作戦決行の日。
俺はストヘス区の路地裏で、エレンとミカサと共にいた。
深く被った雨具の下には、立体機動装置。
正面から覗き込まれでもしない限り、俺たちの顔は割れない。
作戦は単純だ。
ジャンをエレンの替え玉として馬車に乗せ、アルミンがアニをこっちへ誘導する。
あとは地下に連れ込めれば、仕掛け通りに捕らえられる。
単純で、失敗すれば終わる。
すでにジャンを乗せた馬車はストヘス区に入っている。
アルミンも、もう動いている頃だ。
俺は壁にもたれたまま、隣の二人を見た。
ミカサはいつも通り、静かだった。
だがエレンは落ち着かない。視線が忙しなく揺れている。
(……チッ)
無理もない。
相手が本当にアニなら、平静でいろという方が無茶だ。
それでも、ここで迷われると困る。
俺は壁から背を離した。
「こっからだ。行くぞ」
「分かってる」
ミカサは即答した。
エレンはわずかに間を置いてから、低く返す。
「……ああ」
その返事には迷いが残っていた。
だが今は、それでいい。進むしかないことくらい、あいつ自身が一番分かってるはずだ。
しばらくして、アルミンが合流した。
――アニを連れて。
そのまま俺たちはポイントへ向かって歩き出す。
途中、見張りのいる門を通る。
だが憲兵団所属のアニの姿を見た途端、連中はろくな確認もせず俺たちを通した。
「案外楽に抜けられたな。さすが憲兵団様だ。日頃の仕事具合が伺える」
「キョロキョロしない」
ミカサが即座に釘を刺す。
エレンは舌打ちしたが、それ以上は言わなかった。
少しして、エレンがぼそりと呟く。
「後は影武者のジャンがバレなきゃいいな。あれ、そう長くは持たねえよ。あいつと俺、全然似てねえから」
「大丈夫だって。二人とも目つき悪いし」
アルミンが言う。
俺も続けた。
「大して変わんねぇよ」
「俺はあんな馬面じゃねえ」
エレンが不機嫌そうに言い返す。
そのやり取りを、アニは前を向いたまま聞いていた。
やがて、ふいに口を開く。
「もし私が協力しなかったら、どうやって壁を越えるつもりだったの?」
「立体機動で突破するつもりだった」
アルミンが答える。
「無茶じゃない? そもそもストヘス区に入る前に逃げた方が、こんな面倒もかからなくて済んだはずでしょう。なんで今ここなの?」
「この街の地形なら替え玉作戦が生きると思ったんだ。それに、真っ向から逆らうより従ってるふりをした方が、時間は稼げる」
アルミンがそう言うと、アニは一拍置いて頷いた。
「そう。納得したよ」
その言い方が、妙に引っかかった。
だが、考える間もなく目的地へ着く。
地下通路の入口。
石造りの暗い口が、静かに開いている。
ここから先へ連れ込めれば、勝てる。
アルミンが階段へ足をかけた。
「昔、計画されてた地下都市の廃墟が残ってるんだ。これが外扉の近くまで続いてる」
「本当か、すげぇな」
エレンがそう言って、ふと後ろを振り向く。
アニが動いていなかった。
入口の前で、立ち止まったままこちらを見ている。
「……アニ? なんだお前、まさか暗くて狭いところが怖いとか言うなよ」
エレンが半ば冗談めかして言う。
だが、返ってきた声は静かだった。
「そうさ、怖いんだ。あんたみたいな勇敢な死に急ぎ野郎には、きっとか弱い乙女の気持ちなんて分からないだろうさ」
「大男を空中で一回転させるような乙女はか弱くねえよ。馬鹿言ってねえで急ぐぞ」
エレンが階段を降りようとした、その時だった。
「いいや、私は行かない」
空気が変わる。
「そっちは怖い。地上を行かないなら協力しない」
アニは入口に立ったまま、こちらを見ていた。
その顔はいつも通り無愛想だ。けど、目だけが妙に澄んでいる。
まるで、もう決めてしまったみたいに。
エレンが焦ったように声を荒らげる。
「何言ってんだ、てめえは? さっさとこっちに来いよ。ふざけてんじゃねえ」
「エレン、叫ばないで」
ミカサが低く言う。
だが、アニは落ち着いたままだった。
「大丈夫でしょう、ミカサ……さっきからこの辺には、なぜか……全く人がいないから……」
(……気づかれてたか)
この周囲には事前に兵を潜ませていた。
それを、見抜かれている。
アニはそのまま階段の上から俺たちを見下ろし、今度はアルミンへ目を向けた。
「ったく、傷つくよ。いったい何時からアンタは……私をそんな目で見るようになったの……アルミン」
アルミンの肩が揺れる。
声を出そうとしているのに、喉が詰まって出てこない。
そして――アニの視線が、今度は俺に向いた。
「アンタもだよ、ルカ。そんな辛い顔をするなんて……アンタらしくないじゃないか」
「ッ……」
言い返せなかった。
反射的に目を逸らす。
分かってる。
ここまで来て、アニが女型じゃない可能性なんてほとんど残ってない。
……それでも。
胸の奥には、まだ信じたくない何かが残っていた。
訓練兵だった頃の顔がよぎる。
無愛想で、口が悪くて、でも確かに同じ時間を過ごしたあいつの顔が。
(クソッ……)
今さらそんな感傷に引っ張られてどうする。
ここで躊躇えば、全部終わる。
なのに、身体が重い。
俺が固まっていると、アルミンが震える声で言った。
「アニ……何でマルコの立体機動装置を持っていたの。わずかな傷やへこみだって、一緒に整備した思い出だから……僕には分かった」
アニはほんの少しだけ目を伏せる。
「そう……あれは拾ったの……」
「じゃあ、生け捕りにした二体の巨人はアニが殺したの?」
「さあ……ね。でも、一ヶ月前にそう思っていたんなら、なんでその時に行動しなかったの?」
アルミンは唇を噛み、震えながら続けた。
「今だって信じられないよ……きっと見間違いだって思いたくて。そのせいで……アニだって、あの時僕を殺さなかったから、今こんなことになってるんじゃないか……」
「あぁ、心底そう思うよ……まさかあんたにここまで追い詰められるなんてね。あの時。なんでだろうね」
胸の奥がひりつく。
アニは否定しない。アルミンももう引き返さない。
なのに俺だけが、まだ昔の顔を引きずっている。
やるしかない。
分かってる。
それでも、認めたくない何かが胸の奥で足掻いていた。
すると、それまで黙っていたエレンが耐えきれずに叫ぶ。
「おい、アニ、お前が間の悪い馬鹿で、クソつまんねえ冗談で適当に話を合わせてる可能性がまだあるから、とにかくこっちに来い! この地下に入るだけで証明できることがあるんだ! こっちに来て証明しろ!」
その声の必死さに、胸がまた痛んだ。
こいつも同じだ。信じたくない。けど、もう目を逸らせない。
「そっちには行けない……私は戦士になり損ねた……」
「だからつまんねえって言ってるだろうが!」
「話してよ、アニ! 僕たちはまだ話し合うことだって……」
アルミンもなお言葉を重ねる。
だが、もう届いていないように見えた。
「もういい。これ以上聞いてられない」
ミカサが低く言い放つ。
真っ直ぐにアニを見据え、刃を抜いた。
「もう一度ズタズタに削いでやる……女型の巨人」
鋼の音が鳴る。
その瞬間、俺の中で何かが静かに切り替わった。
(……もう、迷うのは終わりだ)
信じたいとか、信じたくないとか。
そんなものはもう、戦いの邪魔でしかない。
アニはここにいる。
目の前のこいつが、女型の巨人だ。
それが現実だ。
俺はゆっくりと刃に手をかけた。
感情を押し殺すみたいに、静かに引き抜く。
胸の痛みは消えない。
ただ、今は押し込めるだけだ。
「……アニ」
その名を呼ぶ。
「もう終わらせるぞ」
俺がそう言うと、アニは不意に自分の身体を抱き締めた。
そして――頬を赤らめ、今まで聞いたこともないような甲高い声で笑い始める。
「アハッ……! フフフッ……アハハハッ……!」
ぞっとするほど無邪気で、壊れた笑い声だった。
やがて笑い終えたアニは、まずアルミンを見た。
「アルミン……あたしがアンタの、いい人で良かったね。一先ずアンタは賭けに勝った」
アルミンの顔が強張る。
そして次に、アニは俺へ視線を向けた。
「ルカ……アンタにだけは、知られたくなかったよ」
胸の奥が、どくりと鳴る。
だが、アニは俺の反応を待たずに続けた。
「でも、そうは言ってられない……あたしはここからに賭けたんだからッ!」
そう言って、口元に手を持っていく。
その瞬間、アルミンが隠し持っていた信号弾を撃ち上げた。
乾いた破裂音。
それを合図に、潜んでいた兵士たちが一斉に飛び出し、アニを取り押さえる。
腕を押さえ、肩を押さえ、巨人化させる前に地面へ縫い付ける。
だが――
俺は見逃さなかった。
押さえつけられながらも、アニの指先がまだ指輪へ伸びている。
目を凝らすと、指輪の内側から小さな針が飛び出していた。
(……ッ!)
血が引く。
あいつ、まだやる気だ。
「ミカサッ!」
「分かってるッ!」
ミカサは即座に反応し、エレンを引っ張って階段を駆け下りる。
俺も反射でアルミンの首元を掴み、そのまま引きずるように奥へ走った。
次の瞬間――
閃光。
視界が真っ白になる。
同時に、耳をつんざく爆音が地下通路へ轟いた。
ギリギリで奥の通路まで辿り着いた俺たちは、爆風に煽られながらようやく足を止める。
耳鳴りが酷い。喉が焼ける。
俺はアルミンを放し、すぐに階段の上を見上げた。
吹き飛ばされた兵士たちの亡骸。
砕けた石壁。舞う粉塵。血の匂い。
そして、その奥――
アニがいた場所に、女型の巨人が立っていた。
ヒロインは誰がいい?
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クリスタ(ヒストリア)
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アニ
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ペトラ