影なき刃   作:洟魔

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卒団

 

 

ついに訓練兵団を卒業する日が来た。

 3年に及ぶ訓練を終え、俺たち104期生は広場に整列し、キース教官の張り上げる声を聞いていた。

 

「これより、成績上位十名を発表する!」

 

 兵士候補生たちの間に緊張が走る。誰がどこまで食い込むのか、皆が息を詰めていた。

 名前が一つずつ読み上げられていく。

 

「10番 クリスタ・レンズ!」

 

 周囲がざわめいた。クリスタ本人も驚いていたらしい。澄んだ青い瞳を大きく開き、小さく息を呑む。

 その間にもその後の順位が発表される。

 

「9番 コニー・スプリンガー!」

 

「8番 マルコ・ボット!」

 

「7番 ジャン・キルシュタイン」

 

「6番 エレン・イェーガー!」

 

「5番 アニ・レオンハート!」

 

「4番 ベルトルト・フーバー!」

 

「3番 ライナー・ブラウン!」

 

「2番 ミカサ・アッカーマン!」

 

「首席 ルカ・クロイツ!」

 

 ざわつきはさらに大きくなる。

 ミカサを差し置いての一位。誰もが想像していなかった結果だろう。

 だが、俺にとっては特別な感慨もなかった。地下街で生き抜くために身につけた力と技術を使っただけ。訓練場の枠内でなら、勝てるのは当然だ。

 

 だが、この順位には意味がある。上位十名は憲兵団に入団する権利を持つ。安全な内地で暮らすか、それとも外の地獄に飛び込むか。

 

 その答えは、俺の中では最初から決まっていた。

 

⸻

 

 解散式が終わった後、食堂に集まった。

 訓練を共にした仲間たちと囲む最後の食事。

 俺はいつものように隅に座り、静かにパンをかじっていた。

 

 そこへ、ユミルとクリスタがやって来る。

「おい、首席様。どんな気分だ?」

 ユミルが肘で俺の肩を小突き、にやついた。

 

「別に。順位なんざ、どうでもいい」

「はぁ? 憲兵団入りの切符を捨てる気か?」

 

 ユミルの茶化すような声に、クリスタが恐る恐る口を開いた。

「……ルカ、本当に憲兵団に行かないの?」

 

「行かねぇよ。俺は調査兵団に志願する」

 

 二人とも目を丸くした。

 ユミルはすぐに肩をすくめる。だがクリスタは違った。心底不思議そうに、俺を見つめてくる。

 

「なんで? ……せっかく首席になったのに……」

 

「壁の外に興味があるんだ。地下でくすぶってた俺には、世界がどうなってるのか確かめる理由がある」

 

 俺は淡々と答え、食堂を後にする。先程言ったことは虚勢でも、理想でもない。心からの本音だった。

 

月明かりが敷き詰められたような中庭は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

石畳の上に柔らかな光が落ち、夜風が緩やかに頬を撫でていく。

 

訓練の疲れが残る身体を壁にもたせかけ、俺はしばし目を閉じていた。

そこへ、小さな声が横から落ちてくる。

 

「……ねぇ、ルカ」

 

振り向くと、月明かりに照らされたクリスタが立っていた。

笑みを作ってはいたが、その瞳の奥には揺らぎがあった。

 

「わたし、本当に……憲兵になるべきなのかな」

 

唐突な問いに俺は眉を動かす。

今日の発表で彼女は第十位に名を連ねた。条件は満たした。だが、その声色には迷いしかない。

 

「自分が十位になったのも……なんだか不思議で。そんな実力、本当にあるのかなって」

 

指先がぎゅっとスカートの裾を掴んで震えていた。

 

俺は短く息を吐く。

「……さあな。けど、十位に入ったのは事実だろ」

 

「でも……」

 

「疑うってことは、お前より下の奴らを全員否定することになる」

自然と声が鋭くなる。

 

クリスタははっとして俺を見た。

口を開きかけるが、言葉は出てこない。

 

「……まあ、選ぶのはお前だ」

俺は夜風を一度吸い込み、視線を空へ向ける。

「ただ――他人の目を気にして決めるなら、後悔しかしねぇぞ」

 

クリスタはしばらく黙り込んでいたが、やがて小さく「……うん」とだけ答えた。

 

俺はそれ以上追及せず、その場から離れる。

離れ際、背後で彼女の息づかいがわずかに揺れた気がしたが――振り返らなかった。

 

 

クリスタから離れた後、俺は外の空気を吸いながら歩いて足を止める。

月明かりに照らされている場所に、一人の影があった。アニだ。

 

「……アニ」

声をかけると、彼女は振り返りもせずに答えた。

「何の用?」

 

「前に……格闘術を教えてくれただろ。あの時の礼を言っておこうと思ってな」

 

アニは一瞬だけ肩を揺らした。驚いたのか、笑ったのか判別できない。

「……別に。取引だったでしょ。礼なんていらない」

 

「取引だろうがなんだろうが、役に立ったのは事実だ」

俺は真っ直ぐに言葉を返す。

 

月光に照らされたアニの横顔は、わずかに口角を上げているように見えた。

「……あんた、律儀だね」

 

「俺は俺なりに借りは返す主義だ」

 

アニはそこでようやく振り返り、じっと俺を見た。

その眼差しは冷めているようでいて、どこか柔らかい光を帯びている。

 

「……じゃあ、返してもらったことにしとくよ」

 

短くそう言うと、アニは踵を返し、月明かりの下を静かに歩き去ろうとしたが、途中で止まった。

そしてアニは少し間を置いて、俺の方を見ずに口を開いた。

 

「ルカ……あんた、死なないように。……約束しなよ」

 

その声はぶっきらぼうで、いつもの彼女らしい強がりに聞こえた。

だが、言葉の奥に滲む本音は隠せていなかった。

 

俺は短く息を吐き、視線を夜空に向けたまま答えた。

「ああ」

 

それ以上は言葉を重ねなかった。

だが、アニの背を見送る胸の奥に、確かな重みが残っていた。

 

 

俺はその背中を見送りながら、わずかに笑みを漏らした。

――あの時教わったのは、技だけじゃない。人と向き合う姿勢も、少しだけ

 

----

 

翌日。

街に行くと妙にざわついていた。今日は調査兵団の壁外調査の日らしい

市民たちは、口々に声援を飛ばしていた。

 

「頼んだぞ!」

「外の世界を切り開いてくれ!」

「皆の無事を祈ってる!」

 

街のざわめきが最高潮に達したその時、隊列の中に見覚えのある顔を見つけた。

小柄だが、どの兵士よりも凄絶な気配を纏う男――リヴァイ。

 

(……リヴァイ)

 

3年ぶりの再会だった。

俺がまだ地下にいた頃、ほんの一瞬だけ交わった縁。

まさか、こんな形でまた目にすることになるとは思わなかった。

 

兵士たちは群衆の声援を受けながら進んでいく。

俺は人波をかき分け、馬上の彼のすぐそばまで出た。

 

リヴァイの鋭い眼が、わずかにこちらを見下ろした。

互いに言葉は少なくていい。そういう間柄だ。

 

「……元気そうだな」

俺がそう呟くと、彼は鼻で笑った。

 

「お前もな。地上に馴染んだか?」

 

「まぁな」

 

短く答える俺に、リヴァイは視線を戻し、隊列を保ったまま進み続ける。

だが、その一瞬だけ、確かに昔の繋がりが蘇った気がした。

 

すれ違いざま、俺は小さく言葉を投げた。

 

「……死ぬなよ、リヴァイ」

 

彼は振り返らなかった。

ただ片方の口角が、わずかに上がったように見えた。

 

そして群衆の歓声に包まれながら、調査兵団の隊列は街の外へと消えていった。

 

 

 

⸻

 

街での調査兵団出発を見送り、リヴァイと短い言葉を交わした後。

 

俺は持ち場である壁上に行き、固定砲の整備に取りかかっていた。

油を差し、ボルトを締め、角度を確認する――単調だが確実な作業。

リヴァイの背を見送った余韻が、まだ胸の奥に残っている。

 

(……死ぬなよ、リヴァイ)

心の中で繰り返しながら、砲身に触れたその時だった。

 

壁上の固定砲の整備をしていた俺の耳に、唐突な轟音が突き刺さった。

地面が揺れる。風が押し寄せる。

何が起きたのか分からないまま、俺は反射的に砲身に手をかけ、視線を正面に向けた。

 

視界の端、巨大な影がゆっくりと立ち上がっていた。

雲を突くような異様な高さ――壁と同じ高さに迫る“超大型巨人”。

 

「……あれが、そうか」

 

5年前、シガンシナを蹂躙した巨人。

地下街の奥で、怯えた子供の声越しにしか知らなかった“悪夢”が、今まさに目の前に現れている。

 

すると再び振動が襲い、壁全体が軋んだ。

視界が白に染まり、鼓膜を突き破るような轟音が全身を叩きつけた。

足場が揺れ、砲台ごと吹き飛ばされそうになる――その瞬間、俺は反射的に立体機動装置のアンカーを撃ち込んでいた。

 

「っ……!」

 

腰に食い込む衝撃と共に、ワイヤーに支えられ宙吊りになる。必死に息を整えながら壁にぶら下がり、何とか落下を免れる。

風が渦を巻いて押し寄せ、砕けた石片が雨のように降り注いだ。

 

そして壁の下に広がる光景を、俺は静かに見下ろした。

砕け散った石、立ち込める土煙、そして壁に空いた巨大な穴。

 

――ここから、地獄が始まる。

 




こちらにルカのイメージ画像を貼っておくので興味がある方はご覧ください!
興味が無いまたは自分の中のルカのイメージを崩したくないという方は素通りして頂いて構わないです!!


【挿絵表示】

ヒロインは誰がいい?

  • クリスタ(ヒストリア)
  • アニ
  • ペトラ
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