二週目まりなちゃん   作:名取クス

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鍋パ会です。



願い

 ぐつぐつ。

 食卓に置かれたコンロの上で、鍋が子気味よい音を立てて煮えていた。

 

「「いただきます。」」

「ほら、まりちゃんもいただきますして。」

みどりさんがそう促すと、ぎこちないながらまりなちゃんもそれに従う。

 

「あ、うん。……いただきます。」

「はじめて会う大人に、初めて来る部屋。まりなちゃんも緊張してるみたいだね。あんまり面白い物もないけど、自分の部屋みたいにくつろいでね。」

 渾身のまりなジョーク。ただし、誰にも伝わらない物とする。

 

「マリーさん、こんなにお料理上手なのにお料理教室に通っているのね。熱心なのね。」

「みどりさんほどの達人に褒められると自信が持てますね。それに、お料理教室に通ってるのはみどりさんもじゃないですか。」

「家庭を支えないといけないから。心と体はつながっているから、パパにもまりちゃんにも体にいい物食べてほしいのよ。」

 おそらく、心身相関とか腸脳相関とか以上の、霊的なものも含めた心と体のつながりの話をしているのだろう。

 だけど、彼女の気持ち自体は本物なのだろう。方法がどうあれ、その思いに決して嘘があるとは思わない。

 

「まりなちゃんレモンは苦手?みどりさんもこう言っているし、たくさん食べて健康な体にならなきゃね。」

「うん。ありがとう。」

 今日のお鍋は輪切りレモンを散らした夏にぴったりのレモン鍋だ。

 レモンの爽やかな酸が、野菜にも染み渡ってフレッシュでさっぱりとした味わいだ。

 

 輪切りレモンの下には、キャベツと豚肉がミルフィーユのように重ね合わせて出汁に浸かっている。

 食材本来のうま味に白だしの深みのある塩っ気が調和して、口当たりは抜群だ。

 上手に味付けできた自信もあるから、きっと気に入ってくれるはずだ。

 

 まだ、まりなちゃんの中では先ほどの事件からの緊張が解けておらず、混乱もあるのだろう。

 だけど、出された物を食べないのは不自然と考えたのだろうか。

 キャベツと豚肉をお箸でつまみ、出汁をたっぷりに吸い込んだそれをパクりと口に放り込む。

 

「……!!」

 私に美味しいというのは、はばかられたのだろうか。

 彼女は無心で、次から次へとミルフィーユを削って口を忙しく動かし始めた。

 

「おいしい?」

 まりなちゃんが熱心にお鍋をつつく様子に、キュートアグレッションというか、悪戯心がくすぐられてしまった。

 

「うん。おいしい……です。」

 曖昧に、ぎこちなく。それでも確かに彼女が照れたように笑ったのが分った。

 それだけで、全部が報われる気がした。

 

「じゃあ良かった。」

 心が温かくなる。

 

「みどりさんは手芸もなさるんでしたよね。」

「そうね。最近はタッセルを作っているわ。」

「タッセルって、どんな物でしたっけ。」

「カーテンにつけるの。風水的にもいいらしいわ。」

「ああ、あれですか!実は裁縫も多少は覚えがあるので、うちで一緒につくりますか?」

「ふふ。別口のお誘いもあるから、一度考えさせてね。」

 タッセル教室キャンセルならず、か?

 この手の一見スピリチュアルに聞こえる話も無視するのは基本的に悪手だ。

 回りの人がだれも、みどりさんの話を聞かなくなるとそれは彼女の孤独感につながり、結果唯一その話を受け入れてくれる同系統のスピリチュアル人達の輪に深くはまって行く事になる。

 

 これは人が信じたい事を信じる事、つまり確証バイアスに端を発する。

 そして、SNSが発達した現代では、似たような主張の人々ばかりがまわりに集まるフィルターバブルと、その集団の中で起こるエコーチェンバーにより確信が深まって行く。

 

 噂レベルではあるが、カルトが会員に過激な主張を持たせたプラカードを持って街頭に立たせるのは、世間から無視や拒絶される体験をさせ、孤独感を味わわせるためだとも聞いた事がある。

 

 決して、信じたり同調したりする必要はないが、寛容に聞き続ける態度を示す事が必要になる。

 

「まりなちゃんは確か小学生ですよね。元気なのが小学生ですから、やっぱり体操服とかに穴を空けたらみどりさんが縫ってあげたりするんですか?」

「まりちゃんはいい子だから、穴を空けてきたことはないわね。しいて言うなら雑巾を縫ってあげたくらいね。」

「ふ~ん。まりなちゃん、お母さんに雑巾縫って貰ってるんだ。家庭科は5年生からだけど、特別に教えてあげよっか?」

「別にいいです。」

まりなちゃんが少しぶっきらぼうに断る。

 

「さっき、あんなに仲良く喋ったんだし敬語はいいよ。」

「いいじゃない。教えてもらえば。マリーさんはとってもいい方よ。」

「それは……。そうかもしれないけど。」

「今日会ったばっかりの大人と二人で、って言うのは緊張しますよ。じゃあ、みどりさんも一緒にどうです?」

「まりちゃん、どうする?」

「それなら、うん。」

 よし、楽しくコミュニケーションする事ができた。

 というか、次の母子団らんの機会をつくる事ができたことが重要だ。

 信頼を育むのにはどうしたって、時間がかかるから。

 

 話題をまりなちゃんの話に戻す。

 

「最近は、学校でなにが流行(はや)ってるの?」

「クラスの男子はリンゴにペンを合体させて遊んでる。」

 「ちょっと、食べ物を粗末にしているの?」

みどりさんがすかさずツッコミを入れたが、まりなちゃんがその誤解を解く。

 

「違うよママ。そういう歌があるの。それの真似をしてるだけだよ。」

「確かに、最近ピコピコ次郎テレビで見るよね。」

 危うく、懐かしいといってしまう所だった。

 そうか、あのPDCAみたいな歌が流行ったのは2016年だったか。

 

 私は〆の食材と追加のだしを準備するために台所に向かう。

 私がいなくなっても二人の和やかなコミュニケーションは続いているようだった。

 まだ二人のいるダイニングでは鍋がコンロの火にかけ続けられているはずだが、あのぐつぐつと煮立つ音が聞こえてこないのが嬉しかった。

 それはきっと、もっと幸せな音がそこにある証なのだから。

 

_________________________________

 

 〆のうどんも食べ終わり、三人はあたたかい満足感にお腹をさすっている。

 

「ねえ、まりなちゃん。アイス食べたくない?」

「あるの?」

「ない。だから買いに行こう。近くにコンビニあるから。」

「添加物は大丈夫かしら。」

「みどりさんならそういうと思って調べておきました!ハーゲンダッツなら、安心ですよ!」

「ハーゲンダッツ!」

 まりなちゃんが食いついた。無添加である事も確認した。

 

「じゃあ、これで買っておいで。気をつけてね。」

「任せてください。」

 私はまりなちゃんを連れて、暗くなっても暑さを忘れない夏の夜の道に繰り出していく。

 言葉数少なく、コンビニまでたどりつきアイスをかカゴに放り込む。

 まりなちゃんはストロベリー、私はグリーンティ、みどりさんにはリッチミルクをチョイス。

 

「なにかいる?」

 私はドリンクの棚に目をやったまま、まりなちゃんに問いかける。

 

「これがいい。」

 まりなちゃんが選んだのはコーヒー・牛乳。

 小学生のようにハーゲンダッツの前に甘い物を食べるのは厳しいと感じた私は冷たいコーヒーを手に取る。

 

 それらを追加したカゴをレジのカウンターに乗せる。

 みどりさんから貰ったお金はまりなちゃんに握らせたまま、まとめて購入する。

 

 帰り道、空き地で飲み物を飲みながら休憩する。

 キンキンに固まったアイスなら、多少放置しても大丈夫だろう。

 

「……ねえ、あの事ママにいわないの?」

 少し怯えたように、まりなちゃんは私に問いかける。

 

「言った方が良かった?」

「そういう事じゃないけど。」

「ごめんごめん、つい意地悪しちゃった。」

「それはね、まりなちゃんにも何かああする理由があるんじゃないかって思ったからだよ。」

 

「私はまだ、まりなちゃんのお話を聞けていないから。」

「だから、次は私が質問する番。まりなちゃんはどうして、しずかちゃんを叩こうとしたの?」

 カウンセリングマインド、と呼ばれる考え方がある。

 その定義は人によりまちまちで定かではないものの、カウンセリングマインドを表す言葉としてこのようなものがある。

 

「困った人ではなく、困っている人だ」

 

 例えば、園児や低学年の児童に起きる事態として伝えたい事をうまく言葉にできないたま、暴力によってそれを表現してしまうという事だ。

この場合に、困った児童であると判断し「人を殴ってはいけない。」と指導した場合は、再発の可能性が高い。

 そこで、困っている児童と捉え、どのような困りによって殴ってしまったかという児童目線でものごとを理解する事で、困ったときの話し合いの仕方を教えるおいう困りを解消することで、問題の解決を図る事ができるという考え方だ。

 

 近辺の例では、「いじめを注意できなかった那由多先生」、「家庭で虐待を受けていたまりなちゃん」などが該当する。

 事情があるからと言って、いじめを行っていいわけではないが、事情を解決しない限り、注意したところでいじめが大人の目の届かない所で行われるか、別の形で現れるだけだ。

 

 だから、私はまりなちゃんの話が聞きたい。

 まりなちゃんの抱えている痛みを少しでも、理解してあげたい。

 

「思ったままでいいよ。だれにも言わないから。」

 まりなちゃんはおそるおそる、絞り出すように語り始める。

 

「私はあいつが大っ嫌い。反吐がでるくらい。あいつの顔を見ているだけで、すごくイライラする。」

「どうして、嫌いなの?」

「あいつらのせいで、私の家はめちゃくちゃになった。」

 

「どうして、そう思ったの?」

「パパがね、いっつもあいつのママの所に行くの。そしたら、ママはすっごく落ち込んじゃう。」

「そしたら、ママがずっと私に嫌な話をするの。」

 おもむろに、彼女は長袖をまくる。

 7月のこの暑さの中でわざわざ長袖を着ている。その意味。

 彼女の腕に残るいくつものつねったり、叩いたりした跡。

 

「それで、激しくなるとこうなっちゃう。それがほとんど毎日。」

「パパがあいつのママの所に行き始めてから、パパとママは毎日喧嘩するようになった。」

「だから、全部、全部あいつらのせいで――」

 彼女は、しゃべりながら泣いていた。

 彼女が受けてきた心の傷、ストレスは計り知れない。

 

 こどもにとって、親の仲が悪いということはそれだけで一大事だ。

 まりなちゃんの場合はそれに加え、直接の暴力も伴う。

 彼女が普段しずかちゃんに投げつける年不相応の潤沢な語彙は、そのまま彼女が家で浴びせられてきた罵声そのものなのだろう。

 

 やり場のない、痛み、悲しみの奥底。

 味方もいない孤独感。

 

 その原因となったように見えている、久世一家は彼女に取って増悪の対象なのだろう。

 

 煮えたぎるような憎しみの出口。積もりに積もった感情の行き先が、身近な存在である久世しずかだったのだろう。

 

「辛くても、よく頑張ったね。」

 それだけ言って、私は彼女を抱きしめる。

 

 どのような事情があるにせよ、彼女の犯した罪は決して軽くはならない。

 

「よく、頑張ったね。」

 それでも、助けを求める子どもがいたら、力を貸すのが大人の役目だ。

 

「ほんとうはあいつらのことなんてどうでもいい。」

「ママに叩かれても私はだいじょうぶだから。」

 

「だから、だから――。」

 

「はやくながなおりじでよ。ぱぱ、まま。」

 

 ああ、辛いな。

 どんな境遇に晒されても、それでも雲母坂まりなはパパとママを心の底から愛していた。

 ただ、それだけだったのだ。

 

 そして、多分その望みは適わない。

 パパの心は、とっくにママから離れている。

 パパがしずかちゃんのお母さんのところに通うのは、ただ逃げ場がほしかっただけだ。

 

 もしかしかたら、二人の仲を取り戻す事もできるのかもしれない。

 それでも、それは私の想像力では作り出す事ができない方法だ。

 

 私の世界でも、パパとママは(つい)ぞ分り合えなかったのだから。

 

 

 だから、ああ、辛い。

 子どもの純真な願いが、無垢で、切実で、それなのにどうしようもなくて。

 

 かける言葉を失った私は、泣きじゃくる彼女の背中を、ただ優しくさすり続けた。

 この胸の熱さは、夏の暑さのせいだけではなかった。

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