遠月学園中等部3年生――幸平創真。   作:花のお皿

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極星寮名物『歓迎会』

 

「幸平君の入寮を祝って――」

 

 

――乾杯!

 

 

 コップ同士がぶつかり合い、軽やかな音が部屋に響いた。

 紙コップに注がれた米ジュースが揺れ、光を反射してきらりと瞬く。

 

 その音を合図に、極星寮の空気が一気に熱を帯びた。

 

 ソーマは無事、ふみ緒による入寮腕試しを突破し、晴れて極星寮への復帰を果たした。

 その瞬間、まるで待ち構えていたかのようにキッチンの奥から寮生たちが雪崩れ込み、歓声とともにソーマを取り囲んだ。

 

 肩を抱かれ、腕を引かれ、まるで戦利品のように部屋へと連行されるソーマ。

 本人の意思などお構いなしの勢いに、思わず苦笑いが漏れる。

 

「いやー、にしてもびっくりしたわ。急に連れ去られるんだもんよ」

 

 ソーマが頭をかきながらぼやくと、すぐさま明るい声が返ってくる。

 

「幸平が帰って来て、皆テンション上がってたからね! 許してあげてよ!」

 

 満面の笑みでそう言ったのは、吉野悠姫。

 

 彼女の声には、再会の喜びが隠しきれずに滲んでいた。

 

「流石に無理矢理だったけどな」

 

 淡々とした口調で突っ込むのは伊武崎峻。

 

 その冷静さは変わらず、場の温度を少しだけ下げるが、それもまた極星寮のバランスの一部だ。

 

「無理矢理くらいが丁度いいんだよ! 漢なら!」

「そうだそうだ! 漢ってのはそんくらい大雑把でいいんだよ!」

 

 米ジュースをラッパ飲みしながら豪快に笑う青木大吾と佐藤昭二。

 その勢いは、まるで宴会芸のように場を盛り上げる。

 

 紙コップを掲げる手がぶれ、ジュースが床に跳ねる。

 

「何でもいいけど僕の部屋を汚さないでくれよ!? ああ!? ほらジュース零れてる!!」

 

 悲鳴のような声を上げるのは丸井善二。

 

 ムンクの叫びのような表情で床を指差し、慌てて雑巾を取り出す姿に、ソーマは思わず吹き出しそうになる。

 

「とにかく、また会えて嬉しいわ。本当に久しぶりね、幸平君」

 

 艶やかな笑みを浮かべながら米ジュースを差し出す榊涼子。

 その所作はどこか料亭の女将のようで、場の喧騒の中でも一際落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

「嗚呼! 創真君! 君の編入、本当にうれしく思うよ! また、よろしくね!」

 

 裸エプロン姿で尻を誇らしげに突き出す一色慧。

 その姿に誰も驚かないのが、極星寮の恐ろしいところだ。

 

 ソーマは一瞬目を逸らしつつも、「ああ、これこれ」と心の中で苦笑する。

 

 そして――

 

「皆の言う通りだよ――本当にお帰りなさい、創真君!」

 

 涙を浮かべながら笑う田所恵。

 その表情は、言葉以上に感情を伝えていた。

 

 ソーマの胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。

 

 この寮に戻ってきたこと。

 この仲間たちと、また同じ空気を吸えること。

 

 それが、何よりも嬉しかった。

 

「おう――ただいま!」

 

 ソーマは力強くそう言い、紙コップを掲げた。

 その声に、寮生たちが再び歓声を上げる。

 

 笑い声、ツッコミ、ジュースの飛沫、そして一色の尻――すべてが混ざり合い、極星寮らしいカオスが完成する。

 

――やっぱ癖強いなー、コイツ等。とも、思った。

 

 ソーマは心の中でそう呟きながら、笑みを深めた。

 この“癖の強さ”こそが、極星寮の魅力であり、彼が帰ってきた理由でもある。

 

 そしてこの先、またここで新たな物語が始まるのだと、確信していた。

 

 

 ◇

 

 

 騒ぎ疲れた極星寮生たちは、宴の熱気をそのまま布団に持ち込むように、次々と眠りについた。

 笑い声、乾杯の音、紙コップの転がる音――すべてが静寂に吸い込まれ、寮は夜の帳に包まれていく。

 

 ソーマはその喧騒の中心にいたはずなのに、今は一人、人工の明かりの下に佇んでいた。

 

 手元には砥石と包丁。

 その刃を、ゆっくりと、丁寧に、何度も何度も研いでいる。

 

 シャリ……シャリ……と。

 砥石を滑る音が、静かな空間にリズムを刻む。

 

 その音はまるで、彼の内側にある闘志を呼び覚ます太鼓のようだった。

 

 宴は終わった。

 再会は果たした。

 

 だが、ソーマの中ではまだ何も終わっていない。

 

「やぁ、創真君」

 

 背後から声がかかる。

 

 その声は柔らかく、しかし芯のある響きを持っていた。

 

「一色先輩、お疲れ様です」

 

 ソーマは手を止めずに応える。

 

 刃先に集中しながらも、声には敬意と親しみが込められていた。

 

「君こそ、今日は疲れただろう。眠らなくて大丈夫なのかい?」

「いやぁ、むしろ眼が冴えちまって寝れないんすよね。久々の遠月の空気に当てられた、っていうか」

 

 ソーマの言葉は軽く聞こえるが、その奥には確かな熱があった。

 

 遠月の空気――それは、料理人としての本能を刺激する、戦場の匂い。

 

 血が滾る。

 心が騒ぐ。

 

 包丁を研ぐたびに、ソーマの精神もまた鋭く研ぎ澄まされていく。

 その姿に、一色は言葉を失った。

 

 静かに息を呑み、目を細める。

 

 かつての後輩が、今や料理人としての“牙”を隠さずに剥き出しにしている。

 その成長と覚悟に、先輩としての誇らしさと、対峙する者としての緊張が同時に胸を打つ。

 

「そうか、なら――」

「やりましょうか、一色先輩」

 

 コトッ、と包丁が砥石の横に置かれる。

 その音は、まるで勝負の鐘のように響いた。

 

 ソーマは立ち上がり、真っ直ぐに一色の目を見据える。

 その瞳には、迷いも遠慮もない。

 

 ただ純粋な挑戦者の光だけが宿っていた。

 

「料理勝負、挑ませていただきます」

「……先に言われてしまったね。先輩として、情けないかな」

 

 一色は苦笑を浮かべながらも、目は笑っていなかった。

 その瞳には、十傑第七席としての覚悟が宿っていた。

 

「済まないが、創真君――十傑第七席として、全力で相手させてもらうよ」

「上等ッ! また前みたいに手加減されてたら、納得いかなかったっすよ」

 

 二人の料理人が向き合う。

 

 言葉は軽く、空気は静か。

 だが、その場には確かに火花が散っていた。

 

 宴の余韻が残る夜の極星寮。

 その片隅で、誰にも知られず始まる料理勝負。

 

 それは、再会の祝杯の続きであり、料理人としての誇りを賭けた真剣勝負の始まりだった。

 

――顔を曇らせた、一色を置いて。

 

 龍と虎の、料理勝負が始まった。

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