それでも僕は堕ちてない by TS子持ち魔王系ネクロマンサー 作:いくさひと
『ヴィニー君、明日の課題見せて♡』
『死ね』
顔も向けずに吐き捨てればフワリと煙が匂い立つ。甘く独特の癖がある香りは傍らの葉巻が垂れ流すもので、幻覚作用を齎すことでも知られている。
ある地域では呪術士たちが
同時に感じる柔らかさとずっしりした重量感。階段に座り込むヴィンセントの肩へ、傍若無人の少女が腰掛けたのだ。
『おい』
『またお手製煙草を吸ってるのか。売って小金稼ぎしてるのがバレたらクラークは罰則じゃ済まさんぞ』
『禁制品吸ってるテメェよかマシだわ……つか重い。一応は妙齢の女が男にベタベタすんじゃねぇよ』
『女と言っても僕であろ』
『お前と言っても女だろうが』
セレンは露骨にムッとしたが他人の肩からは撤退せず、寧ろヴィンセントの顔を小脇に抱え込んで来る。火元が彼女に触れそうになったので、ヴィンセントは黙って煙草を消した。
全館火気厳禁の【大書庫】において、唯一ルールが適応されないのがこの外階段である。故に喫煙者は必然と建設時に作られた数千年前の仮設階段に炙り出されるのだ。
書架で火でも付けようものなら近くの『司書』がすっ飛んできて、それはもうこっ酷く叱られる。
『ヴィンセント。火ィ付けて』
そんな彼女たちから隠れ、どうにか湿気させずに作ることが出来た、貴重な煙草を消させておきながら。無彩色の少女は無邪気に火元を強請ってくるのだ。
『……テメェでやれよ』
『良いだろマッチ棒』
『誰がマッチ棒だブチのめすぞ』
人には本源というものがある。それは生まれた際に与えられる人生の方向性であり、また習得できる魔法の適性をも定めるもの。
ヴィンセントの本源は『炎』であった。彼の魔法の適性は中々に珍しい『火』特化型である。彼は物を燃やす以外の魔法を使えず、要はこの【大書庫】内においては、湿気た煙草と大差無い存在で。
『はぁ……』
一度は揉み消した紙煙草に無理やり再度火を付けて、それを彼女に差し出せばセレンは小さな火種を盗んだ。かに思われた。
『……僕はお前に凡庸な善性と、喧嘩してくれる根性と、一緒に夜更かしをする友情とを期待している。だから別にこんな他愛無い我が儘くらい、突っぱねられたって良いんだが』
『? おい、危ねえだろ』
指先に灯した火を彼女の口元に近づけると同時、血色の悪い手がヴィンセントの手を掴んだ。金色の目の中でユラユラ焔が揺れている。
『生憎そうしないのがお前だと、僕は知っているものだから』
『……テメェな。俺と言っても男だぞ』
『男と言ってもお前であろ』
カラカラと笑ったセレンは一口葉巻を味わうと、その残りを押し付けてくる。途端襲いくる酩酊感は、果たして麻薬の効果なのかどうか。
『女、な』
セレンがポツリと呟いた。
『だから『
対等で居てくれと少女が言った。去った彼女を見送ってから、ヴィンセントはこの酩酊感の奴隷になることを諦めた。
僕の趣味は墓掘りである。尤も実益を兼ねているし、そも墓荒らしはネクロマンサーの嗜みみたいなところがある。領主としての生活を鑑みれば、ライフワークの一環に位置づけて良いかもしれない。
【墓所街】には近隣から死体を捨てに来る馬鹿が訪れる為、領境で定期的な整備を行う必要があるのだ。とはいえ僕の領域は生者に厳しい環境なので、これらポイ捨て野郎は結構気合の入っている連中である。
目の前には実に意味深な麻袋。付近の足跡はまだ乾いていないから、不法投棄をしやがった奴らもまだ付近にいるのだろう。
「……安寧が欲しくば僕に従え、この森の生者を追い回せ。但し死体は増やすなよ」
今日とて不届き者にその辺の霊体を嗾けてから、僕は麻袋の側面を割いた。野盗か何かの死体だろうか、柄の悪い数人の男たちは萎びて、えも言われぬ臭気がした。
鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。死後五日くらいかな。伸びてきた腕を杖で叩き、縋り付いてくる屍を振り払う。
「成りかけを慌てて捨てに来たのか」
アンデッド案件で【極星教】を頼らないあたり後ろ暗い事情が伺えるが、こんな僻地にまでご苦労なことだ。しかしガッチリした骨格をしている。これは天性の賜物であろう、剥いで磨いて持って帰ろっかな……。
「駄目ですよ」
僕のトキメキを見透かすように、背後のセシルは言い放った。
「我が君、なんですその屍は。また新しいのを飼うおつもりですか?」
「……うぐ。か……顔が好みじゃないから埋める……」
「それは宜しゅうございました」
僕はネクロフィリアでこそないものの、職業柄死体には一家言ある。見応えある死体はコレクションしたいとも思うが、管理は使用人に丸投げしているので、全く宜しくないという顔のセシルにはあまり強く出られない。
我が屋敷には『並べていい骸骨は10体まで』という約束があるにも関わらず、既に廊下には13体が並んでいるのだ。知能も持たない死体の飼育にメイドの許しは降りないだろう。大人しく弔ってやることにする。
「んん……ただのセメタリーパークでは芸が無い。いっそ此処らを公園にして、ブランコとか置いて……この辺を砂場にして土葬しよう。長閑な公園からアンデッドが這い出てきたら、ポップになると思わないか?」
「楽しそうで何よりです我が君。木材と街路樹を手配いたします」
構想を脳内で起こしてみる。悪くない、悪くないぞ。僕は善なるネクロマンサーなので、その辺で元気な死体を見かけたらとっ捕まえて墓を作ってやることにしている。
知能が残ってる奴は領民にするし、強い奴は側近に取り立ててもいる。こうも社会貢献をする死霊使いなど早々居るまい。
死の残滓から生まれる魔物を、人は雑多にアンデッドと呼ぶ。“生ける屍”、“還らじの者”、“冥き指先”……その通称は多くあれど、僕が学園で習った名称はそれだった。
意外にも発生のプロセスは詳らかにされている。万物を循環する『魔力』が生物の死で堰き止められた結果、うっかりアンデッドになってしまうことがあるのだとか。
かつての先輩の言によれば、生物の死は世界にとっての老廃にあたるらしい。その吹き溜まりで生まれるのがアンデッド。要は大地のニキビみたいなものだ。
故に『各地の墓地における魔力の循環を整えてやれば、ある程度アンデッドの発生を抑制できる』という内容を彼は論文にしていたけれど、難しいことはちっとも分からぬ。この辺りはヴィンセント辺りの方が理路整然と解説できるはずだろう。
僕は屍に混じって育った自然派のネクロマンサーだから、理論屋の考えることはさっぱりなのだ。アンデッドを見かけたときも、拾うか潰すかの判別しかしていない。
理性がないアンデッドは原則生命に敵対的だ。生者が死者を厭うように、死者もまた本能的に生の気配を嫌うのかもしれない。
生者は自らの生存圏を守るため、死者の弔いを通じてあらゆる対策を講じてきた。例えば人外即殺が教義の野蛮人ども、【極星教】の蔓延る北方では死者が全て火葬され、墓地は霊体を即消滅させる結界で固められている。
反対に南方の旧亜人共和圏こと【スクラップ・ラウンド】では、土から這い出た屍は物理的に潰されていると聞く。
自らの肉体があればアンデッドはそれに憑こうとするので、あの辺りは土葬が主流だ。あそこは魔力に干渉できない種族ばかりだから、下手に霊体が暴れると数万単位で人が死ぬ。
そんな中わざわざ地雷を掘り起こして運用するネクロマンシーとは……うん、言うまでもなく邪法である。
大体の人に嫌がられる魔術だし、僕も同業者とお近づきになりたいとは思わない。頭がイっちゃってる奴が多すぎるからだ。
幼い頃から“アンデッド誘発体質”だった我が身は、それはもう忌み嫌われたものだった。僕が歩けば死体も歩き、僕が眠れば死体も眠る。寄る辺ないアンデットにとっての僕は、虫にとっての誘蛾灯みたいなものだ。
『悪戯に生命を弄ぶ』と詰られたから、近隣の元気な死人を集めて村を囲ませる可愛い悪戯を決行したこともある。僕はこんなにも平和主義であるというのに、思えば失礼な連中だった。
血縁すら僕を厭った。僕の手を衒いなく握ったのは『
アンデッドは忌まれるもので、ネクロマンサーはその元凶。当然世間には爪弾きにされる。……その辺の事情について、息子には教えていなかった気がするなぁ。
そもそも認識自体が怪しい。原則アンデッドは人類に敵対的だ。彼らがネクロマンサーに従うか否は両者のパワーバランスが全てなのだが、僕は完璧なご主人様なので、屍風情に造反を赦したことはない。
つまり我が息子・ウェスパーにとってのアンデッドとは……僕の下僕以上の意味を持っていないのでは……。
ウン百年前の屍共に傅かれて、可愛がられて生きてきた子だ。世間の認識とズレがあることは否定し難い。
「……まあヴィニー君ならなんとかしてくれるだろ。多分」
その辺の修正は『先生』の仕事に含まれるだろうと、僕は元気に墓穴を掘るのであった。
「今日の講義のタイトルは『どうして無闇に死体を動かしたらいけないの?』だ。おいウェスパー、ノート取れよ。ベラ。お前はまず教本開け。『さっき読んだから』じゃねぇんだよ」
なんか滅茶苦茶怒られたんだが……。ウェスパーは不貞腐れた。
これ程こっ酷く怒られたのは、母のペットを水陸両用に造り変えようとしたとき以来だ。ちょっぴり涙目になったのは先生の剣幕に驚いたせいで、決して彼の強面にビビった為ではない。
ベラが親切として標本室を見せてきたのは伝わったので、彼とて良かれと思ってお礼をしたのである。実際『一角獣』が動き出した時、ベラは目を輝かせた。丸眼鏡の奥、ネオンブルーの瞳を物理的に発光させたのだ。
『どうやったの。ネクロマンシーの対象にする死体には事前に魔法式を刻む必要があるのに』
『? そんなのする必要ないよ。肉体に原型が残ってれば、魂だけ適当なモノを入れ込んで』
『クソガキ共がよぉ!!!』
全速力で駆け付けた担任のヴィンセント先生は、肩でゼェゼェ息をしていた。彼が異様にアンデッドの無力化に慣れていた所以は、ネクロマンサー系同級生と昼夜やり合った青春時代の賜物であるかは定かでない。
「ネクロマンシーの確立は今から約8000年前。弔いの儀式の中で始まったとされる」
ヴィンセント先生の講義は実に理路整然としていた。アンデッド発生の要因、ネクロマンシーの歴史、過去存在したネクロマンサーと、彼らが起こした怪事件。名を馳せたネクロマンサーとは例外なく極悪人であるからして、彼の口調は苦々しい。
約一名に言い含めるような大犯罪者どもの羅列の後、彼は全ての板書を消した。次いでさらさら描かれたのは目玉と脳みそがぴょんと飛び出た、ポップな絵柄のゾンビである。
「良いか、いざ実際にアンデッドに対峙したとき出来る効果的な対応は二つだ。一つは最大火力で丸焼きにする。アンデッドが憑いてる肉体か、霊体を構成する魔力を燃やし尽くす。もう一つは俺が使ったような死霊魔術そのものに干渉する手品だが、これは会得に時間が掛かる。因みに俺は三年かかった……」
「術者と対象のアンデッドの繋がりを妨げれば良い、ということ?要は魔力妨害をして……うん、出来た」
「そんなことしなくたって支配権を奪ったら良いだろ。所詮は屍、術者が居なきゃ唯のガラクタなんだから」
「この天災どもがよ……!」
事もなさげに宣う二人にヴィンセントが頭を掻きむしる。同時に鳴り響いた昼礼の鐘に、彼は深い溜息を吐いて言った。
「昼の講義はここまで。よしお前ら、昼飯でも食いに行くぞ」