当然のことながら、今回のまりなちゃんによる襲撃を阻止できたのは偶然ではない。
追い詰められた人間なら確実にそうする、そう思っていたためにこの数日は特に気をつけて動向を追っていた。
タコピーは謎に大量のガジェットを持ち運びできるため、格安プランを契約してある中古の格安スマホの持たせている。
そして、私とタコピーは位置情報共有アプリを入れているため、タコピーを通して私は常にしずかちゃんの現在位置を把握できる。
まりなちゃんはいつも6時には家に帰る。
でも今日は様子が違った。町立南公園の一角、木々により他の場所に比べて見通しが悪く、かつチャッピーの散歩コースのすぐ脇に陣取っているようだった。
だから私は確信できた。
雲母坂まりなは今日決行するつもりだ。
チャッピーの保健所送りを。
だから、今日は現場を押さえる。
雲母坂まりなが久世しずかへのいじめの決定的現場を。
証拠があれば、地域の関係機関の方々を動かしやすくなる。
元から、一人でできるとは考えていないのだから。
しかし、しずかちゃんには怖い思いをさせてしまうだろう。
もちろん、タコピーを経由してではあるがしずかちゃんへの説明と同意はとってある。
「ハゲタカと少女」と揶揄されても構わない。
それでも、私の計画に勇気を持って了承してくれたしずかちゃんの頑張りに応えたいと思う。
さあ、タコピーからメッセージが届いた。そろそろ南公園にしずかちゃんとチャッピーがやってくる。
チャッピーとしずかちゃんの姿を認めたとき、雲母坂まりなの口元が歪む。
今からおこる出来事が楽しみでたまらず、待ちきれないのだろう。気持ちはわかる。私がそうだったからだ。
風に吹かれた一房の髪のように、ふわりとまりなちゃんがしずかちゃんの前に躍り出る。
気軽な世間話のような軽さでしずかちゃんの人格を否定するような言葉で切りつける。
今すぐにでも、飛び出したい気持ちを腹にグッと留める。
まりなちゃんにはしずかちゃんしか見えていないだろう。
なにせ、念願の復讐の時なのだから。
だから、こうして私は彼女のすぐ背後に立つことができる。
鬱憤を荒らすようにしずかちゃんに当たるに連れ、まりなちゃんの興奮のボルテージはますます上がって行く。
そして、唐突にふっと右手が振り上げられる。
ここだ。
「それはダメだよ。してはいけない。」
振りかぶったまりなちゃんの手を掴む。
瞬間、雲母坂まりながあっけにとられたように停止する。
そして、1拍。彼女の纏う雰囲気ががらりと変わる。
「きゃーーーーーーー!!!」
あらん限りの悲鳴。私の拘束から逃れようとする。
ここに来て、彼女はまだ全く諦めていなかった。
私が動画という証拠を持っている事をまだ知らない事に加え、彼女の憎悪の根の深さが窺えた。
だけど、逃がさない。
でも、大人になり成長した私は小学生4年生の雲母坂まりなよりは身長がある。
拘束する手を高めに保持するだけで、雲母坂まりなはつま先立ちになり力が入れずらくなっている。
それに、彼女の振り上げた手を後ろから包むように、私の小指と中指をまりなちゃん
彼女の悲鳴によって、近所の人々が様子を見に来る。
ただ、今回に限り私には使える切り札がある。
「お気になさらないでください。うちの妹、今みたいに口が悪いので友達のしずかちゃんにもひどいこと言ってしまったみたいなんです。」
そう、私と彼女は一卵性双生児並に似ている。どちらも、雲母坂まりなだから。
観客が散って、元の三人になる。※宇宙人とチャッピーを除く
「マリーさん」
しずかちゃんの顔がパッと明るくなる。
怖い思いさせてごめんね。しずかちゃんとチャッピーが帰って行く。
しずかちゃんからもらったこの機会、必ず活かすよ。
私の容姿を見て呆然とする雲母坂まりなは数秒でその硬直を振りほどき、自由にしろと暴れる。
この場にしずかちゃんとチャッピーはもう去っており、危害を加える事はできなため手を放す事にする。
ただ、その前に確認しておく事を話す。
「叩こうとしたの。悪かったって分ってる?」
「分ってる。」
子供の行った行為について叱るとき、特に低学年から中学年においては、間を置かずにすぐに指導する事が大事になる。なぜなら、時間が経つにつれて行為の内容の記憶が薄れ、何を叱られているのか子供自身が理解できなくなるからだ。
だから、素早く、何が悪かったかを明確に。
「ちゃんと反省してる?」
「ちゃんと反省してる。」
「嫌な事があった時は、相手とどうやって解決する?」
「話し合う。」
そして、どうすれば良かったのか確認する。
「できる?」
「できる」
「ならよし。」
正直、この言葉がけにはそれほど効果はない。
なぜなら、これは私がまりなちゃんに言わせた言葉だからだ。
とにかくこの場をやり過ごしたいからこそ、まりなちゃんは「反省してる。」などと口にしたと考えるのが自然だ。
だけど、このような場面で叱らない大人は信頼されない。
悪いことを悪いことだと言えない大人を、子供は自分を守ってくれる存在ではない事だと同時に理解する。
だから、今すぐ響かないとしても何が悪かったか、どうすればよかったのかだけは確認する必要がある。
もし、まりなちゃんが本当に反省する場面が来るとすれば、まりなちゃんの痛みが誰かに理解された時である。
それから、私は雲母坂まりなに雲母坂みどりと知り合いである事をほのめかして、即座の逃走に意味がないことを暗示する。そこで、ようやくまりなちゃんから目を離せる状況になった所で、雲母坂みどりに電話をかける。
連絡先はこの数日間で仲良くなって手に入れた。
「もしもし、みどりさんですか?」
『あら、マリーちゃん。こんな時間にどうしたの?』
「夕飯の準備にお忙しい時間帯にすみません。一昨日カフェで写真を見せて貰った、まりなちゃんと瓜二つの子供を見つけまして。」
『確かにまりちゃんはまだ家にいないわね。わざわざご連絡ありがとう。』
「それで、ここからはご相談なのですが、実は実家からたくさん野菜が届きまして。育ち盛りの子供でもいないと使い切れないくらいなんですよ。せっかくなので、みどりさんとまりなちゃんと私でお鍋でも囲みませんか?」
『それは楽しそうね。でも、旦那が。』
「作り置きがあれば大丈夫ですよ。それに何か連絡があれば、旦那様にも家に来て貰いましょう。」
『それもそうかもしれないわね。じゃあ今日はご厚意に甘えさせて貰うわ。』
「いえいえ、腐らせるよりはずっといいですよ。では、一度まりなちゃんにお電話変わりますね。」
ちなみに、今日はしずかちゃんのお母さんの出勤日なので雲母坂父が私の部屋に来ることはない。
普通なら帰ってこない父に、みどりさんが精神の不調を起こすが、私という愚痴相手と物理的肉盾がいるためにまりなちゃんへの被害は全てシャットアウトできるだろう。
愛着障害が疑われるまりなちゃんやしずかちゃんに必要なのは。
いや、全ての子供に必要なのは温かい家庭の時間だ。
次回こそ、鍋パです。