それでも僕は堕ちてない by TS子持ち魔王系ネクロマンサー 作:いくさひと
ごめんと言ったら負けなのである。僕とヴィンセント・ウォルフという青年は、いわゆる喧嘩友達であった。
くだらぬ事で掴み合いをし、隙あらば足を引っ掛け合い、互いの失敗を嘲り合った。常に醜い争いをしていた。出会った時からそうだった。
『おいセレン!今朝方羽虫を嗾けてきたのテメェだな!?あんなもんでアンデット作んな、道理で虫除けが効かねぇと思った!』
『お前こそ他のクラスの癖に、僕が魔法理論サボったのわざわざ担任にチクっただろ!昨日死ぬほど怒られたんだが!!』
学友に引き摺られるヴィンセントは首を掻っ切る仕草をし、僕は幼馴染に羽交締めにされながら中指を立てていた。奴の笑った顔など数えるほどしか見たことがないが、キレた顔ならいつも見ていた。
謝ったら死ぬのが意地で、許さないのが若さだった。そういう関係だったのだ。
にも関わらず我が子を屋敷の外に出すとき、僕には真っ先にあのスカーフェイスが思い浮かんだ。アイツの派手な向こう傷が、誰かを守る為につけられた物だったからかもしれない。
【墓所街】の明け方は相変わらず陰気臭い。僕の領地は世界の西の果てにある。この地に東雲から曙光が覗くことはないから、空の端が白く染まる夜明け特有の焦燥感も、今では懐かしいほどであった。
この土地に月明かりすら差し込まないのは前の領主の趣味なのだが……そう思うとこの極夜もいけ好かなく感じてきたな。子離れして手は空いたから、そろそろ模様替えでもしよう。星の一つくらい浮かべてみるか。
何事にも慣習はあるし、それが惰性で長く続けば伝統と呼ばれることもあろう。しかし僕は独裁者であるので、変えられぬ決まりなど一つもないのだ。
怠惰にベッドに転がったまま、ヘルハウンドとの繋がりから愛しい我が子を覗き見た。僕が支配したアンデットは全てが僕の目になり得る。そして奪った視界の先で……
『俺に掃除をさせるのか!?』
ウェスは立派なタンコブを作り、何やら雑用をさせられていた。入学早々やらかしたらしい。腕白なのは良いことだ、それでこそ僕の息子である。
チャンネルを付近にいる筈のデュラハンに合わせる。パチリと合った視界の中であの子の護衛に送った男、不良執事はぐでんとカウチに寝転がり、昼間からワインを呷っていた。
「……チッ」
【……、……!?……!!!】
干渉に気付き、慌てて掃除を始める
昔はそれなりに不自由があった。僕とて一学生であった身の上である。当時は規則に縛られて、常に課題に追われる日々を送っていた。
特に最上級生の時の担任、クラーク教授は口うるさいオッサンだった。本分たる学業に励め、生活態度を改めろ、不純異性交遊は厳禁だのと、兎にも角にも細かいのだ。
僕にとって好ましく、可愛らしいとも思っていた人……要はその……す、好きな女の子……との関係には、特に口出しされなかったのだが。
幼馴染と喋っていただけで「距離が近すぎる」と破廉恥扱いされたのは、正直今でも腑に落ちていない。中身が野郎の僕からすれば、それこそどうこうなりようがない話である。
僕の学生時代には既に中年へ差し掛かっていたから、生きていれば棺桶に片足を突っ込んでる年頃だろうか。懐かしい、ヴィンセントと大喧嘩して半日懲罰室に入れられたこともあったな。
僕は止めたのに、アイツが勢いで火魔法を使おうとして、書架が火の海になりかけたんだった。僕は止めたのに。
……あの喧嘩とて僕もヴィンセントも謝らなかったから、未だに遺恨が残っている。謝らなかった喧嘩の数が、当時のヴィンセントの関係そのものなのであった。
そんなヤンチャなヴィニー君が、僕の息子の先生かぁ……。なんとも感慨深い心地だ。面倒見の良い男であるから、きっと良い先生をやっているのだろう。
禁則事項
一つ。火の使用を禁ずる。
一つ。蔵書の破壊を禁ずる。
一つ。司書への加害を禁ずる。
一つ。マキアの探究を禁ずる。
一つ。地下50階への立ち入りを禁ずる。
一つ。以上の規則を変更することを禁ずる。
その他細々とした規則は各教員へ確認されたし。
学園長ソフィア・プロト・マキナ
「でもって俺が確認する禁則事項は一つ。喧嘩すんな、面倒臭えから!マアそれを伝える前にお前らは喧嘩しやがったんだが……」
大書庫リベディマキナ。中層/地下38階にて。
「安心しろウェスパー。往時に比べりゃ今の生徒数は百分の一にもならねぇからな。ただでさえだだっ広い大書庫だ、クソガキ共がどれだけ問題を起こそうと、罰則(掃除)場所なら幾らでも用意できる」
「雑巾なんて初めて使った……」
「セレンの奴はどれだけお前さんを甘やかしてたんだ?子煩悩になるタイプとは思わなかったんだが」
不満げに布巾を手に取った生徒は薄く油を塗り広げ、教師の見様見真似ながらも、手際よく革の装丁を拭って行く。どうやら要領は良いようで、要らぬところで損ばかりしていた母親とは正反対の性質だ。
容姿も殆ど似ていない。陰惨で退廃的な美貌をしていたセレンとは対照的に、ウェスパーは幼いながらも凛々しい顔立ちをしている。しかし金色の眼差しと、皮肉を挟まずにはいられぬ性根は、忌々しいほど母親そっくりなのであった。
数冊分の手入れを終えた頃には作業に熱が入ったらしく、不承不承であったウェスパーはなめし皮を拭きあげる作業に夢中になっていた。
隅々まで丁寧に汚れを落とされた『古帝国語索引』が機嫌良さげに少年に擦り寄り、自らの配架場所へ飛んで行くのを眺める。
かつてのヴィンセントはスラム育ちの乱暴者であったから、適当な手入れで頁に折り目を付けてしまい、『学園史千年』なる鈍器に脳天を叩かれ昏倒したこともあった。この書庫の本はかつての持ち主に似て、モノとしての気位が高いのだ。
尤もこの罰則をもう一人の生徒に科すことは有り得ない。彼女にとって読書とは呼吸にすら等しい行為だ。書庫の清掃は罰どころか褒美にしかならないだろう。
ヴィンセントは無惨に切り裂かれた本を開いた。教え子共の喧嘩の弾みで、無惨に破れた書物である。糸で閉じられたそれを分解し、魔法ですら修復不可能な部分は物理的に差し替える。
「頼む」と一言『司書』に告げれば、顔が無い女の形の機工がすぐさま修復を開始する。いつのまにか側に寄ったウェスパーが首を傾げてソレを見ていた。
「ああ、『司書』が気になるのか?元学園長の遺産だよ。ウン十万の蔵書の管理にゃコイツらの助けが欠かせねぇのさ」
「司書?この白い奴が?」
滅びた古帝国の技術で作られた機工だ。そこらの古書より由来は古く、或いは骨董とすら言ってよい。学園長ソフィアが製作し「娘」と呼んだそれらは、彼女の討伐以降ロストテクノロジーの産物と化したので、ヴィンセント以下職員が必死こいて研究する対象であったりする。
「ん?……ああ、またかよ」
配線剥き出しのマニュピレーターがいつの間にか停止していた。ギギ、と何かが軋む音。
『司書』が首を持ち上げ、ウェスパーへと
「……時々こうやって誤作動を起こすんでな、騙し騙しで使ってるんだ。俺の分野が『機工学』だからって、爺さんどもは修理を押し付けてきやがる。俺の専門は
ヴィンセントは一つ舌を打ち、エラーコードを解析していく。数度の停止と再開の末、体裁を綺麗に繕われた蔵書を、ウェスパーは複雑そうに眺めていた。
「……読書の邪魔をしたのは、悪かったと思うよ。ここじゃ本はとても大事にされてるもので、それを破って、アイツに酷いことをしたのは分かった。けど、先に失礼なことを言ったのは向こうだ」
ばつの悪そうな声だった。ウェスパーの手が磨き上げられた装丁を撫で、誰かが綴った文字をなぞる。随分と素直な奴だと思った。きっとセレンによく愛されて、まっすぐ育てられたのだろう。
が、その後に続いた生徒の言葉を受けて、ヴィンセント先生は思わず顔を覆った。
「あの無礼な奴は母さんを侮辱しやがったんだぞ。『学も修めてない半端者』『傍若無人の唐変木』って……ヴィンセント先生?」
「あ゙ー………………うん。いや、なんでもない。なんでもないが、正直すまんかった。いや本当に」
「は?」
「あとでもう一回謝るから、悪いが今は見逃してくれ……!」
前者はともかく、後者の罵倒は十中八九俺の台詞だ……。ヴィンセントは消沈して項垂れた。語彙のチョイスが完全に己の趣味なのである。
不思議には思っていたのだ。もう一人の生徒は決して自ら罵声を吐くような娘ではない。ただまあ、前後関係や人の心理に疎いというか、思い付いたことを何の悪気もなく外に溢す悪癖がある。
彼女が一文読み進める度思ったことを付箋に記せば、論文が終わる頃には反例の論文が出来上がっている。
そうやって誰かの卒業論文を台無しにしてしまったように、彼女は唯一の同級生を見て連想したことを言ったのだろう──つまりは担任ヴィンセントが吐いた、セレン・ユヒトへの恨み言を。
ウェスパー・ユヒトの入学があまりに急だったものだから、ここ数日のヴィンセントは教材に制服に学生寮にと受け入れ準備でてんてこ舞いになっていた。
多分にセレンへの悪態を吐いたし、散々に罵りもした。何せ元凶はあの女だ、恨み言の一つや二つ許されて然るべきだろうが、それを教え子に聞かれたのは完全にヴィンセントの責任である。
「他人の親を悪様に言う」ことが常識的でないのは明白だが、少女は常識を持っていない。素直に聞いたことを口に出し、そして怒ったウェスパーが彼女の本へ攻撃した。それで大喧嘩が始まったと。
これらの経緯を詳らかにしようと、現段階での釈明は彼女を庇う弁解以外にならないだろう。
自己満足で謝るのは後。『向こう』に関しては……頼れる先輩が適切な指導をしてくれることを期待したい。
「アンタが何言ってんのかは分からないけど……それじゃあ先生、一つ質問しても良い?」
「おう……、良いぞ。なんでも聞け」
「向こうが反省してるなら……俺もまあ、謝ってやってもいいけど。そういえば、俺はアイツの名前も知らないんだ。教えてくれる?」
司書が修復を終え、ヴィンセントに無疵の本を提示する。セピア色で綴られた『西の涯【墓所街】に関する考察』は、数百年前とある卒業生が寄贈した著作だった。
同級生が出来ると知った少女は三度続けて瞬きをした。それから今日読む予定だった論文を小脇に置き、この少年を知ろうとした。それが今朝の出来事である。
ヴィンセントは司書から受け取った蔵書を、そのままウェスパーへ手渡した。
「『ベラ』だ。そう呼んでやってくれ。でもって、アイツと仲良くしてやってくれると嬉しい。アイツもそうしたがってると、思う」
十話完結予定なのに完結できる気がしない…