二週目まりなちゃん   作:名取クス

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校長先生視点で始まります。


チームとしての学校

彼女を見送った後、再び校長室に5人が集まる。

 

「それで、彼女はどのようなお話をなされてたのでしょうか。」

 

今、那由多先生はどんな事を考えているのだろうな。

私は校長を勤めるようになってまだ長いわけではない。一方で、長い人生のなかで様々な人と関わってきたとも思っておる。しかし、それでも彼女の今の精神状態は掴みかねていた。

ただ、姿勢良く座る彼女の瞳は湖のように凪いでいた。ある種の諦め、なのだろうか。

 

「那由多君、なにか最近困った事はないかね?」

 

「……。彼女から何か聞いたのでは?」

 

「できれば、君の口から聞きたいのだよ。君の考えが分らなければ、私達もどうしてあげればいいか分らない。」

 

その場の雰囲気は異様だった。皆が皆、複雑そうな面もちで那由多先生を見つめていた。

 

「……。」

 

彼女は下を向いて黙り込んだ。膝の上に置いた手のひらがギュッと結ばれ、震えている。

言いたい、言うべきこと、付随する感情、全てがぐちゃぐちゃに混ざってうまくしゃべる事ができなくなっているようだった。

まるで、溺れた子どものようだ。

助けてと叫ぼうとするほど、水を飲んで苦しくなる。

 

「では、私が聞いた話を端的に伝えるとしよう。」

 

「久世しずかさんへのいじめは日常的に行われ、彼女の私物には彼女をけなすような言葉が書き込まれていた。」

 

「それは例えば、教室の机、ロッカー、ノート、ランドセル、書道の作品などだ。」

 

あくまで、事実のみを伝える。

必要なのは責めることではない、支える事だ。そう教えられたばかりだ。

 

「那由多先生、私は久世しずかへのいじめをどうしても止めたいと思っておる。どうか力を貸してくれ!」

 

彼女が驚いたようにハッと顔を上げる。

 

「校長…先生。それは一体どういう。」

 

「その通りの意味だ。彼女へのいじめを止めるためには、那由多先生の協力が必要だ。ここにいるみんながそう思っておる。」

 

教頭先生も、学年主任の先生も、生徒指導の先生も頷いた。

 

「いじめを止めたいその気持ちは皆同じなはずだ。那由多先生もそうではないですかな?」

 

「はい。同じです。」

 

那由多先生と校長先生の目線がしっかりと合う。

 

「ただ……。わたし()。どうすればいいか分らなくて……。」

じぶん(自分)がっきゅう(学級)のことなのに、()めようとしてもぜんぜん(全然)()まらなくて。」

「だんだん、よる()ねむ()れなくなって。」

かんじょう(感情)()んでいくみたいで。」

 

「なんだか、もうわけがわからなくなって。じぶん(自分)じぶん(自分)じゃないみたいで。」

「ただまいにちのしごとをおえることだけかんがえるようになってて。」

 

那由多先生の声は震えていた。溢れ出すように零す言葉と同時に、涙もぽろりぽろりと溢れる。

 

「那由多先生がそこまで追い詰められていたとは。」

「でも、ようやく気がつけました。」

 

「那由多先生。那由多先生の学級の子ども達の成長を支えるのは、那由多先生だけでは有りません。」

 

「私、校長を始め学校の先生方、地域の方々、保護者の方々、外部の方々など様々な人達です。子どもの健やかな成長はみんなで力を合わせて支えていくもの、違いますかな?」

 

「ちがいません。」

 

「私達を頼ってください。」

「なぜなら私達は同じ子どもの成長を支える仲間、いわばチーム学校だからです。」

 

「一緒にこの困難を乗り越えましょう、那由多先生。」

 

「……はい。」

 

かすれた声で答えた那由多先生は、その弱々しさを振り払うようにゴシゴシと瞼をこする。

充血した、けれど力強さも湛えた瞳で那由多先生は再び返事をした。

 

「はい。どうかよろしくお願いします。」

 

「こちらこそ、これからもよろしくお願いします。那由多先生。」

 

「他の先生方も、これからよろしくお願いします。いじめの解消・予防。指導とケア、保護者説明。教員同士が相談・連携しやすい校内環境の改善。やることは山積みです。」

 

「これから忙しくなりますな。」

________________________

 

学校での面談という一仕事を終えた私は家路についた。

すっかり、日が落ちたというのにまだまだ温かい風を感じながら思いにふける。

これで、なんらかの処置が行われるだろう。

 

ひとまず、学校の中のいじめだけでも減らす事ができればしずかちゃんやまりなちゃんの問題にアプローチする時間を作る事ができるだろう。いじめ行為を止めるだけでは、いじめに繋がる根本的な問題は解決されないのだから。

 

あの後、那由多先生はどうなるのだろうか。まあ、まず間違いなく処分は下るだろう。いじめを知っていて学校いじめ対策組織への報告を怠っていたのだから。

理由はいくつか考えられる。例えば、学校の教員は昔の考え方として自分の学級は全て自分で行うものだと思いがちだ。

そして、一人で問題を対処しようとする間に問題が深刻化、自分のせいだという意識から責任感や後ろめたさで一層他人に相談できなくなる。結果として、事態の深刻化が進行する負のスパイラルに陥る。

 

実際、那由多先生には十分その兆候が見られた。

つまり、問題の抱え込みによる過度のストレス。また、その結果として解離のような症状が疑われた。

解離とは、箱をつくってその中に自分の気持ちを無理矢理詰め込んで守るような物だ。

 

無理矢理詰め込んだからこそ、自分の感情にも無理がでる。

例えば、自分の事なのに他人事のように感じられる事。

解離とは、そういう自分で自分を守ろうとするがゆえの防衛反応だ。

 

あるスクールカウンセラー*1によると、中高学年の場合、教師への反抗は複数人によって行われる。それを受けた教師が抑うつ気味になり、学級経営の乱れが悪化する。最後には、学級の不安定さが子どもを通じて保護者に伝わり、保護者が学校に問い合わせを行い学校はその対応に追われ結果として学級崩壊に至る。

 

そうなれば、誰もが幸せになれない。

 

だからこそ、今の段階でいじめの可能性を学校内で共有する必要があった。

那由多先生に下される処分がどのような物かは分らないが、どうか折れずに立ち向かってほしい。

なぜなら彼女にも教職を志した想いがあったから教師になったのだろうし、彼女は決して一人でもないのだから。

 

そう思った。

*1
緒方宏明、小学校における学級崩壊の状況分析と教育方法の改善及び対応




度々の誤字報告ありがとうございます。
返信できていませんが、感想は楽しく読ませていただいてます。
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