退魔の一族に転生した社畜、何が何でも定時退社したい   作:シャチテン

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二 退魔寮図書室の妖怪

 俺は現在、退魔師が仕事をする施設「退魔寮」に来ていた。

 日本各地に存在する支部の一つで、ここには退魔師に関する様々な資料が眠っている。

 そんな資料の倉庫、図書室にお邪魔するために。

 

 前世、人の一生を社会に出るまで生き抜いた結果、最も大事なものは予習であると解った。

 社会に出る上で、学校は社会人の予習の仕方を教えてくれない。

 それだけでなく、上司というのは「自分で考えて動け」と「どうして聞かなかった」の二つの性質を併せ持つ。

 これを克服するには、事前に自分で勉強をしたり、上司の機嫌がいい時を狙って予め質問しておく必要がある。

 常に上司の脳内を先回りして予測し、向こうの求める答えを用意しておくのだ。

 なお、前世における正答率は二割である。

 どれだけ予測しておいても、その時の上司の機嫌次第で言っていることがコロコロ変わるからだ。

 

 なにはともあれ、俺は退魔師としての修行が始まる前に、一通り退魔師としての知識を仕入れておきたい。

 三流退魔師である宍戸一族の書庫には、基本的な退魔に纏わる本しか存在しなかった。

 それらを全て、一年かけて読破した俺には、より専門的な書物が必要だ。

 幸いにも、俺の退魔寮へ行きたいという願いは比較的簡単に叶えられた。

 というのも、退魔寮は退魔の一族という身内で固められた組織だ。

 「退魔寮に行ってみたい」というお子さんを連れてきて、顔合わせをさせることは珍しくないらしい。

 両親がどちらも退魔師で、使用人を雇う余裕のない退魔師が子どもを退魔寮に預けている側面も在るみたいだな。

 なので今も退魔寮の庭では、そんな子どもたちが遊び回っている。

 俺もその中に加われば良いのだが、目的は図書室なので残念ながらそれはできない。

 後まぁ、宍戸家は本当に退魔師としては下層に位置する家系みたいで、外で遊んでいる子どもたちが相手をしてくれなかったのもある。

 将来が心配になる立ち位置だなぁ。

 

「とはいえ、図書室にこもっても何も言われないのはむしろありがたいくらいだ」

 

 人の居ない図書室で、本を広げながら俺はうんうんと一人頷いていた。

 現在俺は、これまでに解ったことを非常にざっくりと纏めている。

 まず、退魔師という一族は今から千年前に全国各地に点在していた退魔に関わる存在を「退魔寮」として一つに纏めたことが始まり。

 退魔師は妖魔と呼ばれる存在と日夜、社会の裏側で戦っている。

 妖魔はざっくり「人を害する超常存在」をそう呼ぶ。

 妖魔の強さは等級分けされており、中でも最も強力なのが――

 

「――特級妖魔。伝承に残る大妖怪”酒呑童子”や”ぬらりひょん”はコレに分類される、と。こいつらが俺の倒すべき()だ」

 

 退魔師として社畜にならないためには、どんな敵も瞬殺できる最強にならないとだめだ。

 何せそもそも退魔師にとって、妖魔と戦うという自体そのものがブラック労働にほかならないのだから。

 なぜなら現在俺は退魔寮にいて、父上をはじめとした多くの退魔師が仕事をしているが――今の時刻は昼。

 

「つまりもし仮に、ここから妖魔が発生した場合。平気で昼の仕事が終わった後に、夜の仕事で徹夜させられることになる。……そんなのごめんだ」

 

 一応、戦闘要員の退魔師と事務要員の退魔師は分けられているという。

 しかし事務要員の退魔師も、もしものときは戦場に駆り出されるのは一年前の父上が証明している。

 だったら俺のするべきことは――

 

 

「――ユキトくん? 今日も図書室にいるんだね」

 

 

 ふと、その時。

 一人の女性に声をかけられた。

 俺がいつもお世話になっている退魔寮の事務員で、名前は――

 

狐金谷(こがねや)さん、こんにちは」

「こんにちは。あまりムリをしちゃだめだよ」

 

 狐金谷つねひさん。

 キレイな白髪と()()と、和服っぽい事務員の制服が特徴の女性。

 いわゆる”半妖”に属する人種の人だけど、こういう人が普通に退魔師をしているのはこの世界の特徴の一つだろうな。

 人類の敵である妖魔を「人に害する超常存在」だとさっき言ったけど、中には人を害さない妖魔もいる。

 そういう存在は身内に取り込んで”退魔の一族”にしてしまうのがこの世界のやり方だそうな。

 まぁ、面倒なので退魔の一族に組み込まれた妖魔も妖魔と呼ぶのが通例らしいけど。

 聞く所によると、上位の退魔師の家系は”神”の血を引いているらしい。

 むしろ純人間の宍戸家の方が珍しい部類にはいるんだとか。

 

「ムリはしてませんよ。こうやって本を読むのは楽しいですし、勉強になります」

「またそうやって……まだ六歳なのにこれだけしっかりしてるのはすごいけど、あんまり根を詰めすぎちゃいけません」

 

 楽しい、というのは嘘ではない。

 将来の社畜生活撲滅のためにやっていることとはいえ、勉強自体はゲームの攻略法を考える時みたいな楽しさが在る。

 やはりこういう、特別な異能をどうやって扱うか妄想に耽るのはオタクの性なのだ。

 

「それに、今はまだまだ勉強の身で、俺の目標には全然届いてませんから」

「――――っ」

 

 そういえば、退魔寮につれてこられる子どもたちは、俺を雑魚一族の子どもだと相手にしてくれないが、事務員さんたちは結構相手をしてくれる。

 まぁぶっちゃけ支部で事務をしている人たちの家系も、そこまで格が高くないというのはあるのだろうけど。

 少なくともこの支部の人たちは、前世のクソ上司とはかけ離れたいい人達なのだろう。

 その点では、将来がブラック労働確定の人生でも、多少は不安も拭えるというものだ。

 

 

 ◯

 

 

 ――ここ最近、退魔寮へやってくる子どもの達の中に、やばい子どもがいる。

 そんな噂が、ある時から退魔寮の小さな支部で広まっていた。

 やばい? 才能があるとか、問題が多いとかではなく、やばい?

 そんな疑問を多くの事務員が抱く中、実際にやってきた彼――宍戸ユキトは、やばかった。

 

 まず、そもそも宍戸家が退魔師としては落ちこぼれもいいところの家系で、立場の近い事務員からはともかく、戦闘部隊の退魔師やその子どもからは侮蔑される立場に在る。

 それでも構わず、宍戸の当主がユキトを退魔寮につれてきたのは、本人たっての希望とのこと。

 目的は――図書室。

 図書室? と、誰もが最初は思った。

 子供向けの退魔師に関する本なら、大抵の退魔師一族の書庫にある。

 ここにあるのはもっと専門的な――資料と表現するのが最適な本ばかり。

 そんな本を、六歳の子どもが?

 誰もが疑問に思う中、ユキトは一心不乱に本を読みふけった。

 朝早く、父親とともに退魔寮に来たかと思うと、図書室にこもっては読書に勤しむ。

 同年代の子どもと遊ぶこともせず――遊びの輪に入れてもらえないという問題はともかく――ただただ本の虫となっているのだ。

 六歳の子どもが、あんな難しい本を読めるのか? そんな疑問は、ユキトと話をすると吹き飛んでしまう。

 なにせ六歳の子どもとは思えない、ハキハキとした喋りっぷり。

 大人の社会人かなにかと勘違いしてしまいそうなユキトの姿を見れば、彼が図書室の本を所望するのもなんとなくわからなくはないと思えてしまう。

 

 それくらい、ユキトはやばかった。

 多くの退魔師が「これで宍戸家の人間でなければ――」と思ってしまうくらいには。

 知恵があるのだろう、しかし宍戸の人間ではそれは活かせまい。

 なぜなら退魔師としての絶対的な才能、霊力がまず足りない。

 実際にユキトの才能がどれほどかは、今のところ誰も総量を測っていないのでわからないが、平凡の域を超えることはないはずだ。

 だが、何よりの問題は――家格。

 落ちこぼれの中の落ちこぼれである宍戸家に生まれてしまっては、どれほど優秀でも冷遇され、父の跡しか継げないだろう。

 だから、多くの事務員は――父である宍戸の当主を除いて――ユキトはやばいけど惜しい、という感情を抱いていたのだ。

 ゆえにこそ、彼等はユキトに優しかったのだ。

 

 ――だが、狐金谷は違った。

 彼女はもともと、図書室の整理を担当することが多い事務員だ。

 そんな彼女は、ある時ユキトの独り言をうっかり聞いてしまったことが在る。

 

「――足りない」

 

 ユキトは、膨大に積み上がった書物を読みふけりながら、ぽつりとそうこぼした。

 一体何が足りないのか? 物陰から耳を立ててしまった狐金谷は、続く言葉に絶句する。

 

 

「特級妖魔を屠るには、あまりに全てが足りてない」

 

 

 特級妖魔を、屠る。

 ――特級妖魔を?

 特級妖魔といえば()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()ヤバい連中だ。

 普通、退魔師が相手をするのはその一個下、一級妖魔と呼ばれる存在。

 一年ほど前に現れたのも、一級妖魔だった。

 特級妖魔なんて伝説の存在、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは単純に、ユキトが家にあった初心者向けの教材と、今の自分でも理解できる簡単な教材しか読んでいないからこそ起きる勘違いなのだが。

 少なくとも、孤金谷にそれを理解するすべはない。

 しかも、それだけではないのだ。

 孤金谷は、よせばいいのにそんなことをブツブツ呟くユキトの顔を、覗き込んでしまった。

 

 

 そこには、余りにも悲壮な顔で本を読み耽るユキトの姿があった。

 

 

 それは一言で言えば「過労死間際の社畜」の顔なのだが、死を前にしたという意味では悲壮さの度合いは死地に向かう退魔師と変わらない。

 ユキトは本気だ。

 一体どうして、そこまでして特級妖魔の討伐に執着するのかは、孤金谷には一切わからない。

 しかし間違いなく――ユキトはそれを成すために行動するだろう。

 

 

 はっきりいって孤金谷は――()()()()していた。

 

 

 特級妖魔が歴史の存在になってから久しく、何よりユキトが特級妖魔に執着する理由は復讐ではないだろう。

 何せ彼の知り合いで、妖魔相手に殉職した人間はいないはずなのだから。

 つまり孤金谷はユキトのその執着を、生のドラマのように受け取ったのだ。

 うだつの上がらない退魔師支部に現れた、やばい子ども。

 そんな子どもが、一体何をこれから成すのか。

 孤金谷はそれを見守ると、心に決めた。

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