【AI小説】異世界でスラムに転生したらカルトの教祖になっちゃった   作:けろかろ

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無垢なんだ

 祭りの広場。

 「安いぞ! “忘れるな”の札だ!」

 「壺に刻まれた祈りだ! 家に飾れば幸運が来るぞ!」

 

 商人たちの威勢のいい声が飛び交い、列を作る子どもや旅人の笑い声が響いた。

 だがその脇で、煤にまみれた労働者たちが黙って拳を握りしめていた。

 

 「……ふざけやがって」

 一人が低く呟く。

 「俺たちが毎日飢えながら祈ってきた言葉を……こいつらは札にして売ってやがる」

 

 その声が火種となり、群衆の奥から怒号が飛んだ。

 「祈りは金じゃねぇ!」

 「返せ! あれはイノの言葉だ!」

 「処刑された子どもの祈りを笑いものにするな!」

 

 石が飛んだ。壺が割れ、札が泥に散らばる。

 祭りの喧騒は一瞬にして怒りの渦へと変わった。

 

 リオは青ざめ、アレンに叫んだ。

 「止めないと! このままじゃ暴動になる!」

 

 だがアレンは静かに首を振った。

 「……これは俺が止めることじゃない。

 祈りをどう扱うかは、もう人々の手に委ねられている」

 

 セリクは震える手で羊皮紙に記しながら呟いた。

 「民衆は祈りを奪われまいとしている……。

 商人を拒絶する声もまた、“小さき者を忘れるな”の実践なのだ」

 

 怒りを浴びた商人たちは護衛を連れて慌てて退散した。

 残された群衆は散乱した壺の破片を拾い上げ、泥に塗れた札を乾かすように手で撫でながら、口々に祈った。

 

 「忘れるな……小さき者を……」

 

 ざわめきはやがて合唱へと変わった。広場に立つ誰もが、その言葉を互いに確かめ合うように唱え続けた。

 

 リオはその光景を見つめ、胸に熱いものを覚えて呟いた。

 「……アレン、やっぱり祈りは人のものだ。売り物じゃなく、こうして声に残るんだ」

 

 アレンは群衆の声を浴びながら、ゆっくりと頷いた。

 「そうだ。俺はただ“広がればいい”と思っていた。

 けれど……人々は自分で祈りの形を選ぶ。

 それが“輪”なんだ」

 

 

 

 暴動が収まったあとも、アレンはいつものように路地裏で人々に祈りを教えていた。

 求められれば笑顔で言葉を渡し、壊れた札を差し出されれば「それでいい」と励ます。

 誰を拒むこともなく、ただ伝え続けていた。

 

 リオはその背を見つめながら、強く歯を食いしばった。

 (……アレンは誰でも受け入れる。だからこそ商人みたいな奴も入り込む。

 祈りがまた利用されれば……小さき者は踏み潰されるだけだ)

 

 その夜、リオは焚き火の明かりの下でセリクに吐き出した。

 「アレンは考えすぎない。それが強さでもあるけど、同時に弱さでもある。

 だから俺がやる。付く人間を選ぶんだ。祈りを利用する奴と、本当に必要としてる奴をな」

 

 セリクは静かにリオを見つめ、羽根ペンを走らせた。

 ――リオ、守る者となる。輪の純粋さを保たんとする者。

 

 翌日からリオは、密かに人々の間を歩き、耳を澄まし、目を光らせた。

 「祈りを売りたがる奴は弾く。

 本当に声を求める者だけ、アレンの傍に残す」

 

 彼は剣を持たぬが、その視線は鋭かった。

 下層民の一人が囁いた。

 「……あの少年は剣の代わりに目で戦っている」

 

 一方のアレンは、変わらず笑顔で囁き続けた。

 「忘れるな……小さき者を……」

 

 その無垢さを守るために、リオの選別は裏で続いていった。

 そしてセリクは記録の端に小さく書き加えた。

 ――こうして“祈りの輪”に、影の守り手が生まれた。

 

 

 

 路地裏での祈りが続く中、リオは黙って人々を見ていた。

 商人のように金の匂いをさせる者は弾き、

 本当に祈りにすがる者はアレンの輪に残した。

 

 その姿は、やがて人々の間で噂になった。

 「旅の少年が、輪を守っている」

 「彼の目は鋭い。嘘を言えばすぐに見抜かれる」

 

 いつしかその噂は、思わぬ相手の耳に届いた。

 教会の密偵だった。

 

 「アレンという男はただの語り部……だが、あの少年リオは違う。

 輪を組織化しようとしている」

 

 報告を受けた司祭は眉をひそめ、低く呟いた。

 「小さき者の祈り……放置すればただの囁きに過ぎぬ。

 だが組織を持てば、教会を揺るがす“異端”となる」

 

 翌日。

 祈りの輪の近くに、見知らぬ兵士が立った。

 アレンには視線を向けない。

 だが、その眼差しは執拗にリオの動きを追っていた。

 

 リオはすぐに気付いた。

 (……俺を狙ってるのか。アレンじゃなく、俺を)

 

 心臓が強く脈打つ。

 だが怯えより先に、胸の奥に確かな覚悟が芽生えた。

 

 「アレンの無垢さを守るのは……やっぱり俺の役目なんだ」

 

 

 

 リオは兵士の監視を感じながらも、表では何も言わなかった。

 だが夜になると、下層の仲間に声を潜める。

 「……俺に目を向けさせておけば、アレンは自由に語れる。

 だから俺は隠れて動く。耳と目を集めてくれ。教会の兵の数、巡回の道……全部だ」

 

 子どもや日雇い労働者が頷き、影の網が少しずつ張り巡らされていった。

 リオは「選別者」から「裏方の守護者」へと変わりつつあった。

 

 その一方で、市場では別の動きが芽を出していた。

 一人の商人が、修道服を着た男を伴って現れたのだ。

 

 「紹介しよう。この方は修道士レムス殿。

 我らの商いに“正しき祈りの形”を与えてくださる」

 

 修道士は十字を切るように手を振り、柔和に微笑んだ。

 「祈りの言葉を布や壺に刻むのは、民に信仰を近づける良き働きです。

 教会の意向を受けている、と言えば安心できましょう」

 

 群衆がざわめいた。

 「修道士様が言うなら……」

 「じゃあ、この祈りは異端じゃないのか?」

 

 リオは遠目からその光景を見て、奥歯を噛んだ。

 (……まずい。商人が修道士を抱き込んだか。

 これじゃ祈りは完全に“教会公認の商品”にされちまう)

 

 しかし胸の奥には、別の思いも去来していた。

 (逆に言えば……祈りはもう、無視できないほど広がっているってことだ。

 なら、教会は取り込むしかなくなった……)

 

 アレンは修道士の姿を見ても、特に反応を示さなかった。

 ただ路地裏で、いつも通り人々に語り続ける。

 「忘れるな……小さき者を……」

 

 その無垢さがあるからこそ、リオは影で動き続けねばならなかった。

 祈りが誰の手に奪われようとも、本当の「輪」を守るために――。

 

 

 

 夜。倉庫の薄暗がりに焚き火の残り火がくすぶっていた。

 その静寂を破るように、アレンが突然立ち上がった。

 

 「……西に行く」

 

 リオは思わず目を瞬いた。

 「は? 急に何を言ってるんだよ」

 

 アレンは火に赤く照らされた顔で、ただ短く答えた。

 「声が西から呼んでいる」

 

 セリクは小さく苦笑し、羊皮紙にさらさらと筆を走らせた。

 「まただな。根拠はなくても、アレンは決めたら動く。

 ……だが、不思議なことに、これまでもその道の先で祈りが芽吹いてきた」

 

 リオは両手で頭を抱えた。

 「ここで商人や修道士まで絡んできて、祈りが広がりつつあるんだぞ!?

 西に行ったら、この街に残したものはどうなる!」

 

 アレンは振り返り、真っ直ぐリオを見た。

 その瞳は熱でも迷いでもなく、ただ静かな炎を宿していた。

 「残すために西に行くんだ」

 

 リオは言葉を失った。

 残すとは何だ。去ることが残すことになるのか。

 だがアレンの声には、抗えない確かさがあった。

 

 セリクは深く息を吐き、記録に一行を加えた。

 ――祈りは留まらない。声は根を下ろすと同時に、新たな土地を求める。

 残すために去り、去ることで残す。

 

 

 アレンが西へ旅立つ支度をしているころ、街では別の火種が生まれていた。

 

 とある屋敷の奥、重い扉を閉ざした一室に、三つの影が集っていた。

 一人はリオの仲間となった修道士。

 一人は商人の手先として祈りを商品にした修道士。

 そしてもう一人は、中立を名乗る小貴族。

 

 彼らは燭台の炎を囲み、「忘れるな、小さき者を」という言葉の行方を論じ合っていた。

 

 リオの側についた修道士は、両の拳を握りしめて訴える。

 「この言葉は慈愛の教えだ。弱き者を顧みること、それこそが祈りの本質だ。

 金に変えれば、聖性はたちまち汚れる。商人の欲に委ねてはならない!」

 

 対する商人に抱き込まれた修道士は鼻で笑った。

 「人の耳に届かなければ、いかなる聖性も砂に消える。

 布に刻めば、市場で千の口が唱える。壺に焼き込めば、旅人が遠国へ持ち帰る。

 金と共に流れることこそ、祈りを“忘れられぬもの”にする道だ」

 

 言葉の応酬を、椅子に腰掛けた小貴族が片手を上げて制した。

 「だが忘れるな。我らの都市は教会の目の下にある。

 “忘れるな”は下層民にとっては救いでも、上層にとっては反逆の響きを帯びる。

 もし利用を誤れば、この街そのものが粛清の火に飲まれるだろう」

 

 三者の議論は決して交わらなかった。

 ただ一つ、確かなことだけがその場に残った。

 

 ――祈りの言葉は、もはや誰の手にも余る。

 

 慈愛の教えとして守ろうとする者。

 商品として広めようとする者。

 秩序のために均衡を図ろうとする者。

 

 それぞれの立場から「解釈」が生まれた時点で、祈りは信仰ではなく「力」になり始めていた。

 

 その場に記録者として同席していたセリクは、羊皮紙に震える手で文字を刻みながら、心の奥で呻いた。

 「……アレンはただ伝えただけだったのに。

 彼の声は、もう彼のものではない。人々の手の中で別の形に育ち、争われていく……」

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