世界最強の“元・サボり魔”は、まず起き上がるところから始まった。   作:クソプライベート

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世界最強の“伝説の兵士”は、まず起き上がるところから始まった。

集合ラッパが三回鳴っても、ジョンは起きなかった。

異常は静かに始まる。彼は毛布の中で、枕の下のメモ帳だけを手探りで引き寄せる。表紙には鉛筆で「怠惰の教範」とある。缶のプルタブが綴じ具代わりだ。

 

1ページ目。

・全力は最後の3%だけ使う

・“作業中”の道具は万能な身分証

・壊れているフリは、動かない理由になる

 

「スネーク!……いや、ジョン! 点呼だ!」

「……はい、後で」

ベッド下からほうきを引っ張り出し、肩に担いで廊下へ出る。

「清掃に回されてます」

眠そうな返答に、教官は半ば呆れ、半ば諦めて通す。使えない男は、なぜか見つからない。

 

 

ジョンが「怠惰の教範」を作り始めたきっかけは、在日部隊との共同訓練だった。喫煙所で自衛隊の陸曹が笑いながら言ったのだ。

「要領よくサボる陸士のことを、こっちじゃ“クソ陸士”って言うんだ」

なるほど、とジョンは思った。最小の動きで最大の“やってる感”を出す技術。それは、過剰な命令の洪水から身を守る術にも見えた。

 

帰隊後、彼は見聞きした小技を手帳に写し、軍務の隙間で試した。掃除機を担いで通れば、誰も怪しまない。工具箱を片手に歩けば、立入禁止の線がゆるむ。怠惰が擬態を生み、擬態が不可視をつくる。

 

 

「君、サボりの達人らしいな」

英国訛りの男——ゼロ少佐が笑った。

「効率です」

「どちらでもいい。必要なときだけ現れる。FOXには、その“最低限の天才”が要る」

彼は白い布片を机上に置いた。隅に草の汁が滲み、かすかに青い匂いがする。

「彼女の訓練で使う包帯だ。ザ・ボス。君の師になる人だよ」

 

その名を聞いたとき、ジョンは姿勢を正した。怠け者の背骨にも、敬意だけはまっすぐ通る。

 

ザ・ボスの訓練は静かで苛烈だった。

「生き延びるとは、余計を削ること」

彼女はそう言って、白い包帯をジョンの手に巻いた。

「必要なときだけ締める。必要なとき以外は、力を抜く」

ジョンは頷き、包帯の端をプルタブで留めてみせた。

「ズボラだが、理にかなってる」

彼女は笑った。

 

 

やがて任務の日が来る。

「ジョン。コードネームはネイキッド・スネーク」とゼロ。

「……服装のことですか」

「意味は任務で学べ。目的は一つ——亡命したザ・ボスの排除」

 

胃の底がひやりとする。

ジョンは手帳を開き、2ページ目に書き足す。

・やる気は貸し出し制(必要時のみ払い出す)

・罪悪感は折りたたんで胸ポケットへ

口癖が漏れる。「……まぁ、なんとか、なるっしょ」

 

 

密林の空気は重かった。スネークは動かない時間を増やした。昼は葉陰で体温を落とし、夕刻の一時間だけ移動する。

「なぜ進まん」無線が鳴る。

「暑いと足跡が増えるので」

怠慢の理屈は、結果として痕跡の希薄化に寄与した。交代直後の緩みだけを抜くルート設計は、“最小努力”思考の副産物だ。

 

銃のラッチが緩むたび、ポケットからプルタブが出てくる。破れたポンチョはモップ糸で縫い、靴紐は金具で噛ませた。

「本気で戦う気あるのか」

「あります。必要な分だけ」

 

 

風が白い匂いを連れてきた。花が一面に咲く草原。そこに彼女がいる。

「来たのね、ネイキッド・スネーク」

「来ました、ボス」

 

彼は時間を稼ぐように、手首の包帯をきゅっと締める。あの日の教え。必要なときだけ締める。今がその時だ。

「命令は時に嘘をつく」彼女の声は静かだ。「けれど、私が君の前に敵として立つのは本当」

「……了解」

怠惰は、決断の邪魔をしない。ただ余計な震えを捨てる助けをする。

 

短い撃ち合い。二人は倒れ、立つ。最後にスネークの銃がまたわずかに緩む。

彼はプルタブを差し込み、指でねじる。あの手癖のまま、銃口を戻す。

「誰に習った?」

「あなたに。……最小で、生き延びることを」

 

白い花がそよぎ、引き金の音は匂いに紛れた。

 

 

報告書は事務的だった。任務は完了。

彼は後に**ビッグボス(ジョン)**と呼ばれるようになる。だが机の引き出しの最上段には、相変わらず「怠惰の教範」がある。表紙の内側、白い包帯をそっと挟み直し、最後のページに小さく記す。

 

——全力で生きるのが下手だった。だから、最小で死なない術を磨いた。

命令と真実の隙間で、それだけが、あなたに届く唯一のやる気だった。

 

窓の隙間から風が入る。白い花の匂いが、かすかに。

「……まぁ、なんとか、なるっしょ」

その口癖は今、静かな誓いに変わっていた。

 

(了)

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