『待ってほしいッピ。』
しずかちゃんが帰ったのを見届け、帰ろうとした私に声が関わった。
タコピーだ。
この世界では、ずっとしずかちゃんと過ごすのかと思ったがわざわざ残っていたようだ。
「どうしたの?」
『ハッピー星人やハッピー道具の事はどこまで知ってるんだッピ?』
「ハッピー道具?ああ、パタパタつばさとか土星ネコのボールペンについては知っているよ。」
『知ってるなら大丈夫だッピ。』
そう言ってタコピーはさっきとったばかりの写真を取り出す。
『このままじゃ、しずかちゃんが死んじゃうッピ。』
声のトーンが一段と弱まる。タコピーの目が潤む。
『ハッピー道具のおかげで、そういう未来が見えだッピ。』
「なるほど。」
ハッピー道具。もとから原理は一切不明な道具なのだ。そういうことができても不思議じゃない。
それに、この悲しそうなタコピーの雰囲気は本物だった。
「うん、信じるよ。」
『ほんとだッピ!?嬉しいッピ。』
それにしても、『死』か。
事の重大さは計り知れない。
「もっと詳しく教えてくれる?どうしてしずかちゃんは死んじゃうの?」
『よくわかんないッピ。』
今にも泣き出しそうだ。
しずかちゃんへの悲しみと思いに反して自分がどうすればいいかわからない不安や不甲斐なさからだろうか。
「しずかちゃんは誰かに殺されちゃうの?」
『自殺だッピ。』
『仲直りリボンで首を吊ってたッピ。』
そう言ってタコピーはピンク色のかわいらしいリボンを取り出す。
おそらく、あれが仲直りリボンなのだろう。
詳しい経緯は分らないが、タコピーがリボンをしずかちゃんに渡し、それを使ってしずかちゃんは自殺に及んだのだろう。
「そうなんだ。そうなんだねタコピー。」
想像もできないが、あり得ないぐらいのショックだろう。
「それで、タコピーはどんな事が分らなかったのかな?」
『どんな理由でそうなったのかが、ぼくにはわからないんだッピ。』
「それは不安だね。」
きっと今のタコピーの胸の内は強くてマイナスな感情が複雑に絡み合ってる。
自分がリボンを渡したせいでしずかちゃんが自殺したという自責の念。
自分がこれからしずかちゃんを助けられるかわからないという不安。
しずかちゃんの苦しみに気づけなかった苦しみや自分の不甲斐なさ、自己効力感の低下。
不安、悲しみ、焦り、混乱、葛藤。
ああ。こういう苦しみを少しでも和らげるために私はこの道を志したのだ。
私になにかできる事はあるかな。
順番に。順番に。
タコピーのこの気持ちを順番にケアしていかないといけない。
「まずは話してくれてありがとう。タコピーに頼ってもらえて私は嬉しいよ。」
今大事なのは感情を落ち着けること。
だから、肯定的な感情を自分軸で答えること。
こちらの肯定的な感情が伝われば、安心した相手は私の話を聞こうとする態度になる。
聞く態度ができてから、理屈や理由付けで安心感や説得力に繋げる。
「タコピーが教えてくれたから、私も一緒にしずかちゃんのためにできることを考えられるよ。」
『本当だッピ?』
「うん、本当だよ。私たちじゃ分らなくても、今度は私たちのお友達にも一緒に助けて貰おうよ。」
「一人じゃなくて、みんなと一緒ならきっと大丈夫だよ。」
『ありがとうだッピ!!』
タコピーの目が最初とは違った意味で潤む。
情緒が豊かでかわいいな。
「それにね、多分タコピー気にしてるでしょ。」
『なんのことだッピ?』
「タコピーのハッピー道具で未来のしずかちゃんがしたこと。」
『それは、そうだッピ。未来のボクがしずかちゃんに渡しちゃったから、しずかちゃんは。』
「どうなんだろうね。それは。」
ナラティブストーリー。過去の事実は変えられないけど、過去の見方を変える事はできる。そういう手法。
『どういう事だっピ?』
「しずかちゃんは紐を渡されたから死んじゃったのかな。」
『それはそうだっピ。だってしずかちゃんはハッピーリボンで。」
「もともと死にたかったから、ハッピーリボンを使って実行しようとしたんじゃないかな。」
『それは、そうかもしれないっピ。』
『ハッピーリボンは、しずかちゃんにお願いされて貸したんだっピ。』
実際、タコピーとしずかちゃんが出会っていない場合、つまり私とタコピーが出会った時もしずかちゃんは自殺未遂を起こした噂が有名だった。
「なるほどね。やはりしずかちゃんは元々死にたい気持ちがあって、そこにたまたまタコピーが居合わせただけだと思うよ。」
『じゃあやっぱり、ボクが。』
「厳しい言い方をするとね。」
怖い。私は怖い。
「しずかちゃんの自殺にタコピーが
ああ、怖い。どうか上手に伝わってほしい。
私はすこし人の心理についての知識があるだけで、決して賢いわけじゃない。
だから、こんな伝え方しか思いつかなかった。
「タコピーがいなくても死にたい気持ちが晴れない以上、高い所から飛び降りたりしていたかもしれないね。」
だから、怖い。
もしかすると失敗してしまうかもしれない。私の伝えたい事とタコピーの受けとった事が違ってしまうかも知れない。
『あんまりだっピ。どうすればしずかちゃんはハッピーになれるんだっピ⁉︎』
「幸せになる方法なんてわからない。」
『じゃあしずかちゃんは。』
「でも、しずかちゃんの自殺を防ぐことならできる。」
『どうすればいいんだッピ?』
「まず、しずかちゃんを知る事。」
「しずかちゃんが死にたくなるような、辛い思いをする理由を知る事。」
「幸せの話は、それからだよ。」
『ボクにもなにかできるッピ?』
「もちろん。」
「彼女をひとりにしない事。一緒にいる事。たくさんお話して、彼女をする事。」
「それに、タコピーは十分に自分にできる事をしてくれたよ。」
『そんな、ボクはしずかちゃんになにもしてあげられてないッピ。』
「タコピーはそう思うんだね。でも、タコピーは私にしずかちゃんの事を話してくれたよね。」
「私を頼ってくれたよね。」
「だから、私もしずかちゃんの現状にまた一つ気づけたんだ。行動を起こせるんだ。」
「だからね、話してくれてありがとう。タコピーは、タコピーのできる事をしてくれているよ。」
『ありがとう。マリーちゃんありがとうッピ。』
ぽろぽろと涙を零すタコピーをぎゅっと抱きしめる。
きっと、少しだけ安心できたのだろう。ずっと胸の中にあった緊張がとれたのだろう。
タコピーはそれだけしずかちゃんの事を心配していたんだ。
その優しさに満ちたタコピーのあり方が、私には嬉しかった。
タコピーの見たという未来の話は荒唐無稽だ。
それを私に話すのはかなりの勇気が必要だっただろう。
だからこれは、タコピーの踏み出した勇気の一歩だ。
私もその勇気に答えてあげたい。
私になにかできる事はあるかな。
確かな事はわからないけど、精一杯私にできる事をしよう。
胸の内で泣くタコピーの温度感じながら、私はそう思った。
書きためは一旦ここまでです。お気に入りや評価ありがとうございます。次話投稿は月曜日になります。