それでも僕は堕ちてない by TS子持ち魔王系ネクロマンサー   作:いくさひと

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第1話

 

 前世……とはいえ殆ど記憶は残っていないものの……文化的に発展した社会でのほほんとコンテンツを消費していただろう僕は、『堕ち』というジャンルが好きだった。

 例えば頼れる兄貴分が、主人公へのコンプレックスから悪しき力に手を出してしまうような。例えば誇り高き騎士が、使命や職分を見失い道を歪めてしまうような。

 正道に立たんとする人が、苦悩や葛藤を経て悲惨にネジ曲がってしまう様が大好きだった。

 

 性癖に関しても同様だ。ヒロインの闇堕ちは勿論のこと、僕は女騎士の敗北モノを好んだし、変わり種ではヤンデレ化なんかも守備範囲。

 ()()だった筈の男の子が男の娘になっちゃうのも、屈強な大男が女の子にされちゃうのも大好物であった。

 

 が、自分に降りかかるとなれば話は違う。僕はナルシストでないので自分自身には興奮できないし、当然辛い目になんて遭いたくない。

 しかし何処ぞで罰当たりをしていたのか、僕はドチャクソ治安が悪い世界に、か弱い女の子として生まれ変わってしまったのである。

 

 簡単に外道へ転んでしまうような世界で、僕には完璧な幼馴染がいた。心根が真っ直ぐで正しくて、やや情けないながらも男らしくて、努力の末に世界を救っちゃうタイプの『勇者』だ。

 

 そんな奴がずっと隣にいたものだから、あらゆるコンプレックスを刺激された。僕の弱気は彼の正義を妬んだし、僕の弱味は彼の素質を嫉んだ。彼を打倒したい願望を消せず、僕は劣等感に苛まれた。

 男としてもカッコよすぎるから、ふとした瞬間ときめかせてくる。僕の心が男じゃなかったらマジで100回は惚れていた。そもそもチン◯超羨ましい。

 

 過酷な世界の多感な思春期、僕には多くの苦難があった。死にかける度に闇の誘いに揺らぎまくったし、現在ほど今世の性別を受け入れられていなかった。

 肉体の若さから四六時中イライラしていて、大分どキツい失恋だってした(なんならその子は幼馴染に惚れてた)。

 しかし僕は堕ちなかった。なんとか正道を生き延びて、良い感じのハッピーエンドを迎えた。筈なのに。

 

 

「ラッパの音がする」

 

 我が子の口からそんな言葉が飛び出したので、思わず僕は絶句した。顰めっ面で黙り込む母親(ぼく)に、稚さが残る少年が首を傾げる。

 この世でたった一人の家族。何もかも似ていない容姿の中、「お揃いだ」と似た色合いを輝かせた瞳が、不思議そうにこちらを見上げている。

 

「母さん?」

「……僕にはそんなもの聞こえなかった」

「えっ?」

「そもそもウェス、お前はラッパなんて聞いたこともなかろ?」

「……確かにそうだ。でも、ラッパの音だよ」

「……」

 

 この世界には“祝福”という現象がある。成人前の子供が突然ラッパの幻聴を聞くと同時に、『勇者』の素質に目覚めるという怪奇現象だ。

 

 以降も繰り返し幻聴は鳴り響き、その度に彼らは成長する。大人になるまで成長を続けた『勇者』に至っては、一人で国家戦力扱いされるほど強大になる。僕の幼馴染なんかはそれだ。

 その強力さから世間では神秘の顕れとして喜ばれたり、災禍の種として迫害されたりもするらしい。とはいえ実際に聞いた奴らが言うには、

 

「勝手に耳に入ってくるな」

「マジでうるさい……」

「寝起きに鳴るのホントなんとかして欲しい」

 

 などとメチャクチャ煙たがっている様子だったので、よっぽど喧しいことは確かだろう。

 耳鳴りが響くのか顰めっ面の息子の頰を包み、僕は視線の高さを合わせて尋ねる。

 

「……うるさかったか?」

「頭が割れるかと思ったけど……本当に母さんには聞こえなかったのか?なら何だ、今の。俺がおかしくなっちゃったのか?」

「そうだな。ある意味おかしくなったと言える」

 

 人生を掛けて騒音に悩まされるであろう不憫な我が子を抱きしめ、僕は無力感に打ちひしがれながら言った。

 

「お前、とんでもなく苦労することになるぞ……」

 

 『勇者』はほぼ例外なく、早死にするか大成する。親として早死には許可できないので、この子には大成して貰わなければならない。

 つまる所救世をして貰わなくてはならないのだ。考えるだに鳥肌が立つ単語だが、しかし可愛い我が子は惜しい。

 代わってやれるなら何でもしてやりたいが、天命という奴がそれを許さない。

 

 かつて東の小国では、月のように美しい姫君がいたらしい。姫君はある日祝福のラッパを聞いたが、娘を溺愛する父親は彼女に冒険を許さなかった。

 結果として国が滅んだ。城に閉じ込められた姫君ごと、海の底に沈んだのである。

 姫君は水を操る才があったと聞くから、仮に素質が成長していれば滅亡を避けられたのだろう。『勇者』に力を与える“祝福”は、天命を知らせる警鐘でもあるのだ。

 

 この国の場合はさらに最悪だった。かつて『勇者』に成り得た姫君は、怪物に成り果ててしまったのだから。『勇者』は早死にするか大成すると言ったが、たった一つだけ例外がある。

 それが『堕ち者』だ。『勇者』は生命力が強すぎる為に、上手く死に損ねると化け物に()()てしまうのである。

 

 僕はここら一体を管理する領主であるが、息子に比べれば民など軽いものと思っている。民ごと領地が滅んでも、なんなら世界が滅んでもと仕方がないと諦められるが、息子が巻き込まれるなら話は別。

 それこそ下手に息子が死に損ねてしまい、堕ちでもしたら最悪だ。この世界の堕ちは悲惨なのだ。死んでも死にきれないを地で行く羽目になる。

 

 この片田舎に閉じ込めておくのは間違いなく悪手。何せこの地には試練という名の冒険がない。泰平と言えば聞こえはいいが、実際は独裁者:僕が全てを平らげている為であった。

 

「……ウェス」

「何?母さん」

「お前、学校に行け」

 

 考えて、考えて、よく考えて……僕は旧友を頼ることにした。

 

 

 

 大陸最大の図書館【大書庫リベディマキナ】は、同時に研究機関や学園としての側面を持ち、僕にとっても母校にあたる。

 その真の正体は“蒐集庫”であり、かつての学園長は大陸中の国家から人質に取ることで存続を図っていた訳だが……危険性が排除された今となっては、ただ伽藍とした図書館であろう。

 

 僕の旧友ことヴィンセント・ウォルフという男は、かの地の教授兼、監視員を務めている。輩みたいな面構えと粗暴な言動に反し、可愛げたっぷりで真面目な性格をしているので、若い頃から随分苦労している男でもあった。

 

 「僕の息子預かって♡」というお願いに「巫山戯んな」と快諾をくれた彼は、正式な文書も同封してくれた。この世界では文明開化が進んでいないので、学校だって中世のそれに近い運営をしている。

 

 つまるところ『領の子を受け入れてくれた学園に、領主として寄付を送った』体が必要なのである。

 莫大な額だが息子の人生の岐路に金は惜しめない。僕は領民から搾り取った血税を惜しみなく使い、旧友の頰を要求の三倍の値段で引っ叩いた。

 すると律儀なヴィニー君は「死ね」とお礼をしてくれたので、僕は安心して息子を送り出した訳である。

 

「大丈夫かな、もうあの子は書庫に着いただろうか」

「坊っちゃまは一時間前に旅立たれたばかりでしょ、我が君」

「危ない目に遭ってはいないかな。やっぱり僕も着いて行けばよかった」

「貴方は領地から出られないんだから仕方ないでしょう。一番の腕利きである執事さんが御者なんだから、心配するだけ無駄です、我が君」

「セシル、採寸はまだ終わらないのか」

「まだ始めてすぐです……我が君」

 

 ハウスメイドのセシルは血色の悪い肌を更に白くした。眼差しが鋭い。お説教をする構えである。

 

「私たちが貴方に絶対の服従を捧げる以上、貴方も相応の見返りを齎すべきです。私にとってのそれは貴方のお召し物を作ること」

「分かってる。だから身体中好きにさせてるのだろ」

「憎まれ口を叩くなら、我が君のネグリジェをヒラヒラのスケスケにしたって良いんですからね」

「既にヒラヒラのスケスケじゃないか」

「もっとです」

「もっと……?」

 

 それは困る。既に痴女みたいな格好をさせられているのに、これ以上となるともっと困る。ただでさえすり減っている男としてのプライドがゴリゴリと削られてしまう。

 そりゃ僕だって寝所に呼び寄せる女がヒラヒラのスケスケなら嬉しいが(誇り高い女騎士なら文句ナシ)、自分で着たって見せる相手も居ないのだ。

 

「あー心配だ。心が苦しい。柄の悪い『勇者』に絡まれたりしてないだろうか。……ハ?僕の息子に絡む?殺すぞ」

「想像上の『勇者』にキレないで下さい。だいたい坊っちゃまも『勇者』でしょうに。……そんなに不安なら使い魔でも送ってはどうです」

「それだ!!!」

「我が君、動かないで」

「はい……。」

 

 使い魔を造る位なら、メイドの小言を躱すよりも簡単である。僕はグニグニと魂的なサムシングを練り、領地に転がる新鮮な屍にぶち込んだ。

 犬の死骸だろうか。脳が腐っていたりすると自律行動が難しいのだが、今回は良い素体を引けたらしい。肉体の組成をささっと入れ替え、腐食が起こらないようにする。

 

「再構築【ヘルハウンド】」

 

 遠方で犬の死骸が起き上がる。これにて魔獣の完成である。愛されるワンちゃんになるんだぞ。

 生前の動作を反復したのか、ヘルハウンドはその場でクルンと一周したのち、与えられた役目に従って領地を飛び出していく。僕はホクホク頷いた。

 

「よしよし。生者は襲うなよ」

「流石は“生ける屍の王”。最悪に冒涜的で素敵です我が君」

「やめろよその太鼓持ち……」

 

 その呼び名もやめて欲しい。なんか悪役っぽいだろ……。

 しかし我が子が『勇者』になる日が来るとは思わなかったな。あの子は一体どんな巨悪を打ち倒すのだろうか。

 





ハーメルンに棲息するなら一回はts書いてみたいよな……
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