11781.819 キロメートル
地べたを這いずっていると、いらないものが見えてくる。自分の血に群がる獣、虫。私や獣をどこ吹く風と無視して食材を集める虫。百足を養分にして治すことにも時間はかかる。人型時に食らった傷は、それが1センチであろうと2センチであろうと、本来の私の大きさなら二メートルにも三メートルにもなる。剣の形からして、…わかんない。そんなものが切り傷ではなく刺し傷として存在している。かなりの深傷だ。私としても、ここまで手痛い一撃は鬼でしか経験したことがない。
「人間なんて…っ」
信じるべきではない。後悔が積もる。しかし何もかもは後の祭り、私ではどうも出来ない。百足に姿を変え、私の腹の中で一番大きい百足を吐き出し、また人に戻る。基本傷の対処は担当する区域で決まっているが、大きさ順に序列が存在するため、上から五番目までに担当区域はない。担当区域は私の体の節で決めている。吐き出した百足に私を飲み込ませ、ご主人の場所へ向かうように指示。いなかったらどうしよう?…命蓮寺の方がいいかな。あそこなら…ダメだ寅丸が人を治す術なんて持ってるわけがない。無理か…
「念の為数体余分に」
そう思って吐き出そうとした時、気を失った。次に目が覚めた時は真っ暗。あれ、なんだここ。お腹の鈍い痛みをなんとか抑えながら百足に口を開かせる。外に出て周りを見てみると、そこはなんと仙界。こいつめ、いつのまにか仙界に入る術を…かわゆい百足だ。大きさに大差はないが、個体ごとにできることは違う。こいつは今まで野蛮なことしかできなかったはずなんだけどなぁ。
「足月…?足月ですか!?」
「…ご主人!」
「どこに行っていたのですか!三週間も!!」
「えっ」
さすがは聖徳太子、私に三週間も寝込ませるとは。しかしそうは言ってもお腹に穴は空いているため治療は早めに。以前、食後の運動として喧嘩した時のお酒をお腹に直接かけて消毒。遅いよ。そのままお酒をがぶ飲みさせられた。飲み干して、ご主人に抱き寄せられる。柔肌、首元に付く胸の食感、鼻に入るご主人の匂い。自然と力が抜け、痛みが治ることだけを自覚する時間が流れた。傷が治れば腕は放された。私は今自分が何をされたのか頭の中で早急な書き起こしと美化を行なっているためショート寸前だ。
「…貴女を追い出した日から見なくなったと聞いて、焦ったんです」
「あ、ごめんなさい」
「貴女の部下である百足が来ても手紙はないし…本当に何かあったんじゃないかって…」
「うわ!?…生きてたー!」
「茨木童子だ!」
「良かったな『私』!涙で眠れぬ夜を過ごすことはなくなったぞ!」
「ご主人!?」
「…本当に、心配で」
嬉しい。とても。私はショートの原因を消し去り、今のご主人達と対面する。死にかければご主人に抱いてもらえる。抱き寄せてもらえる。それなら、今後…いや、ダメだ。ご主人に迷惑をかける。いらない心労をかけさせることになる。茨木童子を膝下で撫でながらそんなことを考える。私を飲み込んでいた百足には寅丸宛の手紙を書き、届けに行かせる。ちゃんと帰ってくるんだよ。なるべく住職さんにバレないようにね。ご主人へ振り返ると、膝あたりを優しく叩いていた。おいこら茨木童子お前の場所じゃないから。
「たまには、甘えても良いですよ」
「本当!?」
「たまに!ですからね。」
「…一緒!ご主人、私、ご主人と一緒にいたい」
「一緒にいますが?」
「茨木童子ぃ!」
「私に当たるな。ああ見えて…いや、当然なことだが『私』は恋愛関係ゼロだからな」
「なっ」
「ひゃー!」
「破ぁっ!!」
「ぐぎゃっ」
…まあ、自業自得って奴だとは思う。私は悪くないからね。ご主人の膝に顔を乗せたまま、私にとって有意義な時間を過ごす。思えば、こんなことは最初の頃しかやってもらっていない。思えばあの時からだ。ご主人のを好きになったのは、確かその頃。私が眠い目を擦りながら鬼にボコられ山の妖怪たちからは裏切りに近い何かを食らった後のとき。久しぶりに昔を堪能できた。もう後は抱きしめてアイラブユーって言うだけだ。僕が。
「…足月。貴女は望まれればなんでもやる人です。だから、こんなことになる。」
「お説教?」
「はい。貴女には傷ついてほしくないと考えてる者は少なくではありますが、存在します。どうか、どうか傷付かないでください。」
「…!」
私にとってそれは、告白の同義語であった。茨木童子は途中までウンウンと頷いたが、途中ウン?と首を何度か傾げていたが。本人同士でもやはり理解できない部分があるんだね。まあ私は部下のせいで一週間死にかけたんだけどね。オラでかいんだから喋れるようになれや。無理?そう…そうなんだ。そういや私もでかいだけで喋れなかった時あったな…ごめんね。それはそれとしてお前さっさと口の中に入れ。飲み込んだ所をご主人に見られて引かれる。その視線が悲しい。でもそんな視線を放つご主人が好き。
「でも私、元から口の形これですよ」
「百足の口を見せないでください」
「おー、感触おもしろ」
「ぎぢぎぢゃ」
「噛まれた!」
「…そうだ、貴女にそのような傷をつけた者の名前は?」
「えっ」
「いえ、単純な興味ですよ。ねえ、私の腕もそう思うでしょう」
「だなぁ。『私』は別として、私自身は興味がある。私より強い足月に刺し傷つけたんだからな!」
華扇「ペットに手を出されて黙っているほど出来た仙人ではないのです」
霊夢「なるほど」