〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜   作:一葉 彩人

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─登場人物─

音居奏叶(おといかなと)
結ヶ丘高等学校に通う一年生であり、仮面ライダームジカの変身者。
歌うことが大好きだが、ヌッラの能力により歌声を奪われてしまった。

澁谷(しぶや)かのん】
結ヶ丘高等学校に通う一年生であり、スクールアイドル同好会の一員。
人前では緊張して歌えないという悩みを抱えていたが、可可の想いに触発されて共にスクールアイドルを始めた。

鼓野志保(つづみのしほ)
プロテクションの長官補佐。
長官の補佐以外にも、奏叶の戦いのサポートも主な仕事である。

九重誠(ここのえまこと)
警視庁 公安部に所属する刑事であり、階級は警部。
ヌッラ捜査のため、特別捜査官としてプロテクションにも所属している。

神窪政宗(かみくぼまさむね)
プロテクションの長官。
世界を護る組織のトップとして責任感が強く、時には厳しい一面もあるが、誠実で部下思いな人間。



#14 ふたりで一緒に

 

とある日の昼下がり。

 

「奏叶くーん!」

 

夏の日差しを浴びて輝く天使が現れた。その天使は、こちらに手を振りながら小走りで駆け寄ってくる。

 

「ごめん!待った…?」

 

白いタンクトップの上からオレンジ色の薄手のカーディガンを羽織り、水色のショートパンツを身にまとった可憐な少女は、俺の様子を伺うように上目遣いで見つめてくる。

潤んだ瞳で乱れた髪を整えるその様子に見惚れてしまった俺だが、ハッと我に返り平静を装って答える。

 

「全然、俺も今来たとこ」

 

なんともテンプレートな返しをしてしまった。

 

「よかった!」

 

しかしそんなテンプレ返しにも、目の前の少女はホッとしたように笑みを浮かべる。少女、とは言っても同い年なのだが…

 

とまあ訳の分からないことを言うのもここまでにして、先程から俺が天使天使と言っている女の子は、クラスメイトの澁谷かのんさんのことである。

 

チケットが余っているからと誘ってもらった映画を見に行くため、俺と澁谷さんは待ち合わせをしていた。

 

結ヶ丘高等学校に入学してから数ヶ月、他愛もない会話をするぐらいには仲が良くなった俺たちだが、学校に関係のないところで会うのは今日が初めてだ。そのため、制服か練習着、ライブの衣装を着た澁谷さんしか知らない俺は、初めて見る可憐な私服姿と彼女自身が持つ可愛さのダブルパンチについやられてしまったというわけだ。

 

「それじゃ行こっか」

 

映画館の方を指さした澁谷さんに促され、俺たちは歩き出す。

 

「そういえば、なんて映画見るの?」

 

今更だが、チケットがあるから映画を見に行こうとしか話しておらず、肝心のなんの映画を見るのかを聞いていなかった。

 

ま、ジャンル問わず映画は好きだから気にしていなかったというのもあるけど…

 

「あ、まだ言ってなかったね。彼女がいる街って映画だよ」

 

ほうほう。『彼女がいる街』か…

 

「私もどんな映画かは知らないんだけどね。ありあ…妹が、面白いから予告とか見ずに何も知らない状態で見た方がいいって」

 

「へぇ…それは楽しみだね」

 

既にその映画を観たらしい妹さんがそんなに言うなら、余程面白い映画なのだろう。

 

あれ…そういえばその映画、俺も予告とかは見ていないが、聞いた話ではホラーだったような気が…

澁谷さん、ホラーとか大丈夫なタイプだったんだな。

 

なんて思っていたが、いざ到着した映画館で上映が始まると…

 

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

決してそんなことはなかった。

 

俺の腕にしがみつき震えながら映画を鑑賞する澁谷さんを見て、俺は先程の考えを訂正していた。

 

いや澁谷さん、めっちゃホラー苦手じゃん…

さては、それを知ってる妹さんに嵌められたな。

 

なんて苦笑しつつも、俺も再び映画へと集中する。

王道なホラー映画ではあるが、ストーリーもちゃんと練られていてなかなか面白い。興味深い内容の映画だと思い、再び隣の澁谷さんに目を向けてみるが…

 

「ヒィッ…うっ…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

どうやら彼女には、それを楽しむような余裕はないようだ。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

映画が終わり明かりがつくと、隣の澁谷さんはゲッソリとして魂が抜けたような様子だった。

 

「だ、大丈夫…?」

 

「う、うん…ぜんぜっ…ぜんぜん、だいじょうぶ…」

 

とても大丈夫には見えない。

叫びすぎたのか、澁谷さんはカラカラになった声で力のない笑顔を向けてくる。

 

「ありあったら…ホラーなら最初から言っといてよぉ…」

 

「でも澁谷さん、ホラーだって知ってたら行かなかったんじゃない?」

 

ふと思ったことを口にすると、彼女の体がギクッと固まる。

 

「そっ、そうかも…」

 

「澁谷さんホラー苦手なんだね」

 

「うぅ…」

 

俺の発言に、恥ずかしそうに口を尖らせる澁谷さん。

 

そういえば、この前部室の中に誰かいるってなった時も、澁谷さん怯えて俺にしがみついていたな…結局、中にいたのはスクールアイドルに興味があるって話に来てたすみれだったんだけど。

 

 

そんなこんなで映画鑑賞も無事?に終わった俺たちは、映画館を出てとあるカフェに向かっている。

 

「カッフェオレ〜!カフェオレ〜!」

 

先程までの様子が嘘のように、隣を歩く澁谷さんは上機嫌だ。その理由は、これから行くカフェが、カフェオレが絶品だと有名なお店だからだ。

 

先日SNSでカフェオレが美味しいと話題のお店を目にした俺は、カフェオレ好きな澁谷さんに教えてあげようと保存していた。すると、タイミングよく一緒に出かけることになったので、そこに行かないかと提案したのだ。

 

「ホントに好きなんだね、カフェオレ」

 

「それもあるけど…」

 

「ん?」

 

何かを言いかけた澁谷さんに首を傾げると、彼女は照れ臭さそうにそっぽを向いてぼそりと呟く。

 

「奏叶くんが私の好きなものを覚えてくれてて、一緒に行こうって言ってくれたのが、すごく嬉しかったんだ…」

 

頬を赤らめ控えめな視線を向けてくる澁谷さんに、思わずドキッとしてしまった。なんだかお互い恥ずかしくなってしまったのか、しばしの間沈黙が流れる。

 

「なっ、なんか今日は、澁谷さんの知らない一面がたくさん見れて楽しいな〜」

 

俺はそんな沈黙と恥ずかしさを誤魔化すように言った。しかし、その言葉自体は本心だ。

初めて見る私服姿にホラーが苦手なところ、好物のことになるとあんなにウキウキするところや、照れるとあんな風にしおらしくなるところ、今日はまだ知らなかった彼女のことをたくさん知れてとても楽しい。

 

「やっぱり、澁谷さん…」

 

すると、俺の言葉を聞いた澁谷さんは、先程までとは違い少ししょぼんとした様子でなにかを呟いた。そして、顔を上げた澁谷さんは何かを決意したような真剣な表情で、俺の名前を呼ぼうとする。

 

「ねぇ、奏叶く…」

 

「ごめん、澁谷さん」

 

しかし、俺はそれを遮り澁谷さんに声をかける。

 

「え?」

 

映画館を出た時からずっと気になっていた。

 

「カフェオレは少しお預けみたいだ。ちょっと走れる?」

 

コソッと耳打ちすると、澁谷さんは困惑した表情を浮かべたものの、俺のただならぬ雰囲気を感じ取り頷いてくれた。

 

俺はそっと、澁谷さんの手を取る。

 

「行くよ」

 

「っ……うん…!」

 

澁谷さんが頷いたのを確認した俺は彼女の手を引いて駆け出し、そのまますぐ先にある曲がり角を曲がる。

 

「ちょっとここに隠れるよ」

 

「うん…」

 

角を曲がった先の路地にある自動販売機の影に身を潜め、様子を伺う。

 

「はぁ…はぁ…どこ行った…?」

 

すると、すぐに慌てた様子の全身黒いジャージに身を包んだ男が現れた。フードを被っており、顔は確認できない。

 

この人か…ずっと俺たちを付けてきていたのは。

 

「奏叶くん、あの人は…?」

 

「誰かはわからない…けど、ずっと俺たちの跡をつけてたみたいだよ」

 

映画館を出た辺りから、ずっと視線を感じていた。途中で明らかに跡をつけられていると気づいたため、咄嗟に澁谷さんを連れてここに隠れたのだ。

 

「ちっ…」

 

見失ったことに苛立ち舌打ちをした男が、俺たちがいる自販機の方に近づいてくる。

 

よし、今だ!

 

男が自販機の傍を通り過ぎようとしたところで俺は飛び出し、男を背後から羽交い締めにする。

 

「ぐぁっ!?」

 

「ちょっと失礼」

 

俺は右手を男の首に固定して動かないようにしたまま、左手でフードを取る。すると、現れたのは20代前半ぐらいの青年だった。記憶の限りじゃ、俺はこの人のことを知らない。

 

「お兄さんコソコソ着いてきてたよね?何の用?」

 

「クソがっ…!うぉぉぉぉぉぉっ!」

 

すると、突如として男の体が異形へと変化し、その際のエネルギーで吹いた突風により俺は吹き飛ばされる。

 

「っ…ヌッラ!?」

 

男は、負の感情により生まれる怪物─ヌッラに変化してしまった。

 

そのヌッラは、これまでで一番人間らしいシルエットをしていた。

すらっとした細身の体に、布が破れ皺だらけのタキシードを身に纏っている。そんな全身に、いつもと同じ凝固した血液のような禍々しい赤茶色の錆が張り付いていた。

そして、タキシードの蝶ネクタイよりも少し下、胸の辺りにはレタルジアディスクが埋め込まれている。俊敏そうな両足には足枷の錠が嵌められ、鎖で繋がれたその先には錘のような物が取り付けてある。

 

そんな人間らしいシルエットではあるが、頭部は却って完全な異形だった。頭部が丸ごと、鳥籠のようになっているのだ。その鳥籠の中には、背を向け合った男女の彫像が閉じ込められていた。

 

突如として現れた一風変わった見た目のヌッラ。

 

まさか、このヌッラが一連の行方不明事件の犯人…!?

 

「ひぃっ…化け物!?」

 

自販機の影から様子を伺っていた澁谷さんが、驚きと恐怖の声を漏らす。

 

「澁谷さん逃げて!」

 

俺は咄嗟に叫び、それを聞いた澁谷さんも走り出そうとしたのだが…

 

「逃がすか!」

 

ヌッラが手のひらサイズの黒い球体を取り出したかと思えば、それが巨大化し真っ二つに展開した。すると、俺と澁谷さんの体がその球体の方に引き寄せられていく。

 

「っ!?」

 

「きゃあああああああ!!」

 

その強い吸引力に為す術なく、俺たちは黒い球体の中へと吸い込まれてしまうのであった。

 

 

 

──

───

 

 

 

「うっ…」

 

意識を取り戻し、ゆっくりと目を開く。

開眼したばかりのボヤけた視界では、目の前は一面真っ黒にしか見えない。

 

「ん…?ここは…?」

 

なかなか視界のピントが合わないな、そう思い何度か目を擦ってみるが、一向に目の前に映る景色は変わらない。となると、俺の視界がボヤけて真っ黒なわけじゃない。今いるこの場所が、真っ黒い空間だということになる。

 

「いったい、どこなんだ…?」

 

俺は確か…澁谷さんと映画を見終わって、ずっと跡をつけてきていた怪しい男を捕まえたと思ったらヌッラになって、なんらかの能力によって黒い球体の中に吸い込まれた…つまりここは、あの球体の中…?

 

「って、澁谷さんは!?」

 

俺が慌てて周囲を見渡すと、左隣に意識を失った澁谷さんが倒れているのを発見した。

 

まずいな、早くなんとかしないと…!

 

澁谷さんが気を失っている今が、仮面ライダームジカに変身する絶好のチャンスだ。そう思った俺は、ステレオドライバーを腰に装着する。そして、ブルースカイエネルジアディスクを取り出して装填する。

 

「変身!」

 

変身ボタンを押し、ディスクトレイがベルト内に格納される。そうすることによりディスクの情報がステレオドライバーに読み込まれ、鳴り響く音楽と共に俺の姿は仮面ライダームジカ ブルースカイに変身する。はずだった…

 

「あれ…?」

 

しかし、俺の姿は変わらない。

 

「へっ、変身!」

 

もう一度変身ボタンを押してみるが、やはり姿は変わらない。

 

ヌッラが作り出したであろうこの空間では、変身できないということなのか…?

これは、かなりまずい状況になっちゃったな…

 

「すーっ、はぁ…」

 

しかし、できないものはできない。そこに気を取られてこのままじっとしていたら、それこそ取り返しのつかない状況になってしまう。

こうなったら、なんとかムジカの力なしでも帰る方法を見つけ出すしかない。

 

「澁谷さん」

 

とりあえず、変身していない状況で気を失っている澁谷さんを連れて脱出方法を探すのは無理がある。俺は澁谷さんを起こすべく、肩を軽く叩きながら声をかけた。

 

「……ぅ…ん…?」

 

意識を取り戻した彼女は、ゆっくりと目を開けて辺りを不思議そうに見渡している。

 

良かった…怪我をした様子もなく、ひとまず無事なようだ。

 

「ここは…?」

 

「わからない。多分、さっきの怪物が作り出した空間だと思う」

 

ヌッラが展開した球体の中に吸い込まれ、気づいたら辺り一面真っ黒な現実とはかけ離れたこの空間にいたことから、ここはヌッラの能力によって作り出された場所だろう。

 

「圏外か…」

 

鼓野さんに連絡できないかとプロテクフォンを操作してみるが、圏外になっており繋がらない。

 

外部に連絡が取れない以上、俺はこの中からできることを探すしかない。外からの助けは、鼓野さんたちがなんとか異変に気づいてくれることを願うばかりだ。

あそこは路地裏で人通りは少ないが、防犯カメラが設置されていた。あの人がヌッラになる瞬間や、俺と澁谷さんが吸い込まれる瞬間は、バッチリと映っているだろう。過去7件の犯行では痕跡を一切残さなかったヌッラだったが、今回は俺があそこに逃げ込んだことで、予期していなかった場所での犯行になった。そのため、決定的な証拠を残してしまったのだ。

 

プロテクションの誰かが俺と連絡が取れないと不審に思ってくれさえすれば、あの男の正体を掴んで、外から助けが来るかもしれない。

 

「澁谷さん、立てる?」

 

澁谷さんが頷いたのを確認し、俺は彼女の手を取ってゆっくりと立ち上がらせる。

 

突然怪物に遭遇した上に謎の真っ黒空間に飛ばされて、今の澁谷さんは恐怖でいっぱいだろう。そんな彼女の恐怖を少しでも和らげられたらと思い、俺は優しく声をかける。

 

「大丈夫。何があっても、澁谷さんのことは元の世界に帰すから」

 

「……うん。ありがとう、奏叶くん」

 

二人頷き合い、ここから脱出する方法を探すため動き出そうとした。その時だった…

 

「あーあぁ…虫唾が走る…」

 

突如、威圧的で不気味な声が響いた。

 

「お前は…」

 

俺と澁谷さんの二人しかいなかったこの空間に、いつの間にかもう一人、俺たちをここに閉じ込めた張本人であるヌッラが現れていた。

 

「いったい何が目的だ?」

 

「お前たちにはこれから、試練を受けてもらう」

 

「試練…?」

 

「これを見ろ」

 

すると、何もなかったこの黒い空間に、一つの映像が映し出された。そこに映るのは、こことは対照的な真っ白な空間。そこには、合計14人もの人物がぐったりとした様子で横たわっていた。

その14人の内訳は、男性と女性が7人ずつ。

 

男女が7組…ちょうど行方不明になった人たちと同じ数だ。ということは、やはり一連のカップル行方不明事件の犯人はこのヌッラで間違いないようだな。

 

「ここにいるのは、俺の試練を突破できなかったヤツらだ。もし試練に失敗したら、お前らもこんなふうに一生閉じ込められることになるのさ」

 

ヌッラの脅しを受け、澁谷さんは恐怖で顔を顰め体は硬直している。俺はそんな彼女を庇うように前に立ち、ヌッラと対峙する。

 

「要は試練を乗り越えろってことか」

 

ヌッラの狙いに乗るのは癪だが、今はその試練を乗り越えるしか道はなさそうだ。だったら、それを突破するまで。

 

「なんでお前はそう堂々としてんだよ…」

 

ヌッラは舌打ちを零して、イライラした様子で何かをボソリと呟いた。

しかし、すぐに元の様子に戻り、試練の説明を始める。

 

「試練の内容はこうだ」

 

すると、俺たちの前に5体のニエンテ・ヌッラが現れた。

 

「ひぃっ…」

 

更に怪物が現れたことに恐怖を感じ、澁谷さんは息を漏らして俺の腕にしがみついた。

 

「これから、お前らを俺が作り出した"街を模倣した空間"へと案内する。そんで、コイツらが一時間お前らを追っかける。ま、もちろん数はこんなもんじゃないがな」

 

ということは、推定何十体ものニエンテ・ヌッラから一時間逃げ切らなければならない。

 

「なーに安心しろ。その空間では死ぬことはない。ま、痛みは現実と変わらず感じるがな」

 

ヌッラが発したその声音から、怪物の姿に覆われた中では、ニヤリと下卑た笑みを浮かべているのだろうと容易に想像できた。

俺は湧き上がった怒りを押し殺し、冷静に言葉を返す。

 

「じゃあ、一時間逃げ切ることが試練ということだな?」

 

「いいや、別に捕まっても構わない」

 

「え…?」

 

「試練の内容は、どんなことがあっても、お前たちの仲が険悪にならないこと。捕まろうが、どれだけの傷を負おうが、良好な関係のまま乗り越えられたら試練は合格だ」

 

見つかったらゲームオーバーではなく、仲が険悪になったらアウト…このヌッラ、いったい何が目的なんだ…?

 

「恋人なんて関係はくだらないんだよ。大好きだの、愛してるだの、そんな陳腐で口だけの愛情表現をして…ちょっとした危機に陥った瞬間、相手を見捨てて自分のことしか考えなくなる。実に身勝手だ。だから俺はカップルどもに試練を出し、制裁を加えているのさ!!」

 

自分の胸の内にある考えを話しているうちに気分が昂ってきたのか、ヌッラは高笑いしながら豪語する。

 

「現に試練を終えた7組のうち、5組はこの空間に飛ばされた時点でアウトだった。お互い自分だけでも助かろうとして、見るに堪えないほど言い争っていたぞ。そして、残りの2組も試練が始まると醜い揉め事を繰り返すばかり…見ろ。愛し合っていたもの同士だと言うのに、今じゃ口すら利いていない。滑稽だな」

 

確かに、ヌッラが指差す映像に映る人たちは一切会話する様子を見せない。それどころか、目も合わさず距離感もまるで他人のようだ。親密な間柄であるはずの恋人同士なら、本来はこんな状況に陥れば、寄り添いあってお互いを支え合うはずだ。恋人同士ではないが、今の俺と澁谷さんがまさにそういった状態のように…

 

しかし、ヌッラが言うように、本当に捕えられている人たちが言い争ったんだとしても、そんなことは他人である俺やこのヌッラにだって関係のない話だ。こんな恐怖に満ちた状況に追い込まれたら、冷静な判断だってできなくなる。あとは、今後当人たちが解決するしかない。

 

それよりも、俺は目の前にヌッラに対して我慢ならなかった。捕えられた人たちを嘲笑するヌッラに、とてつもない怒りが湧いている。

 

「…身勝手なのはどっちだ」

 

「あァ…?」

 

「一つ言っておく。そもそも、俺と澁谷さんは恋人じゃない。友達だ」

 

「なに?」

 

「だから、試練には俺一人で挑戦してやる」

 

「奏叶くん!?ちょっと待って…!」

 

試練に一人で挑むと宣言した俺に、澁谷さんは慌てた様子で俺の腕を掴んでいる手の力が強まった。そんな彼女の瞳は、心配そうに俺のことを捉えている。

 

「恋人じゃないんだから、お前の試練の対象ではないはずだ。だったらせめて、澁谷さんだけでも解放しろ」

 

「おーおーかっこいいねー。ま、こんな状況で自分ではなく相手を助けてくれと言ったことは褒めてやる。だがァ…だからこそ、試練は二人で受けてもらう」

 

澁谷さんの解放を認めないヌッラに、悔しさのあまり唇を噛み締める。ニエンテ・ヌッラは雑魚兵とはいえ、危険な存在であることに変わりない。そんなヤツらから追われる試練なんて、澁谷さんにさせるわけには…

 

「奏叶くん」

 

なんとかして澁谷さんだけでも逃がす方法がないか苦悩していると、澁谷さんが俺の名前を呼んだ。

 

「私もやるよ、試練」

 

「ダメだ!危険すぎる…」

 

「それは奏叶くんだって同じでしょ?そんな危険なことを奏叶くんにだけさせて、自分だけ助かるなんてしたくない!」

 

必死に訴えかけてくる彼女の瞳には、真っ直ぐと揺らがぬ決意がこもっていた。本当は、今も不安でいっぱいなはずなのに…

 

「でも…!」

 

「でもじゃねぇんだよォ…!」

 

気持ちは嬉しいが、それでもこんな危険に澁谷さんを巻き込めない。なんとか澁谷さんを止めようと説得していると、痺れを切らしたヌッラが話に割り込んでくる。

 

「この際恋人かどうかなんてどうだっていい。お前らのその感じを見てるだけで、こっちはさっきから虫唾が走ってんだァ!」

 

クソッ!!なんて身勝手なんだ、こいつ…!

 

「この試練で、お前らの関係をズタズタに切り裂いてやる!!」

 

「ふんっ!そんなあなたの身勝手な欲望になんて負けない。どんな試練だって、奏叶くんとなら乗り越えてみせる!!」

 

身勝手に喚くヌッラに、澁谷さんは俺の服の袖をギュッと握りしめて宣言した。その覚悟の強さに、彼女を巻き込みたくないという俺の心も揺らいだ。

 

澁谷さんにここまで言わせたんだ。俺も、腹括らないとな…

 

「ありがとう、澁谷さん。一緒に試練、乗り越えよう!」

 

「うん!」

 

俺たちは顔を見合わせて力強く頷き、微笑みあった。

 

「ふはっ…ふははははっ!それじゃあ試練を始めよう!自分たちの絆を信じるその自信がいつ壊れるか、見せてもらおうじゃないかァ!!!」

 

ヌッラの叫びと同時に、俺たちの周りは白い光に包まれる。突然のことに驚いた澁谷さんが、咄嗟に俺の手に触れた。俺はその手をぎゅっと握り返し、覚悟する。この光が止むと試練が始まるのだ、と…

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「政宗さん!緊急事態です!」

 

奏叶とかのんがヌッラに囚われて少しした頃、プロテクションベースでは慌てた様子の鼓野志保が、神窪政宗がいる長官室を訪ねていた。

 

「どうした?」

 

緊迫感のある志保の声を聞き、政宗もただならぬ事態なのだと察した様子で長官室から出てきた。

 

「音居さんの現在の位置情報などが検出されなくなりました」

 

奏叶の位置情報というのは、彼が持つスマートフォン─プロテクフォンから発信されている位置情報のことである。プロテクフォンは、その名の通りプロテクションが開発した特別製スマートフォン。奏叶の戦いのサポートになる機能がいくつも備え付けられている。そのうちの一つが、通常よりも正確で微弱な電波でも受信できる位置情報だ。

 

普段は奏叶のプライバシーを考慮し、プロテクションが彼の位置情報を確認することはもちろんない。だが、突然圏外になり位置情報を検知できなくなった場合、プロテクションには緊急通報が入ることになっている。

 

このことは奏叶本人にも了承を得ており、山奥に行く、飛行機に乗るなどの電波が入らなくなる可能性がある場合は、事前にプロテクションに連絡を入れることになっている。

 

「電話も繋がりませんし、恐らく緊急事態とみて間違いないかと」

 

「とりあえず、彼の位置情報が最後に確認された場所から手がかりを探してみよう」

 

志保はノートパソコンを取り出し、奏叶の位置情報が途絶えた場所を確認する。

 

「ここですね」

 

奏叶が最後に確認された場所は、飲食店などが立ち並ぶ大通りの裏にある人気の少ない路地。だが、電波が届かないような場所ではない。

 

──なんだか、嫌な予感がする…

 

志保の中にあるそんな抽象的な不安が、どんどん大きくなっていく。そして、彼女の脳裏に昨日奏叶と交わした会話が過った。

 

「っ…!」

 

「鼓野?」

 

「確か、音居さんは今日、ご友人と映画に行くと言っていました。相手の方は恋人というわけではないそうなのですが、女性の方です。恋人同士と勘違いされてもおかしくありません」

 

「……一連のカップル行方不明事件を起こしているヌッラに襲われた可能性がある、ということだな」

 

そう呟くと、政宗は再びパソコンに目を移す。そして、マップのストリートビュー機能を使い詳しくその場所を確認すると、感嘆したように息を漏らす。

 

「もしそうだとしても、音居くんはただ襲われたわけじゃないようだ」

 

「え?」

 

「ほら、ここの路地には防犯カメラがある。きっと音居くんは、危機を察知してここで対峙したんだろう」

 

万が一の状況になった時、プロテクションが異変に気づいて防犯カメラの映像に辿り着けば、捜査を開始できる。そんな奏叶の狙い通り、プロテクションは動き出す。

 

「では、急いで防犯カメラを設置しているお店の方にお願いして、映像の確認を…」

 

「自分が行きます。刑事である私の方が、スムーズに見せてもらえるでしょうし」

 

そう進言したのは、現職の刑事でありプロテクション特別捜査官である九重誠。志保の慌ただしい様子から只事ではないと察した彼は、いつの間にか長官室に来ていたようだ。

 

「九重さん、お願いします!」

 

こうして、プロテクションの捜査が始まった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

再び辺りを包んだ眩い光が止んだかと思うと、俺たちは親しみのある街の中にいた。現実と何ら変わらず家やお店が立ち並び、俺たちが普段暮らしている結ヶ丘高等学校周辺がよく再現されている。

 

「すごい…!本当に私たちが住んでる街と同じだ」

 

街の様子を見て、澁谷さんも目を丸くして驚いている。

敵が俺たちを苦しめるために使った能力ではあるが、その精度の高さに思わず感嘆としてしまった。

 

現実と違う点があるとすれば、たった二つだけ。一つは、俺たち以外の人や動物といった生き物の姿がないこと。恐らく、この空間にいるのは俺と澁谷さん、そして今は姿を見せていないニエンテ・ヌッラや能力主であるヌッラのみなのだろう。

 

そして、もう一つは空にあった。本来であれば太陽と雲しかないはずの青空に、もう一つ、現実には存在しないものが存在していた。

 

「今から一時間か…」

 

空には、試練の残り時間がデジタル式で大きく表示されていた。

俺たちがこの空間に飛ばされた瞬間には『60:00』と表示されており、一秒ずつ、正確に時間が減っていっている。

 

「とりあえず、あの怪物たちが来ないうちに隠れる場所を探そう」

 

「そうだね…」

 

俺たちは隠れられる場所を探して移動を始める。その際にわかったのだが、どうやら建物の中には入れないようになっているらしい。中に繋がるドアなどは、どれだけ力を加えても開かないようになっている。

 

まるで、ゲームの世界にいるみたいだな…

 

 

「とりあえず、ここに隠れよっか」

 

ひとまず、俺たちはビルの傍にある駐輪場の自転車の影に隠れることにした。相手が複数いるため、路地などの逃げ場の少ない場所に隠れるのは却って危ない。この場所なら、駐輪場から出ればすぐに開けた場所なため、逃げるルートは確保できそうだ。

 

「ごめんね、奏叶くん…」

 

外の様子を伺っていると、背後に隠れて俺の服の裾を掴んでいる澁谷さんから震えた声が聞こえた。

 

「え?なんのこと?」

 

「私が映画に誘わなかったら、こんなことにはならなかったから…巻き込んじゃって、ごめんね…」

 

目を伏せて、今にも泣き出しそうな表情で震える澁谷さん。

 

「何言ってるの。澁谷さんのせいじゃないよ」

 

「でも…」

 

あのヌッラは、カップルに見える男女の二人組を狙っている。他に何の法則性もなく、そんな行動を取る理由は恐らく妬みのような感情からだろう。

こんな状況になってしまったことに、澁谷さんが謝るようなことは何一つとしてない。それどころか、理不尽かつ身勝手な理由でこんな状況に追い込まれた完全な被害者だ。

 

「澁谷さんは何にも悪くない。むしろ、感謝しているぐらいだよ」

 

「え?」

 

「だって、澁谷さんに映画に誘ってもらって、すごい嬉しかったから」

 

結ヶ丘に来てから、友達に遊びに誘われたのは今回が初めてだった。

一度だけ葉月さんとカフェに行ったことはあるが、あれは偶然カフェの前で遭遇したから。

 

初めて誘ってもらって休日に遊びに出かけるのはワクワクしたし、とても嬉しかった。

 

「澁谷さんと一緒に映画行けて、ほんっとうに楽しかったよ…!」

 

面と向かって言うのはなんだか照れ臭いなと思いつつも、今日のことを振り返った俺は、こんな状況であるにも関わらずつい表情が緩んでしまう。

そんな俺を見て、澁谷さんは瞳を揺らして固まっていた。

 

「澁谷さんは、そうじゃなかった…?」

 

「私も!」

 

沈黙に耐えかねた俺が恐る恐る聞いた言葉に、澁谷さんは間髪を入れずに答えた。反射的に答えたことから、それが彼女の本心なのだと感じて胸を撫で下ろす。

 

「私も、すっごく楽しかったよ!奏叶くんの知らないところいっぱい知れたし、もっと奏叶くんのこと知りたい、また奏叶くんと遊びに行きたいって思った!」

 

そこまで言って、澁谷さんは何かを考え込むように黙った。しばらくして、澁谷さんの手がこちらに伸びてきて、俺の手に触れた。そしてそのまま、彼女は俺の手を握った。

その時の澁谷さんの瞳は、どこか不安げに揺れていた。彼女のそんな表情に俺も不安を感じながらも、彼女の口から放たれる言葉を待つ。

 

「だからね、奏叶くん…」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

『大丈夫。何があっても、澁谷さんのことは元の世界に帰すから』

 

謎の黒い空間に飛ばされた時に、奏叶くんに言われた言葉。

 

私の中で、ずっとこの言葉が引っかかっていた。何故か、奏叶くんと二度と会えなくなってしまうんじゃないかと感じてしまったから…

そして、そんな私の直感が的中したのか、奏叶くんは一人でこの試練に挑もうとした。

 

私を元の世界に戻せるなら、と…

 

なんとか彼を説得し、私も一緒に試練に挑むことになったけど…それでも、やっぱり奏叶くんは、私のために無茶しようとするような気がしてならない。

 

もちろん、怪物という存在も怖い。けど…

 

奏叶くんと二度と会えなくなるんじゃないか。

そんな私の直感が現実になってしまうことが、何よりも怖かった。

 

「私も、すっごく楽しかったよ!奏叶くんの知らないところいっぱい知れたし、もっと奏叶くんのこと知りたい、また奏叶くんと遊びに行きたいって思った!」

 

私の誘いが嬉しかった。

私と一緒に映画に行けて楽しかった。

 

奏叶くんがそう言ってくれたことが心の底から嬉しくて…だからこそ、余計に奏叶くんがいなくなるんじゃないか、そんな不安を感じた私は、気づけば縋るように奏叶くんの方に手が伸びていた。彼の手に私の手が触れると、私はそのままそれを握った。その温かさに思わず安堵した私は、ようやく口にする。

 

「だからね、奏叶くん…」

 

──奏叶くんにいなくなってほしくない。

 

──奏叶くんと、もっと一緒にいたい。

 

そんな願いを込めて…

 

「絶対に、"ふたり"で一緒に元の世界に帰ろう…!」

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「絶対に、"ふたり"で一緒に元の世界に帰ろう…!」

 

澁谷さんのその言葉は、俺の心の深くまで突き刺さった。

 

「奏叶くんと一緒じゃなきゃ嫌だよ…!私ひとりで帰って、もう奏叶くんと二度と会えなくなるなんて絶対に嫌だ!!」

 

触れ合っている手を介して伝わる彼女の震えに、今にも泣き出しそうなほどに揺れる瞳。その姿を目の当たりにして気づいた。

この空間に飛ばされてからずっと、澁谷さんは俺の服や手など、どこかを握っていることが多かった。俺はそれを恐怖心を紛らわせるためだと思っていたが、それだけじゃなかった。何よりも、俺が無茶をして一緒に元の世界に帰れなくなることが怖かったんだ。そんな想いから、彼女も無意識のうちにそんな行動を取っていたのだろう。

 

「ありがとう、澁谷さん」

 

澁谷さんの優しさに満ちた想いを受け、俺の胸の中がジーンと熱くなった。

 

「約束する。絶対に一緒に、元の世界に帰ろう。そしたら…」

 

澁谷さんの瞳に視線を合わせ、俺の手を握る彼女の手を両手で優しく包み込む。

これ以上彼女を不安にさせないように、俺はある約束をする。

 

「今度こそ、一緒にカフェオレ飲みに行こう!」

 

澁谷さんの言う通り、さっきまでは彼女だけでも元の世界に帰すことができればいい。澁谷さんを守るためなら、俺はどうなってもいいと思っていた部分はあった。

 

でも、今は違う。

 

あんなにも必死に、あんなにも切実に、俺と一緒に帰りたいと言ってくれた大切な友達がいる。俺は、その願いを無下になんて絶対にしない。

 

「約束だよ」

 

「っ……」

 

俺の約束を受けて、澁谷さんの表情に次第に笑顔が戻っていく。

 

「うん!!」

 

瞳には涙が浮かび、赤くなった頬を緩ませて、澁谷さんはとびっきりの笑顔で頷いたのであった。

 

 

 

《残り時間─46分》

 





──次回、『〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜』

「なんとしてでも、その男の居所を掴むぞ」

ヌッラの能力により作り出された空間に囚われた音居奏叶と澁谷かのん。そんな二人を救出すべく、プロテクションも動き出していた。

「引き下がるわけにはいかないんだよぉぉぉぉ!!!」

仮面ライダームジカに変身ができない絶体絶命の状況の中、奏叶はかのんを守るために命を懸けてヌッラと戦う。
果たして、二人の運命は…

「大切な奏叶くんをこんな目に遭わせたアナタを…私は絶対に許さない!!!」

『#15 恋色プレリュード』





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【キャラクター設定】

神窪政宗(かみくぼまさむね)
年齢:68歳
誕生日:3月7日
血液型:A型
身長:188cm
趣味:ゴルフ
特技:剣道、柔道
好きな食べ物:酒盗、アヒージョ
好きな言葉:義を見てせざるは勇無きなり
好きな動物:鳩

プロテクション長官であり、創設者。
世界を護る組織の長として強い責任感を持ち、時には厳しい決断を下すこともある。しかし、その実直な人柄と部下を思いやる姿勢から、厚い信頼を集めている。

普通の高校生である奏叶が戦うことを心苦しく思っている。そんな中でも、なるべく高校生らしい日々を送れるよう奏叶を支えることを信条としており、志保や誠もその考えに賛同している。

プロテクションベースの地上に建つ『アンティークショップ・ソナーレ』は、実弟・神窪昭宗(かみくぼあきむね)が営んでいる。
















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『#14 ふたりで一緒に』
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます!!

今回も準備でき次第、活動報告の方で#14について少し話そうと思っています。そちらもよかったら遊びに来てください!

お気に入り登録や感想、評価等いただけると大変励みになります。
もしよろしければ、よろしくお願いします!

次回『#15 恋色プレリュード』は、7月29日20時に投稿予定です。
次回もお楽しみに!
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