鈍い地響きと共に、青白い空間が広がっていく。
その波はやがて、よく見知ったあの場所を形成する。
「美しいだろう、この場所は。」
「これが、古代魔術の力……」
「ここは、かつてホグワーツの地下に存在した『地図の間』と言われていた部屋、の再現だ。」
地図の間。
それはかつて自分とフィグ先生が何度も訪れることとなり、一種の拠点のように使っていた部屋だ。
名前の通り、足元にはホグワーツ周辺の巨大な地図が存在する。
また、部屋の正面には古代魔術の守護者の面々が肖像画として飾られており、自分がランロクを追い、いち早く古代魔術の技術を身に着けるために彼らから試練を課された場所でもある。
もちろん、これはただの再現であるため肖像画の中に彼らは居ないが、それでは寂しいので代わりに『ペンシーブの守護者』──古代魔術によって創られた巨大な騎士──を入れてそれぞれのポーズを取らせている。
コイツには散々苦しめられたが、見た目は凄く気に入っているのだ。
「ここは広いからな、暴れ回るには丁度良い。」
「この場所もそうじゃが、どうやら凄まじい力のようじゃの。古代魔術というのは。」
アルバスは噛み締めるようにして言う。
もうそろそろ、お喋りは十分だろう。
「さて、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。決闘を──
──いや、あの日の続きをしよう。」
両手に、それぞれ杖を握る。
「エクスペリアームスッ!」「!!」
赤い閃光が繋がる。
それは周囲へ赤い稲妻を走らせ、周辺の地面を抉り、焼き焦がし、破壊する。
「せっかく作ったのに──」
呪文は丁度中間で拮抗している。
だが向こうは片手を補助に回している関係で両手を使っているが、コチラの左手はまだ空いている。
「──さ!」
左手の杖、即ち守護者の杖を振るうことで、装飾品として置いておいたデカい壺を遠隔で投げつける。
「!?」
「老体には応えるだろう、今のは。」
クリーンヒットだ。
アルバスに壺を側面から叩きつけたことでそのまま派手に吹っ飛んで行く。
しかし、この程度のことに即座に対応できない男ではない。
どうせ衝撃も上手く消しているんだろう。
と、自分の後ろから何かが迫っている気配を感じ、即座に横へ転がって避ける。
「ッそこ!」
飛んできたのは、赤い鳥。
何かは分からんが、取り敢えず切り裂き呪文で首を落とす。
だがその瞬間、それは軽率な行いだったことを察する。
「その様子だと、自分の呪文を相手に使われるというのは想定外だったようじゃな?」
アルバスは何ともないような顔で立っている。
「ちょっと見ただけの呪文をコピー出来る魔法使いは基本いない!」
やられた。
コイツはオレの『惑わせ鳥』の強化版だろう。
頭にモヤがかかるような感覚だ。
なんだか身体が重い。
全くとんでもないやつだ。
不意打ちの上、わざわざ不死鳥の見た目にして致死性もあげてやがる。
「ワシもこの呪文はなかなか気に入っておっての。」
アルバスが杖を上に向けてぐるりと回す。
すると杖の先端から何十匹もの不死鳥擬きが湧いてくる。
なんかオレのオリジナルのよりデカいな。
「なら、こんなのはどうだ?」
守護者の杖を肖像画に向かって振る。
そう、肖像画の中の『ペンシーブの守護者』はただの飾りなんかじゃない。
コイツだって立派な戦力なのだ。
我々より背丈が四、五倍はありそうなデカさの騎士がゆっくりと額縁を跨いで出てくる。
その両手にはそいつの背丈と同じ位の大きさをしている一本の大剣が握られており、殺気をばら撒いていた。
しかし、コイツを出すならもうちょっと広い空間の方が良かったかもしれない。
デカすぎるせいでさっきまで広いと感じていたこの部屋もなんだか狭く感じる。
「確かに、老体には応えるの。」
守護者が、その大剣を持ち上げる。
が、アルバスもただ見ているだけではない。
即座に不死鳥擬きを向かわせ、守護者の視界を物理的に封じに行く。
「アルバス、お前正気か!?」
守護者は錯乱し、大剣をどこかしら構わず振り回し始める。
一度振るわれる度に強い風が起こり、それは衝撃となって周囲の空気を震わせる。
横に振るときは良い、いや良くはないが。
壁を破壊し、その欠片──小さいものでも人間サイズ──が落ちてくる程度で済む。
だが縦に振るわれると天井から欠片が落ちてくる上に地面がボロボロになってマトモに歩けなくなる。
何よりあのデカい剣先でミンチにされる可能性があるのだ。
冗談じゃない。
本当は肖像画全員分の守護者を出すつもりだったが、さすがにこんなのを追加で出すべきじゃない。
「どれだけ『約束』を守りたくないんだ──」
ふと上を見ると、その大剣の切っ先が自分の真上へと来ている。
転がるだけでは避けられない!
そう直感したため、青白い稲妻になって高速で移動することでその難を逃れる。
危なかった。
この高速移動はあまりに短い距離でしか使えないからもう出番は無いと思っていたが。
「いない。」
思わず呟く。
先ほどまで絶対に正面に捉え続けるようにしていた筈のアルバスがいない。
今の一瞬のゴタゴタで身を隠したようだ。
老人とは思えない身のこなしだ。
「油断は禁物じゃの。」
背後からそう聞こえたため、振り向くと同時に爆発呪文を放とうと──
──違うか!?
その場を蹴って斜め前に転がる。
「ほお、さすがじゃな。」
「録音魔法……」
「愛読書に書いてあったのでの。」
背後から聞こえたのはただの音声で、実際は横からオレを狙っていたようだ。
本当に油断も隙もないやつだ。
「と、危ないな……」
さっきから四方八方から壁やら天井やらの欠片が落ちてくる。
しかもその度に小石がなかなかの速度でそこらに跳ねまくって地味に痛い。
「お主の分霊箱は、一体何なのかずっと考えておった。」
「見つけられたか?」
「その杖じゃろう。」
「……なぜそう思う?」
「ただの勘じゃ。」
アルバスはそう言い終わると共に杖を振るい、頭上に向かって悪霊の火を放つ。
燃え盛る炎はアルバスへと軌道を定めつつあった大剣に纏わりつき、包んでいく。
このままでは剣が破壊される。
あの剣が無ければ守護者はもはやデカいだけの塊だ。
「ッディフィンド!」
放たれた斬撃は、アルバスの方、ではなく守護者の頭へと向かっていく。
やがてそれは頭に纏わりついている不死鳥擬きをギリギリ掠めるかどうかという場所を通り過ぎ、守護者の首を斬り落とした。
「『首なし』なら錯乱もどうもないだろう。」
狙い通り、首なしとなった守護者は冷静さを取り戻し、スペックを十二分に発揮し始めたことで的確に炎の大剣で不死鳥擬きを切り刻んでいく。
「レダクト!」「!!」
精確な盾呪文で防がれ、直ぐに反撃が飛んでくる。
限りなく透明に近い盾呪文だ。
そのレベルの高さが見てうかがえる。
──ときに、盾呪文を破壊する方法は、大きく分けて二つある。
色付き、つまりは未熟な盾呪文なら簡単だ。
色に呼応した耐性の無い種類の呪文を放てば良い。
問題はコイツのような透明に近い、完璧な盾呪文だ。
こういうのは盾を破壊する専用の呪文を使うか、あるいは相手が使った呪文を跳ね返すことだ。
そしてオレは、呪文を真っ直ぐ跳ね返すのは大の得意分野なんだ。
「プロテゴ!ステューピファイ!」
「ぐ!」
「オレがどれだけの魔法使いを殺したと思ってる!」
直撃。
平気そうな顔をしてこそいるが、今のでそれなりにダメージを与えられた筈だ。
本来は気絶させる呪文なんだがな。
「!!」
「ッ!相変わらず!」
アルバスから再び攻撃が飛んで来たことで撃ち合いが始まった。
どちらも盾呪文を張らずに、あくまで弾くだけに留める。
正確には、張る暇が無いというのが事実だが。
余りに強力な呪文──大半はやたら強いだけの基礎呪文──の応酬で、弾かれた先にある瓦礫やら壺やらがどんどん破壊されていく。
「懐かッ!しいな!学生時代を思い出す!」
「あの時はまだ子供じゃった!」
「オレに負けて!泣いてた奴が!今じゃこんなに──コンフリンゴ!」
「ッ!」
「ウィーズリー先生に!止められてさえなければな!」
「同じ人とは思えぬ所業であった!」
「っぶね!あれはお前が降参しなかったからだろう!」
本当に懐かしい。
あの時はアルバスを一方的にボコボコにしたものだったが……
なんてノスタルジックな気持ちになっていると、突如として我々の間に大剣が差し込まれる。
どうやら守護者のハエ叩きが完了したようだ。
「ならば!」
大剣によって視線が一時通らなくなったため、利用させてもらう。
アルバスがいた位置に古代魔術の雷を落とし、自分も直ぐ様移動して瓦礫に身を隠す。
同時に守護者は大剣を振り上げ、アルバスへと標的を定める。
「お前ならそうするよな。」
確認すると自分が先ほどまでいた場所は真っ赤に染まり、ドロドロに溶けていた。
今使っている瓦礫からもこれでもかと熱が伝わってくる。
この瓦礫も恐らく既に半分近く溶けていそうだな。
一体アイツ何の呪文使ったんだ。
しかし向こうはコチラを見失った筈だ。
仕掛けるなら今しかない。
「……」
身を隠していた瓦礫──融解して一つの大きな塊へと変貌している──を古代魔術でほんの少し持ち上げ、いつでも射出できるように構える。
守護者が大剣を振り下ろし、それを避けた時にこいつをぶつけてくれよう。
「そこじゃな。」
「ッ!」
「運はとことんワシについておる、と言って良さそうじゃの。」
自分の居場所がバレて瓦礫を破壊されただけでなく、アルバスに振り下ろされようとしていた守護者の大剣は纏わりついていた悪霊の火に耐え切れず直前でバラバラに崩壊。
そこから更に杖を一振りしたことで守護者さえ破壊されてしまった。
だが状況としては悪くない。
また一対一に戻っただけだ。
「アルバス、教えてくれ。どうしてそこまでする?」
「ワシはもとよりコレを誰にも渡さず生涯を終えるつもりじゃった。じゃがお主ならばとさえ思ったときもあった。」
「……」
「お主はコレを持つには危険すぎる。」
「失敗作の『必然の液体』を飲んでまで、しなくてはいけないことだったのか?」
「うむ。お主にコレを渡せば、また更に多くの人々が犠牲になる。」
「オレは悪人しか殺してない。」
「たとえ悪人であっても、人は人じゃ。悪事を働いた者に与えるものは裁きであって、死ではない。」
「それなら、ランロクのような悪人はどうする?」
「もう、ランロクは死んだのじゃ。仮に生きていたとしても、それを裁くのはお主ではなく未来の若者じゃろう。」
「……」
「ワシらはもう、この時代の人間ではないのじゃ。エリエザー。」
「わかっているさ。それでも、オレは──」
〜
「──最期まで、足掻くよ。」
その言葉と共に、背中から何かが自分に入ってくる。
それはそのまま自らの胸を突き破り、少し遅れて鈍い痛みを感じさせる。
それを自覚した途端、急激に熱が広がっていく。
「なっ!ガハッ……」
口からも何か、生暖かいものが溢れ出していくのが分かる。
徐々に呼吸がしづらくなっていき、直ぐに立っていられなくなった。
「なに、を……」
「安心しろ、『約束』はちゃんと、果たすさ。」
「エ、リエザー……」
「──アバダケダブラ。」
盾呪文……未熟なものは色付き(紫、黄、赤)しか使えないが、極めれば透明となり真の意味での盾となる。
かつては色付きも立派な盾呪文とされていたが、近年では透明な盾でないと成功したとは見なさないのが通説である。
それにより使用難度が上がり、なおかつ平和な世になりつつあったことで学生を卒業して盾呪文を使えなくなる魔法使いも多い。
また、派生として杖先に一瞬展開することで呪文を弾く(逸らす)技術も存在するが、現代ではむしろコチラの方がメジャーである。