【AI小説】異世界でスラムに転生したらカルトの教祖になっちゃった 作:けろかろ
アレンたちが西へ向けて歩き始めた頃。
彼らの知らぬ西の国境では、隣国との間に戦端が開かれていた。
徴兵のため、村から若者が次々と連れ去られ、街道は兵と荷車で埋め尽くされていた。
焼け落ちた納屋、刈り入れ前に踏み荒らされた畑。敗走する兵が飢えを抱えて逃げ込み、残された村には煙と泣き声だけが漂っていた。
その噂は街道を逆流し、アレンたちの耳にも届いた。
「西の国は戦に巻き込まれてるらしい」
「若者が片っ端から兵に取られてるってよ」
「……西へ? 誰も行かねぇさ。死にに行くようなもんだ」
焚き火を囲んだ夜、リオは険しい顔でアレンを見つめた。
「なぁアレン……本気で行くのか? そこは戦場だぞ。祈りどころか、生きて帰れないかもしれない」
アレンは火を見つめたまま、短く答えた。
「……忘れるな。小さき者を。
戦があるなら、そこにこそ忘れられる者がいる」
その言葉に、リオは思わず拳を握りしめた。
(……まただ。考えなしに真っ直ぐすぎる。でも、この真っ直ぐさに、人はついてきちまうんだ)
セリクは黙って筆を止め、深く息を吐いた。
「……戦乱の地で祈りを語る。常識で言えば無謀だ。だが歴史はいつも、そういう狂気じみた声で動いてきたのかもしれない」
焚き火の火の粉が夜空に舞い上がる。
旅の先に待つのは、荒れ果てた街か、難民の群れか、あるいは血の匂い漂う戦場そのものか。
それでもアレンは歩みを止めず、西へと進み続けた。
セリクは無言のままついていくしかなかった。リオはこの街に残り続ける。
アレンが西への旅立ちを宣言したその日。
同時に西方で戦乱が始まったという噂が街に駆け巡った。
「アレンが動いた瞬間に戦が始まった――」
誰かがそう囁いたとき、言葉は炎のように広がった。
リオの仲間に付いた修道士は広場の石壇に立ち、声を張り上げた。
「これは試練だ! 戦で忘れられる者を救うために、アレンは呼ばれたのだ!
祈りは弱き者を守るためのもの、決して遊び半分に売り歩くためのものではない!」
その言葉に群衆の一部が拍手し、涙ぐむ者もいた。
「そうだ、祈りは子どもや貧しい者を救うためのものだ!」
だがすぐに、商人の後ろに立つ修道士が反論する。
「いや、これは“力”の証だ。アレンが動けば世界が揺れる――それこそ祈りの威光!
ならば我らが広め、飾り、商品として民に持たせることこそ正しい。
布に、壺に、札に! 誰もが口にできるように!」
「民が手に取りやすい形にするのが何よりだ!」
「いや、金で売るなど冒涜だ!」
群衆は二つに割れ、声がぶつかり合った。
「弱き者を救うためだ!」
「広がれば救いは自然に届く!」
罵声と賛美が交錯し、広場の空気は熱と怯えで震えていた。
誰もが「忘れるな」という言葉を口にしながら、しかし意味は人によって違っていた。
セリクは人垣の後ろで、羊皮紙に記録を走らせながら唇を噛んだ。
――アレンの言葉は、すでに彼の手を離れた。
同じ祈りから異なる意味を引き出し、互いに正当を主張する。
祈りは力を持ち始め、解釈は刃となって人々を裂いていく。
リオは拳を握りしめ、声を荒げそうになるのをこらえた。
(……アレンが考えない分、俺たちが考えねばならない。
このままじゃ、“忘れるな”が商人の手で歪められる。
祈りを守るのは……俺の役目だ)
広場の片隅。昼の陽が傾き、屋台の影が長く伸びるころ、声が一つ、また一つと高まっていった。
リオの仲間に付いた修道士が石壇に立ち、震える声で叫ぶ。
「祈りは小さき者のものだ! 商人どもの飾り札などにしてはならん!」
それを遮るように、商人側の修道士が壇に上がった。顔には油と甘言がにじむようで、掌をひらりと動かす。
「広まらぬ祈りに意味はない! 布も札も壺も、民が手に取るからこそ忘れられぬのだ!」
両者の言葉がぶつかると、群衆はその振動にざわめいた。賛同する声、嘲る声、怒号が折り混ざり、石畳の静けさは消えた。
「冒涜者め!」
「偽善者め!」
やがて、一個の石が飛んできた。誰かの掌が弾かれ、壺が縁で弾け、黒土が空中で細かく砕ける。最初の一発が落ちた瞬間、群衆の緊張は破裂し、抑えられていた何かが一気に暴発した。殴り合いが始まり、祈りを刻んだ札が足に踏まれて泥に押し潰され、布は引き裂かれた。血が鮮やかに石畳ににじむ。叫びと嗚咽が町の角まで聞こえる。
リオはその渦に飛び込み、割って入ろうとする。腕を伸ばし、胸元の声を震わせて叫んだ。
「やめろ! アレンはこんなことを望んでない!」
だが叫びは風にかき消され、拳が彼の側を過ぎ去る。見知った顔が仇に、祈りの言葉を武器にして互いを殴りあう。誰も耳を貸さない。祈りは解釈によって二つに裂かれ、同じ句を唱えながら互いに刃を振るう。
日が沈み、夕闇が広場を包むと、地面には倒れた者の影と新しい足跡だけが残った。中立を装っていた小貴族は冷たく顎を上げ、兵を差し向ける。命令は無機質に響く。
「秩序を乱す者は捕えよ。祈りはもはや、政治の監視下に置かねばならぬ」
リオは血の匂いに満ちた空気を吸い込み、こわばった拳を握りしめる。泥と血で汚れた札を拾い上げ、指の間に滲む赤を見た。吐きそうになるほどの怒りと哀しみの波が押し寄せる。彼は低く、ほとんど聞こえない声で言った。
「……アレン。お前がいない間に、祈りはこんな形になってしまった」
風がそっとその言葉を攫い、広場の隅へと消えていった。祈りはまだ誰かの口に残っている――だが今、そこには血の記憶が刻まれていた。