それでも僕は堕ちてない by TS子持ち魔王系ネクロマンサー 作:いくさひと
巨人が持ち上げたと言われる大陸中央の
くり抜かれた断崖の中にすっぽりと巨大回廊が収められ、五十にも渡る階層が中枢機関を覆い隠すようにして連なる。
堅い外壁と岩盤に守られた学舎は、自然と人工の特長を掛け合わせた、叡智の砦と呼ぶに相応しい構造をしているのだ。
外部との出入りは地上に存在する巨大ハッチからのみ可能である。一度この機構を閉じれば、何人たりとも侵入は許されない。
尤も内部に数十人の居住者を抱える以上、物資補給のための定期的な解放は行われているが。
その旧き名を……【千年回廊リベディマキナ】。大陸が統一された古帝国時代、時の皇帝の命令によって建設された、世界最古にして最大の図書館。
少なくとも歴史の教本には、そんな記載がされている。
密閉された昇降機の中、二人は対照的な在り方をしていた。本を立ち読みするベラはいつもの如く自然体。一方のウェスパーは特有の閉塞感に気が滅入っているらしい。
へルハウンドのハーネスを握りしめている同級生を流し見て、ベラが無表情で首を傾げる。
「心拍の上昇、瞬きの増加。緊張性発汗も見られる」
そして手を差し出すと。
「怖いなら手を繋いであげる」
「はぁ!?こ、怖くなんかないが!?」
「おい昇降機内で騒ぐんじゃねぇよ」
何を教えられた訳でもないのに、少女は生粋の煽り上手なのであった。
すぐさまウェスパーの肩へ手を回し、ヴィンセントが話題を切り替えた。この男の特技は顔色をうかがうことと、それからお茶を濁すことだ。彼は極めて軽い調子で尋ねる。
「ウェスパー、お前食堂を使うの初めてだろ。食事はどうしてたんだ。家から持ち込んでたのか?」
「執事が作ってたんだよ。アイツが食料をどこから持ってきてたのかは知らないけど」
「執事?」
「先生も会っただろ、ウチの
思い浮かぶのは坊っちゃんが大見得を斬る背後で、ダブルピースを決めていた黒い甲冑の首無し騎士。へぇ、アイツが料理を……ヴィンセントは思わず納得しかけた。
……は?
「……つくづく箱入り坊ちゃんだな。人が多かった俺らの時代ですら、お守り付きで入学してくる奴は一握りだったんだが」
「今お守りとか言ったか?」
言いつつヴィンセントは冷や汗をかく。料理ほど精密な作業ができるアンデッドなど、知能を持った変異種でなければ有り得ないからだ。
生ある者あらば襲いかかるのがアンデッドの本能。知性ある高位アンデッドとは、それだけで一国を滅ぼし得る存在である。
本能のまま尻尾を振り、撫でて撫でてと擦り寄ってきている傍らの
「おいやめろって、子供扱いするな!」
いや俺ちゃんと突っ込めよ……。犬と教え子を撫で回しながら、ヴィンセントは後悔した。ツッコミどころが多すぎて感覚が麻痺していたやもしれぬ。
セレンなら手綱は取れているだろうが、そもデュラハンを息子の護衛につけるなど過保護にも程があった。
これまで職員会議の題に上がっていない以上、件の執事は『司書』や遠見の水晶に見つからない範囲で引き篭もっているのだろうか。或いは「また変な新入り入ってきたな……」位の感覚で見逃されているのだろうか。
後者ならヴィンセントは自らの職場環境に絶望するし、安全管理を見直す必要も発生する。まさか生徒に出くわしたりしてねぇだろうな……。
思考を遮るベルと同時、昇降機内の目盛りが目的階を指す。一歩外へ踏み出せば、昇降機は再び階下に戻っていく。
「ああ。そういや今日は解放日だったか。道理で中々昇降機が下がって来ねぇ訳だ」
地下五階の大食堂に次々と物資が運び込まれていた。地上とやりとりがある日の【大書庫】は例外なく慌ただしい。
目紛しい様子に面食らうウェスパー、相変わらず無関心そうなベラにヴィンセントは苦笑し、積荷を誘導していた一人の少女へ声をかける。
「シェン・ユゥ。男手は要るか?手伝うぞ」
「ヴィンセント教授」
聞き慣れぬ響きの呼びかけに振り向いたのは濃紺色の髪色の少女である。
胸には輝く星五つ。眠たげな垂れ目に泣きぼくろがおっとりとした印象の彼女は、柔らかな印象のまま言い放った。
「まさか。近頃階段で息が上がるようになった教授に、そんなご無理はさせられません。どうかお気になさらず」
「気遣うようでいて普通に暴言だからなお前。繊細な中年に配慮しやがれ」
「これは失礼しました。ですが本当に不要なんです。寧ろカルコスさんの邪魔になってしまいますから」
彼女が食堂の片隅を示すと同時、その先でゆっくりと山が動いた。否、そう錯覚するほど積み上げられた荷物が『彼』により持ち上げられたのだ。
地殻変動の如く圧倒的な光景を受け、ヴィンセントは一つ頷いた。
「確かに俺じゃ力不足だ。よーしチビども、轢かれないよう下がってな。それならシェン・ユゥ、運び終わったらカルコスも一緒に昼飯でもどうだ?」
「私は勿論構いませんが……」
シェン・ユゥは首を傾げ、思案する様子で昇降機を振り返る。中層階から上がってきた階層表示が段々速度を落として行き、再度地下五階で開かれた。
現れた矍鑠とした老人は、連れ立つ生徒へガミガミ小言を並べ立てていたが、ヴィンセントに気付いて目を見開く。
「教授はお構いになるのでは?」
「ヴィ……ヴィンセント・“メイガス”・ウォルフぅ!」
「今朝も散々やり合っただろ、勘弁してくれクラーク教頭……!」
「初めまして新入生くん。担任の先生同士が
少し距離を取った先から老人の元気な怒鳴り声と、中年のやり過ごそうとする声が聞こえてくる。シェン・ユゥと名乗った少女は意にも介さず、次いで自らの左右の青年達を指した。
「右の大きい方がカルコスさんで、左のぼんやりしている方はセブンティーンくん。二人ともお話しが苦手だから、根気よく付き合って欲しいな」
「お……俺は……」
ウェスパーは思わずたじろいで、隣席の少女をチラリと見た。彼は死者の街で育った
「俺は、ウェスパー・ユヒト。それから、こっちがベラ……おいお前、挨拶くらいしろよ」
しかしベラは全く平然と、黙ったままサンドイッチに手を付けていた。緊張は全く見えない為、ただ単純なフルシカトらしい。
とはいえ無いものとして扱うのも躊躇われるのだ。果たして肩を揺さぶられたベラは、素直にそれに従った。
「こんにちは」
「こんにちは。……驚いた、この子ってちゃんと話せるんだ」
一方で挨拶を返したはずのシェン・ユゥは、そう言って目を丸くすると。
「てっきり教授の
やわらかな威圧感。観察するかのような眼差し。加えて自らに向けられた奇妙な形容に、しかしベラは黙ったままだ。
いつの間にか伸ばされた手が、ベラの頬を掠めかけ……
「シェン・ユゥ」
正面に座る錆色の髪の青年カルコスが、初対面のウェスパーにも分かるような、明確に困った声で言った。彼は積荷の山を持ち上げる剛腕をそっと同級生の細腕に添えている。
「あまり後輩を脅かすな」
「……そうだね。この子も後輩だものね」
軽い調子のまま、しかし手だけはすぐには引かれなかった。ベラも動かない。数拍の間があって、ようやくシェン・ユゥは椅子に座り直す。
「サンドイッチ、美味しい?」
「おい
何事もなかったかのように交わされたそのやりとりに、ウェスパーだけがまだ僅かに身を強張らせていた。
わからない……女の子の会話って難しい。彼はがっくりと脱力した。多分問題はそこではないが、それを教えてくれる人もいなかった。
「まだ『法と規則』の講義はないだろうけど、クラーク教頭の前では良い子にしていたほうが良いね。あの人は私たちの担任だけど、本ッ当に厳しいから」
和やかな昼食の間で、不自然なやりとりは最初の数節だけだった。シェン・ユゥは極めて親切な先輩であり、想定される講義に必要な準備と対策を丁寧に教えてくれる。
彼女は寡黙なカルコスの言葉を補足し、ぼんやり虚空を眺めるセブンティーンの世話を焼いてやり、ウェスパーやベラの言葉を楽しそうに聞いていた。
「ヴィンセント先生とはすごく仲が悪いんだ。と言っても教頭が一方的に突っかかっているんだけど」
「クラーク……母さんから聞いたことがある名前だ」
「ああ、お母さんもリベディマキナに居たんだっけ。『自分の受け持ち生徒が学校から飛び出した』って、教頭はすごく根に持ってるみたいで……」
「『学も修めてない半端者』」
ベラがいつかのキラーワードを吐いた。
「って、あの人が言ってた」
指差された先に件の教頭が居る。
「ふーん」
ウェスパーは平静を装った声で呟くと、傍らのヘルハウンドに指示を出した。
「アレ、おもちゃにしていいぞ」
「こらこらこら!落ち着いてってウェスパー君!」
自分たちの
シェン・ユゥが慌てた様子で少年を宥め、セブンティーンとベラは呑気に顔を見合わせている。
「もうアイツら仲良くなったんだなぁ」などと呑気に思ったヴィンセントは、カルコスのディフェンスを突破したヘルハウンドへの反応が遅れ。
「ぐわぁーッ!!!」
「教頭ぉーッ!!?」
クラークが犬に尻を噛まれる光景を、眼前で拝む羽目になったのであった。
今日も今日とて残業である。クラーク教頭が医務室へ運ばれる勇姿を平謝りで見送ったのち、最上級生に今日の自習内容を指示。
始末書を書きつつウェスパーへの説教と、ようやく始められた第一回目のカリキュラム。
ヴィンセントが全ての後始末を終え、地上階へ向かった頃には、折角の解放日が終わりかけた時間だった。
ギガントマグナの頂上は1500mの標高がある。満天の星空の下、肌を刺す空気は冷え切っており、久方ぶりの煙草の味はよりしみじみと感じられた。
彼が立つのは巨大な蓋の端。それは叡智の怪物がぽっかり開けた貪欲な口であり、或いは罪人を閉じ込める檻そのものなのだ。
感傷に浸るヴィンセントに近付いてくる人影があった。一つ、二つでは数え切れない。実に一個小隊程の集団が佇む彼を四方から包囲している。
「……ヴィンセント・“メイガス”・ウォルフ教授」
「あーはいはい。ったく……今日一日で何度その名で呼ばれるんだろうな、俺は」
ヴィンセントが煙草を離し、呆れ混じりに溜息を吐くと同時。現れた人影を牽制するように業火が彼らを遮った。
彼の革靴から伸びるように、ごうと燃え上がった灼熱が怯んだ集団を鮮明に照らす。黒い軍服、揃いの軍帽、何より規格化された火器の装備が彼らの所属を明らかにする。
7本の剣が重なり合った幾何学的な模様は、西の帝国ミルトンのエンブレム。
「皇帝直下の特務隊が毎度ご丁寧にお迎えどうも。ああ、前置きは要らねぇぞ。で?今度はどんな条件を持ってきて頂けたんだ?」
特務隊の隊長らしき男が一歩前に出る。仮面のような無表情の下、男の声は軍人として極めて慇懃なものだった。
「……陛下より言付けを預かっている。前回の
「最初は『研究資金の提供』。次が『特別研究員としての地位』。その次が『機工技術の独占的な使用権』だったか。陛下のご厚情痛みいるね。俺にゃ勿体ないほどだ……」
「加えて」
へらへら笑うヴィンセントを牽制するように、男が鋭く提示する。
「【大書庫】リベディマキナへの無制限の恒久的な財政支援。並びに帝国科学院『賢者』の座を約束するとも、あの方は仰せになっている」
「……そりゃ随分な無理を通す気なんだな。帝国科学院の“メイガス”は貴族が独占してる地位だろう。俺のような孤児上がりなんざ」
「陛下は登用の上で、何よりも能力を重視しておられる。あの方が望まれるのは完全な実力主義だ」
知っている。知っているとも。かつて【大書庫】の生徒であり、ヴィンセントの後輩でもあった帝国の第三皇子は、当時から人材コレクターのきらいがあった。
そんな彼が異母兄達を下し、皇帝の座に付いた今日。長年停滞していた国家間の勢力バランスは、勢いを増した彼の国によって破られようとしている。
「陛下は貴殿との旧誼を今なお大切に思っておられる。故にこそ、これほどまでに配慮を重ねておいでだ」
「配慮ねぇ。んな事言って、肝心の"要求"の方は変わってねぇんだろ」
「ええ」
隊長は一拍置いてから、抑揚のない声で告げた。
「正統な
「断る。【大書庫】も
「……陛下の忠実な臣下として。あの方のご厚情が必ず報われる時が来ると私は堅く信じております」
無機質なばかりの軍人の声が、その時初めて惜しそうに揺れる。
「ですが教授、もはや猶予は残されていないことをよく覚えていて頂きたい」
彼は最後にそう言い残すと、部下たちを率いて踵を返した。夜闇に紛れる黒い軍服が瞬く間に見えなくなる。
ヴィンセントは燃え尽きかけた煙草を指先で弄びながら、しばらくそこに立ち尽くしていた。
プロットだと1.5話ほど遅れてるんですよね
もうこれ駄目かもしれんな