二週目まりなちゃん   作:名取クス

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お久しぶりです。
前話と前前話から読んでいただくと、読みやすいかと思います。


受容

あの後、私は公園で泣くまりなちゃんを慰めて、落ち着いた頃を見計らって自宅に帰った。あまり遅くなってしまうと、みどりさんに心配をかけてしまうからだ。

 

 そうして私の部屋に帰り着いた頃には、アイスも溶けてしまっていた。

 溶けてなお美味しさが損なわれないハーゲンダッツはやはり偉大だった。

 美味しい物を食べれば、私達3人の顔も自然と(ほころ)ぶ。

 アイスの余韻(よいん)堪能(たんのう)しながらしばらく雑談を楽しんだ所でみどりさんも私に気を遣ったのか、まりなちゃんと帰る流れになった。

 

 二人を送り届けた私は、少し広く感じる部屋の照明をつける。

 電気ケトルでお湯を沸かし、マグカップにスティックコーヒーの粉と白湯(さゆ)を注いで混ぜ合わせる。

 少しだけミルクを注げば、黒い海を泳ぐようにその白が混ざり、溶けていく。

 

 そして、椅子に座ってホッと一息入れる。

 無事に楽しく会を終えられて安心する気持ちと、人といる時の温もりがパッと霧散(むさん)したような気持ちがない交ぜになったような心地。

 いつもの道理の日常がこんなにも冷たく感じられる。

 感傷的な気持ちを、温かいコーヒーでゆっくりと消化する。

 

 そして、ぼんやりと思う。

 

 今日の事、そして私自身の事。

 

  まず、最低限の目標は達成した。

 チャッピーの保健所送りの阻止だ。

 

 まだ、彼女が諦めたとは言えないがひとまずの(くさび)は打ち込めただろう。

 まず、事件を目撃した大人がいた事。そして、その大人がまりなちゃんのお母さんと繋がりを持っている事。

 これは、まりなちゃんにとってはいじめ抑制の要因になり得るだろう。

 なぜならば、まりなちゃんはお母さんの前でははいい子でありたいからだ。

 親に愛されたい。子どもが当たり前に持つ欲求だ。

 

 ここからのまりなちゃんの行動はいくつか考えられる。

 例えば、いじめの巧妙化。

 つまり、私の見えないところでいじめを報復行為にでればいいという事だ。

 恨みの深さを考えれば十分にあり得るだろう。

 

 一方で、数日はおとなしくしているだろう。

 私を警戒するからだ。

 

 だから私もこの数日の間に別の手を打たなければならない。

 もしくは、ドクダミに擬態したタコピーと協力する事で必ずまりなちゃんのいじめを止める事で彼女を諦めさせる必要がある。

 そして、その間に私以外の協力者を増やして、いじめ防止のためのネットワークを育てていく。

 稼いだ時間でしずかちゃんとまりなちゃんの抱える問題を緩和(かんわ)・改善していく。

 

 そうしてつらつらと考え事をしていたからだろうか。

 

 ふと、意図せず涙が(こぼ)れた。

 蓋が空いたように、自然と湧き上がってくる気持ち。

 

「あれ。私。なんで、泣いて。」

 指で手繰(たぐ)りよせた服の端でぬぐう。

 ぬぐったそばから、新しい雫が頬を伝う。

 

「そっか。やっぱり嬉しかったんだ。」

 そう口にすれば、言葉がすとんと胸に落ちてくる。

 

 そうだ私は嬉しかったのだ。

 あのまりなちゃんを見ることができて。

 

 だって、まりなちゃんは言っていたのだ。

 

『はやくながなおりじでよ。ぱぱ、まま。』

 それは、子供から親への純真なる愛。そして、願い。

 それに他ならない。

 

 私、雲母坂まりなは、あまりにも大きな罪を背負っている。

 記録として、私は割れたガラス瓶の先端で雲母坂みどりを刺し、失血死(しっけつし)させている。

 正直、殺してしまう前から、ママへの思いは複雑だった。

 

 ママは情緒が不安定だった。

 だから、些細(ささい)な事でヒステリーを起こしていた。

 割れたワンカップの瓶を、私の目に突き刺さりそうになるほど突き付けてくることは日常茶飯事だった。

 今でも割れたグラスの切っ先を見ると、手が震えてしまう。

 虐待そのものの仕打ちに嫌いになって当然かもしれない。

 

 だから、私はママを苦手に思っている気持ちは確かにある。

 だけど、私はママを憎み切れないでいた。

 どんなママでも、私にとって、たった一人のママだからだ。

 出て行ったパパとは違う、最後の家族だったからだ。

 

 ママが私を見てくれることはほとんどないとしても、ママが私を愛そうとしてくれた記憶がある限り、私はママのことを完全に諦めきれないでいた。

 

 でも、それを全部ご破算にしてしまったのも私だった。

 意図せずとも、確かに私がママを死に至らしめたのだから。

 

 そしたら、私はわからなくなった。

 本当に私はママを愛せていたのか。

 

 自分の気持ちとズレていった現実に、私は自分の気持ちが引きずられていったのだ。

 だから、考えないようにした。

 考えれば考えるだけ、不安でしょうがないから。

 

 だから、私はまりなちゃんの言葉に感情を()き立てられてしまった。

 

『はやくながなおりじでよ。ぱぱ、まま。』

 そうか。あんな悲惨な結末だったとして、確かに私はママを愛していたのだ。

 

 そう思えただけで、私は救われたのだ。

 

 理性は言う。あくまで私とこの世界の雲母坂まりなは別人であると。

 だが感情は言う。それでも、そうであると信じられたから嬉しいのだ。

 

 家族だから、母親を愛さなければいけないという論理は肯定しがたい。

 それでも私は、たった今この時をもって、母親を愛しているという心理的事実を受け入れた。

 

 そうして生まれたときのように私は泣いた。

 たくさんの息をするために、私は泣いていた。

 

 胸を手で抑えて、力なくフローリングにうずくまる。

 

「会いだい。もう一度会いだいよ。」

 愛している、そう認められたからこそ哀切(あいせつ)で胸がはち切れそうになる。

 私のママは、あのママだけだ。

 

 だけど、もう会えない。

 決して、二度と。

 

 逢いたくて、愛おしくて、触れたくて、苦しくて、

 届かない、伝わらない、叶わない、遠すぎて。

 

 気づいてしまったからこそ、余計に辛くなる。

 自分の罪深さとすべてが終わってしまったことの喪失感(そうしつかん)に。

 

 だからこそ、こんな思いを絶対にまりなちゃんにさせてはいけない。

 彼女が意図していなかったとしても、私は彼女から大切な時間をもらった。

 この喜びと苦しみに、彼女のおかげで気づくことができた。

 この時代に来ることができて、私はとても幸福だ。

 

 頑張る理由をもらったからには、それに(じゅん)じよう。

 だけど今だけは。ただの一人の女の子として、何もかもを忘れて泣かせてほしかった。




二週目まりなちゃんが、自分自身を少しでも受け容れた。そんなお話になっております。
次話は明日の18時に投稿します。
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