退魔の一族に転生した社畜、何が何でも定時退社したい 作:シャチテン
――その夜、父上は俺に視線を合わせてこういった。
「ユキト、お前はこの
もう日付も変わり、時刻は丑三つ時。
玄関のほうがうるさくて寝ぼけ眼で起きてきた俺に、父上は覚悟を決めた顔で語りかけるのだ。
「これから先、多くの困難がお前を待ち受けているかも知れない。しかしその度に、お前が栄えある退魔師一族の一人であることを思い出し、宍戸の誇りを胸に前へ進むのだ」
ただならぬ雰囲気であることは、当時幼かった俺にも――転生者だから――感じ取れた。
父上はこれから戦場に赴くのだろう、と。
「では、行って参る――」
そうして、父上は家を出た。
母にも一頻り声をかけ、不安そうな母に笑みを向けて。
そんな父上をみて、俺は思ったのだ。
――あ、退魔師ブラック労働すぎる、俺の将来がヤバいぞ。
……と。
正確に言うと、それから数日家に戻らず、帰ってきたと思ったら憔悴しきった様子の父を見て。
そう、強く思うのだった。
◯
俺の前世は、ブラック企業の社畜だった。
死因は過労か、それとも過労による事故死か。
正直あまり覚えていないが、どちらにせよ俺の人生はブラック労働によって破壊されたのだ。
来世があったら、どうか平穏で気ままな人生を送りたい。
そんな願いは――転生先が退魔師一族に生まれたことで木っ端微塵に破壊された。
最初のうちはよかったのだ。
前世では創作の中にしかなかった特別な退魔の力。
それを使って、転生チートで無双するのだ、とか。
そんなことを無邪気に考えていたものだ。
だが、実態は最悪と言って良いものだった。
敵対する妖魔は、夜に出るのが当たり前。
深夜の急な呼び出しは、結果として必然。
更には最悪、殉職すらあり得る過酷な環境。
あまりにも不条理でブラックな世界が、そこにはあった。
急な呼び出しだけで、普段の業務がホワイトならともかく父は朝早く出かけて夜遅くに疲れた様子で帰ってくることが多い。
これでは、ホワイト待遇なんてとてもじゃないが期待できないだろう。
故に決めたのだ、俺はこのブラック環境を改善する!
そのためにはまず――退魔師としての修行だ。
この時、宍戸ユキト齢五歳。
退魔師としては、まぁ遅くはない部類なんじゃないだろうか。
「まず、退魔の基本は魔を祓うこと。そのためには自身のうちに眠る霊力を高め、退魔の術を行使しなくてはならない……か。ゲームみたいで楽しそうだな」
その日、俺は家の書庫に入り込んでいた。
母からは許可を貰っていて、「いよいよユキトもそういうことに興味を持つ年齢になったのね」とのこと。
教えてもらった本棚には、おそらく子供向けだろう絵本が色々と入っていたが、俺の目的は退魔の教本だ。
俺は背表紙から適当に「退魔のいろは」という如何にも初心者向けっぽい教材を選び、読み込んでいた。
「俺が将来的にブラック労働をしないためとはいえ、ゲームみたいな力を実際に使えるっていうのはオタクとして興奮するぞ。ええとまずは……霊力の総量を図ろう」
ぺらぺらと、教本を読み進めていく。
霊力を高めるためには、霊力の総量がわからないことには始まらないだろう。
何よりオタクとしては自分の才能がどれくらいのものか、図ってみたくて仕方がない。
この明らかに初心者向けな教本に図り方が乗っていれば、俺が試しても問題ないはずだ。
「……あった。自身の胸に手を当てて、大地とのつながりを意識する。ああはいはい、要するにイメージが大事ってよくあるやつだろ? まかせとけって、オタクはそういうの得意なんだから」
創作でも、イメージが正確であればあるほど効果が高まるというのはよくあるやつだ。
オタクは創作で想像力を養っているから、そういうイメージ力が求められる分野で無双できるって。
転生モノみたいなやつだと、定番だよな?
「よし、やりますか」
というわけで、胸に手を当てて意識を集中する。
大地ってことは地面だろう、足元から何かが湧き上がるイメージでいいのではないか。
ここは屋内だから失敗するかも知れないが、そうしたら外に出て裸足でやってみるのもいいかもしれない。
それから、俺は総量を測定する方法にかかれていた内容を思い出す。
「大地には霊脈と呼ばれる霊力の流れがあり、そこから力を”汲み取る”ことで退魔師は退魔の術を行使する。霊脈ってのは創作だとよく聞くよな、聖杯戦争で大事なやつ」
この世界だと、運命の夜があーだこーだな物語は存在するのだろうか。
まぁそんな益対のないことを考えつつ、足元に意識を集中すると――何かが湧き上がってくるのを感じる。
前世では感じたことのない感覚だ。
「お、おお……おおおお!」
すごい、俺は非科学的な異能パワーをその身に宿している!
前世の頃にはアレだけ竜破斬を詠唱しても、何も起きなかったのに。
今ここで、俺は確かに普通ではない力を操っているのだ……!
「……けど、なんかこう……全身に漲る感じがしないな?」
退魔師であれば、こうすることで霊力を汲み上げることができる。
そして、その汲み上げられた量が霊力の総量だという。
だってのに、俺の霊力はだいたい腹のあたりに届くかどうか。
ちょうど、体の半分あたりで止まっている。
それって……つまり……
「――俺には才能がない……って、コト!?」
しかも完全な無才ではなく、凡人程度の普通としか言えない才能。
まだ完全に無いって言われたほうが、他の人間にはない特殊な才能を期待できるのに。
凡才……? 転生者なのに……?
「――――まずい。まずいまずいまずい。俺に才能がないってことは、社畜確定の未来しかないってことだぞ!」
あの日の父上の姿を思い出す。
悲壮の覚悟で出かけていったのに、戦力にならないからと事務仕事に回された父上。
結果として、前線に出た人間は戦いが終わればそれでおしまいなのに、何もしてないからって任された戦後の処理で戦闘もしていないのに死にかけた父上。
あんな煤けた父上みたいに、俺はなってしまうのか……?
普段から帰りが遅く、疲れた様子で帰って来る父上みたいになってしまうのか?
「――嫌だ。そんなのは嫌だ」
俺は、あんなふうにはなりたくない。
いや、今のは伝聞なんだけど、俺も社畜だったから想像がついてしまうのだ。
「そもそも、強くなったってブラックには変わりない。俺の仕事を減らすためには――俺が
心に決める。
俺は――
「俺は――最強になる」
そうだ、俺が最強になって、全て瞬殺で解決できるようになればそれで解決するのだ。
そうすれば俺が知らないところで起きた案件で、深夜に叩き起こされることもない。
うん、これしかない。
だったらまずは――
鍛錬は、おそらく今の俺だと両親が許してくれないだろう。
ならば鍛錬が許されるまでに、知識を蓄える。
そうと決まれば、早速この教本から読破するぞ。
決意を新たに、俺は改めて「退魔のいろは」を読み耽るのだった。
◯
――宍戸ユキトの前世はブラック企業の社畜だった。
他人に任せた結果、チェックや直しなどで余計に自分の仕事が増えた経験から、仕事を一人で抱えるようになり。
最後はキャパシティから溢れた仕事に忙殺されながら、その人生を終えた。
上司はパワハラ、同僚はいない、後輩はすぐ逃げる。
そんな環境で揉まれた結果、彼は一種の洗脳状態に陥っていたのだ。
確かに退魔師の家業は過酷だ。
深夜の呼び出しや殉職は当たり前、更には古い歴史を持つがゆえの柵も多い。
ただ、それはそれとしてユキトが想像するような超絶ブラック案件は、数年に一度あれば良い方だ。
深夜の呼び出しはそれなりにあるが、余りにも連続するようであれば別の退魔師に変わってもらうこともできる。
休みだって取れるし、そもそも辞めることだって普通にできる。
特に宍戸家は木っ端としか言いようのない大したことのない家系なので、ユキトが退魔師を辞めると言い出しても誰からも止められることはないだろう。
更に殉職に関しても、最近は色々と倫理観が現代にアップデートされ、死人が出ないよう様々な退魔の術が考案されている。
要するに、福利厚生自体はそこそこしっかりしていた。
ただどうしても仕事の形態上発生する修羅場が、通常のブラック企業の過酷さよりも上に見えるというだけで。
それをユキトは、洗脳によって築かれた社畜精神によってデフォルトだと勘違いしたのだ。
父親の帰りが――彼特有のとある事情で――遅いのも問題だった。
本来であれば、退魔師の知識に触れるのはもっと成長してからだ。
だが、ユキトは急がねばならないと決意してしまった。
結果、彼の行動は常軌を逸し、異様とすら言える域に突入してしまう。
家族がそのことに気付いた時には、ユキトは既に書庫の書物を
「父上、一つお願いがあります」
「なんだ?」
「――退魔に関する本が、もっと読める場所はないでしょうか」
そうやって、本人としては努めて子供らしいお願いをしているつもりのユキトの笑顔を、父親は見た。
その時背筋に走ったゾクリとした嫌な感覚を、父親は生涯忘れられなかったという。
後にユキトがやったことを考えれば、きっとこれが、始まりだったのだろう――と。
これは、退魔師の世界に生まれた社畜が、間違った認識で全てを粉々に叩き壊していく物語。
無論それらはいい方向に世界を改善していくのだが、見ている側のストレスは、その限りではないのだ――