影なき刃   作:洟魔

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永らくお待たせしました!



壁外調査②

 

 ────────ルカside

 

(エレンの説得は上手くいったな)

 

 さっきのエレンの姿を思い出しながら、俺は短く息を吐く。

 もしあいつがあの場で巨人化していたら、この先の作戦は全て水の泡になっていた。

 だが、今は問題ない。あとは――こいつを仕留めるだけだ。

 

 女型の巨人が森の中を疾走している。

 俺はその横を立体機動で追走しながら、慎重に距離を取っていた。

 

(さて、まずはコイツの注意をこっちに引かねぇとな……)

 

 狙いを定め、タイミングを見計らって接近。

 刃を構え、反動で身体を跳ね上げる。

 女型が俺に気づいた瞬間、鋭い視線がぶつかる。

 そして、巨大な腕がうなじを狙う俺に向かって薙ぎ払われた。

 

「――ッ!」

 

 その腕を回転斬りで登り、勢いのまま頭上に飛び出す。

 うなじめがけて刃を振り下ろした――その瞬間。

 

 女型の手がうなじを覆い、淡い光を放ちながら水晶のように変化していく。

 刃がその甲に当たった途端、耳を裂くような高音が響いた。

 

パリィィィィィィィィィィン!! 

 

「なっ……!?」

 

 反発する力で身体が弾き飛ばされる。

 空中で姿勢を立て直し、再び枝にワイヤーを撃ち込んで着地した。

 視線を落とすと――刃が粉々に砕けている。

 

(……は? どうなってやがる!?)

 

 柄の先に、ほんの数センチだけ残った鋼の残骸。

 あの感触――まるで、金属の壁を斬ったような反動だった。

 

(ヤツの手の甲……攻撃が当たる寸前、水晶のようなものが現れやがった……)

(おそらくそれが、さっきの異常な硬さの原因だろう)

 

 女型が再び構える。だが、その手を見ていると――

 ひび割れが走り、水晶のような層が少しずつ剥がれ落ちていくのが見えた。

 

(なるほど……ずっとあの状態って訳じゃなさそうだな……)

 

 発動にも制限がある。ならば、闇雲に攻撃するより――

 

(少しずつ削って時間を稼ぐ……それしかねぇ)

 

 新しい刃を装着し、女型の左側面へと回り込む。

 木々を蹴り、枝を利用して立体的に移動しながら、動きを止めない。

 

 女型の蹴りを紙一重でかわし、脚部を浅く斬る。

 切り口から蒸気が上がり、女型が苛立つように咆哮した。

 

(よし……追ってきてるな)

 

 俺はあえて速度を少し落とし、巨人を誘うように進路を調整する。

 狙いは――作戦の捕獲ポイント。

 

(もう少し……このまま来い)

 

 地面を蹴り、木々の上を滑るように飛ぶ。

 背後では、女型の咆哮とともに巨木が次々と薙ぎ倒されていく。

 枝が弾け、土煙が舞い上がり、視界が一瞬で白く染まった。

 それでも俺は振り返らず、ただ後退を続ける。

 

 そして、ある地点を通り過ぎた直後――

 左右の木々の間から、調査兵団の兵たちが一斉に姿を現した。

 彼らはすでに構えを整え、ワイヤーの銃口を女型へと向けている。

 

 その瞬間、上から轟くような号令が響いた。

 

「――撃てぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

 号令と同時に、森の中に無数の射出音が鳴り響いた。

 ワイヤーが一斉に放たれ、女型の四肢や胴体に突き刺さる。

 金属の軋む音とともに、彼女の体が次第に動きを封じられていく。

 もがくたびに木々が折れ、土煙が上がるが、次第にその暴れる勢いも鈍っていった。

 

 ――作戦、成功だ。

 

 俺は息を吐き、手元の刃を収めた。

 振り返れば、女型の体を取り囲むように複数の拘束装置が張り巡らされ、動きを完全に封じている。

 森の中を駆け抜けてきた風が止まり、静寂が戻る。

 

 そのまま立体機動で木の枝を蹴り上げながら、俺は一気に上空のエルヴィンのもとへと向かった。

 枝を抜けるたびに風が頬を叩く。下ではまだ拘束具の金属音と女型のうめき声が響いている。

 

「ご苦労だった、ルカ」

 エルヴィンが振り返り、短く言った。

「おかげで人員の被害は少なく済んだ」

 

「そりゃ良かった。そうじゃないと割に合わないからな」

 肩を軽くすくめると、エルヴィンはわずかに笑った。

 

 その時、背後からワイヤー音。

 木の上にリヴァイが降り立つ。

「動きは止まったようだな」

 

「ああ、だがまだ油断はできない」

 エルヴィンは女型を見下ろしながら言う。

「よくこのポイントまで誘い出してくれたな」

 

「後列の班と、そこのルカが時間を稼いでくれたおかげだ」

 リヴァイが俺に目を向けて言う。

「それがなきゃ不可能だった」

 

「そうか」

「そうだ。アイツらのおかげで、コイツのうなじの中にいる奴に会える。……中で小便漏らしてねぇといいんだが」

 リヴァイの軽口に、思わず鼻で笑ってしまう。

 

「念のため、もう少し拘束を増やそう」

 エルヴィンが近くの兵士たちに指示を出した。

 再び森の中に射出音が響き、女型の身体に新たな拘束具が突き刺さっていく。

 

 その間、リヴァイが俺の方へ近づいてきた。

「よくやった、ルカ。……生意気そうなツラを見れて安心した」

 

「うるせぇ。そっちこそエレンの説得ん時はヒヤヒヤさせやがって」

「ガキの子守りは面倒なんだよ」

「そう言うリヴァイはエレンより小せぇけどな」

「てめぇ……言ってくれんじゃねぇか。大体お前も似たようなもんだろ」

 

 軽口を交わしていると、下からエルヴィンの声が再び響く。

「第2、第3波! 撃てぇぇぇ!!!」

 

 森全体が震えるほどの号令。

 続けざまにワイヤーが放たれ、女型の身体に更なる拘束具が突き刺さった。

 金属音が響き、女型は完全に動きを封じられる。

 

「リヴァイ、ミケ!」

 エルヴィンが二人に命じる。

「目標のうなじから中身を取り出せ!」

 

「了解」

 リヴァイとミケが同時に立体機動で飛び上がり、女型の上空からうなじを覆う両手へと刃を振り下ろした。

 

 だが次の瞬間――

 

 カァァァァァン!! 

 

 金属が砕けるような硬質音が森に響く。

 二人の刃は弾かれ、粉々に砕け散った。

 

「チッ……なんだあれは?」

 上に戻ってきたリヴァイが苛立ったように舌打ちをする。

 

「多分……肌を硬質な物質に変化させたんだろうな。俺の時もそうやって刃を砕かれた」

 そう言いながら、俺は腰のホルダーから砕けた刃を取り出し、リヴァイに見せた。

 

 砕け散った刃を一瞥したリヴァイの表情がさらに険しくなる。

「……クソが」

 短く吐き捨てると、ヤツは女型の頭上に飛び降り、そのまま足で踏みつけた。

 乾いた音が響き、リヴァイの苛立ちがはっきりと伝わってくる。

 

 俺もその場を離れ、下の地面に着地して女型を見上げる。

 拘束具の軋む音。その光景に目を細めていたその時――

 

(……あ?)

 

 一瞬、視線が合った気がした。

 まるで“覚悟を決めた”ような、冷たい眼差し。

 

 次の瞬間、女型の全身が震え――

 轟音とともに、腹の底を揺さぶるような咆哮が森全体に響き渡った。

 

「ッ! なんだ!?」

 周囲の木々がざわめき、空気が一気に張り詰める。

 兵士たちはその絶叫に耳を塞ぎ、必死に耐えていた。

 それほどまでに、あの咆哮は鼓膜を突き破るほどの衝撃を持っていた。

 

 ――そして、しばらく絶叫は続き、やがて静かになった。

 静寂の中で、誰もが息を呑んで女型を見つめていた。

 しばらく絶叫は続き、やがて静かになった。

 風が止まり、森全体がまるで息を潜めたような静寂に包まれる。

 その中で、俺は――足元から伝わる“異変”に気づいた。

 

(……地面が揺れてる?)

 いや、違う――これは振動だ。

 何かが、こっちに向かって全力で走ってきている。

 

(まさか……!?)

 

 考えるよりも早く、東の方角から木々をなぎ倒すように現れた。

 大小さまざまな――三体の巨人。

 巨体がぶつかるたびに大地が揺れ、砂塵が舞い上がる。

 

「荷馬車護衛班! 迎え撃て!!」

 すぐにエルヴィンの怒鳴り声が響き渡る。

 周囲にいた兵士たちが一斉に立体機動を展開し、前へと飛び出していく。

 だが巨人はまるで意に介さず、ただ突き進む。

 

「……すべて奇行種だと?」

 俺が呟いた瞬間、三体のうちの二体が真っ直ぐ女型のもとへ突っ込んだ。

 

 リヴァイがすぐさま動いた。

 女型の頭上から跳び上がり、両手に刃を構え――

 空気を切り裂く音とともに、二体の巨人のうなじを同時に削ぎ落とす。

 血煙が舞い、二体は崩れ落ちた。

 

 だが――残った一体。

 他の二体とは違い、少し小柄なそいつは、一直線に女型のもとへ走り込んでいった。

 拘束具に締めつけられた女型の身体に、そいつは飛びかかるようにして――

 

 ガリィィィッッ!! 

 

「なっ……噛みついた!?」

 

 歯が肉を裂く鈍い音が響く。

 蒸気が激しく吹き上がり、女型の身体がわずかに痙攣した。

 

(さっきの叫びはこれが狙いか!?)

 

 そう思い至ると同時に地面の揺れが一段と激しくなった。

 嫌な感覚が背筋を駆け上がる。

 

(……これは数が多い)

 

 木々の隙間から、無数の影が蠢くのが見えた。

 次の瞬間、全方位から巨人が現れた。大小さまざまな巨体が一斉に走り寄ってくる。

 

「全員、戦闘開始! 女型の巨人を死守せよ!!」

 エルヴィンの号令が木霊し、兵士たちが一斉に動き出す。

 

 立体機動の音が重なり合い、鋼線が空を裂いた。

 巨人の咆哮、兵士の叫び、立体機動装置の噴射音――それらが混ざり合い、森は一瞬にして戦場へと変わった。

 

 俺もすぐにワイヤーを放ち、近くの巨人のうなじを狙う。

 樹木を蹴り、回転しながら刃を振るう。

 うなじを削いでは離れ、また別の個体へ。

 削いでは離れ――その繰り返し。

 

(クソ、キリがねぇ……何体目だこれ)

 

 次々と現れる巨人を相手に、休む暇などない。

 倒しても倒しても、新たな巨人が女型へ群がるように押し寄せていく。

 あいつらの狙いは明確――女型を喰うこと。

 

「止めろ!! 女型を守れ!!」

 周囲の兵たちの怒号が響くが、数が多すぎた。

 拘束されたままの女型の身体に、巨人たちが次々と噛みつく。

 肉を裂く音、骨を砕く音、蒸気が立ちこめ、視界が白く霞む。

 

(クソッ、もうどうにもならねぇ……!)

 

 やがて――あの女型の“形”が、徐々に失われていった。

 蒸気の中で崩れ、骨ごと喰われ、跡形もなく消えていく。

 

 その時、エルヴィンの声が響いた。

「総員、撤退! 陣形を再展開! カラネス区へ帰還せよ!!」

 

 俺はワイヤーを飛ばし、近くの樹木にぶら下がる。

 下を見下ろせば――そこに、もう“女型の巨人”の姿はなかった。

 ただ、白い蒸気と血の匂いだけが残っていた。

 

 俺はその場を離れリヴァイとエルヴィンのもとへ向かう途中、胸の奥で何かがざわついた。

(……なんだ? この違和感……)

 

 ただの戦闘後の高揚じゃない。もっと――“嫌な予感”に近い。

 心の奥底で何かが引っかかっていた。

 

「おいルカ、行くぞ」

 考え込んでいた俺の耳に、リヴァイの低い声が届く。

 

「……ああ」

 短く返しながら、もう一度背後に視線を向けた。

 

 女型がいた場所は、濃い蒸気で覆われていて中は何も見えない。

 大量の巨人を仕留めたせいで、熱気と血煙が入り混じり、視界が白く霞んでいた。

 

(……あれじゃあ、中身が誰だったかなんて分からねぇな)

 

 そう思った瞬間――頭の中で“何か”が弾けたような感覚に襲われた。

 まるで後頭部を殴られたような衝撃。

 

(中身……そうだ、中身だ!)

 

 あの女型の中に人間がいたのは確定してる。

 だったら、その中身の人間が“巨人に喰われた”瞬間を誰かが見ていれば、

 当然報告が入るはずだ。

 

 ……だが、誰もそんな報告をしていない。

 

(……つまり、“誰も見ていない”ってことは――“死んでない”ってことだ)

 

 脳裏に電撃のように思考が走る。

 そう仮定すれば、次の行動は明白だった。

 

(もし俺があの中身だったら……次に狙うのは“エレン”だ)

 

 エレンは巨人化の秘密を握る存在。

 あの女型も同じ“人間の知性巨人”なら、狙う理由は一つしかない。

 

(……もし、あいつがエレンと違って何度でも巨人化できるとしたら――)

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 

「おいルカ。さっさとしろ」

 リヴァイの声が飛んだ。

 どうやら、俺が動かずに立ち尽くしていたのに気づいたらしい。

 

(……どうする?)

 この“仮説”は、まだ確証がない。ただの勘だ。

 だが、もし俺の読みが当たっているなら――時間がない。

 

 迷ってる暇はない。

 ガスの残量は半分。行こうと思えばすぐ動ける。

 リヴァイに一言だけ告げて、先行して様子を見に行くつもりだった。

 

 その時――。

 

「待て、ルカ」

 静かながらも鋭い声が背後から飛んできた。

 エルヴィンだ。

 

 俺は思わず振り返る。

 焦るような視線を送ると、エルヴィンは冷静に続けた。

 

「リヴァイのガスを補充していけ。

 リヴァイ……お前はルカにガスを渡した後、

 ガスと刃を補充しろ」

 

「ッ!?」

 リヴァイが眉をひそめる。

 

「なぜだ? それになぜルカにガスを渡す必要がある?」

 

 確かに――普通なら、そんな指示は出ない。

 ガスを融通するなんて、危険な判断だ。

 だが、今の俺には……それがありがたかった。

 

 エルヴィンは短く息を吐き、はっきりと言い切った。

 

「命令だ」

 

 それだけだった。

 余計な説明も、感情もない。ただ“信頼”に裏打ちされた声。

 

 リヴァイは数秒の沈黙の後、肩を小さくすくめた。

「……分かった。エルヴィン、お前の判断を信じよう」

 そう言って俺の方へ向き直る。

 

「ルカ、補充するぞ」

 

「……助かる」

 短く返しながら、俺はガス装置の接続部を開いた。

 リヴァイが自分の残りを分け与え、補充が始まる。

 金属が噛み合う音が響き、圧縮ガスの冷たい音が流れた。

 

(エルヴィン……あんた、俺が何を考えてるか気づいてるのか?)

 俺は胸の中に、確信にも似た何かを感じながらもガスの補充をしていると、リヴァイが口を開いた。

「お前らが何を考えてるのかは分からねぇが……信じるぞ?」

 

 その声は低く、静かで――けれど、確かな“覚悟”があった。

 一瞬だけ目が合い、俺は短く頷く。

 

「ああ」

 

 それで十分だった。

 言葉以上のものが伝わる気がした。

 

 ガスの補充を終えると、リヴァイは軽く顎をしゃくった。

「行け」

 

 俺は頷き、立体機動装置のレバーに指をかける。

 圧縮ガスが充填された音が耳の奥でまだ響いていた。

 半分以上は確実に使える――問題ない。

 

(エレンたちのいる方角は……あっちだな)

 

 視線を上げる。

 森の間を抜ける風が、白い蒸気を散らしていく。

 考えるより先に、身体が動いた。

 

 ワイヤーを放つ。

 金属の音とともに身体が宙に舞い、木々の間を縫うように加速する。

 

(間に合ってくれ……

 もし俺の仮説が当たっているなら――あの女型の中身は、まだ生きている。

 そして狙いは……エレン。お前だ)

 

 胸の奥で何かがざわつく。

 風が頬を打つたび、その焦燥が燃えるように強くなる。

 

(頼む、間に合ってくれ)

 

 俺は風を切り裂きながら、森の彼方――エレンたちのいる方角へと飛び込んだ。

ヒロインは誰がいい?

  • クリスタ(ヒストリア)
  • アニ
  • ペトラ
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