〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜   作:一葉 彩人

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─登場人物─

音居奏叶(おといかなと)
結ヶ丘高等学校に通う一年生であり、仮面ライダームジカの変身者。
歌うことが大好きだが、ヌッラの能力により歌声を奪われてしまった。

澁谷(しぶや)かのん】
結ヶ丘高等学校に通う一年生であり、スクールアイドル同好会の一員。
人前では緊張して歌えないという悩みを抱えていたが、可可の想いに触発されて共にスクールアイドルを始めた。

嵐千砂都(あらしちさと)
結ヶ丘高等学校に通う一年生、音楽科に所属する。
幼馴染であるかのんが所属するスクールアイドルにダンスを教えているが、学校代表としてダンスの都大会出場が決まり、夏休み中はかのんたちと別行動を取ると決めた。
そんな中、ヌッラの不安を増大させるという能力を受けてしまった。

葉月恋(はづきれん)
結ヶ丘高等学校に通う一年生、音楽科に所属する。
お淑やかで、とても真面目な人物。学校のことを誰よりも大切に思っているが、何故かかのんたちのスクールアイドル活動は認めていない。

瀬川渚(せがわなぎさ)
不安を増大させる能力を持つアンシャ・ヌッラの正体だという疑惑がある女子高校生。
幼少の頃から習っていたダンスで輝かしい成績を収めてきたが、千砂都がダンスを始めてからは思うような結果が残せなくなった。



#19 諦めない勇気

 

千砂都のダンス大会当日。

 

「はじめまして」

 

大会まであと数時間という中、俺は結ヶ丘高等学校の校門前にてある人物に声をかけた。

「はじめまして」と声をかけたのにも関わらず、その人物は俺を見た瞬間に顔を顰めた。しかし、俺に取ってはむしろその反応の方が予想通りであり、狙い通りだ。

 

「やっぱり、はじめましてじゃないみたいですね。"瀬川渚(せがわなぎさ)"さん」

 

千砂都に不安を増大させる能力をかけた"アンシャ・ヌッラ"。

その正体ではないかと疑っていた瀬川渚が、結ヶ丘高等学校の前に姿を現したのだ。

 

そして、俺を見て明らかに警戒したように身構え、表情が固くなった彼女を見て、その疑いは確信に変わった。

 

「あれ、なんのことかな?私は君と、"はじめまして"で合ってるよ?」

 

瀬川渚はそう惚けて見せたものの、その声音は明らかに動揺している。

 

「あんたがヌッラだってのは、さっきの反応でもうわかってる。さっさと千砂都にかけた能力、解いてもらおうか」

 

「……あはっ」

 

彼女の口から、小さな笑い声が零れた。その瞬間、さっきまでの芝居がかった惚けた表情は消え去り、凶悪で鋭い目つきに変貌した。

 

「あははははははっ!私がそのヌッラ?だっていう証拠はないよね?私はたまたま近くを通ったから、大会前に嵐千砂都がいるこの学校を見に来ただけなんだもん」

 

その口ぶりからヌッラであることは明らかなのに、彼女の言う通りその証拠は何もないためどうすることもできない。

 

せめて、俺の挑発に乗ってヌッラになってくれればよかったのに…!

 

「さぁどうする?ただ通りすがった私を痛めつけるの?正義のヒーローさん」

 

くそっ…千砂都に能力をかけた元凶が目の前にいるっていうのに、何もできない…

 

「まあ見ててよ。やっと…今日、私は嵐千砂都に打ち勝つんだから」

 

そう言い残し、瀬川渚は高笑いしながら去っていく。俺はその後ろ姿を、唇を噛み締めてただ見ていることしかできなかった。

 

「奏叶くん?」

 

悔しさのあまり拳を握りしめたまま立ち尽くしていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえて現実に引き戻される。

 

「あ…千砂都」

 

振り返ると、音楽科のレッスン室で大会前の最後のダンスチェックをしていた千砂都が立っていた。制服に着替えていることから、練習を終えて会場に向かうところなのだろう。

 

結局、アンシャ・ヌッラを倒すことはできなかった。ヌッラの能力を受けた状態のまま大会に送り出すことになってしまったことへの罪悪感を感じ、俺は千砂都から目を伏せてしまう。

 

「奏叶くん、大会見にきてくれるの?」

 

彼女はそんな俺の顔を覗き込むように、上目遣いで首を傾げる。

 

「千砂都さえよければ、観に行きたい」

 

「もちろん。来てほしいな」

 

ダメだダメだ…千砂都はこれから大会だってのに、俺が落ち込んでてどうする。千砂都は今も、ずっと大きな不安に襲われているはずだ。

せめて、少しでも元気づけることができれば…

 

「今から会場に?」

 

「うん、一緒に行こっか」

 

「そうだね」

 

一緒に会場に向かうことになり、俺たちは駅に向かって歩き出す。

学校から会場まではそれなりに距離があるため、電車を使って移動する予定だ。

 

千砂都の緊張を少しでも和らげるため、俺が何か話さないととは思いつつも、どうしても大会までに能力を解けなかったことを考えてしまい、思うように言葉が出てこない。

 

「奏叶くん、なにか申し訳ないとかそういうこと、考えてない?」

 

すると、そんな俺を見透かしたかのように、千砂都は俺の顔を覗き込む。

 

「え?」

 

「だって、そんな顔してるんだもん」

 

「いや、それは…」

 

図星を突かれた俺は、言葉を詰まらせてしまう。

 

「詳しくはよくわからないんだけど…私は今、怪物の力を受けちゃってるんだよね?」

 

「っ……うん」

 

千砂都本人にそうだと認めてしまうと、大会のコンディションに更に影響が出てしまうんじゃないかと一瞬答えるのに躊躇したが、ここまで聞かれて中途半端に濁す方が良くないと思い素直に頷いた。

 

「きっと奏叶くんは、それをなんとかしようとしてくれてたんだよね」

 

「……今日の大会が、千砂都にとってすごい大事な大会だって聞いてたから。だから、なんとしてでもどうにかしたかった。でも、できなかった…」

 

当日になって、ようやくヌッラの正体を確信できただけ。

もう少し早く、ヌッラの正体に気づいていれば…もっと言えば、俺があの時ヌッラを倒せていれば、千砂都はいつも通り全力で大会に臨めたはずなのに…

 

「俺は、結ヶ丘に来てから、千砂都に何度も助けてもらった。それなのに、俺は結局、なんにもできなかった…」

 

「そんなことないよ。私だって、奏叶くんに助けてもらったこと、たくさんあるんだよ」

 

つい弱音を吐き出してしまった俺にかけられたその言葉は、一段と優しい声音をしていた。

 

「それにね」

 

そして、千砂都は俺よりも一歩先に飛び出して、こちらに振り返る。そんか彼女の表情は、本当に不安を増大させる能力がかけられているのかと疑ってしまいそうになるほどに、満面の笑みだった。

 

「何よりも、嬉しかったんだ!奏叶くんが、私のためにいろいろと考えてくれてたって知って」

 

「千砂都…」

 

「だーかーらっ!」

 

俺との距離が数センチになるとこまで近づいた千砂都は、背伸びしたかと思うと、そのまま俺の両頬を摘んで引っ張り上げた。

 

「ふにゅっ!?」

 

「そんなに暗い顔しないで?」

 

「ふぁっ、ふぁい…」

 

頬を摘まれているため気の抜けたような返事になってしまったが、千砂都はそれに満足したように頷き、手を離した。

 

「正直に言うとね…怪物に襲われてから、確かになんだかいつもは感じないようなザワザワするような気持ちが溢れてきて、すっごく不安だったんだ…」

 

やっぱり、千砂都はアンシャ・ヌッラの能力による大きな不安を抱えていた。そして、彼女はずっとそれを隠し通したのだ。一言も、弱音を吐き出さずに…

 

「でも、今はもう大丈夫!だって、奏叶くんや葉月さんみたいに、私のことを心配してくれる人がいる。それに、今は離れているけど、かのんちゃんとも…」

 

そして、千砂都は俺の瞳をじっと見据えて言う。

 

「だから見てて!私の、全力のダンスを!!」

 

彼女が発したその言葉は、吸い込まれてしまいそうになるほどに力強かった。

 

おかしいなぁ…

俺が千砂都を元気づけようと思っていたのに、逆に俺の方がとんでもないパワーをもらってしまった。

 

千砂都自身が、こんなにも全力で前に突き進んでるんだ。

だったら俺も、全力でそれを見届けたい。

 

溢れ出したそんな想いを乗せて、俺も思いっきりの言葉で答える。

 

「全力で、応援してるからっ!!」

 

千砂都は、満足げに笑った。なんの屈託もない、ただただ純粋無垢な可愛らしい笑顔。

 

そんな太陽のような姿に思わず見惚れていると、千砂都はグッと腰を下ろして今にも走り出しそうな様子で構えた。

 

「よーしっ!奏叶くん、ちゃんと着いてこないと置いてっちゃうよっ!!」

 

すると、千砂都は駅に向かって一気に駆け出した。

大会前だとかそんなの一切気にせず、楽しそうに駆け出したその姿に、千砂都らしいなと思わず笑みが溢れた。

 

「そう簡単には負けないよ!」

 

そんな彼女に続いて、俺もその場から駆け出すのであった。

 

 

─数分後─

 

「ぜぇ…はぁ…ひっ、ひぃ…千砂都の体力、パネェ…」

 

駅に到着すると、そこには涼しい顔で苦笑する千砂都と、死にそうになりながら肩で息をする俺の姿があった。

 

おかしいな…俺も仮面ライダーとして戦うようになって、前より体力ついたと思ってたのに…

 

「ふふっ…ありがとう、奏叶くん」

 

「ぜぇ…はぁ…なんか、言った…?」

 

「ううん、なんでもないっ!」

 

千砂都に何か言われたような気がしたが、本人がそう言うので気のせいだったのだろう。そう思いながらなんとか息を整え、千砂都と共に会場に向かう電車に乗り込むのであった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「ぜぇ…はぁ…ひっ、ひぃ…千砂都の体力、パネェ…」

 

あはは…私にとっては大会前のいい準備運動だったけど、奏叶くんには無理させすぎちゃったかな。

 

目の前で必死に息をしている奏叶くんの姿に苦笑しながら、私は最後の練習を終えた直後、ついさっき中庭で葉月さんと交わした会話を思い出していた。

 

 

───

──

 

「そっか。見ちゃったのか…」

 

レッスン室を借りてダンスの練習をしていると、葉月さんは不自然なほどに何度も私の様子を見に来ていた。そんな彼女を問い詰めてみると、どうやら昨日、私の鞄に入っている退学届を見てしまったからだったみたいだ。

 

「信じてください!決してわざとでは…」

 

葉月さんは慌ててそう弁解する。が、慌てすぎたのか、つい余計な一言を口走ってしまう。

 

「それに、音居さんも心から嵐さんのことを心配して…」

 

「奏叶くん?」

 

突然飛び出したこの場にはいない奏叶くんの名前。当然、私は疑問に思って聞き返す。

 

「ぎくっ…」

 

わかりやすすぎるぐらいに、葉月さんの体が硬直した。

 

「葉月さん、どうして奏叶くんの名前が出てくるのかな?」

 

私はただ疑問に思って普通に聞いたつもりなんだけど、どうしてか葉月さんは更にアワアワとした様子で額に一筋の冷や汗を垂らす。

お堅い印象を持っていた彼女のそんな一面に、意外とおっちょこちょいで可愛らしい人なんだなと笑みを零した。

 

「あはは…別に怒ってるわけじゃないから。落ち着いて、ね?」

 

「は、はい…」

 

なんとか落ち着きを取り戻した葉月さんは、事の次第を話し出す。

 

「実は、きっかけは音居さんに頼まれたからなんです。大事な大会を控えた嵐さんの様子を、見てきてほしいと」

 

「え?そうだったんだ」

 

「はい。音居さん、嵐さんのこと、とても心配しているようでした」

 

きっと奏叶くんは、私が怪物に襲われたことを気にして心配してくれているのだろう。

 

「そっか…奏叶くん、そんなに心配してくれてたんだ…」

 

「音居さん、言っていました。嵐さんには、何度も背中を押してもらった。だから今度は、自分が嵐さんの力になりたいって」

 

「……そう、なんだ…」

 

奏叶くんがそんなふうに思ってくれていたとは知らなかった。それを聞いてなんだか無性に嬉しくなった私は、心がじんわりとあったかくなっていく。

 

別に、私は背中を押したつもりなんてない。

ただ、奏叶くんと話したいから話していただけなんだけど…

 

奏叶くんはそんなふうに感じて、私の力になりたいと必死に頑張ってくれていた。

しかも、それを私自身には言わずに…そんな不器用さと実直さが、実に奏叶くんらしいなと思った。

 

「音居さんにとって、嵐さんは結ヶ丘に来てから初めてできた友達。嵐さんがいてくれて、とても心強かったと言っていましたよ」

 

初めてできた友達、か…

 

人のことを思って心配したり、人のために必死に行動できるような、そんな優しさを持つ奏叶くんのことだから、私がいなくても友達はたくさんできたと思う。でも、そんな彼がそう言ってくれることがとても嬉しくて、それと同時に、なんだか少し照れてしまう。

 

「あっ!そっ、それで、退学届についてだったよね…」

 

そんな照れ臭さとついニヤけてしまいそうになる表情を誤魔化すように、私は葉月さんに、この大会で優勝できなかったら学校をやめること…そして、ダンスを始めた理由について語り始めるのであった。

 

──

──

 

 

「ふふっ…」

 

でもね、奏叶くん…心強いと感じているのは、君だけじゃないんだよ。

 

私も、奏叶くんがいてくれて、とても心強い。

君のおかげで、ずっと不安で堪らなかったこの気持ちが、とっても軽くなったんだから…

 

「ありがとう、奏叶くん」

 

ずっと夢見ていた。

 

かのんちゃんの力になれるようになって、かのんちゃんの隣に立つ…その日が来ることを。

 

そのために、今日の大会は絶対に優勝しないといけない。

 

だけど、今はそれに理由がひとつ増えちゃった。

 

せっかく出会えた大切な友達とも、離れ離れになりたくないもんね…

 

「ぜぇ…はぁ…なんか、言った…?」

 

「ううん、なんでもないっ!」

 

よーしっ!大会、がんばるぞーっ!!

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

大会の会場に着くと、衣装に着替えたり準備がある千砂都とはそこで別れ、俺はロビーで待っていた。

 

ロビーのベンチに腰掛けていると、俺の前を瀬川渚が通り過ぎる。既に大会用の衣装に着替えている彼女は、俺を一瞥して、自分の勝利を確信した様子で不敵な笑みを浮かべる。

 

ちょうどその時、間の悪いことに着替えを終えた千砂都がロビーに出てきた。

 

「あら、嵐さん。久しぶりね」

 

「あ…瀬川さん。久しぶりだね」

 

千砂都は、目の前にいる瀬川渚が自分を襲った怪物の正体だなんて知らない。しかし、やはり大会前で緊張しているのか、実力者である彼女を前にした千砂都の表情は硬かった。

 

そして、瀬川渚も瀬川渚で、普通に言葉を返してきた千砂都に驚きを隠せない様子だった。

 

恐らく、本来ならアンシャ・ヌッラの能力を受けた人は、まともな精神状態じゃいられないほど不安に駆られるのだろう。あの日、能力を受けた千砂都以外の人たちがそうだったように。

 

「大会、頑張ろうね!」

 

それなのに、今目の前にいる千砂都は少しの表情の硬さはあれど、ライバルである自分にお互いを鼓舞するような言葉をかけてきたのだ。わざわざヌッラの力を手に入れたというのに、このままでは作戦が上手くいかないのではないか、と瀬川渚は冷や汗を流す。

 

そんな時、彼女の目の映ったのは千砂都の手だった。

平然を装いつつも、千砂都の手は震えていた。それに気づいた瀬川渚は、千砂都にもちゃんと能力がかかっているのだと確信し、安堵したように息を吐いた。

 

「あははっ…嵐さん。今日こそ私が優勝するわ。せいぜい覚悟してなよ」

 

冷たく言い放ち、彼女はそのまま控え室の方へと戻っていく。

 

そんな彼女の背中をしばらく見つめていた千砂都は、この場に俺がいることには気づいていないようで、一人大きなガラス張りになっている壁側の方へ移動する。

 

その窓の外に見える空模様は一面雲が覆っていて、まだお昼だというのに薄暗い。

 

千砂都は不安げな表情で手に持っていたスマホをポケットに入れようとしたが、ちょうどその時、そのスマホから通知を知らせるバイブ音が鳴った。

 

「かのんちゃん…」

 

恐らく、届いたメッセージは神津島でのライブがあって応援に来られない幼馴染からのもの。

 

千砂都がそれを確認した、直後のことだった…

 

カツ、カツ、とこちらに走ってくる足音が鳴り響く。

次第に大きくなるその音に、思わず俺の口角が上がる。

 

よかった…なんとか間に合ったみたいだ。

 

千砂都も、その足音に気が付いた。そして、その足音が聞こえてくる方に視線を向けると、そこには予想外の人物がいた。

 

「かのんちゃん!?」

 

千砂都の前に現れたのは、本来ならここに来るはずがない幼馴染─澁谷かのんだった。

 

「来ちゃった!」

 

全力で走ってきたのだろう。

澁谷さんは肩で息をしながら、目の前にいる幼馴染に笑顔を見せる。

 

「電話で話した時、変だなって思って…」

 

澁谷さんは、千砂都の両手を取って声をかける。

 

「なんか、ちぃちゃんすごい不安なんじゃないかって。勘違いかもしれないけど…」

 

俺には気づけなかった千砂都の中にある不安を、澁谷さんは電話越しの会話だけで見抜いていたようだ。

 

「私が伝えたかったのはひとつだけ」

 

澁谷さんはそう前置きをすると、千砂都の両手を握る手にギュッと力を込めて、彼女の瞳をじっと見つめる。

 

「私、いつもちぃちゃんのこと尊敬してる。真面目に頑張って、少しダメでも、めげたり落ち込んだりしないし…だから!」

 

そのまま言葉を続けようとする澁谷さんだったが、握られている手を解いた千砂都が背を向けたことにより遮られる。

 

「やっぱりダメだな…」

 

「え?」

 

「ひとりで頑張らなきゃいけないのに…自分で自分に自信持てるように、かのんちゃんがいないところでひとりでやろうと思ったのに…」

 

そう言葉を連ねる千砂都の声は、だんだんと震えてか細くなっていく。

 

「かのんちゃんが来てくれた時…やっぱり、ほっとしちゃった」

 

安堵からか、千砂都の瞳には涙が浮かんでいた。そして、千砂都は振り返って再び澁谷さんを見つめる。

 

「かのんちゃんに頼らないって…今日ここで、かのんちゃんのできないことをできる自分になるんだって!」

 

ずっと願い続けてきたことを、ようやく打ち明けた千砂都。

 

しかし、そう思っていたのは、千砂都だけではなかったようだ。

 

「だったら、私も思ってた。ちぃちゃんに助けてもらってばっかりだって」

 

澁谷さんだって、同じことを思っていたのだ。

 

「歌えなかった時、失敗した時、いつもちぃちゃんが助けてくれた」

 

「それは、かのんちゃんがいたから…」

 

「じゃあ"ふたり一緒"だね!」

 

お互いを想い合う幼馴染同士、ふたりはずっと似た想いを抱えていた。

 

優しく包み込むような声で"ふたり一緒"だと嬉しそうに笑う澁谷さんに、不安に駆られていた千砂都の表情も和らぐ。

 

「ふたりとも頑張ってきた。お互いがお互いを見て、お互いを大切に想って…私ね、あの時本当に感激したの!全身が震えた…!」

 

澁谷さんが話す"あの時"というのは、千砂都の中にも鮮明に思い出せるほど色濃く残っている景色なのだろう。

俺には、それがどんな思い出なのかはわからないけど…きっと、ふたりにとって大切な幼き日の記憶なのだろう。

 

「なんてかっこいいんだろ…私もちぃちゃんのこと、見習わなきゃ。真似できないくらい、歌えるようにならなきゃって」

 

千砂都が、澁谷さんができないダンスを一人でできるようにならないとと思っていたように、澁谷さんも、千砂都ができないぐらい歌えるように頑張ろうと思っていた。

 

「ありがとう…!あの言葉があったから、私、今こうして歌っていられる」

 

澁谷さんは心からの感謝を伝えると、右手をピースの形にして前に出す。それだけで、千砂都にも何をするのかは一瞬で伝わった。毎日のように交わしてきた勇気が出る言葉…

 

千砂都も右手をピースの形にして、澁谷さんの指とそっと合わせる。

 

「うぃっす!」

 

「うぃっす!」

 

「「うぃーすっ!!」」

 

ふたりが声を合わせて力強く言い合ったかと思えば、千砂都はそのまま思いっきり澁谷さんの胸に飛び込んだ。

 

「待っててね」

 

大切な幼馴染の胸の中で笑う千砂都には、もう不安なんて一切残っていなかった。 

今まで抱えていたプレッシャーも、ヌッラの能力すらも、千砂都は乗り越えたのだ。

 

「いってらっしゃい、ちぃちゃん」

 

大会に向けて駆けて行った千砂都の背中を見送りながら、澁谷さんはエールを送った。

 

「奏叶くんも、ありがとう。ちぃちゃんのこと、支えてくれて」

 

千砂都の姿が見えなくなると、澁谷さんは様子を見ていた俺に声をかけた。

 

「ううん、間に合ってよかったよ」 

 

澁谷さんがここに来るということは、事前に聞いていた。聞いたのは、昨晩澁谷さんと電話した時だ。

 

 

───

──

 

『明日の大会、奏叶くんは見に行くの?』

 

「うん、そのつもり」

 

『それじゃあ、私が行くまで、ちぃちゃんのことお願い!』

 

澁谷さんは、合同ライブのため今は神津島にいる。そのため明日の大会には来られないと思っていたが、彼女は"私が行くまで"と口にした。

 

「え?」

 

『さっきちぃちゃんと電話したんだけど、ちょっといつもと様子が違うなと思って』

 

流石はずっと一緒にいた幼馴染。少し電話で話しただけで、様子の違いに気づくとは…

 

『それにね、新しい曲の作詞をしていたら…なんだかちぃちゃんに会いたくなっちゃって。ちぃちゃんの大事な大会なんだもん。やっぱり、ちゃんとこの目で見て応援したい!』

 

離れていてもお互いのことを想い合い、何かあったらすぐに駆けつける。ふたりはそんな強い絆で結ばれているんだなと、改めて思った。

 

『私が行くのは、大会のギリギリになっちゃうと思うから…それまで、ちぃちゃんのことお願いね。奏叶くん』

 

──

───

 

 

「クゥクゥちゃんとすみれちゃん、それにサニパの二人が準備を引き受けてくれたお陰で間に合ったよ」

 

そう言って、澁谷さんは客席に繋がる扉の方に向かう。

 

「さあ行こっ。ちぃちゃんのダンス、しっかりこの目に焼き付けないと!」

 

 

そして、ついに大会が始まる──

 

 

ステージ上で、出場者がダンスパフォーマンスを披露していく。

やはり代表に選ばれた人たちが出場する都大会というだけあり、そのレベルは凄まじかった。

 

次々に繰り広げられる圧巻のパフォーマンスを見入っているうちに、残る出場者は二人となっていた。

 

瀬川渚と嵐千砂都。

 

先にパフォーマンスするのは、瀬川渚だ。

 

「あ…あの子…」

 

ステージに上がった彼女を見て、澁谷さんが小さく声を漏らした。

 

「知ってるの?」

 

「うん。ちぃちゃんのライバルって言われてた子だし、ダンスもすごく上手な子だから」

 

そして、瀬川渚のダンスが始まった。

 

すげぇ…

 

瀬川渚が千砂都にしたことは許せない。そう思っている俺ですら、この瞬間だけは彼女のパフォーマンスに感心していた。

 

俺はダンスに関しては完全な素人で、専門的なことは何もわからない。しかし、彼女のダンスは美しく、それでいてダイナミックでキレのある動きをしている。

ヌッラとなり、卑怯な手で勝利しようとした人ではあるが、ダンスの技術は並大抵のものではなかったようだ。

 

千砂都は、大丈夫だろうか…

 

彼女のパフォーマンスが終わり、周りから大きな拍手が鳴り響く中、俺はそんな不安を感じていた。

 

「大丈夫だよ」

 

そんな不安を感じ取ったのか、隣に座る澁谷さんから声がかかる。

 

「ちぃちゃんは負けないよ!」

 

そう言った澁谷さんの瞳には、幼馴染を信じてやまない強い意志が宿っていた。

 

そうだ。千砂都なら、きっと…

 

そして、ついに最後の出場者である千砂都の番がやってきた。

 

ステージに上がり音楽がかかると、千砂都のダンスパフォーマンスが始まる。

その瞬間、会場中の誰もが、千砂都から一瞬たりとも目が離せなくなった。動きのキレから美しさ、表情、その細部に至るまで、全てが洗練されている千砂都のパフォーマンスは、まさに圧倒的だった。

 

ここまでのダンスを物にするのに、いったいどれだけの努力を続けてきたのか。

そして、その始まりは、今俺の隣でキラキラと目を輝かせて釘付けになっている幼馴染のためなのだ。その集大成である今回の大会を、澁谷さんが観に来られて本当に良かった。

 

本番までに、千砂都をヌッラの能力から解放することができなかった。

それがずっと気がかりで、心配で心配で仕方がなかった。

 

ヌッラの能力は、その人の中にある負の感情が大きければ大きいほど、より強力なものになる。ダンスに対して、そして千砂都に対して、強い感情を持っていた瀬川渚の能力は、とても強力だっただろう。

 

しかし、千砂都はそんなヌッラの能力すら乗り越えたのだ。

幼馴染との絆と、目標への強い意志、自分自身の強い力で…

 

千砂都は今、誰よりも輝いている。

 

彼女の姿を目にして、胸の奥がジンジンと熱くなる。そんな俺の熱い想いに反応し、懐にあるブランクエネルジアディスクが輝き、俺の知らぬ間にまた新たな力が宿っていた。

 

あっという間に感じるほどの圧巻のパフォーマンスが終わると、会場は拍手喝采の嵐に包まれた。

 

「奏叶くん!ちぃちゃんのダンス、すごかったでしょ!!!」

 

満面の笑みで俺に言った澁谷さんは、まるで自分のことのように喜んでいる。そして、その瞳の端にはうっすらと涙の跡が…

 

「ほんとに…!本当にっ、すごかった!!!」

 

千砂都のダンスに心の底から感動し、とてつもない活力をもらった。

きっと、それはこの会場にいる他の人たちもそうであろう。会場中から聞こえる拍手を耳にして、俺はそう感じていた。

 

 

こうして、ダンス大会は幕を閉じた。

 

──千砂都は、見事に優勝を果たしたのであった。

 





──次回『〜奏でるムジカは青空のソナタへ〜』

「ちぃちゃん、優勝おめでとう!」

ダンスの都大会で見事に優勝を収めた千砂都。
しかし、これで一安心というわけにはいかない。千砂都には、まだアンシャ・ヌッラにかけられた能力が残っている。それを解くため、奏叶は再び瀬川渚と対峙する。

「もういい…全部…全部壊してやる!!!」

不安を増大させる能力を使ったにも関わらず千砂都に敗れてしまい、瀬川渚は負の感情に飲み込まれてしまう。
暴走したアンシャ・ヌッラを前に、仮面ライダームジカの新たなる力が覚醒する!

「この子には、二度と手は出させない!!」

『#20 情熱の太陽』















─────

『#19 諦めない勇気』
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます!!

今回も準備でき次第、活動報告の方で#19について少し話そうと思っています。そちらもよかったら遊びに来てください!

お気に入り登録や感想、評価等いただけると大変励みになります。
もしよろしければ、よろしくお願いします!

次回『#20 情熱の太陽』は、8月15日20時に投稿予定です。
お楽しみに!
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