【AI小説】異世界でスラムに転生したらカルトの教祖になっちゃった   作:けろかろ

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祈り与え与えられる

 翌日。

 イノは広場の片隅に座り込んでいたが、体が鉛のように重かった。昨日、自分の分を与えたせいでほとんど何も口にしていない。指先は冷え、足の感覚も薄れている。

 

 午前の施しの時間。通りすがる商人や農民が銅貨やパンを落としていく。その一つひとつの動きを、イノはただぼんやりと眺めるしかなかった。喉は渇き、腹はうめき声を上げる。

 

 隣の子が心配そうに覗き込む。

 「イノ……顔色、悪いよ」

 

 返事をしようとした瞬間、視界がぐらりと傾き、石畳に倒れ込んだ。硬い地面の感触が頬に突き刺さり、耳の奥で遠い鐘のような音が響く。

 

 「イノ!?」

 仲間たちの声が一斉に上がった。小さな手が必死に彼の体を支え、別の子が震える声で叫ぶ。

 「パン! 誰か、パンを!」

 

 すぐに誰かが手にしていた硬いパンを差し出し、無理やりイノの口に押し込んだ。

 「食え! イノ、おまえが死んだら困る!」

 

 乾いた生地が粉のように広がり、咽せながらも喉を通す。ごつごつした塊が胃に落ちると、熱がじわりと戻りはじめた。

 

 「昨日、あたしに分けてくれただろ? だから今日はあたしが返す番」

 パンを渡した少女が強く言い、目を逸らす。頬は赤く、声は震えていた。

 

 「俺も! ほら、ちょっとだけど干し肉がある」

 別の少年が、小さな布切れに包んだ干し肉を差し出す。

 

 次々と伸びてくる手。子どもたちにとっても、これらは貴重な生きる糧のはずだった。けれど今、この瞬間だけは、イノを支えるために迷わず差し出している。

 

 イノの目に涙が滲む。

 ――俺は、分け与えることしか考えてなかった。けれど、この輪はもう俺ひとりのものじゃない。

 

 夜。焚き火の残り火を囲みながら、イノは小さく祈った。

 「……どうか、この輪の中の皆が、明日を生きられますように」

 

 その声に、自然と子どもたちの手が胸に重ねられる。

 それはもはやイノだけの習慣ではなかった。互いに与え合う、小さな共同体の“合言葉”になりつつあった。

 

 

 

 夜。焚き火の残り火を囲みながら、イノは小さく祈った。

 「……どうか、この輪の中の皆が、明日を生きられますように」

 

 その声に、自然と子どもたちの手が胸に重ねられる。

 それはもはやイノだけの習慣ではなかった。互いに与え合う、小さな共同体の“合言葉”になりつつあった。

 

 ――そして翌日。

 

 まだ体は重かったが、イノはなんとか広場に座っていた。昨日の倒れ込みの衝撃が残っている。だが、腹の底には確かな温かさがわずかに灯っていた。仲間が分け与えてくれた干し肉とパンのおかげで、立ち上がる力が戻ってきたのだ。

 

 「イノ、少し顔色が良くなったな」

 隣の子が安堵の笑みを浮かべる。

 

 イノは小さく頷いた。ほんの少し唇に力を宿すだけで、周りの子どもたちの目が明るくなるのが分かった。彼らは皆、昨日の出来事を忘れてはいない。輪の中で誰もが「祈る子を失ってはならない」と感じていた。

 

 午前の施しの時間。今日も銅貨やパンが落ちていく。だが今度は、誰かが小さな切れ端を受け取るたび、自然と「半分はイノに」と手が差し伸べられる。分け与える習慣が、もはや遊びや冗談ではなく、共同体の掟になり始めていた。

 

 「昨日、助けてもらったからな」

 「今度は俺が返す番だ」

 

 子どもたちの声が交わり、石畳の冷たい空気に小さな温もりが生まれる。

 

 イノは腹に力が戻っていくのを感じながら、胸の奥で静かに思った。

 ――俺は祈りしか持たなかった。でも今は違う。輪そのものが、祈りの形になっている。

 

 夕暮れ、焚き火が再び赤く燃えるとき、イノは昨日よりもしっかりとした声で祈りを紡いだ。

 「……どうか、この輪の皆が、明日も生きられますように」

 

 その祈りは、弱々しい願いではなく、与え合いを確かめ合うための誓いのように響いた。

 子どもたちは目を閉じ、それぞれの胸に手を当てる。

 

 イノは悟る。

 自分は一度倒れた。だが、そのことでようやく知ったのだ。

 この輪は、祈る子ひとりの力で成り立つものではない。互いに与え、支え合うことで、誰もが祈りの担い手になれる――と。

 

 

 

 日が暮れる頃、広場の端では焚き火の煙が細く上がっていた。赤く煤けた光がゆらめき、空気には乾いた灰の匂いが漂っている。イノの周りには、いつもの仲間たちが寄り添っていた。小さな焚き火の周りに並ぶその姿は、寒さに震えながらもどこかしら落ち着いて見える。パンの欠片や干し肉を少しずつ分け合い、互いの肩にもたれ合っている光景は、スラムの他の場所ではほとんど見られないものだった。

 

 その光景を、離れた場所から見ていた別の子どもたちがひそひそ声を交わした。

 「なんかさ、あそこに座ってる奴ら……他よりマシじゃねえか?」

 「パンとか干し肉とか、少しずつでも分け合ってるみたいだぞ」

 「しかもあの真ん中の“イノ”って子、祈ると本当に何か起きるみたいだ」

 

 羨望と疑念が入り混じった眼差しが、じわじわと集まっていく。焚き火の煙と一緒に、噂は冷たい空気の中を静かに広がっていった。

 

 翌朝。

 イノの輪の隣に、見慣れない顔が数人腰を下ろした。よれた布をまとった兄妹、痩せこけた少年、ひとりはまだ三つか四つの小さな幼子。頬はこけ、指先は白く、昨日までどこで眠っていたのかも分からないような顔つきだった。

 

 「……ここに座っちゃだめか?」

 声はおずおずとして、風に消え入りそうだった。

 

 仲間たちは一瞬、目を見合わせて迷った。増えれば分け合う物が薄くなる。だがイノが短く頷くと、誰も文句を言わなかった。その頷きに、昨夜までの出来事が重なって見えたのだろう。

 

 やがてイノの唇から祈りの言葉が自然に漏れた。

 「どうか、この子らが今日を生き延びられますように」

 

 その声は、昨日までと変わらぬ小さな囁きだったが、新しく加わった子どもたちは黙って聞き入っていた。それだけで、ほんの少し顔色が和らぎ、硬くこわばっていた肩が下がる。焚き火のぬくもりよりも、その声が彼らを安心させているかのようだった。

 

 その日、施しを受け取った誰かがイノに銅貨を一枚渡した。

 「ありがとう、イノ。……これも、あんたに」

 

 イノは受け取る代わりに、銅貨を輪の真ん中に置いた。

 「みんなで使え」

 

 その仕草を見た新参の子たちは目を丸くし、やがて安堵の笑みを浮かべた。硬く凍りついていた胸の奥に、自分はここにいてもいいのだという感覚がじわりと灯る。

 

 広場の隅。気づけば、イノの輪は昨日よりも大きくなっていた。冷たい石畳の上にできたその小さな円は、焚き火の残り火が別の火を呼び寄せるように、じわじわと広がっていく。

 

 子どもたちの間で、噂がさらに広がり始めている。

 「祈る子のそばに行けば、死なずにすむかもしれない」

 「祈る子の近くでは、誰かが必ず何かをくれる」

 

 信じたい気持ちと現実の狭間で、子どもたちの足は自然とその輪に向かっていく。祈りの声は、もう一人の癖ではなく、輪そのものの合言葉となって、広場の冷たい空気に淡く響いていた。

 

 

 

 その日も広場の片隅には小さな輪ができていた。

 祈りを聞こうと集まった子どもは十人を超え、昨日よりもさらに多い。まだ赤子を抱えた少女、足を引きずる少年、頬のこけた幼子までがそこに混じっていた。皆、施しを得られる望みが薄い者ばかりだ。

 

 施しを待つ時間、イノがぼそりと祈りを口にすると、子どもたちは一斉に静まり返り、その声に耳を澄ませた。祈りが終わると、自然と小さな笑いが漏れ、誰かが受け取った銅貨やパンの欠片が分け合われる。ほんのわずかだが、そこには他のどの場所にもない落ち着きと安堵が漂っていた。

 

 だが、その光景を遠巻きに睨む影があった。

 「……調子に乗りやがって」

 棒切れを手にした年長の少年が、歯ぎしりしながらイノの輪に近づく。

 

 その気配に緊張が走った瞬間――。

 

 「やめろ!」

 声を上げたのは、イノの隣に座っていた年上の少年だった。彼は立ち上がり、両腕を広げてイノの前に立ちはだかる。痩せて背丈も大きくはないが、その足取りには確かな意思があった。

 「イノに手を出すなら、俺が相手だ!」

 

 その言葉に呼応するように、周りの子どもたちが次々と立ち上がる。

 「そうだ、イノに触るな!」

 「ここはイノの場所だ、勝手に荒らすな!」

 

 小さな体が次々とイノを囲む。誰ひとり強くはない。だが、その肩と肩が触れ合って作られた輪は、冷たい石畳の上で確かな壁となっていた。

 

 棒を持った少年は一瞬、睨み返した。だが、十を超える瞳に真正面から見据えられ、やがて苛立ったように舌打ちすると背を向けた。

 

 残された子どもたちは肩を寄せ合い、守り抜いた小さな輪の中心にいるイノを見つめる。

 「イノ、おまえがいなきゃ俺たちは終わりなんだ。だから、俺たちが守る」

 

 イノは俯き、唇を噛んだ。祈りには力がない。自分の言葉はただの癖にすぎない。

 ――だが、それをきっかけに生まれたこの輪は、今や確かな力を持ち始めている。祈りが形を与え、行動が輪を支え、仲間の意思がそれを守ろうとしているのだ。

 

 冷たい風の中、焚き火の煙が揺れ、イノは初めて胸の奥で思った。

 ――もしかすると、祈りとはこうして現実の力に変わるものなのかもしれない。

 

 

 

 

夕暮れ、広場の人波が途絶えたあと。

 仲間の子どもたちは焚き火の残り火を囲み、手に入れたわずかなパンや干し肉を噛みしめていた。煙の匂いと笑い声が混じり合い、ほんの短い安らぎのひとときが広がる。

 

 イノは少し離れた場所に座り、その様子をじっと見ていた。

 昼間、棒を持った少年が迫ってきたとき、自分の前に立ちはだかったのは仲間たちだった。小さな肩、小さな背中が、震えながらも自分を庇うように並んでいた。

 

 ――あれは、俺を守るためだった。

 

 思い返すたび、胸の奥に重い鉛が沈んでいく。祈りは無力だと知っている。自分の言葉に奇跡を呼ぶ力はない。それでも、祈りを求めて集まった輪は、今やイノを中心に形を成している。

 

 俺はただ、祈りの言葉を口にしているだけだ。本当は何の力もないのに……。

 それなのに皆は「イノがいるから大丈夫だ」と信じ、命を懸けて庇おうとする。

 

 焚き火の光に照らされた仲間たちの顔は、やつれていても安堵に包まれていた。笑みを浮かべる子もいた。その光景がかえって、イノの胸を締め付ける。

 

 これは錯覚だ。信じられているのは俺じゃない、ただの祈りの響きだ。

 そう思うのに、その錯覚が子どもたちを生かしていることも、また否応なく理解してしまう。

 

 イノは膝を抱え、うつむいた。

 俺は彼らを救えない。……救えないのに。

 

 喉の奥で言葉が絡み、声にはならなかった。祈りを口にすれば彼らは安心する。だがその一方で、自分の無力さを突きつけられる。罪悪感と温もりが胸の内でせめぎ合い、心臓の鼓動は痛みのように鳴り響いていた。

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