その時、巨人の背後から二人の兵士が追いついてきた。

「背後から増援か!?」

 希望の声が上がる――が、それは一瞬で絶望に変わる。

 

 巨人が腕を伸ばし、飛んできた二人のワイヤーを掴んだ。

 次の瞬間、勢いのまま木に叩きつける。

 鈍い音と共に、二人の身体は糸が切れた人形みたいに崩れ落ちた。

 さらに掴んだワイヤーを引き寄せ、そのまま拳で叩き潰す。

 

 ……一瞬だった。

 まるで、遊びのように。

 

 俺の喉が、勝手に鳴った。

(な、なんだあいつ……今までの巨人とは……違う……!)

 

「ッ!!」

 思わず声が漏れる。心臓が喉元まで跳ね上がったみたいだ。

 

「兵長!! 指示を!!」

「やりましょう!! アイツは危険です!! 俺達がやるべきです!!」

「ズタボロにしてやる!!」

 

 先輩たちの声が一斉に跳ね上がり、戦闘態勢に入るのが分かる。俺は反射的に後ろの巨人へと視線を戻す。

 

(馬鹿め、自分から地獄に来やがった。お前が追っかけてんのは巨人殺しの達人集団だ)

 

 だが、肝心の指示は来ない。あのリヴァイ兵長が、だ。ただ黙って前だけを見据え、動かない。俺の胸の中で何かが煮えたぎった。

 

(リヴァイ兵長は何で指示を出さないんだ!?)

 

「兵長! 指示をください!」

「このままじゃ追いつかれます!」

「――あいつを仕留めるためにこの森に入った! そうなんでしょう? 兵長!」

「リヴァイ兵長!!」

 

 俺たちの声はどんどん荒く、必死になる。顔を上げてリヴァイ兵長を見据える。だがリヴァイ兵長はちらりと俺たちを見ただけで、落ち着いた声で言った。

「全員、耳を塞げ」

 

 その言葉の意味を理解するより早く、兵長は馬の鞍に備え付けられていた器具を掴み、銃のようなものを構えた。

 片腕を高く掲げ――引き金を引く。

 

キィィィィィィィィィィン!! 

 

 甲高い音が、耳の奥を貫いた。

 空気が震え、鼓膜が破けそうなほどの金属音が森中に響き渡る。

 思わず顔をしかめ、手で耳を押さえながら息を呑んだ。

 

「音響弾……!?」

 先輩の誰かが声を上げる。

 

 リヴァイ兵長は淡々と前を向いたまま、静かに言葉を落とした。

「お前らの仕事は何だ? その時々の感情に身を任せることか? ――違うな」

「この班の使命は、そこのクソガキに傷ひとつ付けねぇよう尽くすことだ。命の限りな」

 

 俺は一瞬、息が詰まった。

(な……ッ!? 俺を“監視”するためなんじゃないのか!?)

 

「俺たちはこのまま馬でかける。いいな」

 リヴァイ兵長が短く言い放つ。

 

「了解です!」

 ペトラさんが即座に返事をする。その表情からは先程までの焦燥さは消え、代わりに静かな覚悟が宿っていた。

 

 俺はその指示に疑問を持ち、思わず口を開いた。

「かけるって一体どこまで……それに奴がもうすぐそこまで……」

 

 言いながら後ろを振り返る。

 すると――また新たな兵士達がこちらに向かってくるのが見えた。

 

「ッ! また増援です! 早く援護しなければまたやられます!」

 

「エレン前を向け!」

「グンタさん!?」

「歩調を乱すな! 最高速度を保て!」

「エルドさんなぜ! リヴァイ班がやらなくて、誰があいつを止められるんですか?! また死んだ! 助けられたかもしれないのに……まだ1人戦ってます! 今ならまだ間に合う!」

「エレン! 前を向いて走りなさい!」

 

「戦いから目を背けろって言うんですか!? 仲間を見殺しにして逃げろってことですか!?」

「ええそうよ! 兵長の指示に従いなさい!」

 ペトラさんの声が鋭く響く。振り返ることもせず、前だけを見据えている。

 

「ッ! ……見殺しにする理由が分かりません! それを説明しない理由も分からない! なぜです!」

 声が震えた。怒りと焦りが入り混じって、喉が焼けるようだ。

 

「兵長が説明すべきでないと判断したからだ!」

 オルオさんの怒鳴り声が返ってくる。

「それが分からないのはお前がまだひよっこだからだ! 分かったら黙って従え!」

 

(オルオさんまで……ッ!)

 

 胸の奥がざわついた。

 皆、どうしてだ……なぜ誰も、戦おうとしない。

 あんなに冷静で、誰より勇敢だった先輩たちが――まるで、何かを信じ切っているように前を見て走り続けている

 

 俺は何もできない悔しさから下を向いた。

 視線の先には、自分の手。

 

(あ……いや、1人でだって戦えるじゃないか……! 

 何で、俺は人の力にばっかり頼ってんだ! 自分で戦えばいいだろう!)

 

 そう思った瞬間、俺は咄嗟に自分の手を口元に持っていき、噛もうとした。

 

「何をしているのエレン!」

 鋭い声が飛ぶ。ペトラさんだった。

 

 その声に思わず動きを止めると、彼女は馬を寄せ、真剣な表情で俺を見据えていた。

「それが許されるのは、あなたの命が危うくなった時だけ。私たちと約束したでしょう!」

 

 その瞳には怒りよりも――必死な願いが宿っていた。

 

 だが俺は、それでも噛もうとした。

 歯を立てる直前――。

 

「お前は間違ってない。やりたきゃやれ」

 

 前方から低い声が届いた。

 リヴァイ兵長だ。俺の少し前を走りながら、振り返ることもせずに言葉を続ける。

 

「エレン。お前と俺たちとの判断の相違は、経験則に基づくものだ」

 その声には怒気も焦りもない。ただ、静かで重い響きだけがあった。

 

「だが、そんなもんは当てにしなくていい」

 兵長は前を向いたまま、淡々とした口調で言葉を重ねる。

「選べ。自分を信じるか……俺や、こいつら調査兵団という組織を信じるかだ」

 

 風が吹き抜け、マントがはためく。

 その音にかき消されそうになりながらも、兵長の声だけははっきりと届いていた。

 

「俺には分からない。ずっとそうだ。

 自分の力を信じても……信頼に足る仲間の選択を信じても、結果は誰にも分からなかった。

 だから――まぁ、せいぜい悔いが残らない方を、自分で選べ」

 

 胸の奥が熱くなる。

 息を吸い込んでも、肺がうまく動かないような感覚。

 

(自分で……選べ……?)

 

 その言葉が、頭の中で何度も反響する。

 

 俺は後ろを見た。

 そこでは、次々と兵士たちが殺されていた。

 吹き飛ばされ、握り潰され、木に叩きつけられていく。

 今なら……まだ間に合うかもしれない。

 あの巨人を止めるために――巨人化する目的も、もうハッキリしている。

 

「エレン……」

 

 その声に振り向くと、ペトラさんがこちらをじっと見ていた。

 真剣な眼差し。

 ふと、彼女の手首にある噛み跡が目に入る。

 

(……そうだ。あの時、言われたんだ)

 

 ――『私たちを信じて』。

 

 あの言葉が、頭の中でこだまする。

 胸の奥がざらついた。

 けれど、今の俺には選択肢が二つしかない。

 

 そのとき――。

 

「遅い!! さっさと決めろ!!」

 リヴァイ兵長の怒鳴り声が、前方から響いた。

 俺の心臓が跳ねる。

 

(俺は……俺は……ッ!!)

 

 気づけば、俺は叫んでいた。

「進みます!!」

 

 その声が、風を切って響いた。

 

 その直後、後ろの巨人が――さらに加速した。

 地面を抉るような音とともに、信じられない速さで距離を詰めてくる。

 あと数秒で、完全に追いつかれる。

 

 その時だった。

 

「……リヴァイ」

 前方から低く短い声が響いた。ルカだ。

 

「……ああ、行け」

 

 兵長は視線を前に向けたまま、二つ返事でそう答えた。

 何の迷いもない。まるで、最初から分かっていたように。

 

(……行け? 何をしてるんだ?)

 

 理解できずに戸惑っていると、隣のルカが俺に声をかけてきた。

 

「おい、エレン。俺の馬を頼むぞ」

「は? ……おいルカ! お前まさか!」

 

 手綱を掴んだ俺の手が震える。

 あいつは、馬を止めるどころか――勢いを増して立ち上がった。

 

「ルカ! 何をしてるんだ!!」

「兵長の命令に逆らうのか!!」

 

 先輩たちの叫びが聞こえる。

 だが、ルカは何も答えなかった。

 

 風を切る音だけが一瞬響いた――次の瞬間、ルカは馬上から飛び出していた。

 

 宙を駆け抜けるその姿が、朝日を背に一閃する。

 真っ直ぐに、後方の巨人へと向かっていく。

 

(ルカ……ッ!!)

 

 胸の奥が熱くなるのを感じながら、俺はその背中を見失うまで目で追っていた





ヒロインは誰がいい?

  • クリスタ(ヒストリア)
  • アニ
  • ペトラ
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