それでも僕は堕ちてない by TS子持ち魔王系ネクロマンサー 作:いくさひと
「学校に行ってこい」
世の母親が言うことは一つである。とはいえウェスパーという少年の場合、母に何事かを強要されるのはかなり珍しい。
彼の母は絶対的な領主であり、影響下にある全ての者への命令権を持つ。そんな母親に偏愛され、使用人たちにもまた可愛がられていたので、この少年は世の中の大体を舐めていた。
彼の意のままにならぬものなど狂ったメイド長にサボり癖の執事、母の煙草量と彼女が放し飼いにするペット*1くらいのもので……まあそれなりにはあるけれど、何一つ不自由なく育てられた訳だ。
「え、嫌だ」
「駄目だ。勉強してきなさい」
だから嫌だと言ったけれど、今回セレンは譲らなかった。ウェスも食い下がる。
「分かった、勉強はする。でも屋敷でしたって良いじゃないか。これまでも十分やれてきた」
「駄目だ。僕は自分の情操教育能力に自信を持っていないから。ヴィンセントの方がよっぽどマシにお前を教えられるだろう……それに友達の一人もいないというのは不健全極まりない」
「要らないよそんなの。母さんだってろくに友達いないだろ」
「0と1は随分違うぞ」
「母さん友達一人しかいないの?」
「……ウェス」
母は困ったように言った。偏屈かつ偏執的な人であるから、弱った顔を見せるのは珍しい。けれど内心どんな悪辣な誘導を考えているかは到底知れたものではない。
セレンは美貌の女である。腰まで伸びる暗んだ銀髪、死人のように白い肌。片目の金ばかり彩度が高く、次いで薄い唇が印象に残る。常は簾のような前髪で隠す空の左の眼窩さえ彼女を損なう要素にならない。
が、そんな絶品さえ霞むほどに、母は奇怪で面倒だった。振る舞いは粗暴な青年のようなそれだ。皮肉げな物言いはティーンエイジャーと然した違いがないし、しかも自分勝手である。
語ることは極論ばかりで、人生を拗らせた屁理屈を振り翳すから、実に厄介な気質をしている。にも関わらず屋敷の使用人はイエスマンばかりで、この暴君に言い返す人間は数える程しかいない。溺愛する息子にすら容赦の無い女なのだ。
一番最悪なのは、ばかすか煙草を吸った煙たい唇で顔中キスをしてくることだ。こちとら反抗期に突入する隙を見計らっているというのに、あの香りを嗅ぐと反発する気力を削がれてしまう。
彼女は一人の子を持つ母であると同時に、一つの領地の主人である。母は死人の国を領土にしていて、人はこの地を【墓所街】と呼ぶ。多分、大半が陰気臭い墓地だからだ。
世間の衆生は寄り付きもしない、昏くて寒くて湿気た冥府。人の数より墓標が多いから、多少増えても構わんだろうと他所から死体を捨てに来る人もいる。捨てられた死体にも母は律儀に墓を作って、時々蘇らせたりもする。
太陽も月も星も見えず、オマケに元気な屍がいたりもするのが、ウェスにとっては住み慣れた故郷だ。離れるつもりなど到底なかった。
にも関わらずある朝ウェスが目覚めた時には、学園行きの馬車にガタンゴトンと揺られていたのである。癇癪を起こした彼は八つ当たりで執事の首を
「デューク。俺はよく分かった。俺の母さんは美しく聡明かつ謙虚であり、情操教育が自らの不得意分野であることをよく承知なさっている。だから業務が他所に委託されて、俺は故郷追放の憂き目にあった訳だろ」
ヴィンセント先生に大きなタンコブを拵えられ、ウェスは涙目で強がるように言った。彼の傍には四つ足の獣が健気に足元へ寄り添っている。少年は人類の友を抱きしめながら、首無しの執事にボソボソ恨み言のように呟いた。
なお【墓所街】において追放は最高刑であるので、まず滅多に起こるものではない。次点の死刑は割とほいほい降ることを鑑みれば『友達ゼロ人』は空前絶後の大罪らしい。
「故にこそ俺は決めた。学校で出会った一人目の生徒を生涯唯一の友人に仕立てあげて、とっとと家に帰宅する」
【────、】
首無し騎士は肩を竦め、溜息を吐くような仕草を見せた。主人の愛息子を馬鹿にするような態度である。なお彼は麗しの女主人にも同様の態度を取るので、頻繁に首を没収されている。生前は首を切られて刑死した男の癖に、死んでも懲りない男なのであった。
しかしウェスパーはせせら嗤い、嘲る声音で言い返した。
「俺にやってやれないことなんかない。帰る時にはお前の首も返してあげるよ。御者が居ないと不便だからな」
ヴィンセント先生の朝は早い。地下50階建てというトチ狂った構造の建築物、その最深層/B48階に彼の研究室は位置するが、受け持つ学生クラスは浅層/B16階に位置している。彼の一日は途方もないY軸ベクトルの通勤から始まるのである。
早朝・彼はB45階まで階段を上って昇降機に乗車し、B30階での職員会議に参加。クラック教頭との激戦の末に来月の追加予算を勝ち取る。
この教頭とはヴィンセントが不良学生であった頃以来の因縁であり、顔を合わせれば必ず殴り合いが発生する為、彼は毎朝のように拳を握る羽目になるのだ。
それから昇降機でB20階の食堂まで登り、サンドイッチを齧りつつ再度昇降機でB15階に移動。予鈴に追い立てられながら全速力で階段を駆け降りる。
クソみたいな慣例として、ヴィンセントは毎年初年度クラスを受け持つことになっていた。現在のリベディマキナ学園における初年度クラスとは、各教師がスカウトしてきたバケモンみたいなクソガキを人間に矯正する教室として悪名高い。
例えば龍皇国の皇弟を手にかけた忌み子。軍事国家で生き残った一万人殺しの少年兵。人と精霊の混血児。
機械仕掛けの戦闘人形。邪教を奉じる暗殺教団の神子。亡国の血を引く公妾の子。絶滅寸前・光人族の生き残りに、老いた盗賊王の末娘。
ヴィンセントは万国クソガキ博覧会を一つの教室に投げ入れて、文字の書き方から「ごめんね」の言い方まで教え込んできた。尽力の甲斐あって現状学園で殺し合いは起きておらず、学園は入学した全生徒の収容に成功している。
今年の最下級クラスに在籍する生徒は二名のみだ。一人はウェスパー、旧友セレンの愛息子。
ネクロマンサーを志す彼には頭を悩ませるばかりである。親が親なだけに中々言及しにくいが、何せ『ネクロマンサーに善人はいない』というのが世間一般の常識だ。
死体弄りをする連中にマトモな精神性を期待できないのは大前提、その上過去のネクロマンサーたちがやらかしまくっている。グレた【勇者】が悲惨な末路を辿ることも踏まえて、早急に進路指導をしたい所であった。
……もう一人は叡智の娘。ヴィンセント・ウォルフの罪の証。感情表現は希薄で物静かに本を読むことを好み、凡そ人間味が薄い少女。同時に教師としての彼からすれば、せめて幸せであって欲しいと望む生徒でもあった。
記念すべき新学期初日に教師が遅刻とは情けない。そうして息を切らせた彼が到着した教室は。
「このイかれた根暗陰険女!ぶっ殺してアンデット供の餌にしてやる!」
「本への敬意が無いイヤな人……!潰して畳んで栞にしてあげる!」
学校デビューキッズ共による、互いに人生初の大喧嘩が起きていたのであった。