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訓練兵団入団式
整列した新兵たちの列の中で、俺――ルカ・クロイツは一歩も動かず立っていた。
整然とした足音が土の上を打つ。キース・シャーディス教官が列の間を歩き、ひとりひとりを睨みつけていく。
「貴様は何者だ!」
「トロスト区出身!ジャン・キルシュタインです!」
「何のためにここに来た!?」
「……憲兵団に入って、内地で暮らすためです!」
ジャンと名乗ったやつが答えた直後、ゴッ、と骨のぶつかる鈍い音が響いた。教官の額とジャンの額が激しくぶつかったのだ。
「座るな!貴様ごときが憲兵団になれると思うな!」
ジャンが膝から崩れ落ちるのを横目に、俺は心の中で冷めた感想を抱く。
(……茶番だな。名前を言わせて目的を言わせて、それを否定する。実際に巨人と相対したときに立ち尽くす奴は、こんな儀式を何度やったって変わらねえ)
教官は列を進み、俺の前に差しかかる。
鋭い視線が一瞬だけ俺に向けられた。だが足を止めることなく、素通りしていった。
(……何も言わねえのか)
「貴様は何者だ!」
「コニー・スプリンガー!ウォールローゼ南区ラガコ村出身です!」
次に呼ばれたのは坊主頭の少年だった。
だがそいつは敬礼をした際に、左手を右胸に当ててしまった。
「逆だコニー・スプリンガー!貴様の心臓は右にあるのか!?」
両手で頭を締め上げられ、コニーは泡を吹いて地面に倒れ込む。
その時、湯気の立つ芋を頬張る音が耳に届いた。
教官の眼光がぎらりと光る。
「貴様……何者だ!?」
驚いた少女は慌てて芋を飲み込み、右手に芋を握ったまま敬礼した。
「ウォール・ローゼ南区ダウパー村出身!サシャ・ブラウスです!」
芋を咥えたままの敬礼に、周囲は一斉に凍り付く。
やがてその少女――サシャは「半分どうぞ」と芋を差し出し、教官の額に青筋が浮かんだ。
俺はその一部始終を無言で眺めていた。
(……バカだな。だが、ああいうのは利用価値がある)
入団式を終えたその日の夜。
俺は食堂から外へ出た。昼間の茶番じみた通過儀礼で得たものは何もない。だが、ここに集まった連中の顔ぶれや性格を見ておくのは無駄じゃない。利用できる奴を見極めるのは地下街での常識だ。
とくに昼間のあの女――サシャ・ブラウス。
芋を平気で盗み食いするような馬鹿は、使いどころ次第で役に立つ。ああいうタイプは恩を売っておけば勝手に転がってくれる。
俺は水筒を片手に、女子寮の裏へと足を運んだ。どうせ、昼間あれだけ走らされれば今ごろ干からびて倒れているに違いない。そこに水でも与えてやれば、簡単に貸しを作れる――はずだった。
ところが。
「ほら、少しずつ飲んで。あんまり一気に飲むと苦しくなるよ」
妙な叫び声と、続いて聞こえた優しい声に導かれて足を止める。暗がりの中に三つの影。
その中央で、見覚えのあるサシャがぐったりと金髪の少女の膝に頭を預けていた。白目をむいたまま眠っている。
「……先を越された、か」
俺は舌打ちを飲み込んだ。
金髪の少女は水とパンを差し出し、甲斐甲斐しく世話をしている。その横には黒髪の鋭い目をした少女。
「なぁ…お前……『いいこと』してるつもりか?」
黒髪の少女が金髪の少女を小馬鹿にしたように言った。
「それは芋女のために?それとも自分のためか?」
「え……」
金髪は戸惑いの声を漏らす。
「私は……私が……こうしたかったのは……役に立つ人間だと思われたいから……なのかな……?」
俺は茂みから様子を窺いながら考えた。――やはり、作り物の笑顔だ。地下街で散々見てきた、仮面を被った顔と同じ。だが不思議なことに、嘘っぽさに嫌悪感は覚えなかった。むしろ、なぜか目を離せない。
その時、俺の足音に気づいたのか金髪の少女が振り向いた。大きな碧眼が月明かりを反射してこちらを捉える。
「のんびりしてると教官に見つかるぞ」
俺が淡々と告げると、少女は一瞬肩を跳ねさせたが、すぐに安堵の色を浮かべた。
「……あなたは?」
「たまたま声が聞こえただけだ。そいつは寮まで運ぶ。お前らも手伝え」
俺は白目をむいて眠るサシャを肩に担ぎ上げた。
金髪は困惑したように見上げ、黒髪は訝しげに睨んでくる。
「は!?何勝手に仕切ってんだ。誰にもの言ってんだよ」
「利用するなら今がチャンスだぞ。こういう馬鹿は恩を売っとけば後々使える」
俺の言葉に、黒髪は数秒黙り込んだ後、にやりと口角を上げた。
「……お前、なかなか面白いな。名前は?」
肩にサシャを担いだまま、俺は淡々と答えた。
「ルカ……ルカ・クロイツだ」
「そうか、あたしはユミル。で、こっちは――」
ユミルの視線を受けて、金髪の少女が小さく頷いた。
「……クリスタ。クリスタ・レンズです。」
金髪の少女は微笑みながら名乗った。
その笑みが妙に作られたものに見えて、俺は言葉を返さなかった。
しばらくして、彼女は小さく首を傾げ、ためらいがちに口を開く。
「ねぇ……ルカは、なんで“いいこと”をするの?」
一瞬だけ言葉が止まったが、すぐに吐き捨てるように答える。
「さっきも言ったが恩を売っておけば後で利用できる。
“いいこと”なんてのは、結局それくらいの価値しかない」
吐き捨てるように言った俺の言葉に、クリスタはほんの一瞬だけ息を呑んだ。
青い瞳がかすかに揺れ、口を開きかけ――それを押し殺すようにして、やがて柔らかい笑みを浮かべる。
「……そう、なんだ」
作られたような、完璧に整えられた笑顔。
俺にはそれが仮面だとすぐに分かった。
けれど口にすることはしない。ただ、その笑顔の奥に何があるのか気になっただけだ。
ユミルが肩を竦めて俺を見やり、鼻で笑った。
「随分とひねくれてんな、お前」
「別にどうでもいいだろ」俺は淡々と返す。
妙な緊張が解け、三人の間にしばし沈黙が落ちる。
その静けさを破ったのはユミルだった。
「……ま、こんな時間まで外にいたら見つかって面倒だ。早くそいつを寮まで連れてくぞ」
クリスタがこくりと頷く。
「うん、そうだね。……それじゃあ行こ」
彼女はもう一度、あの作り物めいた笑顔を浮かべ、夜の闇へと歩き出した。
その背中を少し離れて追いかけると同時に俺は無意識に小さく息を吐く。
「……仮面、か」
独り言のように呟いた声は、夜風にかき消された。
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