影なき刃   作:洟魔

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いよいよ6月ですね〜また季節外れに暑くなるんだろうな……


壁外調査⑥

 

 エレンとリヴァイを探しに歩いていると、ちょうど向こうからリヴァイが来た。

 

「そろそろここを離れる。準備しろ」

 

 短くそれだけ告げる。

 どうやら、壁内へ向けて出発するらしい。

 

「了解」

 

 俺はそう返した。

 ……だが、その時ふと違和感を覚える。

 リヴァイの歩き方が、ほんの僅かだが不自然だった。変に片足を庇っているように見える。

 

(……)

 

 気づいたが、あえてそこには触れなかった。

 聞いたところで、あいつが素直に答えるとも思えない。

 

 俺はそのまま自分の馬へ向かい、鞍に飛び乗る。

 ほどなくして出発の合図がかかり、列は一斉に動き出した。

 

 蹄の音が地面を打つ。

 土埃が舞い、風が頬を叩く。

 壁内へ帰るだけ――そう思いたいが、まだ壁の外だ。何が起きてもおかしくない。

 

 しばらく進んだ、その時だった。

 

「後列が巨人を発見!!」

 

 誰かの叫び声が響く。

 

 反射的に後ろを振り返ると、二体の巨人がこちらへ向かって迫ってきていた。

 しかも、それだけじゃない。さらにその後ろからも四、五体ほどの巨人が列を成すようにこちらへ走ってきている。

 

(チッ……こんな場所で)

 

 心の中で舌打ちする。

 周囲には建物もほとんどない。立体機動に使えるような木も、ここにはないに等しい。

 つまり――戦いづらい。最悪の地形だ。

 

 馬上で刃の柄に手をかける。

 だが、この状況で下手に飛び出せば、ガスも足場も無駄になる。

 

(どうする……)

 

 巨人との距離は、じわじわと詰まっていく。

 前方の本隊は速度を落とさず進んでいるが、このままだと後列から食われる。

 

 俺がそう考えている間にも、時間は止まってくれない。

 

 巨人との距離は少しずつ、だが確実に縮まっていく。

 その時、先頭にいたリヴァイが後方の荷台へ近づいた。

 荷台の上にいる連中へ、何かを短く告げている。

 

(……何を?)

 

 一瞬そう思った。

 だが次の瞬間、その意味を理解した。

 

 後方の荷台にいた兵士たちが、積まれていた遺体を荷台の外――つまり、巨人の方へ捨て始めたのだ。

 

 ひとつ、またひとつ。

 翼の紋章を背負ったままの亡骸が、土煙の中へ放り出されていく。

 

(……そういうことか)

 

 荷台が軽くなれば、その分だけ馬の速度が上がる。

 今は少しでも本隊を前へ進めるしかない。

 

 実際、その判断は正しかった。

 速度を増した列は、迫る巨人たちから徐々に距離を取ることに成功していく。

 

 俺は前を向いたまま、さっき捨てられていった名も知らない遺体たちのことを思い出していた。

 顔も、声も知らない。

 けど、そいつらも確かに調査兵団だった。

 

 ……だからこそ、余計に胸糞悪い。

 

 それでも、今は走るしかない。

 生きて帰るために。

 生き残った奴らを、次に繋げるために。

 

 俺は何も言わず、ただ手綱を強く握り直した。

 

 それからしばらくして――

 俺たちはようやく、壁の中へ帰還した。

 

 ♦♦♦♦

 

 壁の中へ帰還したあと、俺たちを待っていたのは――市民たちの罵倒混じりの非難の声だった。

 

「で、何をしに行ったんだよ」

「また死人を増やして帰ってきただけか」

「俺たちの税をドブに捨てやがって……!」

 

 好き勝手、言いたい放題だ。

 

 胸の奥に、じわじわと怒りが溜まっていく。

 だが、その怒りとは真逆に、周りを歩く兵士たちはみな無気力だった。

 顔を上げることもせず、ただ俯きながら前へ進んでいる。

 

 ……無理もない。

 

 反論できるだけの成果もない。

 それどころか、仲間を何人も失って心まで削られてる。

 そんな連中相手に、市民たちはさらに調子に乗って声をぶつけてきた。

 

「調査兵団なんざ解体しちまえ!」

「結局、何も変わってねぇじゃねぇか!」

 

「チッ……」

 

 思わず舌打ちが漏れる。

 今すぐそいつらの前に立って黙らせてやりたい衝動に駆られた、その時だった。

 

 いつの間にか隣に来ていたペトラが、そっと俺の頭に手を置いた。

 

 驚いて顔を上げると、ペトラと目が合う。

 彼女は困ったような、でもどこか優しい笑みを浮かべていた。

 

 ……落ち着け。

 たぶん、そう言いたいんだろう。

 

 納得なんてできるはずもない。

 けど、ここで俺が感情のまま動いたところで、何かが変わるわけでもない。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……分かってるよ」

 

 誰に聞かせるでもなく呟いて、できるだけ苛立ちを押さえ込みながら歩き続ける。

 

 すると、一人の男がこちらへ近づいてきた。

 そのままペトラの前まで来ると、両肩に手を置き、安堵したような顔で言う。

 

「無事でよかった……」

 

 ペトラもその声に応えるように、柔らかく微笑んだ。

 

「お父さん……心配かけてごめんね」

 

(……なるほど、ペトラの父親か)

 

 そう思って、俺は男の顔を少しだけ見る。

 確かに、目元がどことなく似ていた。

 

 男はペトラの顔をしばらく見つめていたが、やがて静かに言った。

 

「じゃあ私は先に家に帰っておく。後で帰って来なさい」

 

 それだけ言うと、その場を去っていく。

 ペトラはその背中を少しだけ目で追いかけたあと、また前を向いて歩き出した。

 

 その様子を見て――俺はふと、自分の中に奇妙な感覚があることに気づく。

 

 胸の奥にあった重さが、ほんの少しだけ和らいでいた。

 

(……ああ)

 

 今日、失ったものは大きすぎる。

 死んだやつは戻らない。

 それでも――

 

 俺は、誰かを守れた。

 

 そう実感できた。

 

 だが、そんな俺の小さな実感とは裏腹に――今回の壁外調査が残した現実は、あまりにも重かった。

 

 失った兵士の数、運び込まれた遺体、消えた装備、費やされた莫大な物資と金。そうした損害は、ただでさえ揺らいでいた調査兵団への支持を失墜させるには十分すぎた。人は結果でしかものを見ない。何を得るために外へ出たのか、どれだけの危険と引き換えに前へ進もうとしたのか――そんな過程に目を向ける余裕なんて、壁の中で暮らす連中にはないんだろう。やがてその責任を問うように、エルヴィンを含む責任者たちは王都へ召集されることになり、同時に――エレンの引き渡しも決まった。

 

 

 

 エレンの引き渡しが決まった日の夜。

 エルヴィンに「集まってほしい」と言われ、俺はリヴァイ班の拠点に来ていた。

 

 この場にいるのは、俺とエレン、そしてリヴァイの三人だけだ。

 肝心のエルヴィンたちはまだ来ていない。

 

 同じリヴァイ班でも、ペトラとオルオは家族の元に戻っている。

 あいつらが今どんな顔をしているのかは知らない。けど、少なくともここみたいな重い空気の中にはいないだろう。

 

 部屋の中には、妙に張りつめた静けさがあった。

 エレンは落ち着かない様子で視線を彷徨わせているし、俺も俺で壁にもたれながら無言を貫いていた。

 

 そんな空気を破ったのは、意外にもリヴァイだった。

 

「おっせえな、エルヴィンの野郎ども……待たせやがって。迎えの憲兵団が先に来ちまうじゃねえか。大方……クソがなかなか出なくて困ってんだろうな」

 

 紅茶を飲みながら、いつもの澄ました顔でそんなことを言い出す。

 

「兵長……今日はよく喋りますね」

 

 エレンが驚いたようにそう言うと、リヴァイはすぐに不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「馬鹿言え。俺はもともと結構喋る」

 

 それを聞いて、俺は思わず鼻で笑った。

 

「すぐバレる嘘つくなよ。なぁエレン」

 

 そう言ってやると、エレンも少しだけ困ったように笑う。

 リヴァイは露骨に舌打ちした。

 

「チッ……ほんと、生意気なガキ共だ」

 

 飛び火したエレンが「え、いや俺は……」と焦って弁明しようとした、その時だった。

 

 入口の扉が開く。

 

 ギィ、と木が軋む音と一緒に、エルヴィンたちが入ってきた。

 

「遅れて申し訳ない」

 

 先頭に立つエルヴィンの後ろには、団長補佐が二人。

 そして――見慣れた顔が三つ。

 

 ミカサ。アルミン。ジャン。

 

 そいつらの姿を見た瞬間、エレンの顔色が変わる。

 

「おまえら……」

 

 そんなエレンを差し置いて、エルヴィンは静かに口を開いた。

 

「女型の巨人と思わしき人物を見つけた。今度こそ確実に捉える」

 

 その宣言に、部屋の空気が一変する。

 エルヴィンはそのままテーブルへ歩み寄り、椅子に腰掛けた。

 俺たちもそれに倣って席に着く。

 

 そして、エルヴィンは低く、はっきりと作戦の説明を始めた。

 

「決行は明後日。場所は、我々が王都に召喚される途中で通過するストヘス区だ。ここが最初で最後のチャンスとなる」

 

 誰も口を挟まない。

 ただ、その一言一言を聞き逃すまいと耳を澄ませていた。

 

「ここを抜ければ、エレンは王都に引き渡される。そうなれば、壁の破壊を企む連中の追及も困難になるだろう。ひいては――人類滅亡の色が濃厚となる」

 

 淡々とした口調なのに、その言葉の重さは十分すぎるほど伝わってきた。

 

「我々はこの作戦に全てを賭ける」

 

 エレンが息を呑むのが分かった。

 ミカサもアルミンも、表情を固くしてエルヴィンを見つめている。

 ジャンは腕を組んだまま、黙って話を聞いていた。

 

 エルヴィンはテーブルの上の地図に指を置いた。

 

「作戦はこうだ。ストヘス区を通過する際、エレンがおとりとなって、この地下通路へ目標をおびき出す。最下層まで連れ込めば、サイズと強度から考えて、たとえ目標が巨人化しても動きを封じることは可能だ」

 

 地下通路。

 巨人が暴れるには狭すぎる場所。確かに理にはかなっている。

 

「だが、万が一その前に巨人化した場合――エレン、君に頼むことになる」

 

「はい……」

 

 エレンは短く返事をした。

 だが、その表情には迷いが残っている。

 

「それで……肝心の目標がストヘス区にいるのは確実なんですか?」

 

 エレンがそう尋ねると、エルヴィンは即座に頷いた。

 

「ああ。目標は憲兵団に所属している」

 

「憲兵団に?」

 

 部屋の空気がまた一段重くなる。

 ミカサの目がわずかに細まり、ジャンが露骨に眉をひそめた。

 

 エルヴィンは続ける。

 

「それを割り出したのはアルミンだ。いわく、女型は生け捕りにした二体の巨人を殺した犯人と思われ、君たち104期訓練兵の同期である可能性がある」

 

 その言葉に、エレンの顔色が変わった。

 アルミンも口を引き結び、俯きかける。

 ジャンは黙ったまま、テーブルの一点を見つめていた。

 

 憲兵団に行けるのは上位十名のみ。

 そして、俺たち104期の中で実際に憲兵団へ入ったのは――あいつしかいない。

 

(……まさか)

 

 胸の奥が、嫌な音を立てた。

 

 エルヴィンが口を開く。

 

「その人物の名は……アニ・レオンハート」

 

 それとほぼ同時に、俺も心の中でその名を呼んでいた。

 

(アニ・レオンハート……)

 

 その瞬間、胸の奥にズキッとした痛みが走る。

 だが、今は余計な感情に引っ張られてる場合じゃない。

 俺は黙ってアルミンの話を聞こうとした。

 

 だが――

 

「あ、アニが女型の巨人? なんで……なんでそう思うんだよ? アルミン……なぁおい!」

 

 エレンが露骨に動揺し、アルミンへ詰め寄るように声を上げる。

 話が進まない。今ここで感情論をぶつけても意味がない。

 

 俺は苛立ち混じりに口を開いた。

 

「おいエレン、進まねぇから黙ってろ」

 

 自分でも分かるくらい、冷たい声だった。

 エレンはその声音に押されるように、ぴたりと口を閉じる。

 

 部屋の空気が一瞬だけ張りつめた。

 エレンは悔しそうに歯を食いしばっている。

 だが、今はそれでいい。

 

 俺はアルミンに視線を向ける。

 

「……続けろ、アルミン」

 

 アルミンは一度小さく頷くと、ゆっくり息を吸った。

 

「女型の巨人は最初からエレンの顔を知っていた。それに、同期しか知らないはずのエレンのあだ名……“死に急ぎ野郎”に反応を見せた。何より大きいのは、実験体だったソニーとビーンを殺したと思われるのがアニだからだ」

 

「なんでそんなことが分かる?」

 

 さっきまで黙っていたエレンが、とうとう口を開いた。

 当然だ。アルミンの言い分は、推測にしては断定的すぎる。

 

 だが、アルミンは怯まない。

 むしろ最初からそこを聞かれる前提だったみたいに、冷静なまま続けた。

 

「あの二体の殺害には高度な技術が必要だから、使い慣れた自分の立体機動装置を使ったはずだ」

 

 部屋の中が静まり返る。

 アルミンの声だけが、妙にはっきり響いていた。

 

「だから装置の検査があっただろう。アニは引っかかってない」

 

「……」

 

「あの時アニが出したのは、マルコのだ。だから追及を逃れることができた」

 

「は?」

 

 エレンが眉をひそめる。

 

「何言ってんだ? どうしてマルコが出てくる……見間違いじゃないのか?」

 

 アルミンは少しだけ目を伏せた。

 それでも、声は揺れない。

 

「いや、あれは確かに見覚えがある……」

 

 アルミンがそこまで語り終えたところで、リヴァイが口を挟んだ。

 

「おいガキ、それはもう分かった。他に根拠はないのか?」

 

 短く、だが核心を突く問いだった。

 アルミンは一瞬だけ黙り、それからまっすぐ答える。

 

「……ありません」

 

 その言葉に、部屋の空気がわずかに沈んだ。

 

 俺は腕を組んだまま、アルミンを見ていた。

 根拠としては弱い。あまりにも弱い。

 状況証拠をいくつも繋げて、ようやく一人に辿り着いた――そんな印象だ。

 

 けど。

 

(……アルミンは、確信してる)

 

 あいつの顔を見れば分かる。

 ただ疑ってるだけじゃない。信じたくないものを、自分で無理やり信じさせてる顔だ。

 

 エレンも、それを感じたのかもしれない。

 何か言い返そうとして、結局言葉が出てこないまま俯いた。

 

 俺は小さく息を吐く。

 

 アニ・レオンハート。

 あいつの無表情な顔が、脳裏にちらつく。

 

 ……もし本当にあいつが女型なら。

 あの時の言葉も、視線も、全部別の意味を持ち始める。

 

 胸の奥がまた鈍く痛んだ。

 だが今は、その痛みを確かめてる暇はない。

 

 エルヴィンは沈黙を待ってから、静かに口を開いた。

 

「十分だ。確証はなくとも、動く理由にはなる」

 

 その声には迷いがなかった。

 アルミンは小さく息を吐き、ミカサは目を細め、ジャンは複雑そうに黙り込む。

 

 だが、エレンは到底信じられないという顔のまま声を上げた。

 

「証拠がない? なんだそれ? なんでやるんだ? どうすんだよ? アニじゃなかったら……」

 

 その言葉を遮るように、ミカサが即座に答える。

 

「アニじゃなかったら、アニの疑いが晴れるだけ」

 

 淡々とした、迷いのない声だった。

 確かに、その通りだ。

 もしアニが違うなら、それで疑いが消えるだけの話。

 

 頭では分かっている。

 分かっているのに――胸の奥の痛みだけは、さっきよりも増していた。

 

 ミカサはそのままエレンへ視線を向ける。

 

「エレン……アニと聞いた今、思い当たることはないの? 女型の巨人と格闘戦を交えたのなら、アニ独特の技術を目にしたりはしなかったの?」

 

 その問いに、エレンの肩がぴくりと揺れた。

 何かを思い出した顔だ。

 それと同時に、動揺が一気に表へ出る。

 

 俺はそんなエレンを見ながら、冷たく言った。

 

「その顔は、思い当たることがあるって面だな……」

 

「ッ……」

 

 その後、エルヴィンがさらに詳しい作戦内容を説明すると、そのまま解散となった。

 

 エルヴィンと補佐二名、ミカサ、アルミン、ジャンは帰還するために立ち上がる。

 リヴァイは相変わらず椅子に腰かけたまま、紅茶を飲んでいた。

 

 エレンはずっと俯いている。

 その様子を横目に見ながら、俺も黙って部屋へ戻ろうとした――その時だった。

 

「なぁルカ……お前はいいのかよ……このままで。アニが女型の巨人だなんて言われて……」

 

 足が止まる。

 

 エレンはなおも俯いたまま、苦しそうに続けた。

 

「アニは俺たちの仲間だろッ!」

 

 部屋の空気がぴたりと止まる。

 エルヴィンも、リヴァイも、立ち上がった連中も、みんなこっちを見ていた。

 

 俺は立ち止まったまま、振り返らずに答える。

 

「仲間だろうが関係ねぇ。既に戦いは始まってる」

 

 自分でも驚くくらい、声は淡々としていた。

 

「そして俺は、やるべき事をやる……それだけだ。今更喚くな」

 

「ッ! けど!」

 

 エレンが食い下がる。

 だが、俺はそれ以上聞く気はなかった。

 

「話は終わりだ」

 

 それだけ言い残して、俺はその場を後にした。

 

 そのまま部屋を出た俺は、足の向くまま屋上へ上がった。

 

 冷たい夜風が頬を撫でる。

 端の方まで歩いて腰を下ろし、そっと上を見上げた。

 

 そこには、無数の星が散らばる幻想的な空が広がっていた。

 地下では決して見られなかった、果てのない天井。

 何度見ても、胸の奥を静かに揺らす光景だ。

 

 俺はその空を見上げながら、さっきのエレンの言葉を思い返していた。

 

 

 

 ――お前はいいのかよ……このままで。アニが女型の巨人だなんて言われて……

 

 ――アニは俺たちの仲間だろッ! 

 

 

 

「クソッ……良いわけねぇだろ」

 

 気づけば、言葉が口から漏れていた。

 誰に言うでもない。ただ、夜気に溶けていくだけの声。

 

「でも……やるしかねぇんだよ」

 

 そう吐き出した瞬間、胸の奥がまたズキッと痛んだ。

 思わず顔をしかめる。

 

 その痛みを誤魔化すように、俺は小さく、悲しげに笑った。

 

「ほんと……弱くなったな。俺は」

 

 昔の俺なら、こんな痛みは感じなかったはずだ。

 仲間だの、情だの、そんなもので足を止めることもなかった。

 

 けど――今は違う。

 

 守りたいと思うやつがいる。

 失いたくないと思うやつがいる。

 その中に、アニの顔まで浮かんでくるのが、何より厄介だった。

 

 俺は膝に肘を乗せ、再び空を見上げる。

 

「……明後日か」

 

 ストヘス区。

 女型の本体を捕らえる最初で最後の機会。

 

 もし本当にアニだったら。

 その時、俺はどうする。

 

 答えは、もう決まっている。

 決まってるはずなのに、胸の痛みだけは消えなかった。

 

 星は何も答えない。

 ただ、冷たく瞬いているだけだった。

ヒロインは誰がいい?

  • クリスタ(ヒストリア)
  • アニ
  • ペトラ
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