遠月学園中等部3年生――幸平創真。   作:花のお皿

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お久しぶりです。


ミートマスター失踪事件
水戸郁魅はいずこへ……?


 

 今朝方、極星寮を飛び出したソーマと恵は逸る気持ちを抑え、遠月の敷地内を早足で移動していた。

 ソーマは携帯電話を耳に当て、ツーツー、という通知音が耳に入ると、画面を確認して眉を顰める。

 

――通信拒否。

 

 画面には、そう映し出されていた。

 

 心なしか、今日の気温は酷く薄ら寒いような気がした。肌を突き刺すような空気は、食材も何もかもを凍り付かせる冷凍庫と似ている。

 それでも空はいっそ清々しい程に澄んでいたのだから、それだけは救いだったか。

 

「水戸さんは……?」

「ダメだ、出ねぇ。やっぱ直接家に乗り込むしかねぇな」

 

 平然と自宅訪問を行う宣言をするソーマに恵は唖然とする。が、しかし状況は切迫している。

 

 水戸郁魅は、間接的にではあるが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、そのけじめはソーマが取るべきだ。

 

 この先、水戸郁魅に遠月に戻る意思があろうとなかろうと、現状彼女は『戻らない』以外の選択肢を持ち合わせていない。それでは、水戸郁魅が遠月を去る『決断』をしたとは言えない。

 

 大事なのは、水戸郁魅自身が選ぶことだ。遠月に戻るか、戻らないか。それを決めるのは彼女自身だが、その選択肢が用意されていないのであれば、それはソーマが用意する。

 

「だけど、水戸さんの家なんて創真君知ってるの?」

「いや、知らねぇ。だから、聞き出すしかない」

「聞き出す?」

 

 小首を傾げる恵を他所に、ソーマは決意を瞳に滾らせた。

 

 

 

「小西先輩、マジ頼むぜ……!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 数刻前の早朝の事である。太陽が東から昇り、薄い青空を作り出し始めた頃。

 肌寒い朝に目を細めつつ、ソーマは思い出したように水戸郁美の名を出した。

 

「そういや、にくみのとこに早く行ってやんないとな」

「にくみって、もしかして水戸郁魅さんの事? あの人、そう呼ぶと怒るんじゃなかったかしら」

 

 一色との料理勝負が終わっても尚、興奮冷めやらぬという様子で眼が冴えていたソーマに付き添い、恵と榊はずっと起きたままでいる。

 

 眠気に眩暈を感じながらも、榊はソーマの声に耳を反応させた。

 

「いや、田所に言われたんだけどよ。にくみの奴、あんまり授業に来てねぇみたいだからさ。様子見に行ってやりてぇんだよ」

「確かに。幸平君が退学になってから、水戸さんの事は見かけてないかも……」

 

 榊の反応に、ソーマも確信する。恵の言う通り、本当に水戸郁魅は遠月学園に顔を出していないようだ。

 

 どうしてだろうか。

 ソーマが去った事で、水戸郁魅は遠月へ来なくなった。それは恵から既に聞かされている。納得はできないが、傍から見ればそういう捉え方もできるのだろうと受け止めはした。だが、それにしたって不可解だ。

 

 ソーマが退学になったからといって、それで遠月学園から姿を消す程水戸郁魅は柔な料理人ではない。元々『ミートマスター』などという異名が付くほどに肉料理を極めた彼女だ、料理への情熱は人一倍持ち合わせている。

 

 なのに、知り合いとはいえたかが一料理人が消えた程度で遠月に来なくなる、というのは彼女らしくない。

 

「田所は事情知ってんのか?」

「ううん、詳しい事情までは……ただ、ソーマ君が居なくなってからすぐに水戸さんの事見なくなったから、その事が関係してるんじゃないかって私が勝手に思っただけで……」

 

 言い淀んではいるが、恵はソーマの存在が水戸郁魅にとって重要なものだと確信している様子だった。

 腕を組み、ソーマも唸り声を上げる。

 

「うーん……」

「水戸さんの事もそうだけど、幸平君はまず派閥の事に目を向けないとダメよ? このままだと、幸平君の派閥はえりなお嬢様達に一方的に虐殺されちゃうかもしれないんだから」

「物騒な表現だな、おい」

 

 と、冗談めかしくツッコんだものの、榊の言葉は至極正しい。

 

 一色によれば、既に30人程の生徒が派閥争いによって退学処分を受けているらしい。それも、言ってしまえば薙切えりな派閥の暴走による結果的にである。断じて受け入れられるものではない。

 ソーマは料理勝負の後、詳しく一色から遠月学園の現状について説明を受けたが、どうやらえりなはソーマとの最終決戦を終えてからしばらく遠月に姿を見せていなかったらしい。それこそ、あの始業式で久しぶりに顔を見た、という生徒が大半の筈だと断言できるほどに。

 

 つまりそれは、薙切えりなは一連の派閥暴走に一切関わっていないという事の証左でもある。

 

「だとすると、薙切に直接止めてもらうよう言っても、意味無さそうなんだよな」

「そもそも、派閥のトップが敵対派閥のトップに対して頼みごとをしに行くっていうのがもうダメだからね!? さっきも伊武崎君からそれは言われていたでしょ!」

「はいはい、分かってるって」

 

 降参するように両手を上げるソーマに、榊は頭痛を押さえるように額に手を添えた。派閥のトップとは思えぬ振る舞いの軽快さに、目を回しているようだ。

 

 実際、ソーマには自分が派閥のトップであるという自覚は薄い。彼にとって派閥の仲間とは、切磋琢磨し合い、その結果互いを認め合う事の出来る戦友達だ。そこに上下関係があるとは微塵も考えていないし、彼等の上に立ちたいとも思っていない。

 

「あっ、それなら猶更にくみの事気にかけるべきじゃねぇか?」

「――? どういうこと?」

「だってよ、要は俺と薙切が敵対関係だったから今回みたいな事が起こったんだろ? なら、俺と薙切が本当は仲良いんだぜ、ってことを教えてやったらもう暴走なんて起こらねぇんじゃねぇの?」

 

 実にあっけらかんとした態度での発言だった。だが、態度とは裏腹にその言葉は一理ある。

 

 確かに、同学年でありながらここまで敵対性の強い派閥グループが二つもあるというのは幾ら競争性を重んじる遠月であっても、稀に見る事例だろう。そのせいか、遠月全体に蔓延している生徒同士での足の引っ張り合いが激化している。これは非常に問題だ。

 

 ソーマからしても、健全な料理対決の結果に遠月での学生生命を賭ける事に異論はないが、派閥争いや悪意に満ちたやり取りの結果追い詰められる生徒が居る事には納得がいかない。

 

 ここは遠月。料理が全ての玉となる料理人のみを極める日本屈指の名門料理学校である。その遠月で、あろうことか料理以外の事で争い合うなど以ての外だ。少なくとも、ソーマはそのように思っていた。

 

「その気持ちは分かるけど、どうしてそれが水戸さんを気にかける事に繋がるの?」

「簡単だよ。薙切の傍に居たにくみと俺が仲良くなってたら、俺と薙切にはにくみ、っていう共通の友達が居る事になるだろ? それに、薙切と仲のいいにくみと一緒に居るだけでも、ある程度状況は変わりそうだしよ」

 

 言いながら、名案を思い付いた実感がソーマにはあった。

 

 派閥争いというか、それに基づいた政争は正直あまり好みではないが、必要とあらばやるしかない。そこに自派閥の生徒の退学がかかっているとすれば猶更だ。だが、水戸郁魅との交流はそんな事情が無くともぜひ持ちたいところだった。

 

 肉料理のスペシャリスト、そんな料理人と話したい事なんて山ほどある。個人的な興味だけでも、ソーマは水戸郁魅ともっと話してみたかった。

 

「……ごめんね、創真君。私、ちょっと嘘吐いちゃってた」

「え?」

 

 いつの間にか沈痛な面持ちになっていた恵の表情に吸い寄せられて、ソーマは身動きが取れなくなった。

 

 

「水戸さんはね、創真君に負けた後、食戟の条件通り『丼物研究会』に入って――今は、その丼研から追放されてるの」

 

 

 意味が、分からなかった。

 

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