二週目まりなちゃん   作:名取クス

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出会い、あるいは再開

 私はこの時代の雲母坂まりなを見るため、近くの空き地で暇を潰すことにした。

 ネカフェもただじゃないのだ。

 それに今は昼間で、彼女は学校に行っているはずだ。

 ちょうど良く座れそうな土管があったのでそこで作戦を練ることにする。

 あの頃の私は荒れていた。家庭で虐げられ、溜めた鬱憤を晴らすよう学校でいじめを主導していた。

 最低だ。

 いじめていたのは久世しずか。パパが風俗で入れ込んでいた嬢の娘だ。当時の私の憎しみは彼女に向かっていた。コイツさえいなければ、私の家庭は崩壊しなかったと当時の私は本気で考えていた。

 

 実を言うと、今でも彼女に対しては思う事はある。高校の頃、初めてできたカレシの東君が乗り換えた相手が久世しずかだったからだ。とはいえ、もう過去の事だ。東君はちゃんと私をフってからしずかと関係を持ってくれた。あとは時間が執着を薄めてくれた。そんな事に今の自分の気持ちを割きたくはない。

 

 とにかく、今はこの時代の雲母坂まりなの事だ。

 彼女のいじめを止めるとして、いじめを止めろと注意した所で止めるわけはない。

 よしんば止めたとして、それは表面上の話であって水面下ではなくならないだろう。それでは久世しずかへのいじめも、雲母坂まりながいじめの原動力を持つにいたった問題も何も解決していない。

 それに雲母坂まりなにとって、私は何もしらない体の、何の関わりもない部外者かつ不審者に過ぎない。

 

 どうした物かと土管の上で、考え込む。

 頭の中は依然とごちゃごちゃしているのに、漠然と見上げる空はただ広く、青く、雲一つない快晴だった。

 なんとなく、さっぱりした青空がおかしくて笑みがこぼれる。

 

 だけど、私はなにげなく目にした。

 私の犯した罪。その形。

 

 木々の間、小学生の考え得るあらゆる罵詈雑言が書き連ねられたランドセルを背負った久世しずかがトボトボと歩いていた。

 

 心臓が、ぎゅっと痛むのを私は自覚した。

 

_________________________________

 

 

 久世しずか、小学4年生。

 その異常性は一目で感じる事ができた。

 

 まず、服。白に汚れの目立つ服に半ズボン。

 これは記憶が正しければだけど、彼女はいつも服装が替わらなかった。

 次に、ランドセル。かろうじて形を保っている程度にはボロボロに傷付いており、遠目からでも様々な悪口が書き込まれている事が見える。

 

 いつも同じ服を着用している事は貧困や児童虐待のサインの可能性があるし、ランドセルについてはいじめの可能性が考えられる。この場合はそうだ。なぜなら、昔の私が加害者だからだ。ランドセルのグサグサ言葉は私が書き込んだ。

 罪悪感が湧き上がる。ただ大人として、個人的な関係者として、率直に何かしてあげたいと思った。

 私は久世しずかと関わる事を決断した。関わった結果と責任を受け止める事を決めた。

 

 

「ねぇ、もう学校は終わったの?」

 

 声をかけたその時、彼女の頭の飾りを見つけた。白いドクダミの花だ。

 高校生の時のごみくそとの思い出はハッとよみがえる。

 あのドクダミはごみくその仕業だ。ごみくそは見た目から普通の動物ではないから、お花ピンというドラ○もん的な秘密道具を使ってハッピー花に擬態するのだ。そのハッピー花が日本ではドクダミと呼ばれる草なだけで。

 ああ、もういたんだ。嬉しいな。

 でも、私の時とは何か違う気がする。

 

「……はい。今日はたまたま早くて。」

 

 彼女が体を緊張させたのがわかった。

 でも、しょうがない。見ず知らずの大人が話しかけてきたら誰だって警戒してしまうだろう。

 でも、止まらない。まずは関係を持たなければいけない。

 踏み込む。もう一歩。

 

「そっか。早く終わると私は嬉しかったな。ところで頭にドクダミがついてるよ。とってあげよっか?」

「その、ドクダミ好きなんです。」

 

「そうなんだ。てっきり宇宙人にでもあったのかと思ったのに。」

「もしかして、タコピーのことをしってるんですか?」

しずかちゃんの反応が変わった。あたりだったみたい。

 

「ううん、詳しい事は知らないんだ。でも、昔ハッピー星から来た宇宙人とあった事があるの。」

『ハッピー星人をしってるんだッピ!?』

 頭のドクダミが消え、ごみくそもといハッピー星人のタコピーが姿を現した。

 桃色のタコのような柔らかそうな生き物が飛びだしてくくる。

 記憶の中だけにあったごみくその朧気なシルエットが、現実によって色鮮やかに染め直される。めんだこっぽい。

 

 一般的に驚くべき事実を言い当てられた久世しずかの反応はひどく淡泊だった。ただ多少驚いた程度で、タコピーに対する感情がそれほど育っているようには見えなかった。まだ出会って日が浅いのか、感情が表に出にくいタイプなのか、はたまた対人関係を避ける愛着障害の回避型あるいは回避性パーソナリティ障害の防衛機制的な他者へ無関心か他者への関心がそもそも薄いシゾイドパーソナリティ障害的な側面があるのか。

備考だが、回避性パーソナリティ障害、特に愛着障害は家庭環境の不和が原因となる場合が多い。家庭環境などの話題は地雷になるかもしれない。

 

 なんにせよ、まだ何も分らない。

 一方で、ハッピー星人、もといタコピーの反応は劇的で抑揚豊かだった。

 

『はじめましてだッピ。しずかちゃんにはタコピーってよばれてるっピ。ピッ!?痛いッピ。そんなに強くつままないでほしいッピ。』

 

 見ず知らずの私にサラッと名前を明かされたしずかちゃんはタコピーの触手(?)を   ぎゅっとつまんでいた。哀れタコピー。

 それにしてもタコピーか。ぴったりでカワイイ名前だね。私の時なんてごみくそだったのに。

 

「タコピーって名前なんだ。カワイイ名前だね。」

『地球の生物になぞらえて、しずかちゃんがつけてくれたんだッピ。』

「なんかタコっぽいし。」

「それはわかるかも。足は4本しかないけど。」

タコは腕6本の足2本で計8本である。

 

「……お姉さんは、外国のひと?」

「どうしてそう思ったの?」

「髪が金色で、きれいだから。」

 憧れと、なんとなく憂鬱そうな感情を含んだ声。

 そうだよね、いじめっ子と同じトレードマークだもんね。

 本人だし。

 できる限り明るい口調で答える。

 

「ほんと?ありがとう。でも、歴とした日本生まれ日本育ちの日本人だよ?」

 この時代の戸籍はないけど。

 

「そうなんだ。」

『そうなんだっピね。お姉さんの事が知れて嬉しいッピ!』

『もっともっとお姉さんの事を知りたいッピ。お名前はなんていうんだッピ~?』

 大丈夫。偽名は昨日のうちに考えてあった。

 

「私はマリー。友達からはそう呼ばれているよ。」

 マリーにした理由は簡単だ。

 私は本当の名前を言えない。珍しい名前のいじめっ子と完全一致するのは奇妙すぎる。

 それに、名前に引っ張られて小学生の私の悪いイメージのあおりを貰ってしまう。

 

 今、私はしずかちゃんから信頼を勝ち取らなければならない。

 だからこそ、できる限り嘘もつけない。

 その妥協の産物こそが「マリー」というニックネームを伝える事だ。

 

 意図して勘違いさせる詐欺的なやり口なのは否めないが、嘘がばれた時よりはましだろう。

 

「やっぱり、外国人なの?」

「いや、日本人だよ。」

「そっか。」

『マリーちゃんっていうっピね!よろしくっピ。お友達になれるとハッピーになるッピ!』

 

「タコピー、友達になるの早いね。」

『ハッピー星では出会ってお話をしたら誰でもお友達になれたッピ。地球では違うんだっピ?』

「しらない。私にはチャッピーしかいないし。」

 起伏のない声でしずかちゃんは言った。

 それが彼女にとっては当たり前の事なんだと理解して、心がザワつく。

 下手な同情などは余計だ。実を事実として受け止めて、状態の理解に努めたほうがいい。

 私の素直な気持ちを表現する。

 

「私はタコピーとお友達になれるの嬉しいよ。」

『嬉しいッピ!しずかちゃんとも早く友達になれるように頑張るっピ!』

 その時、遠くに人影が揺れるのが見えた。

 特徴的な金髪に、少し生意気な声。見間違えるはずもなく、被害者で加害者なこの時代の私だ。

 彼女を取り巻く群れから声が聞こえる。

 

「それでさー、まりなちゃんに言われたとおり下敷きばバリバリに折っといたよ。」

「あはー、明日の朝が楽しみー。」

 ああ、そんな事もしたな。本当に嫌になる。嫌がらせをした記憶はあるけれど、当時の私にとってはたくさんやった嫌がらせの一つでしかないから、こんな事もしたなという記憶しかなかった。だけれども、今はその行為の罪深さを二重の意味で感じる。

久世しずかにとってこれは、無数の嫌がらせの記憶の一つではなく、一つ一つが重く大きないじめのリアルとして残るのだから。いじめられている現実の中にいたという無力さの屈辱とされた行為の辛さの両方が記憶に残っていくのだから。

 

 しずかちゃんにも聞こえたのだろう。

 しずかちゃんがタコピーを抱えて土管に隠れる。

 

 だけど、これで私がまりなからしずかちゃんへのいじめを知っていることが不自然じゃなくなった。

 

 声が遠ざかる。しずかちゃんが私の方をのぞいていたが、頷いて安心させるとしずかちゃんが土管から出て来る。

 

「喧嘩中なの?」

 少し考えてから、彼女は言った。

「喧嘩じゃないよ。」

「先生やみんなには喧嘩に見えてるみたいだけど。」

 

 ゾッとする。

 喧嘩なわけない事を知っているから、言葉の裏側が透けて見えた。

 暗に、誰も自分を助けてくれない。彼女の諦めが伝わって来るような気がした。

 

 先生やクラスメイトはいじめを喧嘩といって矮小化している。その方が都合がいいからだ。故意に限らず、これまでに至る所で起きてきたありふれた悲劇だった。

 

「ねえ、ここら辺に大きなスーパーはあるの?」

「スーパー?……あるよ。」

 

 気づけばしずかちゃんの敬語がとれていた。

 一緒に小さなピンチを乗り越えた仲間、ということだろうか。

 

「私このあたりにきたばかりで詳しくないから、よければ案内してくれない?」

 しずかちゃんは逡巡する。

 

「もし、案内してくれたら一つだけなんでもお菓子買ってあげるよ?」

 畳みかけるように、飴を追加する。

 普通、知らない大人からのこの手の誘い文句は危険だと言うことを学校で習っているはずだ。

 だが、愛着障害の児童は善悪の判断が難しい傾向がある。人間関係上の危険や安全、やって良いこと悪いことを教えてくれる大人がいないからだ。

 それが彼女に当てはまるなら……。

 

「うん、いいよ。」

 この提案に頷いてくれる見込みは高い。

 

「ありがとう、しずかちゃんは優しい子だね。」

『すーぱー?どんな場所だッピ?』

「食料品や雑貨、食べ物とか便利な道具とか生活に必要な物が買える場所だよ。」

『人間は食べないと生きられないッピ。大切な場所だッピ』

 

 私たち3人の時間が転がり始めた。

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