何事にも、"始まり"がある。
その始まりに、ほんの少しの不安と大きな期待を感じる人は多いのではないだろうか。
かくいう俺もその一人だ。
春─満開となった桜の木から、暖かな風に乗ってひらひらと花びらが舞う季節。
そして、その始まりが溢れかえる季節でもある。
新たな学校、新たな会社、それに伴って新天地での生活を始めるといった人も多い。
俺─
表参道・原宿・青山という3つの街の狭間にできた新設校、私立
冒頭で述べたほんの少しの不安と大きな期待、それは俺の中にもある。
初めての一人暮らし、知り合いがほとんどいないこの街で上手くやっていけるのかという不安と──
失った大切なものを取り戻せるきっかけがあれば、という大きな期待。
そんな想いを抱えながら始まった新生活。しかし、俺は予想だにしていなかった。
「待ってくださーい!!!!」
「だああもうしつこい!!何度も言ったでしょ!俺はもう歌えないんだよぉぉぉ!!」
入学式を前日に控えた今日、謎の女性に追いかけられるという出会いが巻き起こり、ほんの少しの不安が、大きすぎる不安に変わるだなんて。
─
──
───
「ヒィ…ヒィ…」
やばい…もう流石に、体力限界だ…
もうかれこれ20分ほど走り回ったため、足もピリピリしてるし喉もカラカラだ。
ちょうどそんな時に、目の前にカフェらしき看板が立っているお店を見つけた。こうなったら、ここに入るしかない。カフェなら乾いた喉も満たせるし、座って休むこともできる。もしカフェじゃなかったら…その時は、ちゃんと謝ろう。
悩んでいるうちにまた見つかるかもしれない。
俺は咄嗟に、その店の扉を開けた。
カランコロン
カフェ特有のドアベルの音が鳴り響く。
店の中に入った俺は、すぐに扉を閉めた。
「ふぅ…」
なんとか逃げ切った。そう一安心した俺は、汗を拭いながら息を吐く。
「はわぁ…!」
すると、隣からうっとりとしたような女の子の声が聞こえた。
「マンマル〜、君は今日も完璧な丸だねぇ…!」
びっ、美少女…!?
声のした方に視線を移すと、ひとりの少女がしゃがみ込んでいた。
美しい白髪で左右にお団子を作り、眉上で切り揃えられたぱっつん前髪。鮮やかな赤いまん丸の瞳に、小柄な体格。目の前のフクロウらしき生き物に目を奪われ、恍惚とした様子で可愛らしく笑みを浮かべているこの少女は、まさに美少女と例えるのに相応しいような可憐さだった。
「ん?」
すると、俺の気配に気づいた女の子がこちらを向き、目が合った。
・・・
突然のことに呆気に取られ、お互い目をパチパチと瞬きしながら沈黙が流れること数秒…
「えっと…急にすみません。ここって、カフェじゃないですか…?」
ここの内装はカフェっぽいが、今ここにいるのは目の前の女の子とフクロウらしき生き物だけ。もしかしたら、カフェではないのかもしれない。そんな不安を感じた俺は、恐る恐る女の子に聞いた。
「えっ?あっ、うん!合ってる!合ってますよ!」
女の子は慌てて立ち上がりながら、そう答えてくれた。
「ついさっき店長さん、奥に材料取りに行っちゃって。もうすぐ戻ってくると思うんだけど…」
それを聞いて一安心した。やはりここはカフェだったようで、ちゃんと営業中のようだ。
なんて俺が胸を撫で下ろしていると、目の前の彼女が俺を見てニコッと笑う。
「うぃっすー!」
うぃっ、うぃっす…?
「私、
ハキハキ活発な自己紹介をした嵐千砂都という少女は、どうやら俺と同い年らしい。
「俺は音居奏叶。俺も明日から高校1年生です」
続けて俺も簡単に名乗る。
「同い年だったんだ!よろしくね、奏叶くん!」
たまたまこのカフェに立ち寄っただけだし、また会うことがあるのかと言われればない可能性の方が高そうだけど…
なんて思いつつも、彼女の元気いっぱいの笑顔で言われると、なんだか心が温かくなる。
この子、距離を詰めるのが上手いなぁ…
それも嫌な感じが全くせず、程よく距離を詰めてくる感じだ。
「あら、お客様?」
すると、店の奥からエプロンをつけた女性がやってきた。恐らくさっき嵐さんが言っていたこの店の店長さんだろう。
「お待たせしちゃってごめんなさい…」
店長さんが申し訳なさそうに眉をひそめてそう言ったので、俺は大丈夫だと笑って首を横に振る。
「お好きな席にどうぞ」
好きな席でいいそうなのだが、一人だしとりあえず一番端のカウンター席に座った。
「かのんちゃんママ!かのんちゃん、今部屋にいますか?」
"かのんちゃん"、嵐さんの口から飛び出たその名前に、俺はついビクッと体を震わせる。
「えぇ、いるわよ。まだちょっと落ち込んでるというか、最近あまり部屋からも出てこなくって…」
嵐さんの質問に、困ったように顎に手を当てて答えた店長さん。その様子から察するに、店長さんの娘さんであり嵐さんの友達であるかのんちゃんという子には、近頃何か落ち込んでしまう出来事があったようだ。
それにしても、かのんか…
「じゃあ、私が元気づけてきます!」
「えぇ、お願いね」
任せて!と言ったようにトンっと胸を叩いた嵐さんに、店長さんはにっこり笑った。
「私行くね!奏叶くん!」
「あっ、いろいろありがとうございました」
今にも走り出しそうな勢いの嵐さんに、俺は咄嗟に声をかけた。俺の口から飛び出たのは感謝の言葉だったはずなのだが、何故か嵐さんは不満げに頬をプクーっと膨らませて、真紅に輝く丸い瞳をジトっと細める。
「もーっ、同い年なんだし敬語じゃなくていいよ!」
「そっか…そうだね。うん、わかったよ」
俺がそう答えると、嵐さんは満足気に笑って「うん、よろしい」と言い、かのんという子の部屋に向かっていった。
名前の通り、嵐のような子だったな…
今思えば、引っ越してきて初めて"ちゃんと"話した相手だ。
嵐千砂都さん、か。またどこかで会えたらいいな。
さっきまでの逃走劇で疲弊し切っていた心が、嵐さんのお陰で休まった気がした。
そうそう…そういえば俺、謎の組織の女性に追われてるんだった。
謎の組織とか、刑事ものとかスパイもののドラマかよって思うだろうけど、これが現実だなんて俺だって思いたくない。
冷静になり、俺はこのカフェに入るまでのことを思い返す。
引越し早々、なぜ俺が追われていたかというと…
────
──
─
ことの始まりは1時間ほど前、一人暮らしを始めた俺がまだ慣れないこの街を散策しようとぶらぶら歩いていた時の事だった。
「はじめまして。音居奏叶さんですよね?」
目の前に現れたのは、肩甲骨あたりまでの綺麗で艶やかな黒髪を後頭部の低めの位置で一つに結び、160cmに届かないぐらいの身長、細身でレディーススーツをビシッと着こなしている女性だった。ボストン型の黒縁の眼鏡を掛け、その奥には黄褐色の大きな瞳を覗かせている。
「はっ、はい。そうですけど…あなたは?」
「申し遅れました。私、
おっとりとした雰囲気で優しく微笑んだ女性は、"鼓野志保"と名乗り名刺を差し出してきた。
【プロテクション 長官補佐 鼓野志保】
受け取った名刺には、そう記載されていた。
プロテクション…?会社なのか組織なのかはわからないが、そんな名前は聞いたことがない。
「えっと…ごめんなさい。プロテクションって名前の会社は聞いたことがなくて…」
「謝らなくて大丈夫ですよ。表向きには知られていない組織ですし、知らなくて当然ですから」
いや怖っ!?なにそれ。表向きには知られていないって、怪しさ全開なんですけども…
「そっ、それじゃあ…あなたはいったい何者で、俺になんの用が…?」
「私が何者なのかは後ほど答えるとして…我々は、あなたを探していたんです。音居奏叶さん。いえ…"
「っ…!?」
''奏音''、その名前を聞き、俺の表情が強張る。
その理由は、数ヶ月前に俺の身に起こったことに起因する。
俺は数ヶ月前まで、奏音という名前で歌手として活動していた。最初は、ネットに歌ってみた動画をあげたことがきっかけだった。何本かあげた動画は徐々にいろんな人の目に留まるようになり、良い評価をもらい、急上昇ランキングなどにも載るようになった。そんな俺の動画がとあるレコード会社の人の目に留まり、顔を隠してという形で歌手デビューすることになったのだ。
元々歌が大好きだった俺にとっても、その話は願ってもない話だった。リリースした曲もランキングに載ったりとたくさんの人に聞いてもらい、"謎の中学生シンガー"としてテレビやネットに取り上げられることもあった。
そんな俺だったが、突如として歌えなくなったのだ。とあるきっかけにより、会話など普通に喋ることはできるのに、歌おうとすると声が出ないという状態に陥ってしまった。
とまあ話が脱線したが、鼓野さんが言った"奏音"という名前は、俺が歌手として活動していた時の所謂ハンドルネームのようなものだ。
つまり、この人は俺が謎の中学生シンガー奏音であると知っているということだ。家族と、ごく一部の限られた人しか知らないその情報を…
「なんでその名前…もしかして、俺のファンとかですか…?」
決してふざけて聞いたわけではない。もしこの人が俺のファンだった場合、わざわざ活動休止中の俺の居場所まで突き止めた危険な人ということになる。それ以前に、ファンじゃなかったとしても、どういう手段を使ったのかはわからないが俺の正体を暴いている時点で危険な人には変わりはないだろうし。
「ファン…そうですね、ある意味ファンと言っても間違いないのかもしれません。ただ、私がここに来たのには別の理由があります」
「別の理由…?」
「私…いえ、我々組織は、あなたに協力してほしい。あなたの素晴らしい"音楽の力"を使って。」
音楽の力…?
そうか…そういうことか。この人は、俺にもう一度歌ってほしいと思っているのか。さっきのプロテクションというのは事務所のようなもので、そこに所属して、という話なんだろう。
いや、表向きにできない事務所ってなんだよそれ…やっぱ怖すぎだろ…
ま、それ以前にそれなら話は簡単だ。俺の答えは決まっている。
「申し訳ありませんが、お断りします」
「え?」
「俺、もう歌えないんです。だからもちろん、今は復帰なんて考えてないですし、ましてや移籍なんてできません」
俺は、きっぱり断った。
「移籍…?」
そう。俺は、もう歌えないんだ…
「もし歌手を探しているなら、俺なんかよりいい人がいっぱいいますよ」
「あっ、いや…」
「そういうことですので、失礼します」
鼓野さんが何か言おうとしているようだったが、これ以上の話は無用と考え、俺はそれに構うことなくスタスタと歩き始めた。そのまま目の前の角を曲がり歩みを進めていると、背後から再び声が聞こえた。
「待ってください!あの…!もう少しだけお話を…」
声に気がつき振り返ると、鼓野さんが俺の方に詰め寄ってきていた。
「え!?いやだから、俺はもう歌えないんですって!」
俺はとにかくそうとだけ答え、追いつかれないよう逃げるように駆け出した。
「あっ、いえ…そういうことでは…っ!」
そんな俺を追いかけるように鼓野さんも走り出した。
そして、冒頭に戻る。
「待ってくださーい!!!!」
「だああもうしつこい!!何度も言ったでしょ!俺はもう歌えないんだよぉぉぉ!!」
かなりの時間逃げ回ったのだが、懲りずに鼓野さんは追いかけ続けてくる。
それにしても、あの人体力ありすぎじゃない…!?俺はもう限界が近いってのに、息切れ一つしてないし…
「ヒィ…ヒィ…」
やばい…もう流石に、体力限界だ…
─
──
────
それから、たまたま見つけたカフェに入り、嵐さんと出会い、今に至るというわけだ。
「はーい、お待たせしました」
なんて過去を回想し辟易としているうちに、店長さんが注文したアイスカフェオレを持ってきてくれた。
「っ!?美味しい…!」
カフェオレを一口飲むと、口いっぱいにミルクのクリーミーな甘味とコーヒーの程よい苦味が広がり、俺は思わず言葉を漏らす。
「ふふっ」
そんな俺を見て、店長さんは嬉しそうに笑っている。
「このカフェオレすっごく美味しいです!」
実は、俺はずっとコーヒーが苦手だった。カフェオレですら飲めなかったのだが、もう高校生になるしと、今日は試しに頼んでみたのだ。そしてそれは、誇張など一切なく本当に驚くほど美味しかった。生まれて初めてカフェオレが、コーヒーが美味しいと感じた。
「そんなに言ってもらえて嬉しいわ。千砂都ちゃんと同い年ってことは、高校生になるのかしら?」
「明日入学式なんです」
「あら、うちの子と同じね」
まあっ、と手を合わせて言う店長さん。
「なら、中学も同じかもしれないわね」
「あっ、いえ…高校入学のために、この辺に引っ越してきたばかりなので…」
「まあ、そうなの。一人暮らし?」
「はい」
「若いのに偉いわね〜」
カフェオレを飲みつつ、店長さんと世間話に花を咲かせているうちに、気がつけばあっという間に時間が過ぎていた。
流石に、もうさっきの女の人もこの辺りにはいないだろう。
「それじゃあ、俺はそろそろ…」
「またいつでも来てね〜」
会計を済ませた俺は、店長さんに見送られながら店を出た。
「よし、慎重に帰ろ…」
そう呟き、俺は辺りを警戒しながら帰路に着いた。
さっきの鼓野さんがまだ俺を探していたりする可能性も考えたが、特に見つかることもなく無事に自宅に辿り着いた。
それにしても、いったいどこから俺が"謎の中学生シンガー奏音"だって調べたんだろうか。正体なんてごく一部の人しか知らない上に、ましてや俺がこの辺りに引っ越してきたことを知っている人なんて、家族とほんの僅かな人だけだというのに…まぁ、こんな情報社会の世の中じゃ、案外簡単に調べられてしまうものなのかもしれないな。
「はぁ…」
引越し早々、予期せぬトラブルに巻き込まれてしまった。
グデっとソファに座り込んだ俺は、一人ため息を吐くのであった。
〜〜〜〜〜
「んーっ…今日もいい天気!」
私、嵐千砂都!
今日から結ヶ丘高等学校の1年生!
真新しい純白の制服に身を包んで家を出た私は、お日様の光を浴びながら伸びをした。
ついに始まる高校生活に心躍らせながら歩く通学路は、いつも見ているはずの景色もどこか特別なものに感じてしまう。
ただ、そんな私だけどひとつだけ心配事がある。
幼馴染のかのんちゃんのことだ。かのんちゃんは、音楽科の受験に落ちてからずっと落ち込んでいる。たった1人の大切な幼なじみが落ち込んでいるのに、私は力になれていない。こんな状況がどうしても歯がゆくてもどかしい。
そんな懸念を抱えつつも、高校生活が始まろうとしていたその時だった。
「きゃああああ!?」
「ひぃっ!?」
「わぁぁぁぁ!?」
何人もの人の悲鳴が聞こえてきた。
「っ!?なっ、なに…あれ…!?」
悲鳴が聞こえてきた方を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
黒い体に茶色いマントを纏い、頭はまるで西洋の兜のような形をした異形…まさかこれが現実だとは思いもできないほどの悍ましい怪物が、人々を襲っている。
「なっ、なにあれ…」
うねうねと蠢くおどろおどろしい怪物たちに恐怖していると、背後の空気が重く、冷たいものに変わったのを感じた。
その不穏な気配に心臓の鼓動が警笛を鳴らすように体の中で響く中、私は恐る恐る振り返る。
「ヒィッ…!?」
すると、そこにも同じ怪物が一体、今にも私を襲おうとばかりにジリジリとにじり寄ってきていた。
「きゃっ…」
逃げようと後退する私だが、足がもつれて転んでしまった。そのせいで目の前まで迫ってきた怪物は、私に危害を加えようと腕を大きく振り上げた。
その瞬間、私は死を覚悟して目を閉じる。
そんな…まだかのんちゃんの隣に、立ててないのに…
脳裏に浮かぶのは、大切な幼馴染の姿。
これが、走馬灯というやつなのかな…
そして、ドンッ!と大きな衝撃音が耳に届く。
しかし、攻撃されたかのような大きな音が耳に届いたはずなのに、私は何の痛みも衝撃も感じなかった。
「嵐さん!大丈夫!?」
私を心配する焦った声が聞こえる。
私は、恐る恐る目を開いた。
そんな私の視界に映るのは、昨日出会った音居奏叶くんの姿。
朝日に照らされながら私を庇うように立つ彼の姿は、まるでヒーローのようだった。
──次回、『〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜』
嵐千砂都の前に現れた謎の怪物─ヌッラ。
彼女の窮地を救った音居奏叶だったが、そんな彼の脳裏に刻まれた苦い記憶がフラッシュバックする。
「っ!?あの化け物、あの時にも…」
そして、待ち受けている新たな出会いとは…
「「うひゃあ!?だっ、誰!?」」
『#2 不穏な影』
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『#1 始まりの日』
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます!!
ということで、皆様はじめまして!
本日より、『ラブライブ!スーパースター‼︎』とオリジナル仮面ライダー、『仮面ライダームジカ』のクロスオーバー作品を投稿いたします。
まだまだ未熟者ではありますが、ラブライブ!シリーズが好きな方はもちろん、仮面ライダーシリーズも好きな方、少しだけ観たことがある方、全く観たことがない方にも楽しんでいただける作品づくりを頑張ってまいりますので、見守ってくださると嬉しいです!
ここで長々と話しても…ということで、これから各話の配信後、活動報告の方で細かな感想や裏話などを話していこうと思います。完全な自己満足ではありますが、お時間ある方はよかったら遊びに来てください!
今回の活動報告の方も、準備でき次第配信いたします。
お気に入り登録や感想、評価等いただけると大変励みになりますので、もしよろしければよろしくお願いします!
次回『#2 不穏な影』は、早速明日 6月26日20時に配信予定です。
次回もお楽しみに!